知らぬ空へと羽ばたく鷹

8

全中2試合目。アップをしながらも相手チームを見る。赤司、紫原、黄瀬、青峰、黒子、そして緑間。キセキの世代が揃っている帝光中は和気藹々としながらアップを行っている。過去には見られなかったことだ。高校1年のWCが終わるまで、あんな様子は見えなかった。仲直りしたあともキセキの世代は中々集まることは出来ていなかったようだ。味方としては心強いキセキの世代だが、今回は敵だ。様子を見ている暇なんてない。副主将と監督とともに戦法の最終調整をして試合を待つ。良い線は行きたいな、なんて思いながら監督達に向けて口を開いた。
試合が始まって、ボールを取ったのは帝光中だった。受け取った黄瀬が我先にと飛び出す。それをこちらは2人で止めに掛かる。それを見ながら自分は黒子のマークに付いた。

「よっ」
「どうも。」
「ほどほどによろしく頼むぜ?こっちにはキセキほどの優秀な人材居ないんだから」
「それは赤司君にお願いします。」
「だよなぁ」

赤司は現在ベンチにいる。たぶん黒子と交代で入ってくるのだろう。すっと黒子が消える。そう言えば最初の試合では会話中にやられたよなぁなんて思いながらもにやりと笑う。黒子も分かっているはずだ。その行動は俺には筒抜けであることを。黒子が黄瀬から受け取り、青峰に回そうとしたボールをスティールする。スティールの技術はあの無冠の五将であり、スティール成功率100%の先輩から教わった。技術はあのときよりも断然上がっている。俺がスティールしたボールはそのままこちら側のSFに渡った。

「やりますね・・・っ」
「そりゃどーも。今回は完全に止めさせてもらうぜ」

過去何度も逃げられた黒子のミスディレクション。今度こそ完全に、完璧に止めてやると意気込む。試合は未だ1Qの半ば。試合は始まったばかりだ。


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最初の違和感に気が付いたのは誰だっただろうか。1Qが終了し、黒子達は赤司や桃井たちのいるベンチへと戻っている。桃井の情報を元に赤司が作戦を立て、それを選手へと伝えていた。2Qから黒子はベンチに入り、赤司が出ることになっている。黒子の体力面とミスディレクションの効果の切れる頃合いを見ると、大半はこの時間に2人は交代する。時々黒子と赤司の両方が出ていることもあるが、PGと似たような役割を持つ黒子とPGの赤司の両方が同時に出る試合数は少ない。今回もまた、2人同時に出る予定はないようだった。黒子と交代すると準備をしていた赤司がふと、相手のベンチを見ながらつぶやいた。

「彼のスタイルは随分と変わったようだね」

その言葉に反応したのは1Qずっとマークされていた黒子だった。黒子もまた、相手のベンチを見やる。

「そうですね。あの時ほど鷹の眼を使っていないようです。」
「本人に何かあったのか、それとも・・・」
「?」

赤司は少々考えるような仕草を見せた。黒子は不思議そうにそちらを見る。支度の整えた赤司は間をおいてから口を再度開いた。

「あの眼は特殊だ。広範囲のコートが見れるということは左右や後ろに眼があるようなものだ。視線をずらさずに死角になっているはずのチームメイトにパスが回せる。少し癖が出るのは仕方がない。テツヤのパスだって初めての場合は驚くことが多いだろう」
「驚かれないことが少ないですね」

黒子のパス。通常の黒子でも見つけづらいのに対して試合中はミスディレクションを使ってさらに黒子は見つけづらくなる。その状態でのパスは自由自在。変幻自在でどこからどこにいくのかは分からない。一応チームメイトには分かるようにパスを出しているようだが、気が付けば場所を移動している黒子を見つけて、そのとたんにパスが来るのは慣れていない者にとっては驚きしかない。

「彼のいた高校は強豪校だ。すぐにあの眼には対応出来るようになっただろう。でもたとえ悪童や桐皇のPGを産んだ学校だとしても所詮普通の中学だ。その生徒が対応出来るわけがない。」
「ですが去年は多く使っていましたよ」

黒子は昨年の試合を思い浮かべる。とある事情で高尾は途中退場をしてしまったが、それでも黒子は高尾と試合を行った。その時のパスは、指示はどれも高校の時と同じようだったと黒子は思い出す。赤司もその時の様子を思い浮かべ、あの時赤司から見て目立っていた点を述べる。

「気が付かなかったか?すべてあの悪童がサポートしていたんだ。悪童なしの試合に彼は出ていたかい?」
「・・・いえ」
「おそらく取りこぼしや不安定要素は全て悪童がサポートしていたんだ。だから彼は普通にパスが出せた」
「今は出せないと?」
「あのSGに対しては出しているようだけどね。他にはダメだ。悪いが、今回はキセキをフルで出さなくても良かったかも知れないな」

赤司はすこし残念そうにベンチを見た。そこには水分補給をしながらSGと話している高尾の姿があった。 何を話しているのかは赤司たちからは分からない。だがその表情に余裕はなく、どこか険しいことは見て分かった。



