閃の軌跡編

13


『すまない、君。まさかそうしてくるとは……』
「いえ、こちらもあの時の宰相の言葉で想定しておくべきでした。できる限りのことはするつもりです」
『通商会議には僕も出る。なにかったら遠慮なく行ってくれ。』
「はい。」

話は、8月の初めころにさかのぼる。夏至祭も終え、日常生活が戻ってきたころ。私は突然、学院長に呼ばれることとなった。言伝を預かった教官も、詳細は知らないようで、とりあえずはと授業中ではあるが学院長室へと向かうこととした。
「失礼します。学院長、・シュバルツァーです」
「うむ。はいっていいぞ」
普段滅多にはいることのない学院長室は、奥に大きな机があり背後には獅子の旗、そこにヴァンダイク学院長と、そして
「よお。大体3年ぶりか?」
ジェニス王立学園元生徒会長、レクター・アランドールの姿があった。
「あなたは」
「こちらは、エレボニア帝国軍情報局、レクター・アランドール特務大尉。此度は、君に用があるようだ」
情報局。オズボーン宰相の直下、とも言われている部署だ。先月の帝国解放戦線の洗い出しをしているという部署でもある。
「二等書記官、という肩書の方がいいですかね。悪いな、授業中呼び出して」
「……いえ。それで、要件とは」
「ああ。少し生徒をお借ります。学院長」
「……うむ」
学院長から、会議室の使用許可をもらい、2人でそこにはいる。最後の学院長の固い声が気になったが、軍人からの士官学生への呼び出しとは、あまりいいものではないか。
「いやぁ、しっかし元気そうでなにより。どうよ、学院生活は」
「……充実していますよ。レクター先輩もお代わりないようで。ジェニス中退の件でも聞かせてくれるのでしょうか?」
「あー、まあそれは」
なんとなく、想定はつく。ジェニスに入った時点で、ある程度情報局とのつながりはあったのだろう。情報局、という部署がなくともその前身となる場所に。リベールの異変での帝国軍の動きの速さからしても、先輩がジェニスにいたときに情報網を作り、そして中退した時点でそれは完了した、ということか。
「……私からは特になにもいいません。ある程度の想定もできますし。ですがクローゼさんたちからは数発殴られる覚悟はしておいたほうがいいかと」
「いやー、クローゼとルーシーには仕事で各地に行ったときに見つかっちまっててよ」
「殴られましたか。それとも、泣かれましたか」
「多少はな」
現在、ルーシー先輩はレミフェリアに戻り、クローゼは王太女として、現在頑張っているという。お互いに連絡先は交換してはいたが、ルーシー先輩とも卒業後はあまり連絡が取れていない。
「それについては、追々話すことにしようぜ。今は、さきに本題から」
「……」
レクター大尉はそういうと、封筒を取り出し、中に入っていた1枚の紙を机に置いた。普段見ることのない。__政府からの令状
「剣聖・シュバルツァー。今月末にクロスベルにて行われる西ゼムリア通商会議へと参加し、ギリアス・オズボーン宰相、ならびにオリヴァルト・ライゼ・アルノール殿下の護衛の任につけ」
「___士官学生としてではなく、剣聖としてですか」
レクター大尉が読み上げたのと同じ内容が書かれた令状に目を落とす。帝国宰相と、陛下からの勅命としての署名が最後に記されていた。
「ああ。」
「軍人でもないものに要請するほど、政府軍は人手不足だと?」
「いや?多少なりとも、皇子や宰相に対しての護衛はつく。通商会議の会場の守備はクロスベルが担うしな」
今回の通商会議の参加者はオリヴァルト殿下とオズボーン宰相。殿下には普段通り護衛のミュラーさんがつくだろう。宰相の方は、帝国軍か、鉄道憲兵隊か、と言ったところか。場合によっては情報局も関与してそうだが。
「それでは不十分だと?」
「アテはあるが、帝国に非のある国際問題には発展させたくないからな。あとは、クロスベル側として風の剣聖が出てくるのも理由だな」
「風の剣聖、アリオス・マクレイン。現在は遊撃士として活動されていると聞きますが」
八葉一刀流皆伝保持者。一番有名なのはリベール王国のカシウス・ブライト。私が留学したときは最初遊撃士だったが、現在は軍人として活動している。次点で風の剣聖か。
「今回、立会人としてかかわってくるみたいだぜ。そういう面で、帝国からは警戒対象だな。クロスベルじゃ、風の剣聖は有名だ。同じ剣聖、として出てくれば多少有名になれるんじゃないか?」
「結構です。それに、風の剣聖とつり合いを取りたいのならば、私じゃなくてもいいはずです。帝国軍、そして領邦軍にも武の達人は多くいる。」
黄金の羅刹、光の剣匠が一番の有名どころだろうか。あったことはないが、そのほかにも武の達人やそれに準ずるものたちは帝国に多くいる。それは文武両道を謳っているのも理由だろうが。
「そっちは逆に有名すぎてな。無駄に警戒させちまう」
「……」
「ま、さすがに想像つくだろ。未成年でありながら剣聖の名を持つ若きエース。士官学生でありながら、軍からの要請に協力する向上心の高い若者。いずれは帝国を担う若き人材。色々な言い方はあるが、お前からしての不本意な言い方をすれば___広告塔だ」



