邂逅

黎の軌跡番外編:時系列的に合致しないパラレル
文章化できていない部分のネタバレあり


アルマータの遊戯が終わり、揺れ戻しに警戒しながらも通常通りの業務をしていたアークライド解決事務所に、とある訪問者があった。今日はちょうど平日であり、アニエスの姿はなく、他のスタッフも出払っており、その訪問者を対応したのは所長であるヴァンただ1人だった。訪問者は青みがかかった黒髪をなびかせ、その体は白を基調とした服に包まれている。表情は柔らかく、身なりもしっかりしていることもあり、裏解決屋に依頼をするには少々不自然だと周りからは映るだろう。遊撃士協会に依頼するのが、一般であれば一番いい。しかしここ数か月において、たとえ身なりがよかろうとなんだろうと、他者に知られたくないという理由でこの解決事務所に足を運ぶ者も多い。今の時間帯、学業に励んでいるバイトの一人、アニエスもそうだ。
「それで、人探しだったか?」
「ええ。居場所もわかっているので難しくはないと思います。」
訪問者はそういってにっこりとほほ笑んだ。ヴァンよりは年下に見えるが、年齢的には近いだろうか。
「居場所が分かっているならいちいち依頼する必要はないんじゃないか?」
「そうですね。ですが相手は学生なので、アポも取ってない無関係者が立ち入るのは憚られると思いまして。こちらには、学生さんがバイトにいらっしゃっているんですよね?」
「事前にこっちの情報は調べてあるってことか」
「最低限ですけれど。もちろん、相場通りの報酬もお支払いいたしますし、結果次第では上乗せもさせていただきます。」
ヴァンが提供した紅茶を飲みながら、訪問者はヴァンの探るような視線を気にする様子もなく、淡々と言葉を紡いだ。まるでヴァンが話す内容もある程度予想がついているかのように。
「私の正体はすでに検討が付いている様子。でしたら、私が探している人のことも、ご存じでしょう?」

モンマルトにて結果をお待ちしていますね。と訪問者はそれだけを伝えて解決事務所から出て行った。訪問者は名前も名乗らず、さらには探し相手のことすら情報を落としはしなかった。ただ“学生”という情報だけが、明らかにされた情報のみだ。制限時間は本日中。翌日には旧市街を、というよりイーディスから離れるという。なので実際は翌日の早朝までだ。
探し相手が学生である以上、授業終わりまでは捜索ができない。(あくまで探し相手がしっかり学業に励んでいる前提だが)ヴァンは他の従業員に依頼を受けた旨を報告し、要であるアニエスの戻りを待つこととした。



予定では今回のカルバード共和国への訪問は、龍來に行ってそうそうにお暇するつもりだった。マフィアの抗争が起きているとの情報もあったし、遠出することに関して周囲があまりいい顔をしなかったのもある。ただせっかく行くのならばと首都イーディスで一泊し、龍來でさらに1泊してその後帰国することにした。そのため所用をいくつか頼まれ、面白いところがあると上司から情報提供を受け、こうして旧市街まで足を運ぶこととなった。実際、裏解決屋さんのいう通り、依頼する必要性は全くなかった。ただ共和国で普及が始まったばかりのXiphaを持っていないため共和国内でARCUSを使うのはちょっと探知のこともあり抵抗があった。一番は遊撃士協会に行くのが確実ではあったのだが、今行ったら間違いなく詰められることもあり、できれば立ち寄るのは一番最後がいい。そうして考えて、せっかくだからと風の噂でも聞いたことがあるアークライド解決事務所に頼ることにした。
「ごちゅーもんはどうしますか!」
「ここのおすすめはありますか?」
「ええっとね」
事務所のある建物の1階に位置するモンマルトには小さな女の子がいた。まだ日曜学校に行くくらいの年だろう。店内によく似た女性がいるので、たぶん女性のお子さんだろう。小さな子が動いている姿をみて、思わず顔が緩んでしまった。



