知らぬ空へと羽ばたく鷹

4

「今回の全中1回戦目は帝光中だ」

監督のその言葉に何人かが肩を落とした。半数以上がベンチの選手だ。レギュラーは落胆はしているが仕方ないような表情を浮かべている。
配られたプリント。試合トーナメント表。全中の試合は予選で24校が試合を行う。その前には地域ごとに全中の試合に出るための枠取り合戦がある。関西であるこちらは近畿に分類され、その枠はたったの3つ。その枠を勝ち取り、全中への切符を手にした。去年もとったが、去年は決勝2回戦敗退。相手校は毎回上位へ食い込んでいる有名校だった。今回、予選を突破しての決勝トーナメント1回戦。そこの相手が去年優勝を果たした帝光中学校だ。去年よりも上にいきたかったなーなんて思うけど今更で仕方がない。
ちらりと主将を見ると、主将はプリントを身ながら嫌な笑みを浮かべていた。なにか企んでる、絶対企んでるよこれ。

「花宮先輩?」
「面白くなりそうだな」
「え?」

近くにいて聞こえたが、それがどういう意味を持つのかを俺は理解できなかった。

「監督、練習を始めてもいいですか?」
「ん?ああいいぞ。」

どういうことなのかを聞こうとしたが、その前に練習が始まってしまう。仕方なく俺はアップのために部員と共に走り出すことにした。


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試合は今回、埼玉県で行われた。会場は多くの人で溢れかえっており、応援するための学生や保護者、バスケに興味のある人などが席に座っている。帝光中よりも早めに入った俺たちはそれぞれボールに触れた。俺はスタメンではないがレギュラーに入っている為に一応アップをしておく。出れるかどうかは分からないし、それを決めるのは主将と監督だ。

「花宮せんぱーい!俺今日出れますかー?」
「あ?一応中盤か後半で出すぞ。アップしとけよ」
「はあい。」
「相手はキセキの世代だからな。油断してんじゃねえぞ」
「分かってますって」

花宮先輩はキセキの世代と渡り合う力を持つ、無冠の五将とよばれる1人だ。そういえばいつからそう言われてたんだろう。少なくとも去年はキセキの世代と戦っていない。一昨年はキセキの世代が入学さえしてない。もしかしてこの試合か何かでだろうか。それはともかく、先輩はラフプレーをする危険視すべき人ではある。肩書きが「悪童」なのはそれを象徴しているのではないだろうか。でも頭は良いし、プレイも上手なのは確かだ。でも、まだ無冠の五将と呼ばれていないのならば、キセキの世代が出てくる可能性はどうだろうか。ああでもキセキの世代と戦う前から言われていたのだろうか。よくわからない。でもまぁ帝光中は2軍が試合にでるとしても必ず1軍もベンチにいるようにしているらしいから、もしかしたらキセキの世代が居るかもしれない。
そんなことを考えていると、後方から人の気配がした。振り向かなくてもそれが帝光中の人なのだと瞬時に理解した。そして同時にどこか見覚えのあるような色を見つけた。赤、黄、水色の3色。なんとなく振り向いてみれば、そこには案の定、かのキセキの世代が存在した。
1人、赤司征十郎。今はどうか知らないが、中3ではたしか帝光中の主将を務め、洛山高校では1年なのに主将を務めたPGの選手だ。俺は知らないが、初対面に向けて鋏を向けた危ない人らしい。1度対戦しているけど、あのときは散々だった。
2人、黄瀬涼太。キセキの世代では一番の有名人。モデルをやっていてその人気は計り知れない。海常高校の選手でかの笠松さんの後輩。羨ましい。IHの試合後に出会ったことがあるが、気さくな人、かもしれない?
3人、黒子テツヤ。俺が嫌悪した選手。俺と同じパスに特化した選手であり、影が薄く、序盤はスティールやらなんやらされてしまえば大変な目にあう。もっとも、その影の薄さはある程度俺には通用しない。
3人目の黒子はキセキの世代ではないが、シックスマンと呼ばれる人であり、キセキの世代と同等の力を持つと考えていいだろう。にしても青峰・紫原、そして緑間は来ていないのか。キセキの世代を全員出す必要がない試合だと思われているのか、それとも何か別の意図があるのか。それは俺には分からない。視線をそらしてボールを手でもてあそぶ。大丈夫、緑間はいない。だからちょっと羽目をはずしてもばれない。・・・ばれない?
開いたゴールに3Pではないがボールが打ち込まれている。メンバーは全員3年生だ。レギュラーだって1年や2年はほとんどいない。これ、先輩たちいなくなったらどうするつもりなんだろうか。ってあれ?
ふと花宮先輩の姿が見つからないことに気が付く。辺りを見回すと、先輩は案外簡単に見つかった。
帝光中のベンチにいる赤司に話しかけているようだ。そしてその側には黒子が怖い顔をしているのが見える。おいおい。何をしているのか知らないけど試合始まる前にぎくしゃくは辞めてくれ。俺はそれを止める為にも先輩の近くへと寄った。

