原神

キャラクターストーリーや世界任務などのネタバレに配慮はありません。

「えー!?ディルックの旦那でも知らないのかー!?」
既に日が暮れたモンドにて、そんな声が響き渡った。とっさにその口を塞いだ旅人は、あたりを見回して、騎士が来ないことを確認してほっと溜息をつく。
「基本、カウンターに立つのは僕かチャールズのどちらかだ」
「じゃあ嘘だったってことかぁ?」
モンド城外に出たアビス教団を、旅人とディルックにて一掃し終わったところで、ここ最近モンドにて話題に上がっていたことについて、ディルックならば何か知っているのではないかと、パイモンが切り出したのが始まりだった。
「エンジェルズシェアって聞いたからてっきり知っているのかと思った。」
旅人がそういうと、ディルックの眉間に皺が寄った。オーナーである以上、エンジェルズシェア内でよくない噂が立つのはあまり良いことではない。少し考えてから、ディルックは旅人らに、1つの依頼を申し込んだ。

__エンジェルズシェアのカウンター席に、情報屋がいる。

その噂が初めて出たのは、ここ最近のことではない。知る人ぞ知るその噂は、嘘ではなく誠である。しかしその情報屋に出会えるかは運次第であり、決まった法則があるわけではない。ましてや、ディルックがカウンターに立つ日には絶対に会うことはできない。ではバーテンダーであるチャールズであれば知っているのかと言えば、断言はできず。そしてその情報屋に出会ったという者らは、8割の確率で、最終的にはこのモンドから姿を消していた。

「ほう。それで俺のところに来たわけか」
「ガイアだったらなにか知らないか!?」
「残念だが、騎士団の方にそういった情報はないなぁ」
「ええー」
旅人は、騎士団の中では一番の情報通であろうガイアの元に来ていた。騎士団は、その多くが遠征に出ており人手不足となっており、騎士団の、特に旅人の知っている者たちは多忙な日々を送っていた。無論ガイアも例外ではないが、そんな表情は全く見せず、旅人らを快く迎え入れた。
「しかし、情報屋ねぇ。エンジェルズシェアで……だから旦那が気にしていると」
「エンジェルズシェアに実害はないけれど、気にするに越したことはないって。」
「本当に何も知らないのか?」
「残念ながら。情報を持っていたらすぐにでも旦那のところに行って礼に酒でも奢ってもらうんだがなぁ」
肩をすくめるガイアを見て、旅人とパイモンは張込みでもするか?などと次の作戦を練り始める。それをガイアは面白そうに眺めるのだった。

元々、情報屋は情報屋だと名乗ったことはない。あくまで客として、エンジェルズシェアにいた。その後、偶然知り合った同じ客に対して、知っている情報を伝えただけ。ただただその行動が、情報屋を情報屋にした。それに対して、情報屋本人は肯定も否定もせず、ただ微笑んでいた。情報屋に会えば、必ず欲しい情報が手に入った。それは騎士団の内部事情であったり、モンドの貿易事情であったり、ヒルチャールの活動状況であったり、一個人の私的なことであったりと様々だ。しかしその情報屋の姿形でさえ、知るものは少ない。そして、知っているものでさえ、情報屋の情報に関しては口を閉ざすのだ。それは良心でも、情報屋を思ってのこともでもない。ただ単純に、その情報を独り占めしたいがために。
それが破滅への最短距離であることを、彼らは知らない。

