知らぬ空へと羽ばたく鷹

7

バッシュが鳴る音と、ボールが床から跳ねる音で体育館はいっぱいだった。今日もまた、ベンチにいる1年と2年が一生懸命にボールを追っている。その指示を飛ばしているのは監督だ。何度も居残り練習をしていることに監督も気が付いており、やる気があるならと指導をしてくれているのだ。普段の練習ではどうしてもレギュラーや3年への指導で監督は掛かりっきりになってしまう。後輩たちにとってこれほどありがたいことはないだろう。俺は必死に走り回っている後輩たちを見ながら全中のトーナメント表を眺めた。
今回も無事に全中出場を決め、トーナメント表は先日発表された。今回、帝光と当たるのは順調にいって2回戦目。去年は初戦で、どうしてこうもすぐに当たるのか疑問になる。まぁトーナメントだから最高で4回しか戦わないんだけど。1日で2試合。そしてその2試合目でうまくいけば帝光と。いけるか、なんて考えない。行くしかない。

「高尾さ、全中終わったらどうする?」
「うん?そりゃ受験でしょ。ま、今年は受験しなくても来年の為にーってな」

隣のベンチに座ってきた副主将は今日も後輩のSGに指導していたのかタオルを首に巻いている。そしてその指導された後輩といえばひたすらに3Pを行っていた。

「なに、そんな早くから勉強すんの?」
「有名校目指すからさ。結構偏差値も高いし」
「ここらで有名校って・・・」
「ああ、俺関東で受験する」
「はぁ!?んなのできるのか?」

驚いた表情を浮かべる彼に視線を合わせずに俺は話す。

「んー公立はダメ。つか公立は受験するために色々しなきゃならないし。」
「私立?」
「うん。特待取れれば親に負担も掛からないし。」

私立秀徳高等学校。そこが俺の目指す学校。きっと緑間だって来てくれる。来年から、あのメンバーでのIH優勝を目指すのだ。それには先輩たちが憶えていようが憶えて無かろうが関係ない。俺はあの人たちと優勝がしたい。

「まじか。高尾だったら近くの公立受けると思ってたのに」
「わりぃな。」
「なんでそこ行きたいんだ?」
「うーん」

彼に言うことは出来ない。だって彼は知らないし、関係ないのだから。

「秘密。」
「なんだよそれ。・・・あ、もしかして今吉先輩たちと一緒のとこ?」
「違うぜ。桐皇も霧崎第一も行こうとは思ってない」
「だいぶ懐いてたのに」
「なつっ・・・まぁそう見えただろうけどさー・・・」
「じゃあ全中が一緒にバスケ出来る最後かー」
「高校でもバスケやるんだったら敵同士だろうしな」
「だなぁ・・・」

