間が悪い

IDOLM@STER

Jupiterがこの315プロに所属したのは、961プロを辞めてから1か月ほどたってからだった。あるイベントで黒井社長と別ってからいろいろな事務所と話をしてきたが、どれもJupiterというブランド名に目がくらんだところが多かった。一方、話さなかった事務所は961プロという影におびえていた。その中でJupiterとして、トップアイドルになるという目標に一緒になって取り組んでくれる場所として挙がったのは315プロだった。事務所として立ち上がって間もなく、アイドル候補生はいるが実際にデビューしたアイドルはいない。アイドルの他にいるのは社長と事務員と、プロデューサーの3人。どこぞの765プロを思い浮かべる小さな事務所。しかしJupiterの思いを汲んだ唯一の事務所。3人が315プロに所属することを決めるのは早かった。
315プロはJupiterの再デビューと同時に1つのグループをアイドルとしてデビューさせることにした。Jupiterの人気によって315プロは表に出てくる。それと同時に、Jupiterとは別の315プロの看板を立てたのだ。Jupiterの人気にあやかったといえば聞こえがいいが、便乗した、というのも事実だった。そんなアイドルグループ、DRAMATICSTARS。年齢だけを見ればJupiter最年長である伊集院北斗よりも年上。アイドルとしては後輩ではあるが、人生では先輩だった。そんな上でもあり下でもあるという関係。しかしその中であっても、2グループの関係は良好だった。

「おはようございまーす」
扉を開けると、出迎えるのはいつもいる事務員の山村賢だ。大学生であるという話も聞くが、実際のところは不明だ。なにせ来ると必ずいるため、学校に行っているのかも怪しまれるところだからだ。
冬馬は山村に挨拶をすると、立て掛けてある時計に目を向けてからバルコニーへと出た。アイドル同士の交流の場として設けられてもいるここは、残念なことにいまだ役目を果たしているところを冬馬は見ていない。それはJupiterが多忙でめったに事務所に戻ってこないから冬馬がその光景を見ていないという理由だが。
リーダーである冬馬は単体で仕事に出ることも多い。つい先日は1人で映画に参加していた。一方翔太は1人で出演することが少ないためか事務所にいることもある。最もその理由は14歳という年齢なのだが。唯一の成人である北斗は深夜番組に出れるためそちらに駆り出され、冬馬同様にあまり事務所にはいない。
今日は上の階のレッスン室で誰かが練習しているようだが、それ以外に事務所にはいなかった。お昼時で学生はまだ学校にいるからというのも理由の1つかもしれない。冬馬もこの時間に事務所にいることは珍しい。本業が学業故に、この時間は学校にいる。しかし今日に限っては特番とかぶってしまったために仕方なく学校を休んでいた。今さっき収録が終わったところだ。本来なら午後から学校に行くのだが、これ幸いと午後からは別の仕事が入っている。
どうやらプロデューサーはいないようで、聞くとDRAMATICSTARSと一緒にお渡し会に出ているらしい。Jupiterはやらなかったが、先日同時発売でCDが発表された。Jupiterは全員のスケジュールが合わなくて行っていないが、DRAMATICSTARSは全員が成人していて時間に余裕もあったことから開催されている。どうやらそれが今日だったようだ。開催時間が午前中であるため、そろそろ戻ってくるだろうという山村に冬馬は礼を言うと、バルコニーへと出た。今日は天気もいいため、いい日向ぼっこ日だった。これが休日であれば、おそらく翔太はここで寝ていることだろう。持ち込んだペットボトルのふたを取り、数口飲んで息を吐く。
再デビューにあたり、一からのスタートであったと同時に961プロの名前が付いて回ることが多かった。振り返ってみれば961プロにいい印象を持っていないスタッフも多かった。元961というだけで嫌味を言われることもあった。それでも、961プロを離れて再デビューを決めたのは自分たちだった。再度、今度は315プロでステージへ。そしてトップアイドルへと思いをはせ努力をしている。最近はようやくJupiterとして見てもらえるようになり、仕事も961プロにいたときと同様にこなしていくようになった。961プロにいようがいまいが、元々アイドルとしての才能があったのだろう、といったのは315プロの社長だ。そして導いてくれたのは、315プロのプロデューサーだ。
カバンの中から今度のドラマの台本を開く。学園もので主演は冬馬と765プロの天海春香だ。961プロの時に765プロとはいざこざがあったが、今は良好な関係を築いている。そういえば、あっちのプロデューサーも、こっちのプロデューサーも、どこか似ている。アイドルを第一に考え、アイドルたちの思うように、けれど引き立てるように。アイドルの個性を大切にしたプロデュース。961プロにいたときには全く考えてもいなかった、プロデューサーという存在は、冬馬達には新鮮なものだった。

「ただいま戻りましたー」
「おかえりなさい。お疲れ様です」
「DRAMATICSTARSもお疲れー、ちょうどいい時間だし、ゆっくりしててねー」
「はい」
「そうさせてもらいます」

