夢うつつ

4

「おん?」
「どうした?今吉」
「なーんか聞こえたんやけど……気のせいみたいや。って、黛なにしとるん?」
「帰るんだよ、面倒ごとに巻き込むな」
「そんなこと言わんでーな。ええやんちょっとだけや。」
「いやに決まってるだろ。なんで笠松も乗ってるんだよ」
「え、いや……まぁ、色々あってな」
「ちょっとからまれてるの助けたんや」
「ある意味の買収…っ!」
小さな学校の一室。学生用の机はたった6つしかなく、そのうちの3つにはなにもおかれていない。ほんの数か月前まで、この部屋にいるのは6人だった。しかし、今はその半数はいない。
勉強道具の入ったカバンを背負って扉に手をかけた少年は、同じくカバンを背負った眼鏡をかけた少年に止められていた。その後ろにはまだカバンを背負っていない少年もいる。帰ろうとしていた少年は止めた少年の表情を見て諦めたように溜息をついた。
「それで?今日は何をするんだ?」
「いつもの言い出しっぺ坊主がいなくなってしもーたからなぁ。」
「きめてねーのかよ」
3人はそういった会話をしながら部屋を出た。木製の床がギシギシと音を立てる。立て付けの少々悪い扉は完全には閉まらない。危ないからと立ち入り禁止になっている部屋は数知れず。入ったことのある部屋といえば、1階の自分たちの教室と、職員室。図工室と家庭科室くらいか。入学当初は入れた理科室も、いまじゃ立ち入り禁止だ。
いずれ、この学校は取り壊される。そういう話が上がっているのを、3人はしっている。この学校の卒業生である先生は、それを少し残念そうにしているし、近所のおじいちゃんたちは仕方ないねと諦めの表情を浮かべる。築何年かもわからないこの小学校は、生徒数も少なく、そして先週、さらに減った。まだ小学生がいるからと残っているが、3人よりも下の学年はいない。3人が卒業したら、この学校はなくなるのだろう。入学生も、ここからだと少し離れている小学校へと入学していく。本来なら学区ごとに、と言われるのだろうが、生憎取り壊し目前の学校よりは別の場所を選ぶのがふつうだ。ましてやこの学校の周囲に若い人間はいない。3人の親も、中学入学を期に引っ越そうと話している。いずれここの周囲も、ひとがいなくなってしまうのだろうか。
「せや、久々に森に行ってみるか」
「森か。そういえば最近いってねーな」
「行くなって言われてるだろ」
「そんなんで黙ってるワシらじゃないで?」
「黛だって何度か行ってるだろ」
「2人ほどじゃないけどな」
3人の言う森は、小学校の裏にある広大なものだ。奥に進むと1つの大木があり、その周囲はまるで広場のようになっている。小学生に上がったばかりのころ、上級生に教えてもらった秘密の場所だ。そしてそこから外れると山があり、そこには神社がある。山といってもちょっとした高台みたいなものだが、人もほとんどいなく、3人のような子供にとっては十分すぎる大きさだった。3人も何度か神社まで登ったことはあるが、管理しているであろう人の姿は見ていない。だからか、なにかやんちゃをすれば大抵そこに逃げ込んだ。逃げ込んだあとは長い階段に息を切らすのだが。しかしそんな森も。神社も、最近は足を踏み入れていない。そうなったのは、いつもいた6人がバラバラになり始めたころか。
「ボールかなにか持っていくか?」
「んー、特にいらんやろ」
眼鏡の少年は少し考えたあと、校舎から見える小さな木を見つめた。今はちょうど10月。これから寒くなる時期だ。そこらにある木々も、殺風景な姿に変えていってしまうのだろう。
「まだ今回のあれ、見てへんしな」
「……ああ、あれか」
「学年あがるときに見ただろ……」
「ええやん。それに、もう見る機会ないんやし」
3人はカバンを背負ったまま、校舎をでた。先生に挨拶をし、学校から出てから再度裏に回る。先生がいないことを確認してから、森へと足を踏み入れた。大人は危ないというが、森や周囲が遊び場だった彼らにとっては庭も同然だった。時折迷子になることも多いが、その時はいつも助けてくれるひとがいた。それがなにかは知らないが、3人はいつもそうして帰ってきていた。