少し落ち込んだ彼の背中を叩く。痛い、と言われて頭を叩かれた。豪快に笑いながら出てきた涙をぬぐう。いてぇ、なんて無駄に喚いて後輩が練習をしている中2人で笑った。




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高尾はいつも無駄に笑う。それは1年の時から変わっていない。何が面白いのか分からないが、本人曰く笑点が低いらしい。1日で笑っていない時などないくらいに笑う。同じクラスだった1年の時は席も近いし部活も同じだということで良くつるんだ。彼は人に好かれる。必然と周りに人が寄ってきて、笑いは絶えない。2年3年と同じクラスにはなれなかったが、合同体育などで一緒になったり、彼の教室を通り過ぎようとすれば、なにかと彼は笑っていた。
でも時々、とても辛そうな表情を浮かべる。どこか苦しくて、寂しそうな表情だ。初めて見た瞬間、俺は自分を疑ったほどだ。ある時、といっても1年の時。まだ当時の3年生が居たときだ。彼は本当に辛そうに部室で一人、必死になにかを隠そうとしていた事がある。声をかけようとして、ただの部員である俺がレギュラーとなった彼に何を言えるのかと考えてしまったことがある。それで体が動かずに彼に言葉をかけることは出来なかった。結局当時の主将であった今吉先輩と、2年の花宮先輩が高尾に付き添い、次の日には彼は再び笑っていた。
彼は笑うと同時に無茶もする。去年の話だ。去年の全中の試合。去年のバスケ部はラフプレーを行っていた。ただの部員だった俺はなにも言えずにただ見ていただけだ。後輩が何人か部活を止めた。同時に何人かが先輩と同じようにラフプレーを行うようになった。でもレギュラーはほとんどが3年生で、唯一高尾が2年でレギュラーだった。主将であった花宮先輩がPGだった為か高尾の出番は少なかった。それでも全中の試合中盤で、高尾は投入された。2人のPGが居るチームのできあがりだった。
高尾はバスケで俺たちには出来ないプレーをする。まるで後ろや横に目があるかのようにボールを回している。彼はポイントを入れるよりも仲間をサポートするパス専用の選手だった。彼のパスは独特だ。小学生時代、バスケをしなかったと言っていた彼だが、バスケに関しては小中とやっている俺よりも上手だった。彼は自在にボールを操る。時には自らコートを突っ切り、時にはパスを回してゴールへと近づく。何度試合の流れが変わったか分からない。学年別での練習試合というミニゲームを行った時に何度助けられたことか。高尾には、俺たちにはない力がある。本人が理解しているのかは分からないが。
全中で高尾は負傷し退場を余儀なくされた。それはラフプレーをする自分の学校の先輩から受けた。キセキの世代でもなんでもない帝光中のバスケ部員を高尾はマークしていた。相手もどうやらPGの役目を持っていたらしく、高尾の目は彼をしっかりととらえているようであった。といっても俺の目にその部員は移らず、気が付けばボールが曲がっているなんてことになっていたのだが。彼は必死にその部員をマークしていた。なのに、彼は急にボールを持った先輩の真後ろへと来た。なにしているんだと思った瞬間、彼の目の前にはマークすべき人物がいて、同時に先輩の肘が曲がった。
主将と帝光の1人の選手が高尾を呼んだ瞬間に、高尾は意識を失って床に倒れ込んだ。とっさに試合がストップされ、俺と数人によって高尾は救護室へと運ばれることとなる。少しの間高尾の様子を見ているとドアが開き、そこにいたのは過去の主将である今吉先輩だった。桐皇学園に推薦で入学した先輩は制服のままで、どうやら試合を見に来ていたらしかった。ワシが見てるから戻りな、と言われて高尾から離れた。会場に戻れば再び試合は中断され、今度は帝光の選手が運ばれていた。こっちのチームがやったのか、と思ったが笛はなっていないらしく、誰も外されていなかった。帝光の金髪の選手と水色の髪の選手が花宮先輩になにか言っている。しかし先輩は相手にしていないようで。
そこからはあっけなく試合が終わった。無冠の五将の悪童と呼ばれた花宮先輩の中学最後の試合はここで終わったのだ。そしてそれからか、帝光の先輩に向かってなにかを言っていた選手の1人、金髪の選手、もとい黄瀬涼太を含めたメンバーが正式にキセキの世代などと呼ばれるようになったのは。関東ではもっと前から言われていたらしいその言葉は、これによって日本全体に広まることとなった。2年の全中は帝光の優勝で幕を閉じた。それによって花宮先輩もが引退し、主将は高尾へ。
そこからか、高尾が何かに向かってがむしゃらになって来たのは。そしてどこか悲しそうな諦めた表情を浮かべ始めたのは。次の全中で今度こそ!と気合いを入れていた彼。でも彼はあるときを境に本気のパスをしなくなった。バスケには相変わらず本気だ。やっているときは本当に一生懸命で楽しそうにやっている。でも、去年ほどやりきっているようには感じなかった。1つはやっぱり、パスが変わってしまった。独特なパスはもう彼には見られない。癖だったのか時々やってしまうことがあるようだが、回数は極端に減った。
そして自分でシュートをいれることが多くなった。パスを回す頻度が減ったのだ。いけるならと自分でコートを突っ切ることが多くなった。そこまでわかりやすくはないが、なにかと高尾を追っていた俺は分かってしまった。

せっせと荷物の整理をする高尾を横目で見ながら、練習を続ける後輩たちを見る。ほどほどに高尾に懐いた、可愛い後輩たちだ。俺たちが優勝出来るようにと、出来なくてもいつかOBに結果が伝えられるようにと必死になって練習している。高尾はそれをほほえましく見ているだけだ。指導してやればいいのに、なんて思うけどきっと高尾が後輩に指導するなんてないんだろうと思っている。高尾は先輩という意識よりも後輩である意識の方が強い。理由は分からない。きっと聞いてもなにも答えてくれないだろうから。
今年、この全中が終われば俺と高尾の繋がりは無くなる。高尾の事だからすぐに高校でも友達を作ってバスケに打ち込むだろう。俺はその時どうしているのだろうか。今まで通り、バスケをしているだろうか。身近や先輩たちに俺よりも酷く優秀な人たちがいて、さらにキセキの世代という人たちまでもがいる俺のバスケ人生。その中で俺はどこまで輝けるのだろうか。

2012.11.27


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