閃の軌跡編

15


「なるほど……エステルたちから聞いたんですか」
「皆さんがエステルさんたちと冒険を共にした仲だったなんて……」
「ハハッ、つくづくとんでもないコンビだよな」
すれ違い、というにはちょっと差があるが、2か月前くらいまではエステルさんやヨシュアさんがクロスベルに配属していたようだ。影の国で会って以来だが、クローゼさんやオリビエさんとは連絡を取り合っていたようだ。ARCUSのような連絡手段があれば、円滑に連絡先の交換ができたが、あの時はそういうわけにもいかず。家にも動力ネットは通っていないので、手紙でのやり取りができるようにしかしていなかった。さすがに一個人では連絡網を組むのは不可能だ。
「まあそんなワケで気をラク〜にしてくれたまえ。ボクたちとエステル君たちはリベールの異変に立ち向かった仲間。そしてキミたちとエステル君たちもクロスベルの異変に立ち向かった仲間。つまりボクたちも運命の仲間同士というわけさっ」
「い、いや〜。そう単純にはいかないかと。」
「その……正直、畏れ多いです」
「ふふっ、でも本当に気を楽になさってください。相談したい事があってお呼びしたのも確かですが……それ以上に、皆さんとお近づきになりたいと思っていたんです。」
「姫殿下……」
「おお、感激ッス……!」
「あわわ……きょ、恐縮です!」
「しかし、エステル君たちもどうやらクロスベルで楽しく過ごしていたようだねぇ。テーマパークなんてのもあるし、ボクも1か月ほど滞在して__」
「……お前のスケジュールは向こう半年埋まっているがな」
「ミュラー君のイケズ!夢見たっていいじゃない!」
オリビエさんに聞いた話だと、クロスベルにて起きた、というより以前からその影があったとある教団の関係者が起こした事件を彼ら特務支援課とエステルさんたちが解決したという。警備隊でも色々問題が起きたようで、これをきっかけに帝国はクロスベルに対して圧力を強めているとか。
「まあ、そんな訳でこちらは君たちについて一通り知っている状態だ。それを踏まえて幾つか君たちに伝えたいことがあるんだが……」
「__はい。本題というわけですね」
「何でも、通商会議に関する気になる情報をお持ちだとか?」
「はい……」
ユリアさんが立ち上がり、部屋にあるモニターをつけた。
「あ……」
「エプスタイン財団製のシステムを使ってるんですね?」
「ああ、この艦の情報処理システムは財団のものを導入しているからね。こちらを見てほしい」
さらに画面に、1人の男の顔が映る。
「……エレボニア帝国宰相、ギリアス・オズボーン閣下ですね」
「ま、≪鉄血宰相≫でいいさ。彼の人となりを知らない君たちにここで悪口を言うつもりはない。ただ、一つだけ前提として知っていて欲しいことがあるんだ。__現在、エレボニア帝国内でいつ内戦が起きてもおかしくない事を。」
「なっ……」
「そ、そうなんですか!?」
夏至祭参加に際してオリビエさんと会った時、実をいうと内戦の話は聞いていた。いつ問題になってもおかしくはない、とは。それが帝国解放戦線の動きをきっかけにより一層深まっている。夏至祭をきっかけに、その存在は多くの者に知られることとなった。
「残念ながら事実だ。具体的には、宰相を中心とする帝国に新たな中央集権体制を作り上げようとする『革新派』……そして有力貴族を中心とする、旧い貴族制度を維持し続けようとする『貴族派』……__この2つによる対立が行き着くところまで行っているのさ。」
「革新派と貴族派の対立……」
「……話は聞いていましたけど、相当、深刻な状況みたいですね。」
「ふむ、察するところ、殿下は中立のお立場なのかな?」
「フフ、中立というより第3の道を行こうと思っている。ま、どちらの陣営からも胡散臭いコウモリに見られてしまう切ない立場なんだけどねぇ」
「……まあ、否定はできんな。」
「し、しかし……両社の対立が、内戦直前まで行き着いているということは……まさか、通商会議に関する『気になる情報』というのは!?」
「あ……」
「……なるほどね」
「___君の懸念どおりだ。『貴族派』の有力者であるカイエン公の方で動きがあった。どうやら、この通商会議中、オズボーン宰相を狙うテロリストをクロスベルに送り込むつもりらしい。」