草木をかき分けながら、森の奥へ奥へと進んでいく。歩いていると時折小さな黒い実を踏んだ。このあたり一帯にはたくさんの花や実がある。探せば秋には栗や柿もあるのだろう。といっても彼らがよくとるのは渋いものが混じっている柿や、そのままだと食べられない栗ではなく、とったらすぐ食べられるものだったりする。少々高くて取れないが、季節によってびわやザクロなど、幅広い実をとることができる。地域や気温関係なくたくさんの実がなる木をもつこの森は、いつも彼らの好奇心をくすぐった。
しばらく歩くと、広場にでた。3人が足を踏み入れると鳥たちが一斉に羽ばたいた。
「相変わらずの景色やなぁ」
「この時期に見れるもんじゃねぇからな、桜は」
3人の目の前にある広場の中心には、1つの大木があった。葉に生い茂るでもなく、紅葉に染まるでもなく、その木は淡い紅色の花を咲かせていた。
「ふつう4月とかに咲くだろ?」
「そういう場所ってことじゃないか?」
風とともに枝が揺れ、何枚かの花びらが舞った。まだ散る様子もなく、蕾も見受けられた。これからさらにこの花は咲いていくのだろう。
「ほんま、綺麗やな。夜桜だとどんな感じなんやろうな」
「夜に来れないからな。ここは月明りも綺麗だろうし見栄えはいいだろ」
3人は桜の木の真下へと行き、そこにカバンを置いた。全員同じ黒いカバンでありながら、給食袋やキーホルダーなどで個性が現れている。そして地面に置いたときの音も、それぞれ違っていた。
「初めて来たときは冬にも桜が咲くんだと驚いたが……」
「先輩たちに聞かなかったら誤解したままだったんだろうな……」
それから3人は、じっと桜を見つめた。5弁の花はゆっくりと風に揺られ、いまだ枝についている葉とともに靡いた。周囲の森が紅葉しているにも関わらず、淡い紅色と緑の色合いは、ぽつぽつと地面を同じ色にしていた。
彼らがこれを見るのも、もう何度目のことか。伝統だったのかはわからないが、毎年、最高学年の子供が1つ下の子供にこの場所を教えていた。そして彼らも本来ならば、下の子に教えていくはずだった。しかしそれもかなうことはない。
いつまでそうしていただろうか。桜を見つめていた彼らの後ろの草木が揺れ、かさり、と音がした。その音に3人は真後ろを振りむいた。
「あららー?また迷子?」
「ちげーよ。桜を見に来たんだ」
「相変わらずでかいなぁ。トトロなん?」
「違うって言ってるでしょー?」
3人の前には彼らの倍ほどはあるかもしれない長身の男がいた。彼は大きい身体を揺らしながらも、3人の元へと近づく。
「子供が来ちゃ駄目でしょ」
「昔のように帰れなくなるわけじゃないし」
「そういう問題じゃないのだよ」
「ったく、相変わらずだなぁ」
いつの間にいたのか、3人を囲うように、桜の木のそばに2人の長身の男がいた。最初の男よりは低いが、それでも子供にとっては大きかった。しかし、子供はそのことに恐れることも、おびえることもなく平然としている。
「珍しい。3人そろってるんて」
「ガキ共も3人そろってるなんて珍しいじゃねーか。遊びにきたのか」
「似たようなもんや。」
「っていってもねー。遊び道具ないし」
「緑間ぁ。」
「今日は行李なのだよ。昨日は毬だったが」
「こうり?」
男の言葉に、子供は首を傾げた。こうり、というものに聞き覚えがないからだろう。それに気が付いたのか、男は行李について話し始める。
行李というのは竹や柳などを編んで作られた葛籠、かごの一種だ。雑物や衣類などの収納や荷物入れに使われたとされている。男が持っているのはその中でも柳行李と呼ばれるものだ。男は念のためにと柳行李の中にさらに小さな柳行李をいれており、入れ物としての役目は一切はたしていない。しかしここいる者たちの中で、それを言う者はいない。実際、それよりも見たことのない入れ物がある、ということに意識が向いているのだろう。
「その中に菓子でも入れればよかったのに。水菓子とか」
「素材のカワヤナギは虫がわきやすいのだよ。柿渋を塗っているが置いておいたら食べれないぞ」
「どうせ虫が湧くまえに食べるだろ」
「まあねー」
いつのまにか3人は行李を男から奪い去り、木の下に座り込んで触っていた。壊そうとしているわけでもないため、男たちは気にしない。世間一般的に少々大人びているとか、手のかからないと言われている子供たちではあるが、それでもまだ子供だった。新しいものには興味を示すのは、ごく普通の反応だった。男たちは何度もこの様子を見ているため、時々知識を与えながらその様子を見ていた。