事務所の中から、数人の声が聞こえはじめる。どうやらDRAMATICSTARSとプロデューサーが戻ってきたようで、静かだった事務所が一瞬で騒がしくなる。声を聴きながら、台本を読み、自分の関係あるところにマーカーを引く。一見地味だが、自分の演じる場所がわからないと本末転倒だ。バタバタと音を立てながら、バルコニーの近くで声がした。

「お、冬馬!」

その声で冬馬は台本から目を離した。振り向くとそこにはDRAMATICSTARSの天道輝の姿があった。後方には柏木翼、桜庭薫の姿も見える。

「お疲れ様です」
「お疲れ様。珍しいな、ここにいるなんて」
「休憩中っすよ。午後にはまた出ます」
「大人気だもんなJupiterは」
「DRAMATICSTARSも軌道に乗ってると思いますよ」
「そうだといいな」

冬馬は輝との会話中に台本を閉じた。そのあとすぐに翼がコーヒーを持ってコテージへと入ってきた。

「こんにちは」
「どうも」

テーブルの上に乗った3つのコップ。翼に進められて冬馬は1口コーヒーを口にいれた。どうやらミルクが入っているようで、苦みは緩和されていた。どうやらもう1人の薫は事務所の中にいるようで、出てくる様子はない。Jupiterもいつも一緒にいるというわけではないから、特に気にすることはない。

「しっかし久しぶりだな!最近事務所に戻ってきてないだろ?」
「そうっすね……。CD発売ライブ以来ですから」

今から1か月前に、JupiterとDRAMATICSTARSのCD発売を記念した合同ライブを行った。小さな箱で行ったが、結果として多くのファンに見てもらい、CDの売り上げも好調だった。Jupiterにとっては961プロ時代に1つ出しているが、315プロとしては初めてのCDであり、曲調も変化しているため、ファンの注目も大きかった。そこに同じ事務所のアイドルと合同となれば、ファンはもっと増えた。今日で発売から2週目となるが、いまだ好調な売り上げを記録している。そしてその時にJupiterとDRAMATICSTARSが共演してから、顔を合わせることは少なくなっていた。冬馬にとっては今日が1か月ぶりとなる。

「次はドラマ撮影なんですか?」
「はい。学園ものの連続ドラマです」
「すごいなぁ!大活躍じゃないか」
「俺としてはライブとかに時間を割きたいっすけど……」

ちらりと冬馬は事務所の中にいるプロデューサーの方を向いた。プロデューサーは山村と話しながら、手帳に書き込んでいる。プロデューサーは冬馬たちの意図を汲んではくれるが、ライブとなると調整も必要のため中々希望通りにはいかない。冬馬もそれをわかっているから強くは言えない状態であった。

「これからBeitとHigh×JokerのCDも出すみたいですし、プロデューサーさんは大変ですよね」
「CD?」
「あれ、聞いてないのか?時期はまだ先だが、2ユニットもCDデビューするんだぜ」
「そうなんですか」
「これから先、皆さんがCDデビューしていくんですよねぇ」
「ああ!俺たちも負けてられないな!」

2人はそう意気込むが、冬馬はあまり実感がなかった。といっても冬馬は彼らDRAMATICSTARS以外のユニットと会っていない。一緒に仕事をしたのは彼らだけで他のユニットとは会っていない。そのためデビューといわれても誰が、なのかがいまいちつかめていなかった。

「冬馬君!お待たせ、次一緒に行くから!」

バタバタと慌てながらバッグに手帳を入れながらコテージに向かってプロデューサーが叫んだ。冬馬はその声を聴くとカバンにペットボトルと台本をしまう。

「行ってらっしゃい」
「行ってきます。コーヒーごちそうさまでした」

冬馬はコテージに残る2人と、事務所にいる薫と山村に頭を下げると、プロデューサーと一緒に事務所を出ていった。残った4人は出ていった冬馬たちを見送る。
そしてそれと入れ違いか、再び事務所の扉が開いた。

「あ!」
「みのりさんたちだ。おつかれさまでーす」
「やあ」

入ってきたのはBeitのメンバーだった。どうやら上の階で自主練をしていたようで、3人ともが汗だくでタオルを首にかけていた。

「今日は4人だけなんですか」
「いえ、さっきまで冬馬君がいましたよ」
「冬馬って……」
「Jupiterのリーダーだよね。」

輝はコーヒーを飲み切ると流しへとカップを置いた。翼もまたコーヒーを片手に事務所の中へと入る。

「もう少し早かったら会ってたのにな」
「んー、残念。ピエール、まだ挨拶してない」
「そういえばそうだな」

スカウトされた日時は、アイドルも候補生たちも大きな差はない。ただデビューする日程の差が315プロの場合大きかった。たった数か月であっても、アイドルとしての時間は違っている。特に、961時代で培ってきているJupiterはそれが顕著だ。結果として、315プロで一番多忙、なおかつ他のアイドルたちと会えないこととなった。
薫は話で盛り上がる5人を横目に、ぼそりとつぶやいた。

「運が悪いな、冬馬は」


「っくしゅん」
「冬馬君、風邪?大丈夫?」
「いえ。……誰か噂してんのか?」

2015/08/15


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