いろは歌

Fate

風によって花びらが舞った。花びらは地に落ちることなく、天高くまで飛んでいく。心地よい風は、日による暑さを忘れさせた。
「こんなのどかな日々を経験できるとは、正直思っていませんでした」
隣で、風呂敷に包んであったお結びを食べながら、彼女はそういった。彼女の目は天高く飛んだ花びらを見つめており、視線はこちらへと向きはしない。それでも食べる手は止まらない。それが彼女らしくて、心の中で笑う。
ここより離れた場所で、我々からすれば幼い、未来ある子供達が騒いでいる。それは一人の男の取り合いでもあり、きょうだいのじゃれ合いであったり。此度の戦争では、絶対に見ることのできないはずの光景でもあった。そしてそんな子供達から離れた、我々とは別の場所で、我々と同等の存在たちは、わいわいと酒盛りに興じている。
昼間から、酒盛りをするのか、と問うたが、それで止まる彼らではなかった。まぁ、くわしく追求するまい。
「なんだ、酒も飲まずにしけた面しやがって」
「何用です。ランサー。」
「いやぁ?2人だけでなにしてるのかと思ってな」
後方からの声に視線だけ向ければ、そこにいたのは蒼い槍兵。誇りを大切にしている彼と、正直相性は良くない。関わろうともまず思わないが。
「つか、セイバーが来ねぇから金ぴかの機嫌がわりぃんだけど」
「知りませんよそんなこと。」
ばっさりとセイバーはランサーの言葉をきりふせた。酒盛りの中心にいる、前回の戦争のアーチャーは、なにかとこのセイバーに執着している。彼女もそれでだいぶ不満が積もっているのだろう。
セイバーは溜息をついて、ふと子供達へと視線を向けた。わいわい、がやがやと、酒の入った者たちに負けないくらいの大騒ぎだ。それにつられたのか、ランサーもそちらを見やった。
「しっかし、坊主も嬢ちゃんたちもずいぶん機嫌がいいな」
「こうして集えることはあまりありませんから。」
そう言って、セイバーは笑った。食べていた手を止めて、笑うその姿は、どこか懐かしさを覚えた。
「そうでしたね、アーチャー」
ふわりと、彼女はこちらをみて微笑んだ。


「____。」
ふと、意識が戻る。見覚えのある白い天井。何度か瞬きをして、壁に掛けてある時計をみた。予定通りの時間だ。
懐かしい、夢を見た気がした。いや、我々は夢はみない。それは過去の記録である。数多の分霊が体験した記録。といっても、アラヤの守護者たる私とすれば、数多の分霊と言ったら語弊があるのだが。
身体を起こす。身体的にも普段と変わりはない。カルデアの電力によって魔力は十分。今代のマスターは魔力も十分にはないが、その代わりが存在するが故に、不便はない。といっても、魔力以外の、普通の人間にとっての衣食住はだいぶ不足している現状があるが。
廊下に出る。廊下から見える窓の外は、吹雪に覆われており先を見やることはできない。先を見たとしても、広がるのは滅んだ世界であろうが。
目的の場所へ向かう。たどりついたのは食堂だ。食堂の扉を開けば、時間も早いが故に誰もいない。一応、魔力消費を抑えるために、我々には睡眠という名の魔力消費を抑える行動を求められている。そのためか、夜になれば人気がなくなる。それは逆に、昼間であれば人でごった返していることを示している。実際、朝からここは戦場になる。
広い台所へと身を投じて、他の面々が来る前にと下ごしらえを始める。それは私の仕事であり、私の唯一の現実逃避だ。
別に、あの夢を見たからといって、どういったことはない。消耗に消耗を重ねていた私が、あのときの出来事をより多く記録しているのは不思議だが、夢として見ることに抵抗はない。珍しい、と感じることはあるがそれもまた、我々の性質だ。所詮は夢。捨て去った過去だ。その過去に囚われて、足踏みをするほど今の時間に余裕はない。そうすれば、待ち受けているのはこの先の未来の焼却だ。生前の私がこの世界に存在しているのかは知らないが、未来の焼却は私自身の消滅をも意味しているので、正直願ってもないことではないが。それは彼女との約束に反する。ならば、やることは一つだけ。簡単なことだ。
「おはよう。早いねエミヤ」
「少々早く起きてしまってね。ブーディカ殿もずいぶんと早いようだが」
「そうかい?さっきタマモキャットも見たから、来ると思うよ」
「ふむ、では始めるとしようか」
視線を向ける先は過去ではなく現代、そして未来だ。故に、夢は記録としてしまっておく。
けれど、未だ会えていない彼女を思って、過去を眺めるのは、多少くらいはいいだろうか。

2018/09/16


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