知らぬ空へと羽ばたく鷹

3

今吉先輩が卒業した。桜が咲き始めた晴天の日だった。半年ほどの付き合いだったけれど、とてもいい人だったと思う。今吉先輩は桐皇学園高校に進学することが決まっていた。バスケ部に入るらしい。よかったらおいで、なんて言われたけれど来るとは思っていないだろう。行く予定もないが。
部長は花宮先輩になった。それから少々ラフプレーが目立ってきたように思う。監督は気が付いていない。練習でそんなそぶりは一切見せないから。知っているのはレギュラーと一緒に練習している部員だけだ。1年の中盤でレギュラー入りを果たした俺には丸わかりだった。鷹の目を持っているかというのも理由になるとは思うが、一緒に試合に出ればすぐにわかる。勝てる可能性があろうがなかろうが、先輩たちはラフプレーを仕掛けていた。基本やっているのは花宮先輩と同年代の先輩たちだ。俺はそれを見て見ぬふりをする。過去にみた、霧崎第一と誠凜の試合のようなラフプレーは未だに見せていない。花宮先輩は表ではいい人だから。バスケ大好きですって見せかけている。それが嘘だってことを俺は知っている。でも俺はなにも言わない。それでいいのかと聞かれれば悩むが、現状ではこうするしかないと思っている。
今吉先輩が引退したあと、花宮先輩と同じチームで練習試合に出たことがある。相手に知っている人は1人も居なかった。勝てる試合だった。俺がPGになり、花宮先輩はPGから外れた。といっても花宮先輩もPGと同じように動いていたのだが。それはきっと俺が昔からパス中心でしか動いていなかったからだろう。ちょっと申し訳なく感じたが結果として勝てたのでいいとしようと思う。
チームの動きはほぼ固定されてきた。俺と花宮先輩がインサイドから攻め、残りの3人がゴール前やアウトサイドから攻める。どちらかというとインサイドが強化されているチームだ。同時に俺以外の全員がラフプレーを仕掛けるメンバーだった。俺は先輩たちにボールを回りながら何も言わなかった。相手チームからなにかを言われることがあったが知らない振りをした。ある日、俺は花宮先輩に聞いたことがある。何故ラフプレーをするのかと。先輩は答える。がむしゃらにバスケをする選手の惨めな姿が見たいからだと。俺は答えた。なら俺もラフプレーの対象ですね、と。先輩は変な顔をして俺の頭に手を置いた。それが何を意味するかは分からなかった。
春休みの真っ只中、今吉先輩が俺たちを呼び出した。場所は学校近くにあるストバスだった。バスケをするのかと思って一応準備をしていく。集合場所に行けば俺が最後だったらしく、すでに2人はそろっていた。何のようかと聞くとボールを投げられた。自分たちのディフェンスをこえてシュートしろと言われた。無謀過ぎる。とまどう俺を無視して今吉先輩は俺からボールを奪おうと動き出す。とっさに鷹の目を使って2人の位置を把握してドリブルを開始する。なにがどうしてこうなったのか、それは分からなかった。数十分が経過して、何度かやったがシュートが成功したのは1度だけだった。どちらかが俺のボールをはじく。そりゃ2on1なんだから俺が不利なのは分かっていたけれどこうも阻止されると負けず嫌いの血が騒ぐ。もう1回、と言おうとした瞬間、今吉先輩が終了を告げた。思わずふてくされているとボールを思いっきり投げられた。
今吉先輩は笑っていった。もう鷹の目は充分扱えるようになったんやな、と。俺はきょとんと首をかしげた。正直鷹の目は前から使えるようになっていると思っていたからだ。すると花宮先輩が追い打ちで言った。やっと俺のやってるラフプレーにも対応してきたと。花宮先輩曰く、ラフプレーは俺が入部してる時からやっていたらしい。俺がやっていると分かったのは今吉先輩が引退してから。今吉先輩は、花宮先輩のラフプレーは入部当初からだと言った。自分が居る間は試合でやらせたことはない、とも。でも練習では何度かやりかけていたらしい。まったく分からなかった。
時々具合が悪くなることは無かったかと言われて、そういえば熱中症でもないのに倒れかけたことがあったことを思い出す。まだレギュラーになる前の事だ。そしてまだ、2人を先輩だと思っていなかった頃。2人から見れば、あれは上手く鷹の目が使えない状態で使おうとしていたために情報処理能力がパンクしたかららしい。酷ければ意識を失っていたかも知れないとも言われた。昔はそんなことなかったのに、と言えば無理矢理使っていたせいだと言われた。専門的な知識は一切持っていないからよく分からないが、鷹の目はコート全体の様子を脳内であらゆる角度から把握することができる能力だ。脳内で把握出来なければただ混乱してしまうだけだ。それが原因で体調不良になったのだろうと。だから本人が大丈夫だと言っても大事を取らせたと。そんなこと1年経った今までなにも言わなかったのに。もう何度も会うことは無くなるから、と言われた。ならば今の内に言っておこうとも。
桐皇学園は東京都にある学校だから、今吉先輩はこれからこっちに戻ってくることは少なくなる。よって連絡を取ることもなくなるだろう。試合の関係で俺たちが関東にいけば会えるかもしれないが長期休暇以外で会うことはなくなる。バスケ部に入ると長期休暇なんて無いようなものだから可能性はさらに少なくなる。仕方がないことだけど、それを思うと少し寂しくなるかも。
近くの自動販売機で飲み物を買って休んでいる時、ふと誰かが帝光中を話題に出した。そういえば今年は当たらなかったなぁ、と言ったのは今吉先輩だ。どうやら過去、まだキセキの世代が居なかったときに当たっていたらしい。結果は分かり切っているけれど。今年当たらなかったのは運が良かったらしい。でも別の学校に負けてしまったのだが。来年は当たる可能性があるから気をつけた方がいいと言われる。そろそろ、キセキの世代が話題になる時期だ。まだ開花はしていないかもしれないが、2年になればあのメンバーがそろうことになるだろう。対策は必須だ。出来れば緑間とは当たりたくないなぁなんて思う。昔の中3の時、緑間に負けた記憶があるから。対立はしたくないというのが本音。もし当たったら全力で挑むけど。

