315プロダクションに所属する、とあるアイドル。彼は元々、別の事務所でアイドルをしていた。それだけを聞けば、現在もアイドル界のトップに向かって全力疾走しているジュピターも当てはまる。しかし、別の事務所で、「女性アイドル」として活動していたのは彼しかいない。
秋月涼
876プロダクションの女性アイドルとして活動してきた彼は、実際のところジュピターよりも先輩にあたる。あくまでそれは、アイドルとしての活動歴だけを見ただけの話。しかしそれでも、彼が315プロダクションで最も長くアイドルをしていたという事実に他ならない。
そんな彼は、現在も2つの顔を持っている。315プロダクション所属、男性アイドルとしての顔と、876プロダクション所属、女性アイドルとしての顔だ。彼は男性としてアイドルになりたかったという過去を持っているため、そして876プロダクションでのほかのアイドルたちがそれぞれ個別で活動していることから、315プロダクションでの活動が、現在のメインだ。しかしそれでも、秋月涼という女性アイドルとしての姿が消えた訳ではない。
そんな彼は現在、765プロダクションという女性アイドルが所属しているところが開催しているライブに、特別ゲストとして参加している。315プロダクションの秋月涼ではなく、876プロダクションの秋月涼としてだ。彼が男性であると明かしてから、女性アイドルとしてライブにたつのは、ほとんど無かった。収録してテレビで放映される音楽番組などではたびたび出ていることもあったが、ライブは、彼に、彼女にとっては久々だった。そのこともあり、彼はこのオファーを受けるのをためらっていた。
仕方ない、と私は思う。
元々は男性で、しかし女性アイドルとして活動していて。まだ女装アイドルとしてだったらいいが、女性アイドルとして活動していた、ということは、ファンをだましていたと同意義だ。その結果、男性であると明かしたときには大きな反響があった。そして876プロダクションに所属していながらも315プロダクションにも所属し、現在は男性アイドルとして活動していることがほとんどだ。さらに言えば、ゲスト参加のオファーがあったライブは、315プロダクション主催のライブの数週間前。練習期間も限られている中で、どうするのかというのはきっと彼の中で大きく揺れ動いていたことだろう。
【DSではなく、僕だけ、なんですよね･･････】
【どうなさいますか？決めるのは貴方自身です。無論、参加する場合、仕事の整理はこちらで行いますが】
【･･････】
おそらく、最初の打診をした際に彼の心は決まっていたのだろう。しかしそれでも、彼は悩んだ。
私は、彼が出たくないのなら、ゲスト参加を断る準備もできていた。しかしその一方で、彼ならばゲスト参加するだろうとも思っていた。
秋月涼というアイドルは、男性アイドルだけでは成立しない。女性でもあり、男性でもある。それが秋月涼というアイドル象なのだと思う。女性アイドルとして活動していた頃には、765プロダクションという女性アイドル事務所とも縁があり、彼は良い成長をした。876プロダクションで同じユニットを組んだ仲間と出会い、同時にライバルもでき、良い学びとなったはずだ。＿＿＿315プロダクションでは学べないことを、彼は学んだのだ。
315プロダクションは、男性アイドル事務所だ。ジュピターやドラマチックスターズを始めとした男性アイドルが多く在籍している。その環境は、彼にとって男性アイドルとしての姿やあり方を学べる場所でもある。しかし、それだけで秋月涼というアイドルが完成するか、と聞かれれば答えは否だ。
秋月涼は、876プロダクション所属の女性アイドルであり、そして315プロダクション所属の男性アイドルである。そのどちらか、ましてや両方がかけてしまっては、それはもう秋月涼というアイドルではない。
だからこそ、私は彼に参加を勧めた。このライブがきっと、彼にとって良い成長になると思ったからだ。男性アイドルとしての活動だけではない、女性アイドルとしての活動。両立するのは確かに難しい。けれど、そのどちらも、彼のファンは望んでいるのだ。それははっきりとした言葉や形で明かされているものではない。しかし、今日。きっと彼は目の当たりにしているだろう。彼の登場に対する声援と、サイリウムによって。
「プロデューサーさん。」
「お帰りなさい。そのまま帰ってもよかったのですが」
「まだ事務所の明かりがついていたので。･･････その」
「･･････いかがでしたか？ライブは」
「みんなが、876プロダクションの秋月涼を応援してくれている。男性と明かしてもなお、女性アイドルとしての私を応援してくれている。それだけで、参加してよかったって、思います」
2017/01/28