丑の刻参り/まやかし

Fate

全てが終わると、誰かが告げた。そのお告げは、全てを動き出すのに、猶予をもたらした。
1日目。馴染みのある味の食事を食べた。今晩のリクエストをすれば、彼は苦笑しながらも受け入れてくれた。ああ、彼の食事は私の口にとても良く合う。記録にある味よりも洗礼された其れは、とても馴染みがある。
2日目。共にレイシフトをした。私よりも早くこのカルデアに来ている彼は、レイシフトになれぬ者たちのサポートに専念していた。しかし、サーヴァントが故にすぐに慣れたのを確認すると、率先して剣を構えた。彼の性質故、なにかと生傷が絶えず、カルデアに戻ればもとに戻るとはいえ、マスターには止められていた。私は彼の後ろには立っていない。故にその傷も、背中も見えなかった。
3日目。彼と手合わせをした。彼との手合わせは、当時の記録を揺さぶった。彼がいくら私よりも早くカルデアに来ていたとしても、私は彼の剣の師である。貴方が私に勝とうなんて、百年早いのです。地面に膝をついた彼は、私を見上げて、懐かしそうに笑った。
4日目。ランサーと言い合う彼を見つけた。相変わらず、2人の相性は悪いようだ。しかし、ランサーと本霊を同じくするキャスターやバーサーカー、若いランサーとはそこまで相性が悪くないのを見ると、彼はあのランサーとだけ、相性が悪いのだろう。それはあの第5次聖杯戦争での関わりが強くあるからか。そして、ランサーと同じ記録を有するキャスターと対立していないのは、キャスターの性質がランサーと違うからだろうか。私も、成長していたり、幼い頃であったり、オルタ化であったりと自分自身のことなのに首をかしげたくなるほどの分霊がここにいるから、本霊が同じでも、別個体として認識しているのだろう。故に、セイバーとよぶアルトリアは私だけだ。私は、なんだかそれがうれしかった。
5日目。彼が玉藻やネロに引っ張られていくのを見た。彼はかの赤い悪魔とは別のマスターを有したことがあるらしい。2人とはそのときからのつきあいだそうだ。といっても、彼であって彼ではないと、少々ややこしいことになっているらしい。それでも彼が彼であることに変わりはないというのに。ただ、遠目から見る限りは、あの2人と一緒にいるときは“正義の味方”の側面が前面に出ている気がしなくもない。その側面を、私は少ししかしらない。
6日目。彼の側に女神たちがいた。彼女らは面白そうに彼と遊んでいる。彼は戸惑った表情を見せ、けれど強く抵抗はできないでいた。それもそうだ。彼を囲んでいる女神達は、どれも私もしっている人を依り代としている。平行世界、別世界の彼女らであったとしても、姿形が一緒だと、どうしても抵抗が出てきてしまう。特に、彼は彼女らにはめっぽう弱かったから。
7日目。彼は自分自身と対面していた。その会話はわからないが、反転した彼は鼻で彼のことを嗤うとその場を去って行った。彼はその後ろ姿をじっと見つめていた。反転した自分をみて、彼はなにを思ったのだろう。彼の反転と、私の反転はその根本が違う。聖杯の泥に呑まれた私と、挫折をした彼。あり得たかもしれないもう1人の自分。私には、彼が反転した彼を嫌悪しているようには見えなかった。


「____そうですね。言いたいことは沢山あるのですが」
部屋のベッドの上。彼は戸惑った表情を見せ、けれど力業にでることはなく。それをいいことに、私は続けた。
「1週間ほど、貴方のことを見ていました。第5次聖杯戦争に比べて、貴方はよく表情がでるようになった。大変喜ばしいことです。リンにも、良い報告が出来るでしょう。」
なので。
「今日から1週間ほど、私は貴方を呪います」
「・・・・・・は」
「罵っていただいても、嫌悪していただいても構いません。貴方はきっと、ここでの役目を終えたら、あのときのように擦切れるまで戦い続けるのでしょう。そうして、いつしかここでの記憶も、私たちの始まりも失っていくのでしょう。ですが、そんなことは許しません。それが貴方の幸福であるなら、私はその幸福を奪います。貴方の言う幸せを、私は認めません。
____どうか、ひたすら私のために不幸になってください」

