空の軌跡編

1


七耀歴1201年4月。本来だったら足を踏み入れる縁がないであろう場所へと招く門をくぐった。全寮制のそこは、大きな本館と、学生寮が2つ、そしてクラブハウス、講堂と多くの建物が並んでいる。旧校舎も存在するが、そちらはあまり近寄ることはないだろうか。リベール王国、ルーアン地方にあるエリート学院、ジェニス王立学園。優秀な人材を輩出するとともに、留学生も存在する、3年制度の学院だ。閉鎖空間ではあるが学園長に許可をとれば外出もすることができる。とはいえ、見知らぬ地で3年間過ごすというのは、やはり最初は抵抗があった。けれど、この選択をしたのは自分だ。両親と、そして兄妹の反対を押し切って、私はここに来た。
・シュバルツァーです。よろしくお願いします。」
「ルーシー・セイランドよ。こちらこそよろしくね」
同室になったのは、3年生の先輩だった。ここの寮は原則数人部屋で、状況にもよるが同級生ではなく先輩や後輩と同室になるようだった。部屋の簡単な説明を受けて、ほとんど持ってきていない私物を広げる。さすがに国をまたぐとなると、多くの物を持っていくことはできない。現地で買う前提の荷物だった。
「セイランド……あの、失礼ですがもしかしてレミフェリアの方ですか……?」
「ええそうよ。ふふ、さすがに有名かしら」
「セイランド社といえば医療機器メーカーとしてよく名前が上がりますから」
セイランド社。レミフェリア公国の医療機器メーカーとして有名な会社だ。医療の最先端を進んでいるといってもいい。その医療機器メーカーの提供先として有名なのは、クロスベル自治州の聖ウルスラ医科大学だろうか。
「その年で知っている人は少ないわ。博識なのね」
「そんなことはないです。ただ、いろんな場所を見たくて調べていただけです。」
「この学園に来たのも?」
「ええっと、まあ、そうですね。」
私はそういいながら、荷物を部屋に備え付けてあるクローゼットへとしまった。空いた鞄もそのまましまい込む。この学園の中を探索するには、まずは制服に着替えないといけないだろうか。ジェニス王立学園の制服はスカートで、白を基調としている。あんまり白い衣類は嗜んでいないので、少し新鮮だ。これを今日から3年間着ることになる。そういえば結局、この制服を着た姿を兄妹に見せることはなかったなと思い出す。少なくとも、妹にはあとでなにか言われそうだ。ただここから手紙を出すことは難しくなるので、卒業後に会うときには忘れてくれていることを願うだけだ。
「入学式は明後日。それまである程度学園内を見ておくのもいいわね。」
制服を取り出したのを見て、部屋の外にいくのだろうと先輩も気が付いたらしい。そうします、と返事して、まずは着替えることにした。