「赤司が言っていたのだよ。あの小学校がなくなると」
「あらら。でも子供いないもんねー」
「そういや残りの3人はどうした?学校にいただろ」
「今はいないのだよ。あそこにいるのはこの3人だけだ」
「黒ちんたちが話してたね」
「ふうん。そしたらガキ共が行ったら来るやつもなくなんのか」
長身の男たちは、いつもこの場所にいた。いつから、と聞かれても彼らは答えないし、子供たちはしらない。けれど、代々上の子供に教わってくると、かならずいた。そして子供は彼らから学校では教えてくれない、世の中で役に立つかはわからない話を聞き、それはさらに下の子供に伝えられていった。その話は、先ほどの雑学であったり、不思議な話だったり、夢物語だったりと様々だ。逆に子供たちは1日の話を彼らに話していく。
「そういえば、何年前だっけ。ここに埋めていったの」
「埋めた?……ああ、桜の下の屍体の話をしたときの子供か」
「死体って?」
「この桜がなぜ綺麗か知っているか?」
行李を持っていた男が、意識を行李から話に向けた子供たちに問うた。子供は顔を見合わせながら首を横に振った。
「”桜の樹の下には”という物語の一説にあるのだよ。”桜の樹の下には屍体が埋まっている”と。」
それもこれも、桜がなぜ美しく、見事に咲いているのかという疑問から生まれたものだ。そして美しく咲いているが故に、心を乱し、不安にさせた。なぜこの世にこんなに美しいものがあるのだろう、と。その結論が屍体が埋まっている、というものだ。どんなに美しくとも、裏側に壮絶な死を隠しており、死はどんなに汚らわしくとも美しい誕生につながっている……、生命の誕生と終わりは表裏一体だからだ、という話だ。
「もっとも、解釈の方法などいくらでもあるのだがな」
「この桜の下にも死体が埋まってるのか?」
「さあな。」
「試してみれば?他の子は実際に掘ってたよ」
「えー。でも掘るもん持ってないし」
「そこらの枝でも掘れるだろ。」
男の言葉に、あ、とでも言いそうな表情を浮かべた子供たちは、近くに落ちている石や枝を拾うと同じ場所を3人で掘り出した。実際、掘り出したところで本当に死体があるのだとは思っていないだろう。しかし、好奇心とは恐ろしいもので、たとえ自分に不利益なものであったとしても、好奇心に駆られて行ってしまう、というのはよくある話だ。子供たちが掘っているのを見ていた男たちだが、1人がゆっくりと子供に近づき、一緒にしゃがみこんだ。その様子を見て、残りの2人はあきれた表情を浮かべる。
そうして数十分もたったころか、かつん、と石がなにかにあたった。子供はその音に身体の動きを止めた。しかし、しゃがんでいた男は気にせず、へぇ、とつぶやく。その声に残りの2人も近づいた。男は砂をはたくと、埋まっていたものを取り出した。子供たちが一瞬後ずさったが、出てきたものをみて今度か身体を乗り出すようにした。
男が持っていたのは、1つの缶だった。男の片手で持てるくらいの缶は、中に何かが入っているのか、からからと音を鳴らした。
「まさか掘り当てるとはな」
「開けちゃだめだよ」
「え、なんで?」
「それはタイムカプセル、というものなのだよ」
「タイムカプセル?」
「何年も前の子供たちが、箱の中に大切なものをいれて、何年かしてから……大人になったときに集まって開けるんだよ」
「大切なものなのに埋めるのか?」
「またみんなで集まって箱を開けて懐かしむんだよ」
「よくわからん」
「そういうもんじゃね?」
「あ、なら」
1つの缶を見ていた子供の1人がふと思いついたかのように言った。
「俺たちもタイムカプセルっていうのを埋めればまた遊べるのか?」
その言葉に、残りの2人のことも目をぱちくりとさせた。男たちは苦笑しながらも、その可能性がある、と話す。そうすると、3人の考えは桜の樹の下の死体探しからタイムカプセルへと変化した。自分たちもなにかを埋めよう。その内容を真っ先に思いついたのは、眼鏡の子供だった。樹の近くに放り投げたままのカバンから、1つの小さな箱を取り出した。それを見て男たちは首をかしげるが、子供たちはいいことを思いつた、とでもいうかのようにそれぞれ取り出した。子供たちが取り出した箱は、それぞれ色合いが違っている木製の入れ物だった。彫刻刀かなにかで掘ったのだろう、それぞれ思い思いの模様が刻まれた箱。絵具で色を付けているのだろう、黄色、青色、赤色、とそれぞれが違う色を付けている。それから、先ほどまで触っていた行李を取り出し、中の小さな箱を取ると、大きいほうの箱に取り出した箱を入れ始める。その時点で持ち主の男は止めようとしたが、残りの2人に止められた。そうしてから、子供たちは男たちに向き直り、