「……っ!」
士官学校でも、私やⅦ組、パトリックが出会ったことと、帝国誌に載ったこともあり、時々帝国解放戦線については話題にあがる。貴族派が関与しているという事実はそのあとに裏付けが取れたが、公にはされていないため一部しか知らない。
「その、刺客ではなくテロリストというのは……?」」
「宰相殿は、貴族派以外からも激しい恨みを買っていてねぇ。国内外で弾圧された勢力がテロリスト組織を結成しているんだ。そんな連中を、貴族派が体よくミラを与えて利用しているわけさ。」
「そういうことか……」
しかも士官学生の一般貴族には知らされていないようだった。カイエン家の者がいないというのも理由だが、他の四大名門がそろっているのに、その誰もが知らなそうだ。知っていたら、少なくともアンゼリカ先輩とユーシスさんは動きだしていそうだし。
「自分たちの手は汚さずに政敵を葬ろうってワケだね。でも、そんな事になったらさすがに色々マズイんじゃない?」
「マズイどころじゃない!クロスベルにとっても大問題だ!市長が開催した会議中に帝国の宰相が暗殺されたりしたらどんな賠償を要求されるか___ ……す、すみません」
「いや、その心配はもっともだ。暗殺を防げなかった代償として帝国からクロスベル自治州に莫大な賠償が突きつけられるだろう。たとえそれが帝国内での対立問題から起きたことでもね。」
「し、信じられない……」
「……非情なようだけれど、それもまた外交の一側面だわ。」
「……だろうな」
「___そして。実は同じような構図が共和国の方にもあるのです。」
「え……!」
「そ、そうなのですか!?」
「ユリアさん、お願いします」
画面に映っていた姿が、別の人に代わる。
「カルバード共和国政府代表、サミュエル・ロックスミス大統領……」
「こっちのオジサンも恨みを抱えちゃってるとか?」
「いえ、彼がどうというよりはカルバードの歴史によるものです。西ゼムリアにあって、様々な文化を取り入れてきたカルバードには非常に難しい問題があります。いわゆる『民族問題』です。」
「民族問題……」
「知っての通り、カルバードは昔から東方系の移民を受け入れてきた国だ。共和制に移行してからその流れは顕著になり、巨大な東方人街などが誕生することになったのだが……当然、そうした流れに対する反動というものがあり得るわけだ。」
「……反東方・移民政策主義ですね。そのような運動が存在するのは知識としては知っていましたが……」
「そうした民族主義者が大統領を狙っているんですか?」
「ええ、やはり潤沢な資金源を持つスポンサーがいるらしく……最新の武装を供与された過激派が動いているという情報が入っています。」
「……」
「……そいつは厄介ッスね」
帝国と同じ状況が共和国でも起こっている。無論、詳細に関しては違うだろうが、首脳がテロリストに狙われている。それだけでも問題だ。しかもちょうど、このクロスベルに狙われている首脳が2名ともそろっている。
「___お話はわかりました。ですが、どうしてこのような重大な話を自分たちに……?」
「確かに、自治州政府に直接伝えた方がいいいんじゃないの?」
「……伝えたくても伝えられない事情がある。つまり、そういう事ですね?」
「え……」
「エリィ君の言う通りさ。オズボーン宰相にしても、ロックスミス大統領にしても……当然、自分たちを付け狙う勢力が動いているのは知っているはずだ。にも関わらず、クロスベル政府にその事実はまったく伝えられていない。」
「……!」
「そこにどのような思惑があるのか現時点ではわかりませんが……ただ、そのような状況でこちらが帝国と共和国の裏事情を勝手に伝えるわけにもいきません。」
「そしてボクも皇族とはいえ、帝国政府の方針に干渉は出来ない……そこで姫殿下の提案でキミたちを呼んだというわけさ。」
「……なるほど。つまり、ここでの話はあくまで非公式というわけですね?」
「ええ、共有の友人を持つ者同士のお茶の席でのちょっとしたお喋り……無論、そこで聞いた噂話をどなたにお伝えしようと自由です。」
「ふふっ、そういう事ですか。」
「いやはや……思った以上に大胆っつーか」