「収穫なしなんてことあるかぁ?」
アカツキワイナリーにて。旅人とパイモンはディルックに現段階での状況の報告に来ていた。といっても、得られた情報はなく、数日ではあるがエンジェルズシェアに通い詰めたがそういった人物も見かけられなかった。情報屋、という名前の通りに旅人らが探っているのに気が付いて潜伏した、という線もあった。
「チャールズや他従業員に確認したが、情報屋の噂は知らないようだった」
「うーん。実在しない、本当にただの噂だったのか?」
さすがにほぼ全員の知り合いに声をかければ、ちょっとした噂は瞬く間に広がる。それを考えて、旅人たちはガイア以外の誰かに突撃して聞くという行動は控えていた。おそらく旅人1人であればこっそり聞けたかもしれないが、パイモンは隠し事ができない性格のため(本人はそうは思っていないが)そちらを危惧した形だ。一方ディルックの方は、オーナーという立場を使って従業員に確認をとったが、従業員は知らない様子だった。カウンター席にいながらも、バーテンダーに悟られずにいるのは、手練れなのか、実際に情報提供をしているのはエンジェルズシェアではないのか。エンジェルズシェアは酒場なこともあり、客のほとんどが成人しており、そこで酒を楽しんでいる。故に、気分が高ぶるために声は必然と大きくなる。いつだったかの闇夜の英雄しかり、あまり興味のないディルックはともかくとして、チャールズは嫌でも聞こえてくると話していた。そんな中でも、ごく一部にしか情報屋の噂は広まっていない。そこでふと、ディルックは思い立った疑問を口にする。
「情報屋の噂、君たちはどこで聞いた?」
「宝盗団だぞ!ガイアに依頼されて行った秘境にいた盗賊が話していたんだ。なんでもその情報屋がお宝の在り処を教えてくれるって!」
「……、ガイアに依頼された?」
「おう。時々あるよなー。騎士団で手が回ってないからって」
「ガイアが追っていた宝盗団が情報屋のことを知っているのに、そのガイアが情報屋を知らない……?」
「どうかしたか?ディルックの旦那」
もしかしたら、最初から旅人らに情報源を聞いていれば、もっと簡単に情報屋について知ることができていたのかもしれない。
旅人らは純粋にガイアのことも信じている。以前、とある宝盗団を捕まえるために餌にされていたことがあったとしても。疑うことを知らないのか、それでもガイアを仲間だと思っているのか。その心理状況は本人にしかわからない。少なくともディルックは、ガイアのいう事の半分しか信用できていない。本当と嘘を交えた彼の巧みな言葉は、誰もが信じてしまう中で、ディルックだけは、ガイアの言葉に疑いの視線を向けている。そして、それすらも愉快だと笑っているガイアに対して、良い印象を抱いてはいない。
「君たち、最初にガイアに聞きに行ったと。」
「おう!それがどうかしたか?」
考え込むディルックにたいして、旅人たちは首をかしげた。特にパイモンの言葉に引っ掛かりも感じていないようだ。一方、ディルックはあのガイアがそんな状況を作るかと疑問視している。
数十秒、部屋内に静けさが訪れたところで、扉をノックする音が響いた。旅人らが視線を向け、ディルックが声をかけると、そっと扉が開く。そこにいたのは、旅人よりは年上に見え、ディルックよりは年下に見える少女だった。蒼に、薄い水色が数房混じった長い髪を持ち、瞳もまた蒼色の、知っている人からすればどこぞの騎兵隊長にそっくりな色合いを持ち、それでも表情や雰囲気は、彼よりも柔らかく。
「ディルック兄さま。お茶とお茶菓子をお持ちしました」
そう言って微笑んだ表情は、おそらくメイド長のアデリンからしてみれば、幼き頃のディルックにそっくりだと口にしただろう。今現在では正反対であるガイアとディルックの両側面を持った少女は、机の空いているスペースに持ってきたお盆をおき、お茶をいれ始める。
「……しばらく立ち入らないように伝えたはずだが。」
「伝えられたアデリンさんからのお願いでしたので。ディルック兄さまが私用でご友人を連れられていると聞いて、是非お会いしてみたかったんです。」
少女はそういうとお茶をそれぞれ3名の前へとおいた。パイモンは少女よりも茶菓子の方に視線が向いている。
・ラグヴィンドと申します。お噂はよく聞いています、栄誉騎士様」
よろしければお茶と茶菓子をどうぞ、と少女が口にして。旅人は礼を伝えるとカップを手に取った。にこにこと微笑む少女に、ディルックは諦めたかのようなため息をついた。
「ディルックの旦那の妹なのか!それにしてはにてな」
茶菓子を頬張りながらそう言い出したパイモンの口をとっさに旅人は塞いだ。乱暴におかれたカップの中身が少し、机に落ちた。それに対して、ディルックも少女も特に気にした様子は見せず。
「血の繋がりはありませんから。養子なんです、私」
少女はそう言いつつ、来客用であるはずのカップに口をつける。居座るつもりだと、ディルックは気がついたが、さっさと出ていくように伝えれば、あることないことを言って、しまいには余計なことまで口にするため、無言を貫く。そこだけは実兄に似てしまったと、ディルックは内心残念にも思っていた。
「それで、なんのお話をしていたんですか? ワイナリーの件では無さそうですが……」
「エンジェルズシェアに現れる情報屋のことだ」
「ああ、ディルック兄さまが皆様に聞いていた……。実際、本当にそんな方がいらっしゃるのですか? チャールズさんはご存じないようでしたが」
ディルックが声をかけた人物に少女は含まれていない。しかし他のものから聞いていたのだろう。その噂に関しては知っている様子だった。
それから、少女も交えて作戦会議はしたものの、結果として良きアイデアはでることなく、その日は解散となった。