「その、学生を探すんですよね?」
「検討はついてんのかよ」
アニエスが事務所へ合流し、他スタッフもそれぞれ仕事を終えて戻ってきた。全員がそろったところで受けた依頼について改めてヴァンは話した。
「学生さん、という情報以外ないんですか?どこの学生さんとかは……」
「ま、アニエスのことを知ってここに来たってことはアラミスの可能性が高い。依頼主はモンマルトにいるから、改めて聞いてもいいかもな」
「いや、最初に聞いておきなさいよ」
飽きれた声を出すジュディスをスルーし、ヴァンはソファに沈めていた重い腰を上げた。メンバーは無理難題な依頼だと思っているようだが、ヴァンからしてみれば簡単すぎだ。依頼主の正体さえわかれば、あとは人脈でどうにかなる。ましてや、探し人の一人であろう人物はヴァンらにとってはある程度付き合いのある学生だ。
「つっても、探し人の検討はついている。アニエス、連絡を取ってほしいだが」

「こんばんは。依頼は問題なさそうでしょうか?」
アニエスがある人物への連絡を済ませたのち、全員でモンマルトへと足を運んだ。あとは来るのを待つだけ、というヴァンの言葉を半信半疑で聞きながら、メンバーはとくに何か言うことなくついてきた。夕食時なこともあり、ある程度の客が入っている店の片隅に、依頼主はいた。手元には共和国で発行されている新聞があり、それで暇つぶしをしていたのだろう。壁側の席には、太刀が立てかけられている。
「ああ。ただ来るまでに答え合わせだけはしておこうと思ってな」
「……確かに、所長さんだけが分かっていても、混乱させてしまうだけですからね」
おかけになってください、と依頼主は言った。それから、人数分の飲み物の注文を済ませる。一方で男性陣で椅子と机を近づけて、ある程度のスペースを作る。毎日のように世話になってることもあり、ポーレットたちは特にいうことはない。ただすこし、ビクトルからの視線が痛かった。
「それで、なんで共和国に来たんだ?」
「国外の方なんですか?」
早速、と切り出したヴァンの言葉に、依頼主は驚く様子もなくコーヒーも口に含んだ。
「ええ。出身はエレボニア帝国になります。共和国の皆さんにとっては、良い印象はないと思いますのであまり公にはしたくないんですけど」
「帝国……」
「……まあ、2年前の戦争のこともあるしね」
「ヨルムンガンド戦役ですね。どうやら、それにかかわったのは、所長さんと……そちらの方のみですか」
「うむ。裏方ではあったが」
ヨルムンガンド戦役。千の陽炎作戦と呼ばれるものが裏で行われ、他の作戦も錯綜した結果、ほぼ1日で終戦へと向かった、カルバード共和国と、エレボニア帝国間での戦争。その背後では、戦争どころではない騒動があったのだが、それは一般には全く公開されていない。
「でしたら、私があまりうろうろするわけにはいかないことはご理解いただけていますよね。さすがにCIDの方々にご迷惑をおかけするわけにはいかないですから」
「まぁ、身元がばれてたらCIDどころじゃないだろうけどな」
「???」
「まどろっこしいな。結局、なんなんだよ」
「ただ者ではないということはわかりますが……」
ヴァンと、そしてベルガルドのみだけが気付いている状態に、アーロンはしびれを切らして問う。戸惑いを見せるフェリたちを横目に、依頼者は口を開いた。
