閃の軌跡編

3


「うんうん。良い引きだったよ」
「いつもここで釣りを?」
「そうだよ。も一緒にどう?」
「少しやったことはあるけど、私には性に合わなかったの」
「そっかー。残念」
トリスタの川沿いの一角に、ちょっとした釣りスポットがある。そこにほぼ毎日といっていいほどいるのが、同じ?U組のケネス・レイクロードだ。レイクロードといえば、釣りをする者だったら誰でも知っている釣り具メーカー会社だ。そこの子息だから釣りが好き、というよりは純粋にそういったことに関係なく釣りが好きそうな雰囲気をしている。
近くには水バケツはおいてあるものの、そこに魚は数えるほどしかおらず、どうやら何匹かは釣ったあと戻しているようだ。
「釣った魚はどうしているの?」
「逃がしたり、料理したりいろいろかな。生態調査も兼ねているからね」
「ええっと、釣皇倶楽部ってそういうこともしているの?」
「うん。今は学院の部活動だから本格的ではないけどね」
ケネスはそういうと再度竿を振った。静かに浮きが川へと浮く。ハマる人はハマるらしい。修行にもいいと、ユン老師にやらされたこともあるが、釣るより仕留めたほうが早いのでは、といったら笑って銛を渡されそうになった。無心になり、気配を断ち、相手の動きを感じ取れ、ということだったんだと思うが、ちょっと私は魚と相性はよくなかった。
「よかったら持っていく?」
「うーん。正直、料理する場所ないのよね。」
山籠もり経験や家での料理経験もあるので、やろうと思えば魚もさばけるとは思うが、寮にはメイドさんたちもいて正直料理する機会というものがない。台所を借りるのもちょっと申し訳ない気もする。でも気遣いを無駄にはしたくはないし。ああ、料理といえば
「調理部に持っていくのはどうでしょう。マルガリータが所属していたような」
「それはいいね。お願いしようかなー」



「お邪魔してすみません、ニコラス先輩」
「気にしなくていいよ。それにしても大量だね」
「あらぁん、いいじゃないのよぉ。美味しくなりそうだわぁん」
ケネスが釣った魚を持っていけば、調理の材料として歓迎された。部長であるニコラス先輩を中心に数名の部員で構成され、一部食べる専門もいるが、和気あいあいと調理が行われていた。料理研究もしているようで、調理の道に進みたい者もいるらしい。
「よかったら食べていってよ。せっかくきてくれたんだ」
「ありがとうございます。」
トールズでは一部部活を除いて、平民と貴族の溝が深いことが多い。著明なのがチェス部だ。あちらは貴族と平民とで部活を分けているようだが、それでも平民側の待遇が悪いのも事実だ。調理部はそこまで溝が深くない、というよりも、貴族側の参加者が少ない。全くいないわけではないが、貴族というのはやはりメイドや執事を抱えていたりするので、料理をするという想定がされにくい。ただⅡ組に関しては料理をする者もいるようなので、家格とその家庭によるだろう。Ⅰ組は、あまりするイメージがないか。
ちゃんは料理はするのぉ?」
「家で手伝う程度ですね。私のところは母も料理をするので」
「いいわねぇ。そうそう、もし独創的な料理があったら持ってきてほしいわぁん。」
是非食べたいと、同じクラスであるマルガリータが言った。機会があれば、と了承すれば、料理手帳なるものをいただいたのでありがたく使わせてもらう。気に入った料理のレシピなどがあれば書き込めるようになっているようだ。機会があれば開くとしよう。