___そういうことをなさるから、余計険悪になるのでは?
少女の訝しげなその言葉に、相手の男は笑いながら答えた。
__これが楽しいんじゃないか。真実を知ったら旦那はどうするかな
男の返答に少女はあきれた声を出す。今に始まった事ではないが、この男はどうも人を弄ぶというか、求める結果になれば、過程はなんでもよく、けれどそれが自身を楽しませるとなお良し……そういう性格だからこそ、一部からは胡散臭いなどと言われているのだが、それすらも楽しんでいる節がある。少女はもはやそれに突っ込む気力はなく、結果として男の娯楽に付き合ってしまっているのもわかっていた。それでも見捨てることもできないのは、男が少女の血の繋がった兄であるが故か。しかし同時に、血は繋がっていない兄にたいしても、強くでることはない。それは少女の弱さ故でもあるが、2人の兄もまた、その弱さの甘えている部分があった。いつか、選択を迫られたときがその弱さを捨てるときではあるが、少女はただ、その時が来ないことを願っている。

「あ、! も来ていたのか」
「こんばんは。栄誉騎士様、パイモンさん。良い夜ですね」
エンジェルズシェアを訪れた旅人らは、カウンター席に座る少女を見つけた。カウンターに立っているのはディルックではなくチャールズだ。少女の前にはカップが1つ置かれており、中は紫の液で満たされている。
は酒が飲めるのか?」
少女の隣にパイモンを挟むかたちで旅人は座った。何度か来ていることもあり、チャールズがいつものでいいか聞いてきて、旅人は頷いた。オイラも!とパイモンが言えば、2つ分のアップルサイダーがカウンターに置かれた。
「私はまだ飲めませんので。あ、私がここにいるの、ディルック兄さまには内緒ですよ? 絶対に良い顔しませんから」
チャールズさんも共犯ですから、なんて少女が言えば、オーナーに聞かれたら伝えるがと返ってくる。その言葉に少女は少しふてくされた様子を見せて、カップに口をつけた。
「葡萄ジュースです。オーナーはお酒が得意じゃないですから、お酒以外もある程度充実しているんですよ」
そう言って少女は笑った。そうして、旅人たちと少女は少しの談話を楽しむ。その内容はモンドで起きた出来事であったり、共通の知り合いのことであったり。少女はディルックを兄に持っているためか、ある程度騎士団の面々も知っているようで、旅人らの知り合いについてはほとんど理解を示した。
そうしていると、空いているカウンター席……少女の隣に1人の男が座った。フードを被った男はチャールズに蒲公英酒をオーダーする。酒をとるためにチャールズがカウンター側に背を向けたとき、旅人はうっかり声を出しそうになった。少女が旅人らの方に視線を向け、アップルサイダーに夢中になっているパイモンに笑みを浮かべている間に、少女は旅人らがいる方とは反対の手で一枚紙切れを男に渡していた。その動きを旅人が偶然みることができたのは、渡した瞬間にパイモンがサイダーで噎せたためであり、それがなければ旅人はカップに目を向けていただろう。男が自然な様子で紙をしまうと、チャールズが男に視線を向けて酒を渡した。男はその酒を一気に飲み干すと、代金をおいてそのまま立ち去った。酒だけを飲んで立ち去る者はまったくいないわけではないため、その行動に気にする様子を見せる人はいない。ただ扉の近くに立つ吟遊詩人が、聞いていってよと声をかける程度である。
「パイモンさん、大丈夫ですか?」
「お、おう。うっかりして味わえなかった……。もう一杯くれ!」
パイモンはまったく気がついてなく、チャールズに再度アップルサイダーをねだっている。払うのは旅人のため、旅人はチャールズに断りの言葉をかけるのだった。