オリビエさんとの通話を切り、そっと溜息をつく。あの令状は、宰相はともかく陛下の署名がされていた時点で、拒否権のないものだった。まだ軍に属するように、とのものじゃなかっただけでもいいものだ。剣聖を帝国に縛り付けたいのであれば、陛下直属か、またはそれに関するものに所属させればいい。そうしなったのは、ただ“私が使えるかどうか”を見るためだろう。品定めにあっているようで気分が悪くなる。
「あら。生徒会の仕事は終わったの?」
「ブリジット?ええ。ひと段落はついたわ。そちらも、演奏会の練習?」
校舎の外のベンチに座っていれば、ブリジットがちょうど通りかかった。明日の自由行動日に演奏会があり、その練習に明け暮れていると聞いていた。大変ではあるが楽しいと話していたのを聞いている。
「明日に迫っているから。だけど、遅くまでやるのもよくないしね」
「本番前日は十分に休息をとらないとね。演奏会、時間があったら見に行くわね」
「ありがとう。も、ゆっくり休んでね。……ここ最近、あまり顔色が良くないわ」
「___ありがとう。そうするわ。」
先に寮に戻ると歩いて行ったブリジットを見送る。そうしてから、顔に出ていたことにようやく気が付いた。あまり実感はなかったが、ちょっと、いやだいぶ心労になっていたらしい。
剣聖の名をいただいたことに後悔はしていない。無論、畏れ多いとは感じてはいる。私のような若造が、本当にそれほどの技量を持っているのかは、自身でも不安になる。それでも、少なくとも老師は私に奥伝皆伝を授けた。それが終着点だとは思っていない。
けれど、私は、少なくとも、広告塔になるために剣聖に、剣をとったわけじゃない。最初の、本当に最初の始まりは、憧れからではあったけれど。それでも今まで続けてきたのは、目の前で困っている人を、苦しんでいる人を助けたくて。なにかの力になりたかったから。そうして、リベールで、年代の近い人たちが誰かの為に必死になっているのを見て、自分もああなりたいと思ったから。そして、リベールの異変で、影の国で、私の知っている世界はひどくちっぽけであるときがついて。私の力がなにかの役に立てばと、剣の技量を高めて。そうして、今、ここにいるのに。
でも、考えすぎもよくないか。そうして思いこんで、周りが見えなくなったら、剣筋も鈍るというもの。まずは目の前のこと。政府がどんな思惑を抱えているにせよ、やることは決まっている。まずは日時も迫っていることだし、ある程度の予備知識だけは備えておく必要があるか。