2018/09/17


このカルデアにきて、自身のあり方を考えることがたびたびある。
目の前で、セイバーが美味しそうに食事を食べている。今日はセイバーのリクエストもあり、和食を中心にした夕食を提供していた。日本人であるマスターもまた、和食をうれしそうに頬張っていた。料理を作りながら、そんな光景を目にして、生前、そういえばよく料理をしたか、と記録を呼び覚ました。けれどその記録は断片で、なにを、誰につくったかなどを、思い出させるまでには至らなかった。それを不思議がることはない。それは普通のことだ。
慣れ親しんだレイシフトにて、古代の英霊と共にすることが多くなった。これまでは1人で、否、マスターも一緒だったが、他のサーヴァントと共闘するなんてほとんど皆無であった状況で、チームを組んで戦うのは、どこか不思議な感じがした。英霊の中には、私の使う贋作の本物を持ちうる人物もいたし、ランサーのように誇りを大切に、そして武具を大事に扱う者も多くいたから、彼らの見知った武器の贋作を出すのは憚られた。使えば、彼らが良い気はしないということを知っていたから。
それを見てなのか、ランサーと言い合いをすることも増えた。元々相性が良くないのも相まって、彼の言葉を嫌みで返した。彼はどうやら、私が過去の戦争で使った武器を使用していないことに気がついたらしい。彼とはなにかと戦ってきていたから、気がついたのだろう。だが、だからなんだというのだろうか。使わないなら使わないなりの戦いがある。それに、このカルデアでの共闘もおそらく一時の出来事だ。人類焼却が防がれれば、抑止力として、守護者として、サーヴァントとしてここにいる必要もなくなる。そうすれば、またアラヤの守護者として戦いに明け暮れるだけだ。なにかと腐れ縁ではあるが、お互いの道が交わることは、ほとんどないだろう。ましてや、次会う前に、私が消耗して存在を消している可能性もあるのだから。
私が召喚されたことのある戦いは、かの第5次聖杯戦争の他にもある。といっても、あれは私の別側面の話であり、英霊<エミヤ>としてではなく、正義の味方としての側面の強い英霊<無銘>としてのことだ。しかし、根本から見てみれば、同一の存在だととらえやすいためか、このカルデアではほとんど同一の扱いをうけていた。過去、同じであって同じではない者をマスターとして仕えたことのある者たちを筆頭に。私は彼であって彼ではない。それを伝えた所で伝わることはないのだけれど。
同一ではない、と言えばこのカルデアには見覚えのある者が多い。聖杯戦争で戦ったサーヴァントは別として、そのマスター格の人間が、何故か女神の依り代となってこのカルデアにはいた。胃が痛くなったのは、仕方ないことだと思う。特に、彼女らは混じっているのか一部性格も似ていて、それがなおさら胃を痛くした。けれど、これはあくまで別世界での話。あの世界の彼女らも魔力は多いが、同じように依り代になる可能性はとても少ない。彼女らには、人として、良き人生を歩んで欲しいものだ。
そして、同一。私の別側面であるオルタ。はじめて対面した時の印象はあまり良くなく、彼は無意識なのか故意なのか、こちらに近づくことはない。マスター曰く味覚もないらしく、食堂にくることも滅多になかった。彼がどういった状況で反転したかは、私の記録からは読み取れはしないが、じいさんと同じように拳銃を使っているのは、少々うらやましい。武器が同じなら、いくら擦切れても、じいさんのことを覚えていられる気がする。私たちの根本が、じいさんであると覚えていられているのと同じように。

いくら多くの出来事を受けても、それは瞬く内に消えていく。それが私という守護者であった。100人を救うかわりに10人を殺した。それを繰り返して代償としてなのか、生前の記録はほとんど無い。2度目であった聖杯戦争であっても、覚えていないことが多かった。だからこのカルデアにいる間の記録も、いずれは消えていく。ただただ、剣が増えていくだけだ。それが普通。望む望まずにかかわらず、それが常識だ。かつて自分殺しをしようとしていたのと同じように、いつしか擦切れて消えていく。それが永遠に、私の願いでもあった。
だから、目の前にいるセイバーの言葉に、私はすぐに返事が出来なかった。

____どうか、ひたすら私のために不幸になってください」
セイバーはそういって、私の体を押し倒し続けた。彼女だって、知っているはずだった。私が彼女のマスターを殺そうとしていたのを知っているように、私がもう、すべてを終わらせたがっていたのを。当時のマスターの言葉で、頑張っていくと伝えはしたが、擦り切れた精神が戻ることはない。だから、すべてを擦り切ってしまえば、私という個は消えるのだろう。それが私の願いなのに。
「セイバー」
「わかっています。それがあなたの希望であることは。けれど、私は認めません。何があっても、私はあなたを失いたくはない。傲慢だと、わがままだと、言ってくださって構いません。けれど、私は。私はシロウを失いたくない。私を、女を捨てた私を女にしてくださったあなたを」
どうか、とセイバーは消えそうな声で言った。私はその言葉に直接返すことはできなくて、彼女の頭をなでるしかできなかった。

2018/09/17

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