「花宮せんぱーい!」

ある程度の距離が開いている状態でダイブ。痛い音がしたようなしなかったような気がするけど気にしない。

「いってーな!うるせえよ高尾」

黒子たちが驚いたのが見える。急に俺がでてきたからか?でもそれの専売特許は黒子なのでそんなことしないしできない。
そういえば、今日の朝にメールが届いていた気がする。伝えるなとも書いてなかったらいっても平気だろうか。そう思って俺は抱きついたまま言った。よしこれで用件は出来た。花宮先輩はなにも用事がないのにじゃれに行くと怒るから。

「言い忘れたんですけど、今日来てるそうですよ」

誰が、とは口にしない。だって俺たちの共通の知り合いなんてあの人くらいだから。案の定、誰なのかが分かった先輩は嫌そうな顔をした。

「はぁ?あいつ高校は?」
「さあ?休みとは聞きましたけど」
「ちっ」
「舌打ちげんきーん!ちくっちゃいますよ」
「あいつは妖怪だからしってんだろ。」

花宮先輩の言葉に笑いながら、視線をゆっくりと目の前にいる3人に移す。1人の表情は変わっていないが、2人はどこか不思議そうだ。

「こんにちは。2年PGの高尾和成でっす!今日はよろしく」
「は、はぁ・・・」
「高尾、さっさとアップしてこい。じゃねーと試合ださねぇぞ」
「うえっそれは勘弁です!」

即座に花宮先輩から離れてさっきの場所まで駆け足で戻る。少し遅れて花宮先輩がこちらに歩いてくるのを確認して、さっき投げっぱなしにしていたボールを手に取った。



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「何故高尾君が貴方の所にいるんですか」
「さあな」
「なんかしたとかないッスよね?」
「んなわけねぇだろ。気が付いたら同中だっただけだ」


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審判の言葉で試合が始まった。一番最初から黒子と黄瀬が入っている。赤司はベンチだが、アップをしていなかったようだから出てくるかはわからない。黄瀬のマークには花宮先輩が付いている。黒子にも一応付いているけれども正直役には立ってなさそうだ。相手ボールで黄瀬がドリブルをしている。それに何人かが食いつこうとしているが、見事に買われている。途中黄瀬が黒子にパスを出している為か、ボールが不自然な動きをしている。実際に相手しているのとベンチに居るのでは見方が随分と変わる。そして1度試合済みの花宮先輩や俺はともかく、他の人たちは驚いた表情を浮かべていた。黒子にボールが渡るごとにペースを崩されるこちら側は中々点を入れられずに差は開いていくだけだった。
2Q目。ここで黒子がベンチに下がったがあまり変動はない。多少点が取れるようになっただけで、差はあまり縮まっていない。コピーが使える黄瀬が他のキセキの世代の技を使っているせいか、キセキの世代全員と相手しているような錯覚になる。3Pもあそこまで綺麗に決められるとさすがと言わざる終えない。結果、20点差で前半は終了した。戻ってきた花宮先輩に近づくと、先輩の口は弧を描いていた。そしてそれがどこか、恐ろしく感じる。

「高尾」
「はい?」
「アップしとけ。次から入れる」
「はーい」

普通監督の指示で動くべきなのだろうが、今日に限ってその監督はいない。全中の試合なのだから参加すべきではないのかと思うが、仕方がない。なぜならここ最近で監督権限までもを先輩は獲得していた。高校で2年生なのに主将と監督をつとめたらしい先輩だから、ここでそうなっても不思議じゃない。というかもう諦めた。
先輩はそのまま裏に入っていってしまう。ちらりと帝光中のベンチを見やると、黒子がこちらを見ていた。何かと思って視線を合わせると、あちらもこちらに気が付いたのか、黒子は頭をさげて居なくなった。それをどこか不思議な光景だと見ていると同級生に声を掛けられて、俺もまた帝光中のベンチから視線をそらした。
3Qはこちらが先制でボールは俺に回ってきた。こちらのチームは俺以外が全員3年生。なんともまぁ気まずいチームだことで。花宮先輩は相変わらずの黄瀬マーク。まだ黒子が入ってきていない分、多少点数はここで取りたい。そう思っても全員がマークされてパスの軌道がまったく見つからない。勘弁してくれ。パスで回していくのを諦めてボールを地につけて走り出す。少しでも動けばパスが出来る状況になるだろうと過信して。結果としてパスの軌道は見つからなかった。さすが帝光中と言うべきか。仕方なしに俺はゴールしたまで自分だけで突破することとなった。鷹の目を駆使し、相手をこせる場所を見つけて進んでいく。相手のPGの声が聞こえた。その瞬間、俺はボールを宙に放っていた。3Pではないが、ボールは高く飛んでいく。すとん、という音ともに、ゴールネットが揺れた。



「高尾。俺に回せ」
「黄瀬はどーします?」
「マークチェンジ。黒子がいねえからな」
「了解です」

相手の持つボールがスティールされ、そのままボールは俺の元へ。フリーになった黄瀬がこちらに来るのを確認してから同じくフリーの花宮先輩へとボールを回す。そしてそのまま俺は黄瀬のマークへと付く。

