閃の軌跡編

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「生徒会に入ったと聞いたが」
「ええ。募集していたので……。それが何か?」
ここ最近、何かとパトリックさんに声をかけられる。クラスも違うのによく飽きないものだ。一応、貴族間の関係構築のためにサロンにも顔をだすことがあるが、まあそこまで頻度は高くない。
「生徒会の業務など、平民にやらせておけばいい」
「……僭越ながら、生徒会は生徒会で充実した経験を積ませていただいています。生徒会長でもあるトワ会長には特に世話になっている身です。身分の差があるとはいえ、先輩へ態度は改めた方がよろしいかと」
そのままじっと見つめてみれば、彼は居心地が悪そうに目を背けた。士官学生である以上、上司などの上の命には従う必要がある。そういえば彼は部活でも先輩と対立していたとも聞く。
確かに、彼の言う通り、生徒会に所属している貴族もいるにはいるが、平民よりは少ない。その中で生徒会に入ったのは純粋にジェニスで生徒会に属していたからでもあるし、学校という名の社会を見るのにいい機会だからだ。
そうしていると予鈴が鳴った。次は芸術になるため教室は移動となる。必要な物を持って席を立った。
「それでは失礼します」
あまり印象はよくないが、言うことははっきり言っておかないと後々面倒だ。廊下を歩いていれば前方に見えた同じクラスの生徒が手を振っているのが確認できた。
「大変だったね。」
「ごめんなさい。声をかけられなくて」
「気にしなくて大丈夫ですよ。」
2人は、同じ男爵家の生徒だ。いろいろ気にかけてくれて正直助かっている。そのまま2人とともに、芸術の教室へと向かっていった。



4月18日。
学院では毎週日曜日が自由行動日となっている。それは生徒の自主性を重んじるものであり、部活に参加したり勉学に励んだり、小休止をしたりと、何をするのも自由とされている。私は変わらずその日は生徒会役員としての時間に充てていた。ジェニスでの経験も生きて、さまざまな業務を受け持つこととなった。生徒会長のトワ会長を始めとして、先輩方も、そして同学年の者たちもとてもよくしてもらっている。まあ、何名かとは距離を感じるが、白服な以上、仕方のないことでもある。
今日の仕事は各部活から予算書を回収することだ。ちょっとしたなつかしさを覚える。といっても、回収が命じられたのは1年次のみであったし、どちらかというと集計側だったわけだが。
美術・調理・フェイシング・水泳などなど、自主性を重んじていることもあり、部活は多くある。クラブハウスもあるため、いたるところで部活に勤しんでいる姿が見られた。各部活を回るだけでも、日は徐々に暮れて夕方へと近づいてしまっていた。
「ふう。さすがに疲れるかな」
予算書に不備がないか確認しつつ、生徒会室へと足を運ぶ。そうしてふと、しばらくリィンの姿も見ていないことに気が付いた。授業のある日もそうだが、クラスや寮が違うだけでこうも出会わないものだろうか。まあ正直、リィンの性格からすれば部活よりもいろいろ動き回ってそうだが。
【軍人になるつもりなの?】
リベールから一時帰国していた際、トールズ入学試験の案内書を見つけ、問うたのを覚えている。こちらも両親にジェニス卒業後、帝国の学院に入学したいと話していた矢先のことだった。さみしくなるわね、と母は言っていたが、それは単にユミルにほとんどいない私に対してだけかとも思っていたが、子供全員がユミルを離れることを意味していたと分かったのはその時だ。
【ああ。そのつもりだ】
【別に、リィンが家を継いでもいいのよ?】
【出自もわからない人間が継ぐわけにはいかないよ】
リィンはある日からシュバルツァー家の養子となった。私も、その過程の詳しい内容はしらない。ある日父が毛布にくるまったリィンを連れてきたのだ。そのことだけは覚えている。それからきょうだいのように一緒に暮らしてきた。私の中では、シュバルツァー家の一員だ。しかしその言葉はまるで自分は違う、とでも言いたげで。それがなんだか腹が立った。それが、トールズを選んだ理由の1つ。
そんなリィンの姿が見えなくて。ふと気になった。別にどうこうするつもりもないが、Ⅶ組という新設されたクラスに所属した以上、忙しいのかもしれない。他クラスと共有のカリキュラムの他にもいろいろあるらしいというが、トワ会長からの話だ。詳細は教えてくれなかったけれど。
生徒会室にいるトワ会長に予算書を渡し、不備がないか確認してもらう。問題ないと判断してもらって、今日は上がってもいいと声がかかった。やることがあればやると伝えても、まだ1年生だからと押し切られる。私の思い浮かべる最初の生徒会長のせいか、仕事量が洒落にならない気がするのは気のせいだろうか。会長はその後、頼るあてはあるから、と話していたので、とりあえずはその言葉を信じることにした。