「フフ、優雅なお姫さまの割になかなかのやり手みたいだね?」
「ちょ、ちょっとワジ君。幾らなんでも失礼なんじゃ……」
「ふふっ、いいんです。クロスベルを取り巻く状況はますます混迷を深めている……少しでも見通しを良くするためには悪あがきをするしかありませんから。」
「ただでさえ、厄介な面々に情報をコントロールされているみたいだしねぇ。エステル君方面のコネくらいは活用させてもらわないと。」
「厄介な面々……?」
「……多分、ご存じだと思います。レクター・アランドール氏とキリカ・ロウラン女史の2人です。」
「……!」
「……なるほど。先ほどの情報が、クロスベル政府にほとんど伝わっていないのは……」
「多分、その2人の情報操作だろう。キリカ女史は、元々リベールで遊撃士協会の受付をしていた人物だが、千里眼という慧眼の持ち主でね。それくらいの情報操作ならば苦もなくやってのけるはずだ。」
「……なるほど。ギルドの方でも聞きましたが……」
「味方ならともかく、敵に回したら一番厄介なタイプだな……」
「そして___レクター・アランドール。経歴不詳、出自も不明だが1つ明らかになっていることがある。それは『鉄血の子供達』と呼ばれるメンバーの1人だということだ。」
「ア、 鉄血の子供たち……?」
「また大層な呼び名だね。どうやら鉄血宰相と関係のあるメンバーみたいだけど?」
「宰相殿が拾い上げたという子飼いの若者たちらしくてね。クセはあるが恐ろしく有能で様々な工作を行っているようだ。貴族派からは最大限に警戒されているみたいだね。」
「……」
「……『鉄血の子供達』。」
「単なる情報将校以上に大変そうな相手みたいね……」
鉄血の子供達。あまりその詳細を私は知らないが、情報局と、鉄道憲兵隊にいるという事は知っている。鉄道憲兵隊側は、たぶん園遊会に来たあの人か……
「……加えて、現在クロスベルに居座る『黒月』と『赤い星座』の問題もある。それぞれ政府と繋がりがあるようだから、よもや会議を狙うとは思えないが……」
「だが、不可解な動きを見せているのはこちらにも伝わっている。それについては君たちの方が実情には詳しいかもしれないが。」
「はい……___お返しといってはなんですが現状で分かっていることについてお伝えします。」
それから、特務支援課から、黒月と赤い星座についての情報が提示される。黒月側には銀とよばれる暗殺者が雇われていることも。そしてどちらも、お互い帝国や共和国からバックアップを受けているとも。
「……そんなことが」
「ふむ、その≪銀≫という刺客はいささか気になるが……」
「まあ、宰相殿やボクを狙う心配はないんじゃないかな?それに『赤い星座』というのは恐ろしく好戦的な猟兵団らしい。護衛もあまり連れていないボクみたいな相手は標的として物足りないんじゃないかな?」
「ハハ……そうかもしれないッスね。そちらの少佐さんがいるんなら戦りたがるヤツもいそうですけど。」
「たかが軍人一人だ。それも現実的ではなかろう。いずれにしても、現時点ではあらゆる事態を想定して備えておくしかなさそうだな。」
「……そうですね」
「___皆さん、教えてくださって感謝します。おかげでこちらの方も様々な事態に対処できそうです。」
「い、いえ、とんでもない!」
「こちらの方こそわざわざ重要な情報を教えていただいて……」
「本当に有難うございました!」
「ハッハッハッ、お互い様さ。しかしそういう事ならお礼に夜のクロスベルの名所でも案内してもらおうかな?ワジ君やランディ君なんかは色々と詳しそうだしねぇ」
「おっ、行っちゃいますか?」
「フフ、それなら取っておきのスポットに案内できると思うけど。」
「おお、そうと決まれば晩餐会はキャンセルして__」
「__させるか阿呆。これからアルカンシェルの公演も観劇するのだろうが。」
「むむ……それもあったか。うーん、アルカンシェルは1度見ておきたかったんだよねぇ。」「はは……きっと楽しめると思いますよ。」
「ええ、目を丸くされること請け合いだと思います。」
「ふふ、楽しみにしていますね。……また何かあったら皆さんにもご連絡いたします。今度はジークに頼らず、直接通信を差し上げますね。」
「ピュイ」
「はは、承知しました。」
