手に触れる七題

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北斗がもともとピアニストをしていた、という話は961プロにいた時から知っていた。けれど、北斗がピアノを触っているを見たことはない。おそらく、ダンスの時にわかったことの1つである、なにかしらの障害があることが起因しているのだろうが、その内容は知らない。けれどJupiterの中で唯一ばく転はできないし、時折ダンスにぎこちなさが現れる。それでよく翔太が教えているのを目にするから、もしかしたらそれとピアノが関係する、のかもしれない。しかしダンスの方が激しいのだから、ピアノを弾くことはできるのではないだろうか。
そこまで考えて、目の前にいる北斗に目を向けた。北斗はのんびりと持ち込んだ雑誌を眺めている。それは過去にアイドルのランキングを掲載していたもので、つい最近はバレンタインにあげたいアイドルとか、そういったものを特集していた。961にいたときも、その雑誌を北斗と翔太が眺めていたことがある。
雑誌をめくる音が、現在いる楽屋にある唯一の音だ。翔太がいなければ、以外とこういった時間は多い。
俺はきっと、北斗になぜピアノを弾かないのか、なんて聞くことはないと思っている。おそらくそれを口にすれば、翔太あたりからは驚かれるだろう。できることをやらない、そういうことが俺は嫌いだからだ。けれど、北斗のピアノを弾かないという思いは、弾けるけど弾けない、というわけではないのだろうと思っている。弾けるなら、弾いているはずだ。過去にピアニストだったということを知ったテレビ局の人間が、そういう企画を持ってきたこともある。けれど、北斗はそれを笑って断った。黒井のおっさんも、北斗がなぜやらないのか知っているようで、それ以上深くは踏み込まなかった。315プロに来てから、まだ北斗がピアノに触れるだろう機会はやってこない。プロデューサーも、北斗がピアノを弾けることを知っているのか知らないのかはわからない。
俺たちJupiterは結成してからだいぶ月日が経っているが、お互いのことを詳しく知っているわけではない。とくに961にいたときはお互いのプライベートには一切かかわらなかった。それでも、ライブやレッスンなどを通じてお互いを知って過ごしていたから、今もこうしている。961プロに入った理由も、961プロを抜けてからお互い知ったくらいだ。正直、それがいいのかは知らない。本当はもっとよくお互いのことを知っておくべきなのかもしれない。けど、それはもう俺たちにとっては必要ないことだ。

隠した痛みに触れる
(そんなことしてもしなくても、俺たちは何も変わらない)

2016/03/20

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