西ゼムリア通商会議。8月30日にクロスベル自治州で行われる通商会議。現在建設中である超高層ビル、オルキスタワーにて行うことが予定されている。参加国は、エレボニア帝国、カルバード共和国、リベール王国、レミフェリア公国、そして主催国であるクロスベル自治州だ。目的としては導力化の著しいゼムリア大陸西部の政治、経済、国際問題を多国間で協議する事、にはなっているが、実際はどうだか。先月末には打ち合わせを兼ねた会合が帝都で行われたようだ。各国の首脳が参加することになり、帝国からはオリヴァルト殿下とオズボーン宰相。リベールからクローディア王太女が参加するという。
クロスベル自治州は、エレボニア帝国とカルバード共和国に挟まれ、両国からの領土争いを受けている場所でもある。不戦条約により、現在はその緊張は緩和されているようだが、あくまで表面上の話だ。裏ではなにが起きていることやら。レクター大尉との話でも出た風の剣聖、アリオス・マクレインがいる場所でもある。二の型の皆伝保持者で、兄弟子に当たる。クロスベルでは高く評価されている人物らしい。
今回帝国組は特別列車にてクロスベルに向かうこととなり、私もそちらに同乗するように指示があった。ちなみに連絡はすべてARCUSを通じて行われており……レクター大尉には、というより政府側には私がオリビエさんからARCUSをもらったことはバレているようだ。特別列車には、首脳の他に、随行団もついていくことになっており、どうやらトワ会長がその一員にいるらしい。夏至祭での避難誘導などの動きが評価されてのことだそうで、優秀な人であるのがよくわかる。そのこともあり、ここ最近はより一層忙しくされている。卒業後はどうするのだろうか。その伝手で政府にはいることもできそうだ。
さて、学院内に話を移すが、特になにもなく、通常通りの日々を送っている。あくまで私の周りだけの話で、どうやら2年の先輩、先月の旧校舎での騒動でかかわったクロウ・アームブラスト先輩が留年の危機でⅦ組に移ったとか、そのⅦ組に編入生が来たとか。Ⅶ組の周りに関しては話題に尽きない。今月末にも特別実習があるようで、やはり忙しそうにしている。学院生活といえば、今月の前半は夏季休暇もあり、貴族生徒に関しては家に戻っている者が多くいたが、そんな状況じゃなかったこともあり、私は学院に残った。リィンも帰らなかったようで、連名で手紙と、ちょっとした名産を送っておいた。まあ、戻れなかったお詫びである。

「___?」
「……リィン。あれ、今日だっけ?」
28日。ちょっと日時としては早いのだが、打ち合わせや顔合わせもあるので、帝都へ向かい、オリヴァルト殿下と合流することとした。打ち合わせといっても、オリヴァルト殿下やミュラーさんとだ。無論、今回の守備について話を聞きたいのも事実だし、どういう日程調整になっているのかも最終確認したい。……できればぎりぎりにしたかったのも事実だったのだが。
そして、列車が来るまでの間、駅のホームにいるとⅦ組の面々が姿を見せた。どうやら今日から特別実習のようだ。いつもこんな朝早いのか……。
「うん。は?どこかいくのか」
「ええ。ちょっと面倒な要件でね。___クロスベルに行くことになったの」
最終的な行先を述べれば、その場にいたほとんどが驚いた表情を見せる。見せていないのは、今月から入ったという編入生。
「あ、もしかしてレクターが言ってたやつだ。ってことは……」
「……ええっと、編入生の方でしたよね」
「うん。ミリアム・オライオンだよ。よろしくね、剣聖さん」
「___ええ。」
レクター大尉の関係者か。この時期の編入生だ。もしかしたらなにかしらの裏があるのかもしれない。
「私は帝都に向かいますが、皆さんは?」
「あ、ああ。レグラムに。」
「レグラム……テロリストのこともありますし、どこで何が起きるかわかりません。気を付けて行ってきてくださいね。トリスタへの戻りは……私の方がぎりぎり遅いでしょうか」
何事もなければ、戻りは9月の初めになる。日数的にも、特別実習の方が早く終わるだろうか。そんなことを思っていると、ふと、Ⅶ組の方から声がかかる。
「そなた、剣聖と言われているが、リィンの兄弟子に当たるのか?」
「ええ。ちょっとだけ私の方が早かった、というだけですけど。差はほとんどないでしょう。……アルゼイド流の方、でしたよね。もしお時間があえば、その剣技見せていただきたいと思っています」
「ああ。私もだ。剣聖と呼ばれる者がこんなに近くにいるとは知らなった。八葉は、リィンだけかと思っていたからな」
「私は学院内では刀を持ち歩きませんから。実技も一緒じゃないので、お互い知る機会がないのは残念でしたね」
ラウラ・S・アルゼイド。アルゼイド流は帝国でも有名な剣技の1つ。ヴァンダール流と合わさった百式軍刀術は軍でも一番使われている剣技でもある。筆頭伝承者である光の剣匠の娘さんが、ラウラさんだ。ヴァンダール流はミュラーさんに見せてもらったことがあるが、アルゼイドは見たことがないので、是非1度手合わせをしてみたいところだ。そんな話をしていると放送が鳴り、帝都行の列車が到着したことを知らせてくれた。
「__それでは、失礼しますね。お互い、気を付けて行きましょうね」

2021/2/16

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