知らぬ空へと羽ばたく鷹

11

秀徳高校の門をくぐり、校内へと入る。学校へと送られた手紙によれば、このまま体育館へと来るようにとなっていた。迷うことはないが、少々疑問になりながらも、バッシュやら体操着が入った鞄を抱えなおした。
手紙が来たのは、2月の半ば、どちらかというと終わりにかけての頃だった。スカウトで入学が決まったがためか、1度学校見学、ないし部活動の参加をしてほしいということだった。また、県外からということで無理には言わず、可能だったら事前連絡できてほしいということだった。それに了承し、東京にすむ親戚の人の家に1日泊めてもらえることが決定した土曜日の午後。近づいてきた体育館からはバッシュの音や人の声が聞こえていた。
そっと体育館の扉を開いて中を覗く。どうやらミニゲームの真っ最中らしく、ハーフコートでの試合が行われていた。中に入ると、ある一角のベンチに監督の姿があった。監督もまたこちらに気がついたらしく手招きをしている。部員の数人が俺の姿を見つけて不審がっているのも確認できた。あまり気にすることではないかと試合のじゃまにならないように壁に沿って小走り。
ふと、視界の隅からボールが見えた。
「危ない!」
どこかで聞き覚えのある声がしてそのほうを向く。手に持っていた鞄は床の上へと落ちた。

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「大丈夫か?」
チームメイトが取り損ねたボールがコート外へと飛んでいった。そしてそこには偶然かなにかか分からないが、部員ではない人物がいた。自分の記憶が正しければ中学3年生。彼はすっと鞄から手を離すと飛んできたボールをいとも簡単に取った。さっきまでボールのほうを見てもいなかったのに。近づくと、彼はへらっと笑ってボールを渡してきた。
「おまえ・・・」
「大丈夫ですよ。別に急に飛んできた訳じゃないので」
急、だったはずだ。視界に入っていなかったはずのボールが飛んできて、そのボールのほうを見たのはキャッチできる寸前だった。それをなんてことのないように彼はボールをとった。
「おーい!試合再開するぞ!」
「ああ!」
一言悪かった、とだけ伝えてボールをコート内へと投げた。彼はにこにこしたまま鞄を手にとってコートから離れるように駆け足をしていた。

ミニゲームが終了し、監督の指示で1軍のメンバーだけが集められた。現2年生と1年生のみで構成され、過去にいた3年生の穴は埋められていない。監督は先ほどの少年を横に携えていた。
「今日と明日の午前練習のみ、彼を参加させる。来年からはスカウトでバスケ部に入部する」
スカウトで、という言葉で一瞬だがどよめいた。秀徳バスケ部は強豪校の1つだ。来年度は、かのキセキの世代である一人を獲得することが決まっている。それ故か、キセキの世代と同等なのでは、などと考えたのだろう。だが少年はそんなどよめきに気にすることなく、笑った
「中学3年、高尾和成。ポジションはPGです。」
ぺこりと頭を下げた彼は、高尾は顔を上げるとまた笑った。PG、と聞いて同年代のPGが眉を寄せた。高尾よりも身長のある彼は、2年次で1軍へとあがったが、IH、WCともに3年の先輩が出ており、公式戦ではあまり登場していない。
「一応まだ中学生だからフルでは参加させない。んーそうだな、宮地」
「はい」
「2日間だけだが、彼の指導をしてほしい。教育係か」
「・・・は?」
きょとんとした声が発せられるが、監督は気にすることなく話を続けていた。高尾といえば、未だに笑ったままだ。
「ほかはいつも通り。ミニゲームは再開、あとで高尾を入れるから。大坪、おまえのチームだ」
「わかりました」
解散の合図とともに全員が次のミニゲームの準備を始める。高尾と言えば未だに制服で着替えていない。監督の言葉通りならば、場所も教えないといけないのか。
「おい」
「はい?」
「いくぞ」
「はい」
歩き出す俺にひょこひょことついてくる高尾はまるで更衣室までの道のりを知っているかのようにまっすぐついてくる。中へと入り、開いているロッカーを教えて着替えさせる。その間、高尾は無言だった。
「・・・、聞いたと思うが俺は宮地。宮地清志。2年」
「高尾和成です。よろしくお願いします」

***

1日目も2日目も正直なにも起きなかった。俺の指導、という形で出会った宮地さんも特に言ってこなかったし、同じチームになった大坪さんや木村さんもなにも言ってこなかった。ちょっとだけ覚えていてくれていることを期待したがそんなことはなかったらしい。今吉先輩たちのようなことにはならなかった、ということだ。時々もの言いたげな目を宮地さんは送ってきたが、それっきりだった。それでも来年、彼らとまた同じようにバスケができると考えるだけでもうれしかった。昔は達成できなかったIH、WCの優勝にまた挑戦できると。それにはまず誠凛と洛山を倒さなければいけないのだが。
2日目の練習を終え、休憩にはいる前に俺は制服へと着替えた。午後には新幹線にのって関西へと帰らなければいけないから。監督はもしよければまたくるといい、と言っていた。今度は緑間がいるときに、といっていたから監督は同じくスカウトした緑間とあわせたいらしい。まだ1度もきてはいないが、緑間もまた俺と同じように部活動参加ができるらしい。帝光の練習が多忙でこれないと言われたようだが。帝光の3年が未だに部活をやっているというのは疑問だが、ほぼ全員がスカウトで入学が決まっている以上、練習には参加できるのかもしれない。
監督と、世話になった宮地さんらにお礼を告げて、秀徳高校を後にする。それからそのまま帰路へとついた。
電車に、新幹線に揺られながら思い出す。緑間には会わなかったが、あのときと同じようなメンバーに。2つ上のPGの先輩が俺を見ていやそうな顔をした。でも前と同じようならば、俺は緑間が出るとき+αでしか試合は出ないし、予選ではなにかと先輩たちが出ていたからあそこまでいやな顔しなくてもよかったのに。なんて思っていてもいろいろと変わってしまっている現在では、すべてが昔通りいくとは限らないのだ。
学校へと戻り、監督へと帰ったことを報告する。すでに空は暗くなり始めている。鞄を持ち直して帰路につこうとして、後方から聞こえた声に呼び止められる。そこにいたのはバスケ部の友人。
「よう。どうした?」
「いや、高尾の姿が見えたからな。なんで学校に?」
「昨日今日と高校の部活体験してきててさ。その報告。おまえは?」
「俺は受験の結果報告しに、ね」
「どうだった?」
「無事合格。」
「どこいくんだ?」
「えっと____」
それからたわいのない話。内容があるようで全然ないただの話をしながら家へと向かう。今度バスケをしよう、なんて約束をして分かれ道で彼と分かれる。こうして会うのも残りすくなくなっている。3月の半ばには卒業式があるし、それが終わったら俺は東京へと行くことになっている。もう会うことはほとんどないだろう。だからこそ、残りを大切にする。これから先、秀徳での生活が重要になる。けれど、それまでの課程も、過去なかったこの状況も、きっと重要になってくる。昔、緑間に負けたあの試合のように。

そしてこれから、2度目の再会を行おう。
「”初めまして”」

2013.4.5


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