実技訓練、というのがある意味士官学院特有の授業の1つだろうか。卒業後になるかどうかは別として、一応ここはいずれ軍人になる者を集めている。所属する部隊によって扱う武器は違うが、まずはある程度戦えなければ、なにかあった時に困る。メインなのが百式軍刀術と呼ばれる軍刀を使ったものであるが、それ以外にも導力銃や魔導杖など、武具は多種多様にわたる。人によってはすでにある程度の剣術を習っている者もいるため、士官学院での実技訓練は、遠近で分けられている。私の場合は太刀なので、接近術だ。軍事学鍛刀であるナイトハルト教官と武術・実践技術担当のバレスタイン教官の指揮を受けることとなる。これはクラスごとではなく扱う武具によって分けられるので、Ⅰ組とⅡ組合同のようだった。
大体こういうところで強い生徒は、フェンシング部に入っていることが多い。Ⅰ組の中では強い分類に入るであろうパトリック・ハイアームズもそうだ。本気でハイアームズ家の者に相手取ってその後どうなるか考えると強く出れない、というのも理由だろうが、実際問題、彼は基礎もなっているので強い。数名でチームを組んで教官に挑んでいる姿を眺めながら、なんとなくそんなことを思う。一応、授業の範囲なのでがっつりとしたものではないけれど、どちらの教官も実技経験があるので生徒は軽くあしらわれてしまう。特にバレスタイン教官の動きは、軍人とは違うので、先が読みにくい。状況に応じて臨機応変に瞬時に切り替えられる、まるで、遊撃士のような。
遊撃士といえば、エステルさんたちは元気にしているだろうか。リベールで知り合った遊撃士の方々は、リベールや共和国に所属していたりするので、帝国ではあまり名前を聞かない。というより、留学期間中に帝国の遊撃士協会が閉鎖されていた。多発テロがあったから、とのことだったが、実際問題はどうだろうか。
「次、・シュバルツァー」
「はい。」
バレスタイン教官に呼ばれて前に出て、ふと自分1人なのに違和感を持った。先ほどまでは数名で組まされていたはずだ。前衛と後衛で、大体3〜4人程度のはずだが。
「……バレスタイン教官?」
「あなたなら、1人でも十分でしょ?」
「……。」
あくまで授業の一環。バレスタイン教官がなにを考えているのかはいまいちわからないが、学生の範囲内で、やるしかないか。
「よろしくお願いします」
「どこからでもきていいわよ」
片手剣と導力銃の二刀流。トリッキーな戦法をされそうだ、というのは今までの見学でなんとなく見えている。学院ではあまり見られない太刀の刀身を抜き、そのまま構える。闇雲に動いたところで、利点になるとは思えない。構えの姿勢を解くことなく、私は教官をじっと見つめた。

「まさか、君が教官から1本とるとは」
「バレスタイン教官は多少手を抜いていました。わかりきった隙でしたので」
授業なので負けたところで問題はないが、結果として教官らから合格をもらったのはパトリック・ハイアームズのグループと私だけとなった。あくまで、教官がわざと作った隙を見つけられたかどうか、が合格のポイントになるが。単位取得だけであれば、授業に参加して武具が扱えればいい。それだけで済まないのが、軍への道ではあるのだが。
「その技術を買って、君も一緒に来ると良い」
彼の言葉を、私は黙って聞いていた。
教官から1本とった実力から、自分の取り巻きになるにふさわしい。ハイアームズ家の傘下に入れば将来安泰だ、とも。
1年の中では家格は一番高い。四大名門な時点で、王族がいないだけでトップといってもいい。甘い蜜をすいたい者は彼にしたがうことが多いだろう。ただ今現在、特に私は必要としていないのも事実。彼が嫡男であれば別だが、長子ではないのでおそらく違うだろうし。
貴族として、配下を従わせることは間違ってはいない。特に四大名門であれば、トップに立ち、下を動かす役目もある。しかし、彼の行いはその正しい在り方ではなく、ただ家格をかざして権力を押し付けているに過ぎない。
「申し訳ないですが、今の貴方に従う必要性を感じません。以前にも申し上げましたが、追加で先輩だけではなく、まずは人との付き合い方について1度お考えになった方がいいのではないでしょうか?」

2021/1/24

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