バレンタイン

FGO *バレンタイン礼装微バレあり

サーヴァントたちは、それぞれ差はあれど戦いを望んでいることが多い。それが故に、カルデアではヴァーチャル・リアリティシステムであるシミュレーターの使用を許されている。しかしこれは過去に戦ったことのあるエネミーや、行ったことのある場所しか再現されない。新規開拓をするためにはレイシフトなどで情報を見ていく必要がある。望むか望まずか、関係なくマスターやカルデアはいろいろな事象に巻き込まれるため、その都度シミュレーターの使用範囲は広がっている。
そんなシミュレーターの中にできた小さな山小屋。外は再現されておらず、小屋から出ることはできないが、風景として雪景色が再現されていた。中には薪ストーブが置かれており、冬の寒さを忘れてしまうような温かさがあった。そして中央に鎮座しているテーブルの上には、カップのほかに1つの赤い包みが置かれており、椅子には1人の少女が座っていた。少女はつんつん、と包みを触りながらも、なにかもの言いたげで、けれど決して口に出すことはしなかった。たとえこの場に誰もいなくとも。
しばらくして、少女のいる小屋に、とある訪問者があった。少女は訪問者を一瞥し、特に驚くことはなくカップを手に取った。
「今日は朝からずいぶんと忙しそうね」
「ああ。ご婦人方の活力は強いな。やっとひと段落したところだ」
訪問者である赤い礼装に身を包んだ男は、少女のそばへと行くと、どこからともなく箱を取り出し、テーブルへと置いた。
「あら、貢物かしら」
「口に合えば幸いだ」
男が箱を開くと、中からは小さなタルト型のケースに、色とりどりの果物が乗ったものがいくつも出てくる。タルトレット・フール、と呼ばれる一口程度で食べられる、小さなタルトだ。
「まあいいわ。でも、これでチャラになったと思わないことね」
「手厳しいな」
男はかたり、と椅子を鳴らして座った。椅子に座ろうが隠れきれない長身によって、少女は彼を見上げた。
「人理の危機だというのに、ずいぶんとカルデアはのんきなのね。」
「次の場所に行くまで少々猶予があることも幸いしてな。それ以外にも、なにかとマスターは災いに巻き込まれやすいようだ」
「自分から首を突っ込んでいる、の間違いでしょう?かつての貴方みたいに」
「さてね、生憎記憶はほとんど擦り切れているからな」
「覚えてるくせに。少なくとも、セイバーとの出会いは」
「……それでも、あの時のことは曖昧だ。他のことよりは覚えている、というだけだよ」
いつの間に出したのか、紙皿にタルトを乗せて男は少女の前へと置いた。少女はそれがさも当然のように手に取り、口に含む。男の前に食べ物は1つもないが、どちらもそれを気にする様子はない。
「___それは、どの守護者も同じなの?」
「さてね、アルターエゴの彼女は守護者としての役目はほとんどしたことがない。……アサシンの彼は、私には計り知れぬよ」
こわばった少女の声を、男は聞き流した。少女はそれをきっと望んでいるから。
「そもそも、憶えている、憶えていないという前提から違っている。彼は、君の依代<イリヤスフィール>の父親ではない。」
「……知っているわ。」
少女が気にしている人物を、男は知っていた。男もまた、その人物に深いかかわりがあるからだ。といってもそれは、並行世界の別人。男の彼女の関係がそうであるように、その人物も、知っているが知らない人だった。男と少女は、互いにそれがわかっていながらも、相手の向こう側に自分と同じ世界の相手を視ている。同じ世界ではない、その事実だけを、互いに知っている。相手がどのような世界線を進んできたのか、どういった最期だったのか、憶測はしても核心に至る言葉は発しない。それに意味など、何ひとつないから。
「向こうは私のことも、貴方のことも知らない。お母さまのことも、出会ったことがないのだから当然よね。」
「……」
「けれど、見ているとなんだか、一欠けらもない希望にすがりたくなる。ずっと、ずうっと、お母様を殺してのうのうと養子をとって冬木で暮らしていて、私を迎えに来てくれなかった切嗣を、殺したくてしょうがなかった。私の知らないところで、勝手に死んだ切嗣が、恨めしくてしょうがなかった。でも、」
うつむいた少女の表情を、男は見なかった。依代の感情に引っ張られて、どうしようもなくなった少女に、男はかける言葉を見つけられなかった。男と少女は互いに同じ男を父親としたが、その関係も、状況も、別れも、すべて異なっていたから。
「___別人であっても、切嗣に会えたのに、私は逃げ出した。対面することもできなかった。殺したくて、殺したくて、殺したくてしょうがないのに。」
少女の想いを、男は知っている。男もまた、彼とは対面していない。忙しいから、というのはただの言い訳だ。
「不思議ね。頭でわかっていながらも、心はそうもいかない。」
「……そうだな。オレも、きっと同じだ」
「シロウも?」
「爺さんの夢を継ぐと決めた。爺さんがオレにとって正義の味方だったから。___けれど、オレは成れなかった。結末を知って、理想を抱きながらも叶わないと知った。爺さんとの約束を、私は果たせなかった。」
思い浮かべるはかつての夢。父の夢を、己が代わりに叶えると誓った。記憶が、記録が擦り切れている中でも残る、父との対話。
「そうすると、やはり考えてしまう。合わせる顔など、ないのではないのかと。」
2人の間に、しばしの無音があった。互いに何を考えているかはわからないが、それぞれに思うことがあるのだろう。
