Until it becomes true

嘘じゃなくなるまで


急遽、本当に突然に。僕に新しい家族が出来た。これまで両親と3人暮らしだったのに、これからは5人で暮らすことになったと言われてて、そのまま信じ込む人間はどれくらいいるのだろうか。しかし、両親の言った言葉は本当で、1週間もしないうちに、家に新しい人間が入ることになった。
ユージンと、オリヴァー。
1人は脳天気ににこにこしていて、もう1人はしかめっ面。それに対して僕は母の後ろに隠れる。恥ずかしがり屋ね、なんて母は笑ったけど、実際は違う。不安と、恐怖と、好奇心と。色々な気持ちが混ざり合って、どうしようもなくて。
ただただ、未知の存在におびえていた。

「はじめまして。僕はユージン。こっちはオリヴァー。よろしくね」
「・・・・・・
両親はにっこりほほえんで、子供たちでどうぞと席を外した。実際、仕事や家事があるから、そっちに手をつけているのだろう。隠れる物がなくなった僕は、近くにあったお気に入りの人形を抱え込む。
って言うの?よろしくね。ほら、ナル。本ばっかり読んでないで」
「別に話すことなんて・・・・・・」
「ナル!」
オリヴァー、という少年は、あまりこちらにも興味はないのか、持っている本に意識を向けている。それをみて、ユージンが声を上げていた。
「おい、ジーン。本をとるな」
「じゃあ読まないでよ。」
お互い、とても気が知れているようだった。一緒に来るのだから、なにかしらの関係はあるのだろう。そっくりな顔も、もしかしたら兄弟なのかもしれない。名前を、愛称でも呼んでいる。
「ごめんね、こんな弟で。僕たち双子なんだ。8歳。」
「ううん。平気。僕は5歳。お兄ちゃんなんだね?」
「お兄ちゃん・・・・・・うん、そうだよ!」
ユージンは喜怒哀楽が激しいのか、すごく感情が豊かだ。笑っている。僕と話しているのが、そんなに楽しいのだろうか。僕は嫌われ者なのに。
「これからよろしくね」
ユージンがにっこり笑って、僕に手を伸ばした。世間一般的に言う、握手というもの。けれど、僕はそれをせず、ぎゅっと人形を抱いた。



僕とジーンを引き取った先、デイヴィス家には、1人息子がいた。ブロンズの長い髪を持った、幼い子供。初めて出会ったとき、彼はルエラの後ろに隠れていた。マーティンが前にでるよう促しても、彼はうなずくことなく、じっと隠れたままこちらを探っていた。単純に恥ずかしがっているだけなのかとも思ったが、3人だけで同じ部屋に入れられると、彼は行き場を無くしたかのように、近くにある大きな熊のぬいぐるみを抱えた。彼と同じくらいある大きさの人形を抱きしめた。顔が見えないようにしているのはわざとか。
ジーンが話しかけ、返事はあるも、積極的な会話はなく、ただただじーっとこちらを見ていた。
「(ねえナル、僕なにかしたかなぁ?)」
「(会って数時間もしていないのに?)」
「(うーん・・・・・・、なんか警戒されてるような気がして)」
2人だけにあるホットラインを繋げば、ジーンは彼を見ながら首をかしげた。
警戒。
知らない人間が急に家族と言われれば、普通はおかしいと思うし、警戒もするだろう。それはごく普通の反応だと思う。しかし、ジーンの言っている警戒は、おそらく別だ。そういう普通のものではない。
「・・・・・・ぼくと」
「え?」
彼からかけられた言葉は声が小さく、思考を巡らせていた僕たちには上手く聞こえなかった。彼は視線を巡らせて、再度口を開く。

「ぼくと、かかわらないほうがいいよ」

彼はそういうと、人形を抱えたまま部屋を出た。そとでルエラが声をかけるのが聞こえる。しかし彼の言葉は聞こえず、そのまま2階へとあがっていく足音だけが聞こえた。
「どうしたんだろう。」
「ジーン」
「なに?」
「僕たちがいた場所ならともかく、あれが一般的な5歳児の反応か?」
「え、どうだろう?・・・・・・でも、僕たちよりも年下だったらあんなに静かじゃないと思うけど」
___5歳。確かに、彼が自分自身で言った。まだ上手く言葉を紡げていないもの、プライマリースクールにはすでに通っているはずだ。英国では5歳から義務教育が始まる。
そんな子供が、あんな風に自我を殺したような動きをするだろうか
「ナル、とりあえずルエラの所に行こう。もしかしたらなにか知っているかも」