「さすがにアレは何かと思ったからなぁ」

「その、最後に念のため、特務支援課の方々に改めてお伝えしておきますね」
「えっ」
「……君」
オリビエさんから声がかかるも、気にせず伝える。お互い、こうして知り合いはしたが、立場的に、これだけは伝えておかないといけない。
「此度、クロスベル警察や警備隊が万全の体制をとっての通商会議、そこをテロリストらが狙うこともすべて承知の上で、“襲撃されたらされたで問題ない”のです。」
「それは、先ほどの外交の話ね」
「それだけではありません。そうすることで、帝国、ならびに共和国の圧力は余計強まります。そして、私はきっと、そうなった場合、あなた方とは対立する立場になります」
「それはどういう……」
「私は、帝国のとある士官学院の生徒です。実際、軍での階級は持ち合わせていません。ですが今回、宰相と殿下の護衛役として、帝国政府から派遣されています。」
「学生さんが、護衛をされるんですか?ふつうだったら、ミュラーさんのような軍人が……」
ノエルさんがそう疑問点を口にする。正直それはごもっともで、学生が護衛をするにしてもふつうはおまけ扱いだ。何かあった時の保険。
「……君の肩書は、それだけじゃなくてね。今回、彼女は帝国にいる“剣聖”として、政府からの要請を受けている」
「剣聖!?」
「おいおい、まだ若いじゃねぇか」
「アリオス・マクレインと同じ、ね」
「彼ほどの実力があるわけではありませんが、そういった事情もあり、私の立場としてはレクター・アランドール大尉と、オズボーン宰相からの指示が、第一優先になっています。オルキスタワーが襲撃された場合、状況によってはクロスベル市側の指示に反して鎮圧を行う可能性もあります」
「そして、それすらも利用し、実際に君が鎮圧した場合にはクロスベル側の警備体制や実情を、帝国側は問うことになるだろうね。」
「はい。帝国情報局の情報操作があれば、いかようにもできるでしょう。可能であれば協力体制をとりたいですがそれすらも難しい。どうか、そこは御理解していただけると、助かります。」



さん……」
「帝国で、剣聖の名をいただいたものがいる、というのはカシウス殿から聞いてはいたが……」
特務支援課が去り、アルセイユにはクローゼさん、オリビエさん、そして護衛のユリアさんとミュラーさん、ジークと私だけになる。この面々が揃っているのに、なにかと前にでて動き回っているエステルさんたちがいないのも、少し不思議な感じだ。
「影の国のあとに、奥伝皆伝となりました。正直、名乗ったことは1度もなかったんですけど、情報局にばれてしまっていて。」
「そこからとんとん拍子で、今回の参加強制だ。___帝国に戻ったら、一士官学生を臨時とはいえ武官とすることに関して、理事長として意見を述べておくつもりだ。」
「あくまで今回は、士官学生としてではなく個人に来たもの……完全に止めることは難しいかと」
「だがキミはまだ学ぶ立場にある者だ。これがトワ君のように随行団としてだったらまだしも、武官として、状況によっては戦いに出る立場になるのは問題がある。個人だが剣聖だかに来たとしても、キミが士官学生であることに変わりはないのだから」
「……はい」
オリビエさんの言葉に、私はそれ以上言わなかった。たとえ理事長がそういったところで、この前例ができた時点で、どうすることもできないだろう。あくまでそういったことを咎めた、という事実だけが残るだけだ。だからといって何かが変わるわけもない。けれど、士官学生は守られる。その肩書しか持たない、先輩や、学友たちが、なにか、例えば内戦が起きたときにも、その権利が守られる。
「せめて、こちらの管轄だったらよかったんだが」
「仕方ありません。令状を持ってきたのも、レクター大尉ですし。」
「……レクター先輩と、会ったんですね」
「はい。まあ、会ったのは今月初め……要件が要件だったので、あまり懐かしんだりすることはできなかったのですが。」
「明日は、彼と行動を共にするんだったか」
「……そうなります。オルキスタワーに詰めることになりますね。」

2021/2/17

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