2人の兄が仲違いをした後、自分はどうしたらいいのか、途方に暮れた。その出来事が起きたとき、私はその状況も、内容も何一つ知らなかった。それから、1人の兄が家から姿を消して、そのあとを追うかのようにもう1人の兄も職場に詰めることなった。あの日を境に、あの家にいた3人の子供はバラバラになった。それは最初に姿を消した兄が戻ってきてからも特に変わりはない。私が2人の兄の間に立つようになって物理的な距離は近くなっても、精神的な距離は、全員が全員、離れたままだった。それが良いことだとは思っていないが、それをどうにかする術を、私は持っていない。

「ディ、ディルックの旦那―!!」
エンジェルズシェアでの出来事の後、所用を終わらせてから旅人らはアカツキワイナリーに駆け込んだ。訝し気に旅人らをディルックは見つめるが、そんなことはお構いなしにパイモンが声を張り上げた。
「旦那の妹!!」
「……がどうかしたのか」
まったく気が付いていなかったのに、旅人にかいつまんで教えられた事実に慌てたパイモンの言葉は、主語も述語もつながっておらず、逆に混乱をまねていていた。それを補足するように旅人が口を開いた。
「彼女がエンジェルズシェアで宝盗団に情報を渡しているのを見た」
「何?」
すでに夜も更けており、月は天に昇っている。おかげでアカツキワイナリーの従業員はほとんどいなかった。逆にエンジェルズシェアは一番盛り上がっている頃だろう。閉めたがるバーテンダーを横目に騒いでいる頃合いだ。これから盛り上がるであろう時間帯に旅人らはエンジェルズシェアを後にしているが、その時点でも少女はエンジェルズシェアに残っていた。さすがに、このアカツキワイナリーにはまだ戻っていないようだった。
「一応、情報を渡された宝盗団の居場所も確認してきた」
「ほ、本当にが情報屋なのか……?」
旅人が事実を口にし、パイモンは少し震えた声を発した。その言葉にディルックは少し考える仕草をしてから、近くにかけてあったコートを羽織った。かの闇夜の英雄の際に使っているものだ。パイモンが首をかしげている中で、旅人は一緒に行く、と口にした。
それから、その盗賊がいる場所まで向かう間に言葉はほとんどなかった。パイモンが不安そうに飛んではいるが、普段の声は聞こえなかった。宝盗団のいる場所に近づいたとき、先頭を歩いていた旅人は足を止める。ちょうど壁で隠れた場所で、宝盗団がいるのであろう場所から旅人らが見えないところ。どうしたんだ?とパイモンが飛んでいきそうになり、旅人はとっさにつかんで止めた。ついでに声も出そうだったので口元を抑える。もごもごと手のひらの部分で口が動いている気がするが、そこまで気は回ってない。
旅人のその様子をみて、ディルックは何かあると感じたのかそっと大剣を握った。その間に、旅人はポツリと、元素反応が、とつぶやいた。それを聞いてディルックも元素視覚で周囲を見回すと、戦闘後なのだろう、氷元素の反応が所々に残っていた。それを確認したあと、数人の足音が聞こえ、旅人らはなおさら死角になる場所へと隠れる。その足音の持ち主らは、宝盗団のアジトから離れていったが、その足音と、ぎりぎり見えた背中から、宝盗団だけではなく、騎士団も確認できた。なんで騎士団がいるんだ?と旅人から解放されたパイモンが口にする。宝盗団と騎士団の姿が見えなくなって、ディルックは元素反応のあった場所へと近づいた。それに旅人とパイモンも続く。
「さっきの人たちに神の目を持っている人はいなかった」
「騎士団で氷元素の時点である程度は絞られる。そして、こういう事をするのは1人だろう」
「ま、まさかガイア!?」
騎士団で氷の神の目を持つものは限られている。旅人からすれば、その知り合いは今の段階では1人だけだ。その1人の名前を、パイモンは高らかに叫ぶ。そうするとどこからともなく手を叩く音が聞こえた。
「いやぁ、思ったより早かったな。」
「申し訳ありません。ディルック兄さま、栄誉騎士様、パイモンさん」
その声は旅人たちが来た方向とは逆から聞こえた。分かりやすく足音をたてて、その声の持ち主らは姿を見せる。
「ガイアにまで!」
同じ色合いをした髪の彼らはそれぞれの速度で旅人らへと近づいた。青年はさも楽しそうに、少女はどこか申し訳なさそうに。
「今日中だとは思わなかったぜ。情報収集に関しても有能だな?」
「オイラたちのことまた騙したな!」
にこやかに、仮面のような笑顔を浮かべるガイアにたいして、パイモンは大きな声で食って掛かった。それにたいして、少女の方が口を開く。
「ごめんなさい。でも、最初は私が」
「情報屋は騎士団、ではなく俺の協力者でな。情報も俺から渡していた。助かっていたんだが、潮時かな?」
しかし少女の言葉を遮るように、ガイアは実情を話した。それを聞いて、パイモンが最初から知ってたんじゃないか!と声を発する。それにたいしてガイアは笑うだけだ。
「せっかくだ、アカツキワイナリーまで彼女の護衛もお願いしようか。」
本当は俺が近くまで送る予定だったんだが、などと言いながらガイアはディルックへと視線を向ける。ディルックは無言のままガイアを睨んでおり、旅人はその怖さにちょっとだけ身を引いた。少女も反省の色を見せてはいるが、おそらく首謀者なのだろうガイアは気にした様子を見せない。
「予定していた宝盗団は一通り捕まえ終わったからな。協力感謝する」
「……いえ、お役に立ててよかったです」
少女の言葉に、ガイアは満足したのか、ポンポンと頭を撫でた。照れるようにそれを払いのけるが、それを気にした様子はなく、ガイアはひらひらと手を振って、先ほど騎士団らが歩いて行った方向へと消えていった。その後ろ姿を見送ってから、少女はディルックらに向き直った。
「お、怒っていらっしゃいますか……?」
「僕が何に対して怒っているかはわかっているか」
「……」
ディルックの言葉に、少女は口を閉じる。兄からの叱責を、甘んじて受けるつもりだった。俯く少女に、ディルックはそっとため息をついた。
「……いつまでもここにいても仕方ない。戻るよ」
ディルックはそういうと、旅人らに今回は助かったと礼を述べた。旅人らはそれを受け取って、心配そうに少女を見た。少女もまた、ディルックの言葉に合わせて頭を下げる。
「あ、あんまり強く叱ってやるなよ……?反省しているみたいだし……」
「これは僕たち兄妹の問題だ。」
「そ、そうだけど……」
ディルックはそのまま、アカツキワイナリーの方向へと歩いていく。少女は再度頭を下げると、兄の後に追い付けるように駆け出した。その場には旅人とパイモンだけが残る。
「……ディルックの旦那、めちゃくちゃ怒ってたな」
「うん……」