ナルがあんなにほかの人を気にするなんて珍しい、と思いつつ。実際は僕も気になっていた。米国にいたときとは違う家族が出来て、これからの生活に不安を抱いていたのは確か。けれど、それでも家族になることになるのならば仲良くしたい。ルエラたちによって引き合わされた弟になる存在の彼は、驚きもしたけれど、仲良くなれそう、そう思った。けど、そう思っていたのは僕だけのようで、彼は視線を合わせることはなく、自室へと引きこもってしまった。ルエラにその話をしたけれど、まだ緊張しているのかもしれないわ、とだけ。それでも、ルエラが僕たちの言葉を聞いた瞬間に、表情が暗くなったのを、見逃していない。やっぱり、なにかある。
それから数日たっても、彼はこちらに視線を合わせることはなく、食事の時間も黙って食べていた。ルエラが外で遊んできたら?と聞いても首を横に振って部屋にこもる。部屋でなにをしているのかはわからないけれど、マーティンがよく本を持って行っていたから、おそらくは読書だろう。ナルと同じ、勉強好きなだけかとも思ったけど、それにしてはなにかおかしいとは思った。

「ユージンって、デイヴィス家の子供なんだよね?」
そそくさと帰りの支度をしているナルを横目に、同じクラスの友人らが話しかけてくる。ナルはいっつもしかめっ面でほかの人に興味も示さない。だから代わりに立つのは僕の役目。
「そうだよ。」
学校では急に現れた僕たちを不思議そうに見る子供も多かったけれど、すぐに仲良くなれた。ナルは話している様子ないけれど。
「そうしたらさ、あの子供は弟なの?」
「ええっと、のこと?」
「そうそう、そんな名前」
僕の周りに、何人かが集まってくる。急に彼の、のことを聞かれ、首をかしげた。ほかの学年でも、知っている人が多い。
「その子って、たくさんの精霊とお話出来るんでしょう?」
「え?僕が聞いたのは悪魔だけど」
「どっちでもいいよ。まるで未来を知っているかのような話をするのでしょう?」
「クラブ活動で事故が起こるって言って本当に起こったりとか」
「先生と話しているのを見たら、その後先生が事故にあったとか」
「まるで話した通りのことが起きているのよね」

それから彼ら、彼女らはのことをたくさん話して帰っていた。
「(ナル。さっきの話は本当かな)」
「(さあ?ジーンのように幽霊と話が出来る、というだけでは?)」
「(でも、彼らが話すのは彼らの過去だよ。未来はわからない)」
少し考えても、正直よくわからない。未来を知ることができる、と言われてもあまり理解が出来ていない。ナルも興味があるのかないのか、黙って少し考えているし。
僕はそこらへんにいる幽霊と対話する力を持っている。ナルは霊媒だと言っていた。時には同調してしまうのが、その霊の過去を見たりすることもある。一方ナルは物に触れるとその物の記憶を見ることが出来る。サイコメトリ、というらしい。詳しいことは僕よりナルの方が知っている。ここ最近、ナルはそういった本を読んでいることが多いから。
もしかしたら、も似たような力を持っているかもしれない。その結果として、未来をみることができるのかも。
そこまで考えて、ふと足を止めた。ジーン?とナルも足を止める。
未来を見ることが出来て、そのことを他の人に伝えたことがある。ならそこまで友好関係がないわけじゃない。それなのに、学校の終わる時間になったらすぐに家に帰ってきて、家に引きこもる彼は、前とは違うのかもしれない。ルエラが悲しい顔をしていたのも、その一端かも。帰ったら聞いてみてもいいのかも、でもナルも同じく考えてるはずだから、もしかしたら聞いているかも。
解決はしていないけれど、なんとなく納得のいく結果が出たので、顔を上げて前を見た。ナルがなにをしているのかと眉を寄せている。ごめん、と謝ってから歩みを進めて
____僕は誰かに突き飛ばされた。