「ほな、そろそろお開きにするか」

休憩後もほどほどにバスケを楽しみ、夕日が沈みかけた頃に今吉先輩が終わりにしようと言った。簡単に汗を拭いて家帰ってシャワーを浴びろと言われる。汗の始末はしっかりしないと風邪を引くなら。分かり切っていることだが大切なことだ。でもこれで3人でバスケをするのが最後だと思うともう少しやりたいという気持ちがある。口には出さないけど。

「何かあったら連絡しい。これへんけど相談には乗るで」
「絶対に連絡しねぇ」
「ならこっちからかけるで?」
「しなくていい」
「俺は連絡しますよー!」
「無駄話は却下やで」
「いいじゃないですかー可愛い後輩の電話ですよー?」
「自分で言うな」

帰路を歩きながら、がやがやとなんてことない会話をする。今吉先輩が引退するまで良くあった光景だ。こうしているのがとても嬉しくて、楽しくて、思わず花宮先輩に抱きついた。思いっきり叩かれた。痛い。

「なにしてんだ」
「スキンシップです」
「重い退け。」
「仲ええなぁ」
「今吉先輩に抱きついていいっすか?」
「荷物持ってるから勘弁してな」
「良いからさっさと退け高尾!」

ぶーぶーと言いながら退くと鞄で叩かれた。ちょっとしたスキンシップなのにそんなに怒らなくてもいいのに。今吉先輩はその光景をみて笑っている。逆に花宮先輩は笑われて眉を寄せた。
帰路の途中の分かれ道。俺と2人の家の方向は少し違っている。俺は2人に頭を下げて別れを告げた。明日には花宮先輩とは部活で顔を合わせるけど。また、と言って2人から離れた。後ろは振り返らない。振り返らなくても2人が俺とは別の方向に歩き出したのは分かったから。花宮先輩はなにかと今吉先輩を嫌っているけれど、仲は良いと思う。言えば否定されるだろうけど。
明日会ったら、またちょっかいだそう。少なからず今吉先輩が居なくなったことに堪えているだろうし。それとも喜んでいるだろうか。表向きは喜んでいそうだ。