「同じね、私たち」
「そうだな」
少女は止まっていた手を動かした。タルト生地の上に、苺とブルーベリーが乗っており、その上からさらに粉砂糖がまぶしてあるタルトレット・フール。今時、男のくせに、なんていうのは世間知らずだ。しかし、こうも体格のいい男が繊細な料理を、お菓子を作るのはきっと、男のことを知らない人から見たら不思議な光景だろう。
男は少女がタルトを食べている様子を、ただみていた。目を細め、どこかまぶしそうに。
少女はそれに気が付いていながらもなにも言わなかった。依代の最期を知っているから。
「シトナイ?いる?」
ひょこり、と山小屋に1人の人間が顔を出した。少女も男も、特に驚いた表情は見せていない。
「どうかしたの?マスターさん」
「よかったら一緒にケーキを、って、エミヤもここにいたんだ」
「ああ。その様子だと、無事にチョコレートは配り終えたようだな。」
「うん。そしたらみんなからお礼もらっちゃって。しばらくは甘いものには困らないね。」
カルデアの唯一のマスターはそういって2人のそばへと近づく。そうしてから、テーブルの上にのっているタルトを一瞥した。
「い、いつの間に……」
「昼間はご婦人たちでキッチンは大混乱だったからな。」
「あー。そうだね……」
マスターは、さまざまなお菓子を渡してきたサーヴァントたちを思い出す。中には奇天烈なもの、お菓子といってもいいのだろうか、と思われるものもあった。カカオマスを粗末に扱ってはいけません!と言いたくなったけど言えないものも、あった。
「それで?マスターさんからはもう頂いたけど……」
「それとは別。マシュと食べてねって言われたんだけど……なんとなくシトナイと食べたくって。」
そういってマスターが取り出したのは、1つのケーキだ。ザッハトルテ、と呼ばれるチョコレートのケーキ。少女が驚いたのを、男は感じ取った。そのケーキには砂糖菓子の人形があった。見ればすぐわかる、モデルになった人物。
「……いいの?マシュと食べなくて」
「うん。マシュには伝えてあるし。イリヤやクロエのところにはあとで行くって言っていたから……」
「……そう。」
「では、紅茶でも用意しよう。マスターも座りたまえ」
「やった。エミヤの紅茶おいしいからね」
ケーキ用のナイフと、フォーク、それに新たなティーカップを用意して。マスターを加えた3人でのちょっとしたお茶会。マスターに押し切られたのか、男の前にも1切れのケーキがおかれている。マスターと少女のケーキにはそれぞれ砂糖菓子の人形を添えて。食べられない、といったマスターを後目に、少女はとある男性を模った砂糖菓子に遠慮なくフォークを刺した。
「……そっか、お母様<天の衣>を通じれば……」
もぐもぐと砂糖菓子を頬張りながら、少女はつぶやく。マスターはケーキに夢中で、顔を緩ませながら口に運んでいたが故に気が付かない。ただ超人的な聴力を持つサーヴァントだけが、それを聞いていた。
「ね、アーチャー。協力してくれる?ずっと引きこもっているのは、私の性分じゃないわ」
「……そうだな。私にできることなら」
少女の言葉に、男はうなずいた。実際男は少女に対して弱いから、なにも言われなくても協力はしただろう。その弱みに付け込んでいる、と少女も理解していた。しかし協力者がいたほうが動きやすいのもまた事実。バーサーカーで轢いてもいいのだけど、と少女は心の中で思っていたが、カルデアやマスターに迷惑がかかる行為はできれば控えたい。一応は、サーヴァントとしてここで過ごしている身だから。
「決まりね。きっと聖杯とつながっているから天の衣はいろいろ知っているはずよ。じゃなきゃこんな人形作ったりしないわ。」
「何の話?」
男と少女の会話に、マスターは首を傾げた。
「マスターさんには内緒。」
「なに、マスターには迷惑をかけないさ。ただ……そうだな、少々騒がしくなる程度だ」
「そう?なにかできることがあったら言ってね。」
「ありがとう。マスターさん」
マスターはその会話を重要視せず、建物や機材が壊れなければいいかなぁ、といった様子でケーキを頬張った。ここ最近、というかマスターになってから、超人的な力での騒動がよく起こっているせいか感覚がくるっているのだろう。これが非日常であるということを、どうやら忘れてしまっているようだった。
「楽しみね」
「ほどほどに……な」

後日、シトナイのシロウにつぶされたアサシンエミヤと、それをほほえましそうにみている天の衣、そしてシロウに乗った笑顔のシトナイと頭を抱えたエミヤの姿が目撃されることとなる。
「な、なにあれー!?」
「イリヤにそっくりね……ふうーん?」
そしてそれを物陰から見ている魔法少女たちも目撃された。
とある関係者はこう語る。
「イリヤスフィールが楽しそうでなによりです。ええ、彼女には悪いですが少々気分がいい」
「オルタ化しそうな発言だぞ、それ」
「第4次で色々あったと聞きますから……」
「■■■■■■■____!!!」
「あなたがいったら洒落にならないわよ!?」
「相見えることはなかったが、なかなかの相性だったと聞くからなぁ。一度手合わせしてみたいものだ」



2019/03/01

バレンタインのお話だったのにきがついたら衛宮家の話になってました。プリヤイベでなぜかアサシンエミヤが来たのがいけない。



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