「ちょっ」
「ボールは取らせないぜ?」

にしても身長高いなぁ。緑間には及ばないけどさすがモデル。すらっとしてる。

「なんであんなプレーする人と一緒にいるんすか?」
「へ?」

黄瀬は俺に視線をそらさないまま、俺にむかって言った。ゴール付近から少々離れた場所で、プレーしている8人からも離れている場所でだ。

「あの花宮って人ッスよ。いつ怪我人がでてきても可笑しくないッス」
「あーうん。ま、あの人俺の先輩で主将だからね。」
「それだけで?」
「うん?それに主将の命令は絶対だろ?ま、先輩ちょっと目立つけどいい人だし」

でもま、そんな様子見せないから悪童なんて呼ばれて居るんだろうけど。
いい音と共に、ボールがゴールに入る。こちら側に点数だ。でも点差は大きいから逆転はちょっと無理かなと。でも仕方ないしそんなものでしょ。

「ま、帝光中にとっては消化試合だと思うけど楽しくやろうぜ」
「・・・あんたにあの学校は似合わないッス」
「そう?」



_________





4Q。黒子が入った。結局赤司は出てこなかったか。

「せんぱーい、黒子のマークは俺でいいですか?」
「ああ。見逃すなよ」
「はあい」

2Q分休んでいる黒子はきっと、ミスディレクションを早速使ってくるだろう。そうなると1Qの時のようにペースを崩されてどうしようも無くなる。だから鷹の目を持つ俺がマークすることになる。でも、過去の実績からすると俺何度か黒子見失ってるんだよな。大丈夫だろうか。でも今回はいい練習になるかもしれない。ボールを持っているのは黄瀬。たぶんまた黒子にボールを回すのだろう。
案の定黒子に向かって投げられたボール。黒子が返そうとする所で俺の手がボールははじいた。それはそのままこちらのチームのボールになる。

「やりますね・・・っ」
「悪いけどお前の手品は封じさせてもらうぜ」

黒子にボールが来ないように、来てもスティール出来るように構えておく。たぶんこれで黄瀬あたりは警戒してくれるだろう。

「やっぱり君は嫌いです」
「ふうん。なら同じパス専同士、同族嫌悪といこうか?」
「そうですね。そして僕は簡単にはやられません」
「それは俺も同じだけど?」
「あんなプレーをする人に、邪魔はさせません」
「全中優勝の邪魔?花宮先輩はこの試合勝てるとは思ってないぜ?」
「誰かが負傷させられる可能性もあります」
「・・・そーだな」

選手の戦闘不能。過去、WCを勝ち上がっていた霧崎第一との試合では、必ず誰かしらが負傷するという事態になっていた。俺も霧崎第一と試合をしたが、相手が2軍だった為かそんな事態にはなっていなかったが。でもたしか、黒子の先輩にあたる、木吉という人が怪我をしていたような。同じ無冠の五将同士でのつぶし合い。まぁ、花宮先輩は嫌われてるから仕方がないかもしれないけど。でもたぶんだが、この試合というかキセキの世代が負傷するということはないだろう。レベルが違いすぎるし、なにより黒子にはミスディレがあって仕掛けにくい。黄瀬に関しては出来ることは出来るが、本当にするのかどうか・・・
・・・ってあれ、なんで黒子は先輩がラフプレーで怪我させるって分かってるんだ?今までの公式戦、ラフプレーは行っていたけども負傷させて試合に出れなくなったようなことはしてなかったはず。俺の鷹の目が正確ならば。それともラフプレーの仕方を見て負傷者が出ると考えた?

「すみません。仲間を傷つけられるのは嫌なんです」

その言葉ではっと視線を黒子に再度向ける。黒子の姿は無かった。ああもうなんでこうも黒子に抜かされるのか。毎度毎度嫌になってくる。何度もやられて引き下がれる人間じゃないけれど。黒子がボールを持った先輩の背後に居る。スティールするつもりらしい。黒子がそこにいることに、先輩は気が付いているのだろうか。花宮先輩だったら気が付いているんだろうけど。まずいと思って駆けだして、2人の間に割り込んだ。その瞬間、黒子の目が見開いたのが見えた。なんでそんなに驚く?この方法は1度、やったことがあるだろう?って思うけどそういえば黒子があのときの事を知っているかなんて確信はなかった。まるで知っているかのように話をしていたが。

「高尾君!」

あれ、なんで俺の名前知ってるの?そう思った瞬間、頭に激痛が走った。

「高尾!?」

花宮先輩の驚く声が遠くから聞こえた。振り返ったボールを持つ先輩もまた、大層驚いた表情を浮かべている。まずいと思って体勢を整えようとして、誰かの上に倒れ込んだ。

「高尾君!しっかりしてください!」

黒子の声が聞こえる中、俺の意識は沈んだ。

2012.11.4


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