「エレボニア帝国、新情報局所属、 ・シュバルツァーと申します。もう3年前になりますか、クロスベル戦役では共和国軍と対立、制圧した立場にあります」
依頼主は、 はそういって解決事務所の面々へと視線をまっすぐ向ける。ただ事実を述べているまで、とでもいうように。共和国側に対してとくになんの感情も抱いていないかのように。
「クロスベル戦役では、帝国は2人の英雄によって圧倒的な勝利をつかんだという。のちの、双璧の剣聖とよばれる2人の学生によって」
補足するように、ベルガルドは口にする。その二つ名は、エレボニア帝国というよりも、その外で囁かれている言葉だ。
「剣聖って……」
「帝国の剣聖といえば、新米剣聖と……」
「……ああ。白妙の剣聖。灰色の騎士よりも早く帝国に現れ、その力を振った、当時はただの士官学生……」
「あまり、風の剣聖のように二つ名を名乗ることはありませんが。そう呼ばれることもあります」
苦笑しながら、 はそういった。喜んでいない様子を見ると、あまり望んでいるわけではなさそうだ。
そんな、依頼主の正体についての答え合わせをしている間に、モンマルトの扉が開く。少し息切れしている学生が1人と、ヴァンらにとっては知り合いの遊撃士の姿があった。
「こちらです、ユリアン君」
それに気が付いたアニエスが2人を呼んだ。ユリアンは少し慌てたように、そして遊撃士のフィーは少し怒っているかのように、集団へと近づく。
「久しぶりです。ユリアン君。充実した学生生活をおくれていますか?」
「は、はい。お久しぶりです、 教官」
背筋を伸ばし、アラミスではあまり見かけられない表情をして、ユリアンは足をそろえた。学院ではないから楽にしていいと、 は声をかけた。
「もう1人と間違えられるかと思ったのですが。」
「向こうだったら、連絡するまでもなく会ってそうだったからな」
「確かに。」
向こう、と呼ばれるのは、ヴァンや の共通した知り合いの学生だ。彼女であれば、いちいちこういった手間をかける必要もなくここにきていることだろう。
はユリアンから、フィーへと視線をずらす。目を細め、説明を求めているフィーに対して、 は手を挙げた。
「怒らないでフィー。帰りには声をかけるつもりだったの」
「それだけじゃない。リィンは許したの」
「渋られたけどね。まぁ、今回の共和国入りは実家関係だから、私が動くしかなくて」
「……それにこの時期に……」
「一応、明日龍來に行って、明後日の夜には帰国するわ。バタバタしちゃうんだけど」
「わかった。私も一緒にいく。明日明後日なら時間作れるし」
「でも、遊撃士は万年人手不足でしょう?私1人でも大丈夫よ?」
「だめ。 になにかあったらどうするの。まだ本調子じゃないのに」
とフィーの会話を、ヴァンたちはただ黙って聞いていた。ユリアンは状況を知っているのか、どっちかというとフィーの言葉にうなずいていた。
「……ま、これで依頼は完了か。あとは関係者でやってくれ。」
「ああ、ありがとうございました。報酬は振り込んでおきますね。」
はそういうと、太刀を持って席を立つ。別のところで改めて2人と話すらしい。さすがに10人を超える人が一か所に集まるのは、貸し切りではない店の中では少し迷惑だろう。
「またご縁があったらお会いしましょう」