時間もできたし図書室へと、と思っていたところに声がかかる。聞き覚えのあるそれは、久々にあるリィンだった。
「リィン。元気そうね」
彼の元に近づけば、腰には太刀をかけていた。学院は文武両道なところもあり、武具の持ち込みも許可さえているが、学院内で持ち歩いている者は少ない。特に授業がある日はそうだ。今日は自由行動日なので武に通ずるものは持っているようだったが。
「どこかに良い訓練場所でもあった?」
「いや、ちょっと頼まれごとで旧校舎に行っていたんだ」
「旧校舎?うーん、どこもそういう場所にはいろいろ蔓延ってたりするのかしら」
思い返すはジェニスの旧校舎だが、このトールズにも旧校舎がある。随分古く、施錠もされているようで立ち入ることはないと思っていたが。
「学院生活はどうⅦ組って大変?」
「まあ、な。身分に関係なく集まったクラス……。正直、課題は多いよ」
「貴族も平民もいる、ね。学業以外にも考えることが多そうね。」
リィンと話をしながら生徒会室から離れ、校舎外にあるベンチに腰掛ける。夕方になってきたこともあり、生徒数も昼間よりは減ってきているようだった。
だが、リィンにとっては良いクラスなのではないだろうか。リィンの存在はともかく、シュバルツァー家が出自のわからないものを養子にした、という話は知っている人であれば知っている。それでも男爵家なので、Ⅶ組がなければ所属はⅡ組だろう。そういった話を表立ってする人はあまりいないとは思うが……いや、彼のような存在がいたらちょっと話は違うか。
こそ、忙しいんじゃないか?生徒会役員だって聞いたけど」
「どうかしら。向こうでも生徒会に入っていたから。でも、やっぱり士官学院独特なものはあるわね。充実しているわ」
「ジェニス王立学園か。エリゼ、怒っていたな」
「最初は聖アストライアに行こうかって話していたのもあるかもね。戻ってきてすぐにトールズに来たのもあるし。今度埋め合わせしないとね」
妹のエリゼは聖アストライア女学院に入学している。時期とすればちょうど私がジェニスに留学したのと同じ年だ。アストライアも寮生活になっているので、中々会う機会も取れず。帝国に戻ってきたので、連絡は取りやすくはなったが。今度の自由行動日に顔を出すことも検討しておいたほうがいいかもしれない。
「リィンも、埋め合わせ何がいいか考えておいて」
「え?」
「勝手に決めて、勝手にジェニスに行っちゃったし。ちょっとしたお詫び。返事はいつでもいいから」
そのままリィンを置いてベンチから立ち上がる。4月とはいえ、さすがに日が暮れれば風が冷たくなる。
「それじゃあね。無理は禁物よ」
そうして寮へと向かうために門へと迎えば、後方で困っている表情をしているのを感じた。多少は人に頼ることを覚えるいい機会だと思ってほしいものだ。自分でなんでもやろうとして、全部抱え込む。私は詳細を知らないけれど、ユン老師が修行を打ち切られた理由は、そこにも関連しているんじゃないだろうか。

2021/1/21

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