特にだれかと話すこともなく学校を終え、そうそうに教室を出る。遠目からみている同期も、教員も、話しかけてくることはなく、邪魔をする者はいなかった。同じ建物の中で、おそらく兄2人も勉強しているが、道順はもう覚えているみたいだから一緒に行く必要はない。家を出る時間は一緒だから、朝は一緒だけれども。
早めに通学路に出た後は、ある程度まで進んだところで足を止めた。見通しのいい十字路。あたりを見回してから、近くにベンチがあるのを見つけてそこに座った。
___僕は、夢を見る。それは自分のことであったり、他者のことであったりと様々だ。あるときは家の夢を見た。母が家事をしていて、急にコンロが燃えるのだ。そうして母が腕にやけどを負う。じくじくとしたそれは痛々しくて、夢なのにとても生々しかった。カレンダーと時計に書かれた日時を覚えて、実際にその夢と同じ時にリビングにいた。そうしたら、夢と同じようにコンロが燃えだした。とっさに母の腕を引っ張ってコンロから引きはがし、父の名を叫んだ。母の腕は夢よりは軽いやけどですんだ。このときはまだ、ただの偶然だと思っていた。
あるときは、入ったばかりの学校の教師であった先生がトラックにひかれる夢だった。血を流してぐったりとしている様子をみて、つい大声を上げてしまった。夢はそこで切れていて、いつ起こることなのかは全くわからなかったから、次の日に先生に、事故に遭う夢を見たから気をつけてほしいと進言した。先生はなかなか信じてくれなかったけれど、さらに次の日、先生は事故にあった。あくまで子供の戯れ言だと思っていたらしく、本当に事故に遭うことは思っていなかったらしい。見舞いにほかの同期と行った時に、そういったことを言われた。
それから何度か、事故とか、病気とか、そういった夢を見るようになった。夢をみるほど、僕はほかの子と距離を取り始めた。
悪魔の子。化け物。
未来を知っている神の子、なんてことも言うひともいたけれど、同じくらいの子供から言われるのは嫌悪の言葉。僕の言ったことは本当になってしまう。だから話しかけてはいけない。話せば自分が事故に遭う。そういった話が広まって、僕は学校以外は家に引きこもる生活に変えた。クラブも辞めた。

そうして昨日、僕はまた夢をみた。兄の1人が事故に遭う夢。ジーンが足を止めて、その後歩き出したときに、車が突っ込んでくる。ナルが手を伸ばすけれど、ジーンはその後地面に倒れている。通学路だから、どこだったのかははっきりしていた。時間も、帰りであったのはわかった。それが何日のことであるのかはわからなかったけれど、周囲の店のCLOWSの文字を見て、曜日がわかった。今日はその曜日。今週なのか、来週なのかはわからないけれど、違ったらそれでいい。本当だったら、
じっと座って待っていると、遠くから2人の姿が見えた。学校のことなのか、2人はなにか考えながら歩いているらしい。ジーンが足を止めた。それにあわせてナルも止まった。後方から、変な動きをした車が来ている。
そこまで見て、僕は走りだして
ジーンを突き飛ばす。
直後、僕とジーンの後方、ナルの前方に車が突っ込む。近くの民家に突撃して、車は動きを止めた。
「いたたた・・・・・・」
「ジーン!」
一緒に倒れた僕は、ゆっくりと立ち上がって服についた汚れを落とす。膝に痛みが走って、涙が出る。
?」
駆け寄ってきたナルが、僕の姿を認識した。同じくしてジーンも起き上がって僕がいることに気がつく。
「・・・・・・っ、うう」
痛くて涙が止まらない。大声で泣きそうになるのを、歯を食いしばって耐える。ぽんぽん、と頭がたたかれて、上を見るとナルが戸惑いながらも頭をなでてくれていた。ジーンもこっちに来て、背中をさする。そこまでされて、僕の涙腺は完全に崩壊してしまった。