「まずはユリアン君にこれを。」
「手紙ですか?」
「ええ、現Ⅶ組のみんなから。イーディスに来たのはこれを渡すのが目的かな」
「ありがとうございます。その、返事を書きたいのですが……」
「帰りにまたイーディスに来るからその時に渡してくれればいいから」
は手紙をユリアンへと渡す。共和国に来る前に寄ったトールズ士官学院第Ⅱ分校で受け取ったものだ。ユリアンと同期のⅦ組からの手紙である。内容は見ていないのでわからないが、おそらく教官であるリィンからの手紙も入っているだろう。
「どこに宿をとってるの?」
「中央駅前通り。朝一で龍來に行けるようにね」
「……なおさら遊撃士協会に来てほしかったかも」
「だって会ったら怒るでしょう?」
「心配してるの。」
「ごめんごめん」
がとった宿はちょうど遊撃士協会の建物がある地区だ。それもあってフィーは少し不貞腐れたような声を出す。
「明日いつ出発するの?」
「始発かな。本当に無理しなくていいからね?」
「ん、大丈夫。駅前に集合ね」



裏解決屋と が邂逅してから2日後の昼間。依頼の間にレンから連絡を受けたヴァンはいったん解散した休憩時間に中央駅前まで連行されていた。レンからの依頼を終えた後であり、手には荷物もあるが、それはヴァンが代わりに持っていた。だからといってレンも手ぶらではなく、1つの紙袋を手にしていた。
「で、ここに何の用だ?」
「古くからの知り合いにちょっとしたプレゼントをね。せっかくこっちに来ているんだもの。会っておかないと」
レンはそういって中央駅へと入っていく。ヴァンも追うように中へと入り、改札そばにいる4人の知っている姿を見つけた。
普段見ている制服ではなく私服をきたユリアンに、いつもの服装のフィーとジン。そして改札に背を向け、ヴァンたちから見たら正面を向いている の4人だ。
「あら、ちょっと遅かったかしら」
レンはゆっくりとその中へと入っていく。できれば他人のふりをしたいが、などと思いながらヴァンもそれに続く。
「久しぶり、レンちゃん。元気そうね」
「ええ。 さんも。裏解決屋に依頼したときに私にも声をかけてくれればよかったのに」
「生徒会、忙しいでしょう?まさかレンちゃんが生徒会長するなんてね」
「ティータに聞いたのね。まぁいいけど。本当は慎ましくして過ごすつもりだったのよ?」
「うーん。それは厳しそうだがな」
「うん」
「あら、失礼ね」
傍から見たら、どういう繋がりかもよくわからない面々ではあるが、5人は特に気にしている様子はない。ちょっとだけユリアンは肩身の狭い思いをしていそうだったが。
「ヴァンも来たのか」
「俺はただの付き添いだ。そういやすぐ帰るって言ってたな」
「ええ。共和国に迷惑かけるわけにはいかないから。CIDの人手をこちらに割いてもらうのも申し訳ないしね」
はそういって視線をどこかへと向けた。人混みに紛れておりわかりにくいのもあるが、おそらくはCIDの人間が監視しているのだろう。共和国にとって は警戒すべき人間の1人だ。警戒対象である新情報局所属なのも大きいだろう。
「そうそう、遅くなったのだけれど。」
レンは持っていた紙袋を へと渡す。首をかしげながらも が受け取った。
「ええっと?」
「出産祝いよ。ま、エステルたちからももらっているだろうけど」
「別にいいのに……ありがとう」
出産、という言葉にヴァンは少し驚いた。ベルガルドの弟子と同い年であれば、年齢は22歳のはずだ。1年前に共和国にきたレンが今祝い物を渡しているということは、ここ最近の話だろうか。一昨日のフィーの本調子じゃない、というのはそれが理由だろうか。
そうしてからすぐ、駅構内に列車の到着を知らせるブザー音が響いた。 が改札の向こう側に視線を向ける。
「それじゃあ、見送りありがとうございます。落ち着いたら、是非あの子に会いに来てくださいね」
「ああ。」
「リィンにもよろしく」
改札の向こう側に消える を見送って、それぞれが仕事等に戻るために駅構内から離れていく。レンはヴァンに預けていた荷物を受け取って、そういえば、と言葉を紡ぐ。
さんにお相手がいることに驚いた?」
「子持ちってことにな。相手は……まぁ、野暮ってところか」
「ふふ。いずれ会う機会でもあるんじゃないかしら。お互い、知り合いは多いみたいだし」
そうして、ヴァンはレンを見送ってから旧市街へと戻るのだった。



列車の座席に体を沈めながら外を見る。本来の仕事も終わり、共和国にいる知人たちにも会え、忙しくはあったが目的は問題なく果たせた。話に聞いていたアークライド解決事務所の人たちにも会えたし、上々だろう。千の陽炎作戦にも参加したというヴァンさんも実際に見ることができた。欲を言えば、以前リィンがあったという白銀の剣聖に会ってみたかったが……まぁ今が機会ではないのだろう。いずれ女神の導きで会うこともあるだろうか。今の共和国の情勢や裏の状況もある程度調べてはおきたかったけれど、そこらへんはフィーやレンちゃんに任せることにする。フィーからは時々Ⅶ組に連絡が入っているので、自然とこの情報はこちらにも流れてくる。それに、2年前に設立された新情報局でも、共和国の情報はある。まぁ、レクター先輩が時々楽しそうにしているので、ろくでもないことも混じっているんだろうけれど。
まぁ、とりあえずは目の前のことに集中しよう。ユミルに行ってお父様たちに結果を伝えたあと、第Ⅱ分校に行ってあの子をリィンから引き取らないと。


2021/11/13

黎の軌跡クリア記念に、もしヴァンたちと出会ったら。文章化していない部分の情報も入っているのでIF世界の話。11/28~30の出来事のつもりだけれど11/30って土日だっけ……???曜日忘れたのでまぁそこらへんのお話ということで。
この時って帝国ではなんのオーブメントなんだろう。ゲーム的には全員ザイファ持っているけれど、共和国内だけだろうと推測し、帝国ではまだARCUSという設定。


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