ただいま、おかえり。

サイバースルゥース

「・・・・・・」
見知らぬ天井だ。じーっとその天井を見上げて、それから無機質に音を鳴らす機械に目を向ける。心電図モニターやら呼吸器やらが普段聞くことのない音を出している。
布団の中で手を動かして、腕を動かして、ある程度動けるのを確認して、がばっと起き上がった。
「うわっ」
それによって、誰かが声を上げた。ぎょっとしてそちらを見ると、同じように驚いた表情の少年が1人。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いがお互いにじっと見て、なんて言ったらいいのか戸惑って。
「・・・・・・おはよう」
「・・・・・・うん、おはよう。」
声をかければ、勇吾はにっこりと笑ってくれた。

「アラタたちは、君が幽霊になってEDENをさまよってるんじゃないかって、探しに行ったんだよ」
「幽霊って・・・・・・勇吾じゃないんだから」
「あはは・・・・・・。僕の欠片は本当に幽霊扱いなんだね」
ごたごたした医師と看護師の診察が終わり、疲労からベッドに倒れ込む。その間、ついてくていたのは勇吾だ。本人もリハビリなどで忙しいし、まだ1人で歩ける状況ではない。けれど、友人として一緒にいてくれたのは、正直助かった。
勇吾は今から約1週間前に目が覚めたそうだ。他のEDEN症候群の人間も。全員が、8年前に起きたテロの被害者であり、今まで昏睡状態になっていた、というのが、この東京での真実。つまりは自分も、同様の扱いになるらしいが、唯一自分だけが、1週間遅れになった。その理由は、おそらく現代医学では解明できないだろう。EDEN症候群の面々の意識が戻ったことでさえ、解明できないのだから。
アラタやノキア、悠子は変わりないらしい。彼らはEDEN症候群でもないから、ただ知らない8年間の東京に戸惑っているらしい。そんな彼らは現在、EDENで俺の幽霊を探しているようだ。面白そうだからと、勇吾には連絡しないように頼んでいる。自由に動けるなら、EDENに行って驚かすことも出来るのだが。
「でも、本当によかった。ずっと心配していたんだ。」
「うん。アルファモン・・・・・・杏子さんやデジモンたちが助けてくれたんだ。みんなが持っていたデータで俺の精神データを再構築して、肉体にインストールしたんだ。あまり詳しいことはわからないけど」
「そういったことは、アラタが詳しいだろうね」
「そういえば、みんないつ戻ってくる?驚かすには、まずベッドを空けて、後ろからっていうのが王道かな」
「まったく君は・・・・・・その必要はないと思うよ」
「え?」
勇吾がそういって笑っているのをみて、不思議に思いながら体を起こす。そうして、病室と廊下を遮る、透明のガラスが目に入る。
そうして、その先で今にも殴り込んできそうな、いやな笑みを浮かべた人と目が合った。
「っ!」
がばっと布団をかぶると同時に、病室に入る足音が聞こえ、力強い腕が布団を浚った。
「おたく起きてんじゃねぇか!!!」
「ちょ、アラタ!」
「まぁこのくらいは妥当かと」
「ここ病院!病院だから!ってか勇吾!わかってて黙ってた!?」
「悠子たちが戻ってきたのはわかってたよ」
「うらぎりものおお」
「なんのことかな」
「おらタクミ!逃げてねぇで白状しろ!」
「うわああごめんなさいいい」



「で?ああなることくらいわかってたんだよなぁ?自分の体のことだし?まず末堂がそう言ってたもんなぁ?」
「えっと、その」
「ま、まあまあ。落ち着きなって。・・・・・・こうして、戻ってきてくれたんだから」
「ごめんね、ノキア」
ベッドに腰掛けた俺を見下ろすように、目の前にはアラタがいる。近くにはノキアたちもいるけれど、おそらく心の底ではアラタと同じ気持ちなのだろう。助けてくれる気配はしない。その象徴として、出口はノキアと悠子に遮られている。
「・・・・・・あれは、ただのエゴ。自分のデータがどうにかなってでも、どうにかしたかった」
「いったはずです。5人で戻れなければ、作戦失敗だと」
「うん。データが霧散することも、想定はしていた。それでも、どうにかしたかったんだ。・・・・・・ごめん」
「そう言われたら・・・・・・どう返していいかわからないじゃないですか・・・・・・」
「・・・・・・うん」
目線が合わせられなくて、すぐ側に置かれたデジヴァイスに目をやる。それだけが落ちていた状況を、3人はどう思ったのだろう。ノキアに関しては、2度もその状況を見せてしまった。
静寂が、病室を包んだ。誰もが、口を閉じる。
「だああああああああああああ!!!」
突如、その中で大声が聞こえておそらく全員の肩が飛び上がっただろう。
「もううだうだするの禁止!こうしてタクミも戻ってきて、5人揃ったんだから!あたしたちを心配させた罪はぁ~償って貰うけどね!」
「えっと、ノキアさん?」
「たとえば~そうだなぁ~今度遊びに行くときの経費ぜーんぶ出してもらおっかなぁ?探偵業で、ずいぶんと稼いでいそうだし?」
「え」
「悠子っちも、食べ放題だよ?」
「お、おい、それは・・・・・・」
「それは名案です。なら早く兄さんたちにも退院してもらわないといけませんね」
「決まり!ふっふっふ、覚悟してなさいよね!」
わいわいと、なにかが決まってしまったようでノキアと悠子は盛り上がっている。声を出そうにも、それを遮ることは出来そうにない。さぁっと顔色が悪くなったのが、なぜか自分でもわかった。
ぽん、と肩がたたかれ、女性らの動きに圧倒されたのだろうアラタいつのまにか側にいた。
「まぁ、なんだ。うん。おかえり」
「・・・・・・ただいま」
盛り上がってきた2人を、男3人で眺め、まだやり残したことはあるにしても、
これでようやく、8年前の事件は収束したのだと、実感した。

2017/12/29


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