誰がために

IDOLM@STER

「さあ、全国の女性ファンの皆さん、お待たせしました!ついに彼らの登場です。___Jupiter。歌っていただきますはもちろんこの曲、Alice or Guilty」

「本日のラジオ、特別ゲストは現在人気絶頂、961プロダクション所属、Jupiterの御手洗翔太君です」
「こんにちは!」
「いやぁ。近くで見ますと本当にかわいいですね。弟になってほしいくらいです」
「えへへ。それじゃあ、おねえちゃんって呼んじゃおうかな」

「OKでーす。いやぁさすが元モデル。とっても良かったよ」
「ありがとうございます」

「シングル、Alice or Guiltyが4週連続1位を獲得!Jupiterの今後の目標としては?」
「そうですね。もちろん、

トップアイドルー。なんてね。Jupiter発表してからほんと忙しいよねぇ」
「ああ。デビュー前がうそのようだよ」
天ヶ瀬冬馬のソロデビューから1か月ほどを置いて、Jupiterは出発した。Alice or GuiltyのシングルCDを引っ提げて。デビューしてからそれほど時間がたっていないにも関わらず、テレビ、ラジオ、雑誌、さまざまなメディアにおいてJupiterは活躍していた。
今はちょうど仕事合間で事務所へと戻っていた。しかし、事務所に戻ってから天ヶ瀬は一言も言葉を発していない。ふてくされている。その横で、御手洗と伊集院は3人が掲載された雑誌を見ていた。
部屋に入ると、雑誌を見つめていた御手洗と目があった。
「あ、おはよー!マネージャーさん」
その言葉で伊集院もまた顔を上げた。近づいて何の雑誌か見ると、どうやら芸能ランキングの雑誌だった。時々訳も分からないランキングが出てくるという、どこを狙っているのかよくわからない雑誌。前回は確か、弟にしたい芸能人1位に御手洗、兄にしたい芸能人1位に伊集院、2位に天ヶ瀬がいたはずだ。ほかにもいくつか彼らは該当していた。
「デビューしたばかりなのに、もう僕たち有名人だねぇ。黒ちゃん様様だよね」
「社長の手技には驚かされるばかりだ。最も、それまでは苦労の連続だったけれど」
「本当だよねー。声かけられてからデビューまで半年だもん。レッスンもきつかったし」
「それで今のJupiterがあるのだから、これも社長の思惑の1つかな」
御手洗と伊集院は話で盛り上がっていた。その中で天ヶ瀬は1人、音楽へと意識を集中させていた。足が定期的に動いているから音をとっているのだろうということはわかる。しかし御手洗たちが気になるのか、うっとうしいのか、どこか不機嫌だ。
天ヶ瀬の近くに行くと、天ヶ瀬はイヤホンを片方外して私のほうを向いた。
「レッスン室は?」
天ヶ瀬の言葉に、私はにっこりと笑って首を横に振る。これだけで天ヶ瀬の機嫌はさらに落ちた。
「もー、マネージャーさん困らしちゃダメだよ!レッスンの時間以外はやるなって、黒ちゃんからの命令でしょ?」
「それが気に入らねぇんだよ。こんな暇な時間があんならレッスンしてダンスの完成度を上げる、それの何がいけねぇんだよ」
「休めるうちに休めってことじゃない?ダンスや仕事だけじゃなく、適度な休息も必要だよ」
「そーそー!」
「……」
2人の言葉に、天ヶ瀬はよりふてくされた。この表情を見る限りは、彼もまたただの17歳の少年だと感じることができる。おそらく天ヶ瀬は、こうした時間があるなら現在よりもより完成度の高いステージにしたいのだろう。今後、ライブも予定に含まれている。そんな予定の中で、レッスンの時間は天ヶ瀬にとっては少なく感じているのだろう。しかし、その予定を組んでいるのも、レッスンの時間を決めているのも、すべては黒井社長だった。私の一存で、すべてを変えることはできない。
「前のナイトステージでもすごい怒られたじゃん。あの時の黒ちゃんすごい怖かったし」
「歌謡祭の後での全速力はこっちもまいったけどね」
先日の日曜日。もともとスペシャルナイトステージのトップバッターとしてJupiterはいた。打ち合わせも練習も終え、あとは本番を、というところで急遽社長はJupiterの歌謡祭参加を決め、ステージには出ないことを彼らに伝えた。その際の天ヶ瀬の怒りは大きかった。結局、”トップになるために”歌謡祭への参加を決めたが、”ファンのために”ナイトステージにも参加した。
頂点に上り詰めることは、一筋縄ではいかない。しかし、芸能界ではある意味可能だった。全てをコネで、金で、そして持ちうる実力で相手をつぶしてしまえば。961プロダクションでは、Jupiterにはそれが可能だった。歌謡祭の参加も、海外メディアが来ることがわかったためだった。おそらくそれがなければ予定通りにナイトステージに出ていただろう。3人も、トップアイドルになるために、それを受け入れた。しかし、どこかで違うと思っていたのだろう。トップアイドルは、そういうものではないと。
アイドルは偶像であり、そして黒井社長にとっては商品だった。それは今でも、そしてこれからも変わらないだろう。しかし、アイドルはどう思うだろうか。なぜアイドルとしてステージに、人前に立っているのか。そう聞けば答えはきっとアイドルそれぞれ別々のことを言うだろう。そして天ヶ瀬は、
「……っち。マネージャー。時間になったら呼んでくれ。」
天ヶ瀬は壁に背を預けると、どこからともなく何枚かの封筒を取り出して中を開けた。可愛らしい便箋に、いくつもの文字が連なる。
「冬馬君、ああいうの真面目に読んでるけど、内心うれしくて仕方がないんだろうなぁー」
「そりゃそうでしょ。エンジェルちゃんたちからの連絡は誰でもうれしいものだよ」
「北斗君のは冬馬君とは別だと思うけどなー」
天ヶ瀬は、トップアイドルを目指すと同時に、ファンのために、ステージにいる。

2015/09/13

マネージャー≠プロデューサー



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