______


「しっとるか?」

高尾と別れた2人は歩きながらとある人物たちを話題に出した。

「何を」
「キセキの世代の噂」
「はっ、なにを今更」

キセキの世代。帝光中バスケ部に所属する10年に1人の逸材。赤司征十郎を中心とした5名の選手を示す。その中には過去、高尾とチームメイトだった緑間真太郎、今吉の後輩であった青峰大輝が含まれている。

「高尾はしらねぇみたいだがな」
「来年には嫌でも分かると思うで。すでに天才が5人いると言われとる。昔よりも早いなぁ」

過去、キセキの世代と呼ばれたのは黄瀬涼太がバスケ部になってからだった。中2からバスケを始めた黄瀬が活躍し始めた後だからまだそう呼ばれるまでに猶予はあるはずだった。だがこの時点でキセキの世代という言葉は生まれていないが、それに近い噂はすでにされていた

「受験しに行った時に帝光中の試合が見れたんや。そんときにキセキの世代が集合しとった。」
「は?」
「可能性とすれば、あいつらも記憶あるかもしれへんなぁ」

今吉が見に行った試合は、帝光中には劣るがそこそこ強い学校との試合だった。点差はダブルスコアだったらしい。その時ベンチにあのキセキの世代がそろっていたようだ。試合に出ていたのは青峰大輝と黄瀬涼太だったようで。試合の様子を話す今吉に、花宮は眉を寄せた。

「それで?」
「うん?」
「なにがいいたいんだよ」
「来年当たったら注意しときってことや。・・・高校と同じように考えへんと足下救われるで」
「はっ、んなこと分かってる」
「ならええけどな」

キセキの世代はバスケをしている者にとっては超えられない壁だ。幾ら頑張ったところで個々の力では叶うことはない。例外として1人、キセキの世代に立ち向かっていた奴がいたが、結局は彼もまたキセキの世代と同等の天才だった。おそらく今はアメリカにいることだろう。そんなメンバーがそろっていた中学時代。帝光中が負けたことは1度としてない。そして今回、下手すれば高校時での実力を持ったままのキセキの世代がいる可能性があった。自分たちが記憶を持っているということによって他にもその可能性があるのは今吉も花宮も理解していた。高尾も分かっているだろう。キセキがそろっているということは、当たれば確実に負けることになる。それ以前に帝光中に当たれば負けることはほぼ確定となっているのが現実なのだが。

「精々抗ってやる。それこそ、代償でもはらってでもな」
「ええけど、高尾に怪我させたらあかんで。」
「可愛い後輩だからか?」
「もちろん花宮も可愛い後輩やで?」
「きめぇ」
「失礼やなぁ」

一足先にと歩き出した花宮を今吉は後方から見やる。今吉の見立てでは、これから先かならず帝光中と戦うだろう。自分が居ない時に当たるのは少々癪に触るが仕方がない。花宮がいるときならまだチャンスがある。高尾は隠しているようだが、どこか昔のことを引きずっている傾向がある。過去の事は割り切っていくとは言って過ごしてきたが、もしキセキの世代と、緑間と出会ったときにどうなるかは分からない。ハイスペックなどと呼ばれる彼だが、メンタル面が強いとは今吉から見ると言い切れなかった。だからこそ、高尾だけの状態でキセキの世代と出会うのは避けたい。花宮がどう思っているのかは知らないが、少なくとも今吉は帝光中と当たるを嫌がった。しかし全中の試合に出場する以上避けられないことだ。だからせめてと。

「全中の試合には顔出すわ。がんばりや」

帰り道での分かれ道で、別の方向へと向かった花宮の後ろ姿に今吉は言った。花宮に聞こえたかは分からないが、今吉は気にすることなく家へと向かった。

2012.10.27


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