家について、母は驚いた表情を見せてから、足の手当をしてくれた。ジーンはとくにどこかを怪我したわけではなかったようだ。消毒薬はしみて、それでまた泣いた。ぐずぐずと泣いていれば、ジーンがわたわたしたように背中をさすってくれた。ナルも珍しく、リビングに残っている。
「痛いよね、大丈夫?」
「ひっく、うぅ・・・・・・」
「ああ、泣かないで。ど、どうしようナル」
「知らない」
「ナルぅ」
弱々しい声を出すジーンを、ナルは気にした様子はない。こぼれていた涙がなんとか引いて、それでも顔向け出来ずにぬいぐるみに顔を埋めた。
「・・・・・・は、ESPだったのか?」
「いー・・・・・・?」
「予知。超心理学ではESPに分類される。見た夢を実際に起こしている、という解釈もあってその場合はPKになる。の場合はESPのようだから」
ナルが言ったことの半分以上はまったくもって理解できなかった。けれど、よく見る夢が、予知、と呼ばれるものであるのはなんとなくわかった。
「へえ。なら僕と同じ?」
「広範囲にとらえれば。」
「・・・・・・気持ち悪くないの?」
つい、双子の会話に口を挟む。その言葉に、2人の視線がこっちを向く。
「みんな、気持ち悪いとか、悪魔の手先とか、そう言うよ。言ったことが本当になるから。」
「予知は実際に確認されているESPだ。」
「もうナル、そういう意味じゃないって。僕は別に、気持ち悪いとか思わないよ。だってのおかげで車にひかれずにすんだからね。を怪我させちゃったのは申し訳ないと思うけど・・・・・・でも本当に、のおかげで助かった。ありがとう」
しゃがみ込んで、僕と目線が合った状態で、ジーンはそういった。ナルも黙ってこちらを見ている。
「ほんとう?」
「本当さ。ありがとう、
ジーンの言葉が、すとんと胸の中に落ちる。きっと、僕はそう言われたかった。
またじんわりと眼に涙がたまる。痛くもないのに、涙が止まらない。ジーンが隣に座って、ゆっくりと頭をなでてくれる。そうされてから、僕は人形を落としてジーンへとしがみついた。




「よかったわ。」
「ルエラ。」
ジーンにしがみつきながら大泣きすると、をなでているジーンを見て、ルエラは笑った。
「ずっと、なにかを抱えているのはわかっていたのだけれども。私たちではどうしようもなかったから。」
の予知を、ルエラたちは知っていた?」
「ええ。には色々助けられたわ。でもずっとふさぎ込んでいたの。私たちには変わらないけれど、ほかの人やお友達と話すことは全く無くなってしまったわ。」
「・・・・・・」
「ナルとジーンのおかげね。きっとこれで、本当に私たちは家族になれるわ。もお兄ちゃんが欲しいってずっと言っていたのよ」
「・・・・・・兄が欲しい?」
「ええ。もしかしたら、ツインズのことをはしっていたのかもしれないわね。」
ルエラはそういって笑うと、コップに入ったミルクをそれぞれに渡していった。ほんのり暖かいそれをのみながら、ジーンたちを見る。は顔をあかくさせ、恥ずかしくなったのか再度近くにあるはずの人形を探していた。けれど、弟がかわいくてしょうが無いジーンがそれを遮り、ぎゅっと抱きしめている。ルエラはそれを笑ってみているだけで、の助けには応じる様子はない。
「ぅう・・・・・・ジーン、離して」
「やだ」
「・・・・・・ナルー、ジーンが離してくれないいいい。とってー!」
がジーンの腕のなかでばたばたと暴れ出す。それでも年の差もあって抜け出せない。が懸命にこっちへと手を伸ばしてくる。おそらくこの茶番は、いくら時間がたっても終わらないだろう。
そうそうにミルクを飲み終えて、置きっ放しの鞄を持って2階へと上がる。そのすれ違いざまに、ジーンのデコをたたいた。痛い、という声とともに、がジーンの腕から飛び出して僕の背中にしがみつく。それについ、動きを止めた。
「ナル、ESPって何?ナルがよく読んでる本、僕も読みたい。」
今度は腕を捕まれて、はそういった。
「気になるのか?」
「学校で聞いたことがないから。学校の授業は簡単でつまんない。だめ?」
「・・・・・・僕の部屋に来るか?」
「いく!」
「あ、ずるい!ナルとだけ!?」
後方で騒ぐジーンを放っておいて、僕はを連れて2階に上がった。


2017/08/29


inserted by FC2 system