アカツキワイナリーまでの道筋で、兄妹の間ではほとんど言葉はなかった。先頭を歩く兄の後を、少女が追いかける。ピリピリとした雰囲気を感じ取っているのか、普段であれば目に入るヒルチャールやスライムなども、現れることはなく。
「いつから」
兄の言葉に、少女は顔を上げた。天に上った月は徐々に水平線の向こうに消えようとしていて、あと数時間もすれば太陽が天に上るであろう時間帯。時折バーテンダーをしているディルックはともかく、少女の方はここまで遅くまで起きていないこともあり、眠そうな表情をしている。
「いつからやっていたんだ」
「……2年くらい前になります。その、ガイア兄さまに誘われて……」
「なぜ断らなかった」
少女は、ガイアのことを兄というが、ディルックはそこには特になにも言わなかった。
「私でも、モンドの役に立てればと思って……。戦ったりはしていません!城外やワイナリーの外に行くときには必ずガイア兄さまや他の騎士様と一緒でしたし」
「神の目も持たない、剣も扱えないのに、なぜ危険なことに首を突っ込む。城内であっても、人目のないところで襲われたらどうするつもりだ。エンジェルズシェアの出入りに関しても、僕は許可を出していない。まだ酒も飲めないだろう」
「そ、それは……」
兄の言葉に、少女は口を閉じる。兄の言うところは尤もな話であり、それは少女にも理解できた。少女が再度視線を地面に落としたのを兄は感じて、足を止めた。
「……悪かった。」
「ディルック兄さまのせいではありません!」
少女が思った以上に落ち込んだのを感じ、ディルックは少し目を伏せた。幼いころであれば、危険なことをするのはいつも兄弟であり、それを怒っていたのは妹だった。けれど、兄として、弟妹を守っていたこともある。弟の方はすでに庇護からは遠く離れてしまってはいるが、ディルックにとって妹はいまだ庇護の対象だった。だからこそ、反省はさせても、酷く気を落とさせるつもりはなかった。
「だが、ワイナリーのことも、全部任せていなくなったのは事実だ。それがなければ、こうはならなかったんだろう」
少女がぐっとこぶしを握った。兄が言うのは、過去、義父がなくなってディルックがモンドから姿を消したときのことだ。ワイナリーのことを、以前からいる従業員らにすべてを任せ、喪主を務め終えたあとディルックはモンドを離れた。ワイナリーに、家に残されたのは、ディルックとは血のつながらない、しかしラグヴィンドの姓をもらった2人の兄妹と従業員たちだけだった。その後、兄もワイナリーを離れ、ディルックが戻ってくる1年前まで、ワイナリーには少女だけだった。なぜそうなったのかを、少女はしらない。気が付いたら義父は亡くなり、兄たちはワイナリーを出て行ってしまった。だからといって、ただうろたえて、泣き叫ぶほど幼くはなかった。
「それはすべて、“もしも”の話です。結果として、私はディルック兄さまに迷惑をかけてしまいました」
2人が足を止めたのは、ちょうどアカツキワイナリーが目に入るところだった。すでに明かりも消えており、静寂に包まれていそうではあるが、ホールだけは明かりがついているのか、玄関近くの窓からは光がこぼれている。おそらく、家主の帰りを待っている者がいるんだろう。
「……もう遅い。話はまた今度だ」
その光を確認して、ディルックは再び歩き出す。今度こそ、2人はワイナリーへと帰宅していった。

