閃の軌跡編

9


「エリゼ……どこだ!?」
「ここが旧校舎……初めて入るわね」
「んー……ここにはいねぇのか?」
「まったく、どうして僕が……」
旧校舎内は、Ⅶ組が何度か出入りをしているとは言え、他では使われていないので少々埃っぽかった。老朽化が進んだ建物なのでそういった面では仕方がないだろうが。
___きゃああああ
遠くから、悲鳴が聞こえた。
「エリゼ!?」
「悲鳴……!?」
「奥だ!」
リィンと先輩の先導で先へと進む。旧校舎の構造は把握していないが、出入りをしているリィンにはわかっているようだ。奥へと進めば、なにかしらの機械、というかちょっと違うタイプであれば見たことがある、エレベータがそこにあった。
「下から……!」
「な、なんだここは!?」
「へえ、噂には聞いてたがこんな風になってたのか」
偶然かどうか、エレベータが上がってきたのを確認し、すぐさまリィンが操作し始めた。そのあとを追いかけ、操作盤をのぞき込む。Ⅰからの数字がいくつか書かれており、おそらくそれが階を示しているのだろうが、この旧校舎にここまでの階層があったとは。操作が終わったエレベータが下へと降りていく。現段階での最下層まで下りていくと、倒れているエリゼと。
「な!?」
「な、なんだありゃあ!?」
「きょ、巨大な甲冑ッ……!?」
「……人工的な……いえ、さすがに違うか」
その前には大きな機械兵がいた。機械兵はその手に大きな剣を持っていて、それを振りかぶる
___間に合わないことはない。けれど損害が出る。
生憎太刀は持ち合わせていないが、その構えをとり、刹那、エリゼと機械兵の間へと入り込む。
「エリゼええええ!」
その後方で、リィンのあの力を感じながら。

瞬時に機械兵に切りかかったリィンを横目に、まずはとエリゼを抱えて後退する。
あの姿を見るのは、久々だ。リィンが力を抑える理由。ユン老師に八葉を教わる理由となった力。
「うおおおお」
ある程度機械兵を抑え込んでから、リィンの動きが止まった。力の制御はリィンの課題の一つ。完全なる暴走はせず、今回は落ち着けたようだ。
「ぐうっ……はぁっ、はあっ……こ、これ以上、呑み込まれてたまるか……」
ただそれが隙にもなる。再び構えたリィンに対して、再度剣が撃ち込まれようとして
「加勢するぜ、後輩ッ!パトリック坊やは嬢ちゃんたちを頼んだからな!」
「ぼ、坊やも止めろ!」
先輩がリィンの元へとつくと同時に、パトリックがこちらへと近づく。
「だ、大丈夫か」
「ええ。エリゼも気を失っているだけのようですし」
おそらく転んだのだろう怪我はあるが、擦り傷程度だ。
「し、しかし大丈夫なのか、その、リィン・シュバルツァーは」
「……我を忘れたわけではなさそうですし問題ないかと」
「そ、そうか……」
リィンと先輩の攻撃が、機械兵を襲い、どのくらい時間が経っただろうか、長くはないが、決して短くもない時間の攻防の末に、敵は沈黙した。その背後で、意識を失っていたエリゼも意識を取り戻した。
「ねえ、さま……にいさま……」
「エリゼ!」
そっと背中に手を入れて体を起こす。リィンもまた駆けてきてしゃがみこんだ。
「だ、大丈夫か!?どこか痛む所はないか!?」
「ええ……地響きに足を取られて転んでしまっただけで……それに、兄様たちが守ってくれましたから……あの日みたいに……ううん、あの日とは違う形で……そうですよね……?」
「エリゼ……ああ、何とか乗り越えられたよ。」
「ふふ、よかった……」
特に頭を打っているわけではないようなのでほっと一息つく。とりあえずは一件落着、といってもいいだろう。リィンも、あの力に呑まれて帰ってこなくなることもなく。

