知らぬ空へと羽ばたく鷹

2

ドリブルする音と、多々の足音が体育館に響く中、俺は体育館と外の出入り口に座り込んでいた。ほどほどに涼しい風がふくごとに草木が揺れた。時々体育館の中を見ながらも俺は空を見上げていた。何処にでもあるよな空だ。空はどこまでも繋がっているという。たとえ遠く離れていたとしても、見ている空は同じだと。ならば彼らもこの空の下にいるのだろうか。物騒な言葉を言い出す先輩をはじめとしたあの人たちは、キセキの世代と呼ばれたあいつは。そこまで考えて、俺は頭を振った。記憶持ちが側にいるせいで、もしかしたらなんて思ってしまう。そんなこと在るはずがないのに。
記憶のありなしは見た目では一切分からなかった。記憶のある方から見れば、姿も昔と一緒だし、性格も同じだった。けれど記憶のない方から見れば初対面知らない人だ。俺はもしかしたら恵まれているのかもしれない。もし昔と同じ小学校、中学校と通っていて記憶があれば、昔のように話しかけて不審がられることだろう。ならば知らない人たちばかりのこの環境は最適だ。予想外の人たちが居るけれど。
そんな予想外の人たちは現在バスケに勤しんでいる。職員会議の為に居ない監督の代わりに主将である彼は指示を飛ばしている。時期主将候補である彼もまた、周りに指示を飛ばしながらパスを回していた。どちらもPGで、味方に対する指示は上手い。そりゃPGだからチームメイトの得意不得意は把握しないといけないし、どう動かさなければいけないのかも考えないといけない。それがゲームメイクをする人の役割だ。
そうして先輩たちが動いているのに何故俺はこんな所で休憩なんてしているのだろう。本当なら俺だってボールを持って走り回りたいというのに。他の1年はシュート練習をしているというのに。なんで俺だけ。それはきっと俺が先ほど倒れたからなんだろうとは思っているけれど。
春が過ぎ、大会間近になって全員の意識は大会に集中した。1年生は試合には関わらないものの、先輩たちの様子に感化され、意識は集中している。俺も同じく試合に向けて練習に励んでいた。試合に出れるわけではないが、それでもバスケが上手くなりたいから。記憶があるからといって体が同じように動く訳がない。高校生と中学生になったばかりの体を比べるわけではないが、鷹の目にしても体力にしてもだいぶ劣っていた。だからと練習に励んだ結果がこれだ。主将にはボールに触るのを禁じられ、大人しくしていろと言われた。熱中症かとも思ったけれど、脈が弱いわけでもなんでもない。それに水分はしっかりと取った。なのに気が付けば地面にぺたんと座り込んでいて。同年代が慌てて先輩に声をかけたのだ。よりにもよって主将に。
主将は昔から妖怪やらなんやら言われていたらしい。というのは今も昔の主将の後輩である2年PG、花宮真さんの言葉だ。あの癖のある桐皇学園のバスケ部をまとめていたのだからそこそこ頭は切れる人だとは思っていた。しかし花宮さんによればたちが悪いという。スティールをしていた貴方の台詞ではないと思ったが口にはしない。俺からしてみればどっちもどっちだ。どちらも性格悪いし。

「なに考えこんでんだ」
「えー、特になにも。」

声を掛けられて体育館の方をみると、目の前にはタオルを首にかけた花宮さんの姿があった。噂をすればなんとやら。噂をしていたわけではないが。花宮さんはそのまま入り口の側にある壁に寄りかかった。どうやら練習の間の休憩時間らしい。今は別の先輩たちがコートを使っていた。