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「これは少し厳しいかもしれんなぁ・・・」

観客席。後方の立ち見席に1人。眼鏡を掛け、桐皇学園のジャージに身を包んだ少年がいた。今吉翔一。彼は立ち見席から始まったばかりの2Q目の試合を見ていた。黒子と入れ替わりで赤司が導入された帝光中。キセキの世代が揃った試合。対して相手校はメンバー変わらず。何人かは未だに食いつこうと走り回っているが、ちらほらと足を止めようとしている選手もいた。今吉はそれを見て嗤う。これだからあの時、青峰が変わったのだと。それでキセキの世代がばらけてしまったのだと。今ではそんなことはないが、こんな試合だったら止めたくなるのは分かる。でも彼は、高尾だけは諦めずにボールを追いかけていた。それに引きずられるように他の者もボールを追いかけているが、いつまで持つか。

「昨年も帝光中にやぶれとるし、今年は優秀な選手があまりおらんからな。しかたあらへん」

今吉はすっと目を細めた。高尾の放ったボールが紫原によって止められる。何か会話をしているようだが今吉の位置からは、観客席からは聞くことはできない。ただ高尾が悔しそうに顔をゆがめるのだけは、見えた。
じっと今吉は試合を眺めながら、独り言を後方へとぶつけた。

「中学の高尾を見るのは初めてやろ?」

足音と共に今吉の後ろに1人の青年が立った。蜂蜜色のような髪をした青年。彼は今吉に投げやりの視線を送るとコートを見た。

「なんでいるんだよ。」
「後輩の試合やからな。」
「後輩?」
「高尾や。ワシの中学の後輩なんや」
「はぁ?きいたことねーぞ」
「そりゃそうや。"今回"が初めてやからな」

青年は、宮地清志は今吉の言葉に眉を寄せた。その視線は説明を求めるようなものだった。それをみて今吉は思わず微笑んだ。

「簡単なことやで。なんの因縁かは知らんが、高尾の生まれ故郷が今と昔で変わっただけや。ワシもびっくりしてもうたわ」
「そうかよ」

今吉の言葉に投げやりに返す宮地。しかし今吉はそれに気分を悪くすることなく言葉を発した。

「今日はどうしたん?」
「あ?秀徳にスカウトする緑間を見に来たんだよ。高尾がいるなんて予想してない」

視線は未だに高尾をとらえている。その高尾はボールを手にとって指示を出しているようだった。SGに向けてボールを出そうとして赤司に邪魔をされる、といった様子が見えた。

「やっぱり緑間取るんか」
「ああ」
「高尾はとらんのか?」
「前回高尾は一般試験だったしな。出身校も分からない以上、スカウトなんてできねーよ」
「でも今回は明かやで?」

にっこりと笑う今吉に宮地は一度言葉を詰まらせた。

「・・・監督と交渉する」

したところで、スカウトは出来ないのだろうと、宮地は考えている。この試合を元にスカウトするか否かを決められれば、とることはないだろう。そこまで目を見張るほどのプレイを高尾は見せていない。相手がキセキの世代だから、ということは関係ないのだ。
2Q半ばが過ぎ、点差は開く一方。紫原はゴール下から動かないし、赤司がアレを使ってくることもない。だけど青峰と黄瀬、そして緑間の得点で差は開いていく。味方だと心強いが、敵の場合での緑間の3Pは中々心を折られそうになる。どうにかしないと、と考えてコートにいるチームメイトの位置を確認して・・・。そこまでして違和感に気が付いた。現在ボールは青峰が持っている。そのままダンクをするのか分からないがゴールへと向かっている。SGの彼はゴール下で黄瀬をマークしている。そこまではいい。他は?

「・・・そういうね・・・」

他の3人。どちらも走ってはいるがボールに食いつこうとする意志は感じられない。なんとなく、理解はできた。もうこの試合は捨てたのだと。

「まだ2Q終わってねぇっつーの!」

青峰の後ろへと立ち、すっと手を伸ばす。手がボールに当たって、ボールは青峰から離れてコート外へ。

「なっ」

それから少ししてブザーが鳴った。2Q終了を示す合図だ。動きを止めてそっと息を吐く。まだ、あと半分ある。勝てる勝てないとか、そう言った問題ではなくなった。監督は気が付いただろうか。去年はこんなことなかったんだけどなぁ・・・なんて。



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高尾の様子がおかしかった。2Qが終わって、高尾は無言で立っている。

「高尾?」

気に掛けて声を掛けるとなにかを思いついたようにぼそりとつぶやいた。

「・・・あーうん。ちょっと後半・・・変えよっか?」
「は?」

聞き返しても俺の声が聞こえているのか聞こえていないのか、ばっと顔を上げるとベンチの方を向いた。その時の表情がどこか企んでいるような顔で、一瞬だが嫌な予感がした。

「うんそうしよう。こんなんじゃ相手にも失礼だし。」
「おい?」
「よし、監督ー!少し相談が在るんですけどー」
「おいちょっと待った高尾!なに考えてる!?」
「うん?簡単なこと。」

ようやく反応してくれた彼はけろっとした表情を浮かべて笑った。

「1年と2年でこの試合やるわ。俺たちサポートな。あ、あの3人はもう試合いれねぇから」
「・・・え?」
「やる気のねぇやつなんていれねぇよ。ま、最後の試合だけど1年2年には来年もあるし良い経験になるだろ。」

その言葉はつまり、中学生活最後の試合の後半を全て、後輩に任せるという宣言だった。

2012.12.30


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