ジェニス王立学園は古い伝統があるのだろう。真新しくはなく、けれどそんなに古臭いとは思わない建物を見上げる。隣接するクラブハウスからはいろいろな声が聞こえるが、この本館からはそこまでの声は聞こえない。だが無人ではなさそうだ。本館の中に入ると、目の前にいる受付の人と目があった。初めて見る人ですね、と言われて新入生であることを話した。受付の人、ファウナさんは本館内の案内地図を教えてくれた。どうやらここはそこそこ見学者がくるらしく、そうした地図も用意してあるようだ。礼を伝え、その地図を頭に叩き込んでからとりあえず、と本館を一周することにした。
本校に入って真正面にあるのは受付、右手に階段があり、その奥には職員室と学園長室。反対側には人文科の教室。2階に上がって、人文科の真上に位置するのが社会科、反対側は自然科。私が合格したのは社会科になるので2階のこの部屋が今後の教室になる。中にはおそらく先輩にあたるであろう人達がいるのでお邪魔はせず、再度1階へと戻る。1階の左右には別館に続く渡り廊下への扉がある。教室の奥から行けば講堂、反対側はクラブハウスへとつながっているようだ。クラブハウスの1階は食堂らしいので、そこを覗いてみてもいいかもしれない。
職員室や学園長室を通りすぎて、クラブハウスのほうへと向かう扉を開こうとして、ふと手を止めた。数歩下がるとゆっくりと扉が開いた。
「お?」
そこにいたのは私より背が高いこの学園の生徒だった。おそらく先輩なんだろう。私のような真新しい制服に身を包んでいるわけではなく、ある程度使っていたのがわかる。先輩はふむ、とこちらをじっと見つめたのちにちょいちょいと、手招きをされた。とくに用事はないし、悪い気もしないのでとりあえずついていくこととする。学園内であればそこまで危険もないだろう。
先輩はそのまま、扉をくぐらずに外へと戻ると、本館とクラブハウスの間の通りを進み、奥の敷地へと進んでいった。その先に見えるのは本校ほどの大きな立物。おそらくこれが旧校舎だろうか。しかし、なぜ旧校舎に連れてきたのだろうか?
「おんなじ、だろ?」
「え?」
先輩の言葉に私は思わず首を傾げた。ちょうど旧校舎に背をむけるような形で、先輩は階段へと腰掛ける。そうしてから先輩はんー、と考える様子を見せて再度口を開く。
「帝国出身だろ?」
「……なぜそれを?」
先輩の言葉に、身を固くする。帝国、エレボニア帝国はこの大陸の中でも巨大な国家の1つであり、なにかと血なまぐさい過去を持つ。このジェニスがあるリベールにも、過去に侵攻している。
しかし私は先輩に名前を名乗ったこともないし、こうして出会ったのは初めてだ。それにルーシー先輩にさえ、ファミリーネームを名乗っていない。知っているのはここの教員くらいだろうに。
「勘」
「……」
さて、単純に新入生の情報を持つのはまずは教員だ。まだ入学式も終えていない新入生だ。在籍の生徒は新入生の情報はまだ得ていないはずだ。身内がいるとか、そういう事情があればまた違うだろうが、それに私は当てはまらない。あとはそう、学院ごとに違うが帝国で有名な女学院や士官学院で導入されているとある組織がある。それがどこまでの権力を持つかは学院によって大幅に異なるだろうが。
「……生徒会の方ですか」
「あ、わかった?」
あっけらかんとそういう先輩に、なんとなくこれはめんどくさい気配を感じる。
「一応、ここの生徒会長だ。レクター・アランドール。」
レクター、と名乗った先輩はそういって手を差し伸べてきたのでこちらも応じる。
「……ご存じだとは思いますが、・シュバルツァーです。」
「シュバルツァー。ユミルの領主、シュバルツァー男爵家の長子か」
「そこまでご存じですか。四大貴族はともかく、辺境の男爵家をリベールの方が知っているとは思いませんでした」
そこまで話して、本当に先輩はリベールの人なのかと疑う。ジェニスは留学生も受け入れている。私もそうだしルーシー先輩もそう。目の前にいる生徒会長が留学生ではないという根拠はない。
「……まさかとは思いますが、帝国民ですか?」
「おう。言っただろ?おんなじって」
そういって先輩は同じ国出身同士仲良くしようぜ、といって笑った。

「せっかくだし、学園の案内でもしてやろうか?」
「え、でもお忙しいのでは?」
「いや、全然。暇だからどっか繰り出そうかと思ってた所だ。ルーアンもまともに見ちゃいないんだろ?外出希望も簡単に出るし、外でも案内してやろうか」
先輩と旧校舎から本校舎のある場所まで戻る道中。どうやら旧校舎への道は誰も通らないわけではなく、入口までは生徒が時々出入りしているらしい。ただ内部は鍵かかかっていることもあり、人はいない。空き時間の自由度は、学園の塀の中だけではあるが、そこまで窮屈ではなさそうだ。そして、学園外にも容易に出られるらしい。
「いえ。そこまでしてもらうわけには」
「きにすんなって。ほら、いくぞ」
「え、ええ……?」
先輩はそういうと本校舎への中に入っていってしまった。どうしようか少し悩んで、とりあえずついていくことにする。外出届をもらう事前練習と思えば、いいのかもしれないし。そう思いつつ、すでに閉じられた扉を再度開いて
「どこに行くって?レクター?」
聞こえた声色に思わず扉を閉めようとしたのは、たぶんきっと間違いじゃないと思いたい。
「あ、いや……」
ごすん、という音とともに、私に後ろ姿を見せていた先輩が消えた。代わりに、声色の主である人物が姿を見せる。
「ルーシー先輩?」
さん。彼に何もされてないわね?」
「あ、はい。ええっと、どういう状況でしょうか」
現状を眺め、とりあえず一番状況を理解しているであろうルーシー先輩を眺める。ルーシー先輩はとても良い表情で、レクター先輩の襟元をつかんだ。
「脱走した生徒会長の捕獲よ」
「……なるほど」
レクター先輩の暇、という言葉は嘘だったようだ。というより、私を理由にして仕事から逃亡しようとしていたのだろう。まさか、こういう人だとは思いもしなかった。まぁ多少人をからかうのが好きなのかな、とは思わなくもなかったが。
「もし興味があったら、入学のあと生徒会室にきてね。歓迎するわよ」
ルーシー先輩はそういうと、レクター先輩を引きずりながらクラブハウスのほうへと向かっていった。
「……すごいな」
思わず先輩たちが消えたほうを眺めながらそうつぶやく。リベールの学園というのはこういう人が多いのか、それとも留学生という存在がああいう者なのだろうか。後者だと自分も含まれてしまうので、できれば前者であればいいと願うのみだ。

2020/09/23
学園内はゲームで記載されていないところなどは捏造

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