「倒れたって?」
「はい。なんでですかねぇ・・・熱中症じゃないんですけど」

保健室に行けば、とは言われた。けれど職員会議では保険医もいないはずだと言って断ったのだ。面倒だったのも理由にあるけれど。

「はっ、体力ないんじゃねぇの?」
「小学生の時に運動部入ってなかったのが原因ですかね」
「バスケはやってねぇのか」
「一回入りましたけど辞めちゃいました」

なんか、俺の知ってるバスケじゃなくって。なんて言えば頭を叩かれた。

「当たり前だろバァカ。高校と小学校を比べてんじゃねぇよ」

それはそうなんだか、当時の俺は記憶があったわけじゃないし。なんか違うなーって思ってもその原因は不明だった。今では原因は分かっているからいいけれど。あのときは何をするにしても昔の事が気になって仕方がなかった。そういえばあのとき3Pをしていた人は誰だったんだろうか。知っている人ではなかったはずだ。
花宮さんはそれっきり黙ったまま。休憩時間だけどチームのプレイを見ている。試合で自分と同じチームになるかもしれないメンバーが練習をしているのだ。知識は蓄えた方が良い。つられて俺も練習している先輩達を見た。中心には今吉さんがいる。今吉さんが指示を飛ばしながら2チームで練習試合をしているらしい。目指せ優勝、なんて思ってはいるけれど実際に出来るかと言われれば微妙な所だ。まだ今年はチャンスがあるかもしれないが。
帝光中はたとえキセキの世代が居なくても強豪校だ。勝つのは当たり前。1軍に負けは許されない。3軍まで存在し、定期的に昇格試験のようなものが在るらしい。評価が悪ければ降格。そんなところでバスケをしてどうなんだろうか。強くはなれるとは思うけどどこか違うような。それでも楽しんでいる人も居ることだろう。誠凜に負けてから変わったキセキの世代のように。今のキセキの世代はどうだろうか。おそらくまだキセキの世代と呼ばれていないだろう。黄瀬涼太に関してはバスケをしているかも怪しい。

「なにうだうだ悩んでんだ」
「悩んでないですよ。ただ、今頃皆何してるのなかって」

視線は未だに体育館で動いている部員に向いている。俺の表情が見えていないのにどうしてそう思ったのかが不思議だ。俺が考えすぎなのがいけないのだろうか。

「ほら、俺たちは記憶があるじゃないですか。でも記憶がない人だって居るわけですよね。その人たちってどうしてるのかなって。俺たちが知ってるのと同じように高校はいるのかなって。・・・もし入らなかったらどうしようかなぁって」
「はっ、そんなこと気にしてんのかよ」
「そんなことって・・・」

わらった彼は俺の方を向いた。その様子はどこか俺の考えがくだらないとでも言いたそうだ。いや実際言われているのだが。

「あいつは桐皇受験するって決めてるらしーぜ」
「前と同じですね」
「俺も霧崎第一を受ける。」
「え」
「お前は秀徳を受けるんだろ。」
「・・・まぁ」
「ならいいじゃねぇか。不安だったら高校に行ったあいつに秀徳に知り合いがいるか聞けばいい」
「いやぁ、今吉さんがそんなことしてくれますかね?」
「さあな。つかお前は前に一緒に試合に出た奴らをしんじられねーか?」
「・・・・・・」
「・・・おい」

驚いた。ラフプレーするこの人からそんな言葉が出るなんて。それに後輩の相談を受けるとか似合わない。いや、彼の本性を知らない人にとっては優しい人なんだけど。なんであんな猫被っててばれないのかが謎。ああいやそれは今はどうでもよくて

「お前が一番気になってるのはあのキセキの世代の奴だろ?」

なんでこうもばれるかなぁ。それとも俺がわかりやすいのか。そりゃ昔はいつもつるんでたし自称親友やってたけど。チャリアカーだって運転してたし。部活がなくてもクラスが一緒だからずっとつるんでいて、ってことを考えれば丸わかりか。この人たちに心理戦なんて挑んでも勝てるわけないのは明かだ。