「これを埋める!」
「中身は?」
「今日の図工で作ったオルゴールだ。」
「あとはー」
ガサゴソと、カバンを漁った子供は、1枚の紙を出した。それは6人の子供が写った写真だった。のち3人はここにいる子供だ。
「もっと早くわかったら3人がいるうちにやったんやけど」
「せめての記念にちょうどいいな」
子供たちがわいわいとしているのを見て、一番背の高い男はんーと考えてから、手のひらを広げた。そこには青色の花が2輪、置かれていた。そしてそれを支えるかのように、貝殻のような葉が添えられていた。放り投げだされた小さい行李を持った男がその花を見た。
「珍しいな」
「最後みたいだしねー。」
子供たちがオルゴールと写真を行李に入れ、土の中にいれいるのを横目に、男はふうっと、息をはいた。すると手の上にあった花はどこかへと消え去った。
「ところでタイムカプセルってことは掘りに来るんだろ?いつにするか決めねぇのか」
「あ」
「あー、どないしよか?」
「卒業式、だと早すぎだし……」
「よくこういうのは成人したときにしていることが多いな」
「じゃ、それで」
「成人って20歳だろ?黛が一番早いな」
「なんだっけ、成人式ってのがあったよな」
「20歳の1月にやるやつやな」
「その時は?」
「ええで。」
「ああ。」
「決まり」
「忘れないようにせんとなー。」
せっせと行李を土の中に埋めると、わからないように近くにある葉をかぶせる。子供たちが埋め終わったのを確認したあと、男たちは口を開く。
あたりはすでに暗くなっており、ここに来てから数時間が経過していた。今は秋も終わりに迫っているころであり日が落ちるのも早い。だからこそ、早く帰るようにと言えば、子供たちは素直にカバンを背負った。送ってくる、と子供も一緒にしゃがんでいた男がいい、子供たちは男に連れられて森の中に入っていた。残りの男たちはそれを見送ってから、桜と、桜の下をみた。桜の下には、掘り起こされたままの缶が置かれている。子供たちはすっかり掘り出したこともわすれおいて行ったようだ。
「結局、前の子たちはこなかったな」
「20年くらい前だっけ?そんなもんじゃない?」
彼らの記憶の中には、さきほど見つかった缶を埋めた子供たちが思い浮かぶ。あの時はまだ子供の数も多かった。行李をもった男は缶を持つと、ゆっくりとそれを開けた。あの時の子供たちは思い思いに手紙をかいて、それを入れた。ある程度学年はバラバラだったが、それでも子供たちの仲は良かった。今はどこでなにをしているのか、男たちはそれを知らない。
缶の中には、何枚もの手紙と、1輪の花が置かれている。赤の花びらに、中心部には赤紫のリングと黄色。それを見てから、缶を持った男は中身に違和感を感じた。
この缶を用意し、手紙をいれた子供は10人だ。しかし中に入っている手紙は、数えてみると7枚だった。
「あれれ?」
横から缶を覗き込んだ男が手紙を一枚取り出し、開いた。20年前の物であるにも関わらず、それは破れることなく開かれる。
「……みどちん。」
「なんだ」
男はその手紙を開いたまま、缶を持った男に見せた。男はそれを覗き込んで、一瞬驚いた表情を見せたあと、あきれたような表情を浮かべた。それから開いた手紙を閉じて缶に入れ、蓋を閉める。
「どうりで来ないわけだよねー」
「仕方のない人たちなのだよ。……赤司のとこに持っていくか」
「そうだね。みねちん帰ってこないけど」
「どうせすぐに来るのだよ……いくぞ」
「はーい」
一瞬、広場に強い風が吹いた。桜が大きく揺れ、花びらが広場に舞った。


風が止んだとき、広場には人影は1つもなかった。

2016/01/15


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