___リィン!それ以上はダメ!エリゼも無事だから!
___ぐううぅうぅっ
___兄様!
魔獣に襲われたエリゼをリィンは助けた。当時私たちは9歳。ちょうど私は八葉一刀流の指南を受け始めたころで、まだまともに戦えもしなかったころ。リィンは小さなナタ1つで、何倍もの大きさのある魔獣を切り伏せた。当時はそれがなんなのかわかりもしなくて、ただリィンの様子がおかしかった、としか感じなかった。けれどその後リィンもユン老師に指南を受けることとなって、それが力であり、あの時のリィンがそれに呑まれた状態であったと知った。けれど今回は呑まれなかった。それにホッとすると同時に、きっと呑まれずに済んだのは、私やエリゼではなく、Ⅶ組に出会ったからなのだろうと、どこかで感じてしまった。

その後、Ⅶ組やバレスタイン教官、トワ会長ら先輩らもこの場に下りてきて、無事を確認することとなった。機械兵、甲冑のことも含めて事後処理と状況報告と確認に、その後の時間がとられることとなった。



「まぁ、リィンもそうだけど、エリゼも反省すること。得体のしれないものには近づかない!いいわね」
「……はい。すみませんでした、姉様」
日もずいぶん暮れてしまっていたこともあり、そのままエリゼは私の部屋に止まらせることとした。アストライアにはトールズ士官学院として連絡させてもらい、了承を得た。怪我の手当も済ませ、多少叱りはするも、せっかくの機会なので久々の姉妹談義に使わせてもらうこととした。
「ところでエリゼ、殿下とは仲が良いの?」
「え、ええ。とてもよくしていただいています。先日、離宮にもご一緒させていただいて」
「あら。それなら、夏至祭も、私の許可もとらずに同行したらいいのに」
「それとは話が違います!皇族の方が誘われた園遊会ですよ!?そこに私なんて……」
「いいじゃない。私も夏至祭は皇族が参加する社交界に出るし……少し早いけれど、いい勉強の機会になると思うわ。来年は嫌でもそういった場所に出るのだから」
「そ、それはそうですが……」
まぁきっと、私があれこれいわなくても、エリゼであれば友人の頼みを受けたことだろう。あくまで私は後押ししたに過ぎない。にしても、皇族か。リベールでのあの人との関係を考えると、もしかしたらシュバルツァー家はなにかと皇族に縁があるのだろうか。血筋以外にも。恐れ多いのであまり考えたくはないのだけれど。
「……ところで姉様」
「うん?」
「兄様は、どうしてあんなことを……」
「___手紙のこと?」
エリゼの表情が曇る。まあ、今回来た目的だ。リィンの家督相続と、その後の話。私がユミルに戻ったときはエリゼはいなかったので、あの時の話は知らない。お父様は知っているだろうけれど。
「リィンが家督相続をしない、という話はリィンから聞いたわ。そしてそれに了承したのも事実。」
「なぜですか!?兄様は唯一の男子、継ぐ資格は十分にあります」
「あの時話していた養子の話ね。そう、法律的には全くなんの問題もないわ。リィン・シュバルツァーが家督を継ぐことは書類上はまったく、ね」
「でしたら」
「でも、貴族というのはそうじゃない。」
「っ!」
言葉を詰まらせたエリゼに対して、そのまま言葉をぶつける。
「エリゼもアストライアにいるのであれば多少はわかるでしょう。貴族というのは家柄を、伝統を重んじるわ。それは男爵家でも例外じゃない。それだったら、女子ではあれど血筋のある私やエリゼが継ぐのが、一番差しさわりのない結果になるわ。それにリィン自身も、家督を継ぐ気がないしね。無理やり継がせる必要もないでしょう」
「そ、そんな……」
「まあ、リィンが継ぎたいっていったら譲るし、継がないなら私が継ぐだけ。エリゼはあまり気にしなくていいわ」
「……納得は、できません」
「それでいい。無理に納得する必要もないわ。心の感じるままでいればいいわ。それに、この話はお父様にも話していないし。あくまで私とリィンの中での話というだけよ」
頭で理解しているのと、心で納得するのは別だ。倫理に反していたとしても、それが最善だとして行われることと同じように。すべてにとって都合の良いことは存在しない。その中で、必死にあがいていた姿を、私は知っている。
卒業してから会っていない、連絡も取り会えていない、私が最初に出会った至宝を思い出しながら、私はそっと目を伏せた。

2021/2/13

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