「試合で当たるかもしれないし、その時にでも聞けばいいじゃねーか」

・・・そっか。分かった。

「・・・俺、決めました。」
「あ?」
「記憶持ってるからとか、そういうの辞めようかなって。昔の秀徳でのプレーとか、中学でのプレイスタイルとか、忘れようかなって。緑間の事も、追うの辞めようって」
「・・・・・・」
「俺の今の先輩は宮地先輩や大坪先輩たちじゃない。今吉さんや花宮さんだから。そりゃ高校に入ればまた変わりますけど、今はもう、忘れちゃおうかなって。昔は昔、今は今で割り切りたいんです。」

今日という今日まで、今吉さんや花宮さんと一緒にゲームをしたことはない。誘われても断っていた。ずっと別チームで2人とは戦う側だった。2人はレギュラーで俺が平部員だということもあるけれど、たとえ同じ立場でも今まで断っていたはずだ。2人は他校の人で、敵なのだと何処かで感じていて。

「だから・・・」
「いいんじゃねえの」
「え?」
「実際、俺たちはお前以外の知り合いと再会なんざしてねぇしするつもりもねぇ。同じ高校を選ぶ予定なのはそこ以外思いつかないからだ。もし前の知り合いがいたとしても俺のことを憶えてるかわかりゃしねぇ。俺たちはすでに割り切ってる。お前だけだよ」
「・・・・・・」
「じゃなきゃ、お前とつるんだりしねぇよ。IHとかで当たってはいねぇが、俺にとっては倒すべき高校にいたんだから」
「・・・ですね」
「2人ともなにしとるん?休憩終わっとるで」
「うわっ」
「ちっ」

急に聞こえた声に思わずびくつく。俺を中心にして花宮さんの向かい側に今吉さんの姿があった。登場が急すぎじゃないですか・・・?

「ほな、さっさと準備しいや。体調はもういいやろ?」

後半の言葉は俺に向けられた言葉だ。前々から大丈夫でした、と言おうとしてそれとは違うことを言っているのだと気が付く。体が大丈夫かならばもっと前に復活させていたはずだ。

「・・・、あの」
「ん?」
「やっぱり全部忘れることは出来ないですけど、すぱっと割り切ろうと思います。人生楽しんだもん勝ちですから。だから・・・」

一呼吸置いて、2人を見る。片方はにやにやしていて、もう一人は眉を寄せている。どうせ2人にはばれて居るんだろうけれど

「これからよろしくお願いします。今吉先輩、花宮先輩」

もう考えるのは辞める。最終的に秀徳に行ってあのチームでもう1度試合が出来ればそれでいい。それまでの道のりで一々悩む必要なんてないんだから。

「ほらいくで」
「はぁい」

今はこのメンバーで楽しく過ごしてみればいい。結果としてどうなるかなんて知ったことか。





______


「花宮が人生相談なんて似合わないことしとるなぁ」
「うるせぇよ」

1年にまざってボールを追いかける高尾を横目に、ベンチに座った花宮は側にいる今吉に視線を送る。不機嫌そうな視線だが、今吉はまったく気にしていない。

「つか俺じゃなくててめぇがやればよかったじゃねぇか。」
「ワシは後輩の指導で忙しいんや」
「はっ、一番高尾を気に掛けてたのはてめぇだろ」
「そりゃもちろん。高尾は可愛い後輩やからな」

笑う今吉に花宮は再度眉を寄せた。嘘くさいとでも言いたげだ。今吉もそれを理解しているのか、嘘やないで?と笑っている。

「吹っ切れたようやし、大会が終わったらレギュラーに入れるわ」
「体力がたりねぇな」
「持久力はつけてもらわんと困るなぁ。それと鷹の目が使えるようになってもらわんと」

2人が高尾をレギュラーにする為に着々とメニューを練り始めることに、彼が気が付くのにはもう少々時間が必要だった。








「あれ、どうしたんですか?」
「んー?なんでもないで。戸締まりは終わったん?」
「終わりましたよ。体育館に残ってるのは俺たちだけです」
「帰るか」
「帰りにマジパ寄りません?」
「ええで。高尾のおごりやな」
「えええ!?普通は今吉先輩がおごるんでしょー?」
「ほな、さっさといくで」
「えええええ」
「うるせぇ」

2012.10.25


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