「どういうつもりだ君は」
「どう、とは?」
モンド城内にて、2人の男が対面していた。人通りの少ないところで、1人はにらみつけるような視線を相手に向けており、向けられた本人はにやにやと笑っている。その様子で、余計に機嫌が悪くなる。
「実の妹をなぜ危険な目にあわせるんだ」
「使えるものはなんでも使うさ。それが自分自身でも、妹でもな」
そういって笑っていた男は、ガイア・アルベリヒは睨みつけてくる義兄であるディルック・ラグヴィンドの横を通り過ぎる。ディルックはそれを止めることもなく見つめ、誰にも聞こえない舌打ちをついた。

後日、再びエンジェルズシェアを訪れた旅人とパイモンは、カウンター席にいる少女に目が行った。蒼い髪を持った少女は、旅人らに気が付くと、良い夜ですね、と笑った。その様子を見て、バーテンダーをしていたディルックが溜息をついた。
「いらっしゃい。」
「な、なんでがいるんだ?」
「あの後、ディルック兄さまがバーテンダーをする日であれば、エンジェルズシェアに来ていいと交渉したんです。改めて、あの時はすみませんでした。」
少女はそういって、ディルックに声をかけると、2つ、アップルサイダーが出された。僕たちからの詫びだ、とディルックは言った。
「ガイア兄さまからも色々依頼を受けている様子……ご負担になっているようでしたら私から兄に申しますので遠慮なく言ってくださいね」
旅人らもカウンター席に座って、コップを受け取る。その様子を見ながら少女はそう言いながらすでに半分ほどになったコップを口につけた。
「……うん?ガイア、兄さま?」
「あれ、ご存じじゃなかったんですか?私とガイア兄さまはラグヴィンド家の養子なんです。私とガイア兄さまは血の繋がりがあります」
なので、ディルック兄さまとガイア兄さまも兄弟ですよ。と少女が言えば、旅人は目を見開き、パイモンは少女とディルックを見比べ、脳内にガイアの姿を思い出してから、大声で叫んだ。
2021/6/28

設定:テイア・ラグヴィンド(デフォルト名)
ラグヴィンド家第3子。ガイアとともにアカツキワイナリーにいたところを義父に発見されて保護、その後養子に入った。
酒を飲めない年齢のため、お酒は飲んだことはないが、おそらくは強い。匂いなどで酔ったり気分が悪くなったりはしない。
神の目は持っておらず、戦闘能力はない。義父がなくなった時期の騒動についてはあまり知らないが、なんとなく理解している。


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