たったひとつの宝石

Fate

士凛前提。

「なあ遠坂」
「……あのねぇ、あなたも遠坂になったんだからそれは適切じゃないって言ってるでしょ」
「あー、わるい。凛。」
「よろしい。で?どうしたの、士郎」
「その、すごい今更なんだけど」
「うん」
「これ」
「……それって」
「その、ずっと返し忘れてて。凛だったんだな、あの時助けてくれたの」
「め、目の前で死なれたら目覚めが悪かったってだけよ」





きらきらと、部屋の明かりに照らされて赤く光る宝石。その大粒の宝石は、遠坂家にとっては家宝と呼ばれるものだ。聖杯戦争の際にこれを媒介にしてアーチャーを召喚した。そして、その後まだ一般人であったが故にランサーに殺された士郎に宝石にたまっていた魔力を糧として治療を施し、その場に置いて行った。
そしてその宝石は、アーチャーが取りに行ってくれた。それが真実ならば、この宝石を士郎が持っているはずがない。けれど実際、士郎は今まで宝石を持っていた。
だから今、ここに宝石は2つある。
士郎から渡されたものと、あの時アーチャーから渡されたもの。どちらも魔力はからっきし。いや、アーチャーから渡されたものはじわじわと魔力を注いでいたから多少はあるけれど、少なくとも渡されたときは空っぽだった。
わかりきったことではあるけれど、アーチャーはきっと、最期までこの宝石をもっていたのだ。そして、彼にとっての遠坂凛に返すことなく、人としての生涯を終えた。だからサーヴァントになっても宝石は手にしていて、今回の顕現にて私へと返却した。本当なら、私であって私ではない人に渡すべきなのだ。けれどそれはもう叶わないから。
私は2つの宝石のうち、アーチャーから渡されたものを手に取った。どちらもまったく同じ宝石だけど、魔力の貯蔵量が違うし、なによりチェーンの劣化が目に付く。だからどちらがどっちから渡されたものかなんて、すぐに見分けがついた。
宝石を手に取ったまま、私は部屋をでて工房へと足を踏み入れた。途中、いい匂いがしておそらく士郎が食事を作っているのだろう。どっちも料理はできるけれど、基本的に厨房に立つのは士郎の仕事だ。
地下にある工房はいつも通り湿っぽくて、ほこりっぽい。日の光が入らないのだから当たり前だ。すでに消えかけた魔法陣を横目に、近くのテーブルに乗っていた本をどかす。途中、バサバサと本やら紙やらが床へと雪崩れたが、そこに気は向いていない。きっとこの惨状を見たら、アーチャーも士郎も進んで片づけを手伝ってくれるだろう。その時の表情と言葉は、きっと違うだろうけど。
小さな魔法陣を描いて、その上に箱と、中に宝石を入れる。ちょっと考えて、宝石に魔力を押し込んだ。見た目は変わらないはずだが、どこか鮮やかな赤色になった気がして、蓋を閉めた。
「________、_____」
カチリ、と音がする。箱はしっかりとしまった。鍵もなにもないその箱は、いくら力を入れても開くことはない。魔術的な鍵だ。魔術師にしか開けられない。
そして、ただの魔術師には開けられない。
もし、いや、きっとそんな未来は起きるはずはないけれど。だって、聖杯はこれから解体されるのだから。でも、もしかしたら。
聖杯は人を惑わせる。待ち受けたるは幾千もの犠牲と、一滴の希望。けれど、その希望はあまりにも小さすぎる。それよりも、犠牲が多すぎた。だからこと此度、聖杯は解体されることになった。それでも、聖杯を求める輩は多い。この先、なにが起こるかわからない。
___もしかしたら、その過程でまた犠牲があるかもしれない。
でもこれで全部終わりにする。その想いは変わらないけれど。
なにかしらで、遠坂家にサーヴァントがくることがあれば。そしてもし、私のときのように聖遺物が手に入らなければ。賭けは五分五分。
箱を手に取って、それを工房の奥深くへとしまい込む。いずれ、時が来ればこれは遠坂の人間に姿を見せるだろう。そうして、誰かが、彼を呼べば。
これはエゴだ。彼のためじゃない。私の勝手な都合。彼が知れば、きっと馬鹿なことを、なんて言うだろう。
また、彼の皮肉を聞きたいだなんて、なんて女々しい。

「とお、凛―!夕ご飯出来たけど」
「今行くわ!」
工房の外から聞こえる声に返答して、私は隠された箱に背を向けた。
遠坂家に伝わる宝石は、あの魔力のない宝石1つだ。

2018/11/25


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