ベルベットルームの住人

P3×P4

「こちらは"ユウ"……わたくしと同じくベルベットルームの住人でございます。
なにかとご縁があるかと思いますゆえ、引き合わせた次第でございます。」

そうエリザベスに言われて、僕は彼女の隣にいる少年へと目を向けた。
エリザベスと同じく青い服に身を包み、黄色い瞳は伏せがちではあるが、印象的だ。年は中学生くらいだろうか。高校生にも見えなくはないが、少なくとも自分よりは年下だろう。彼はこちらを見るとそっと一礼して、この部屋の隅へと置かれた椅子へと腰かけ、膝を抱えた。

「よろしければ、時々でかまいませんので彼を連れ出してはいただけないでしょうか。彼はここにきて日が浅く、この時代についてもなにも知りません。」

その言葉に僕はうなずき、ひとまずはベルベットルームを後にした。


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あれから数日後。僕は彼を連れ出してベルベットルームの外にいた。ちょうど日曜日ですることがなかったというのも事実ではあるが、それよりも毎回あっていながらも彼がずっと椅子に座って膝をかかえていたのが気になったからだ。

「……」

彼は黙ったまま僕についてくる。といっても僕に行くあてはあまりないし、彼の望む場所へと連れていきたいが、生憎彼は聞いても答えてはくれなかった。
近くの神社まで来て、いつもの人がいないなと思いながらベンチに腰掛けた。蝉の声を五月蠅くも感じながら、吹く風に心地よさを感じる。

「なんで」

彼の発した一声目を、僕は聞き逃した。問いかけなおすと彼は口を閉じたが、ゆっくりと口を開いた。

「なんで、連れ出したんですか?」

彼の言葉には困惑がはっきりと表れていた。しかし表情はいまだつかめず、おそらく隠しているのだろう。

「理由は特にないよ」
「……ない?」
「ただエリザベスやイゴールと違って何もしないであそこにいるのは暇かなって思ったから」
「ひま……」
「違うの?」
「ちが、くないけど」

彼はもごもごと何かを言おうとしながらも言葉にはしなかった。それからまた、無言の時間が続く。
その時間を破ったのは、またもや彼だった。

「覚えて、ないんです」
「ん?」
「なにも。なんであそこにいるとか、自分がなんなのか、なにも、わからないんです」

彼は言った。自分がどこから来たのかも、どうしてあのベルベットルームにいるのかも。なにも知らないのだと。自身の名前もわからず、"ユウ"という名前はエリザベスの姉がつけたという。(エリザベスにはネーミングセンスがなかったようだ)それからエリザベスとともにずっとベルベットルームにいると。ベルベットルームに来た理由さえもわからないといって、彼の目から涙がこぼれた。そこでようやく、彼にもきちんと感情があるんだなと思った。

「……行こうか」
「え?」
「少し歩くけど、一人だけで抱え込む必要も、なにもないしね」

「だ、誰だこの少年は……まさか隠し子!?」
「年齢がおかしいでしょーが」

寮に戻ると休日のはずなのに全員がそろっていた。珍しいと思いつつ、後方に隠れたユウを中へと招く。それだけでこの寮の住民は集ってくる。

「その子、どうしたんですか?」
「少しの間だけ預かってる。」
「へぇ……名前は?」
「えっと、ユウ、です」
「ユウ君か。あたし岳羽ゆかり。よろしくね」
「おれっちは伊織順平。よろしくな!」

何人か(特に高2組)が彼に構い始め、彼はたじたじになりながらも会話をしていた。荒垣さんから飲み物をもらってそれを飲みながら、ソファに腰掛けてその様子を見守る。そうしてくると桐条さんが声をかけてくる。

「彼は中学生か?」
「……たぶん」
「知らないのか?」
「知ってるのは名前と……保護者くらい」

エリザベスを保護者と言っていいのかはわからないが、ベルベットルームの住人であるということなので問題ないだろう。彼が本当に中学生なのかはわからない。今見られる戸惑いの表情は、無表情であったときよりも幼く見えた。

「暗くなる前に実家に帰してやれよ」
「はい」

それを聞いていた真田さんがそういったのでうなずくが、その隣にいる桐条さんは彼を見ながら考え事をしているようだった。
彼はいつしかコロマルになつかれたようで、恐る恐るではあるが、コロマルに手を伸ばしていた。そっと触れるとコロマルがコロンと横になり、さらに構えと伝えるかのようになる。そこに天田が近づき、天田とともにユウはコロマルをなでている。天田の方が年下であるはずだが、その様子はまるで天田が兄であるかのようだった。

「……あの、湊さん」

ずっと黙っていたアイギスが僕のそばに来て耳打ちをしてきた。それに気が付き、耳を傾けると、彼女は戸惑う表情を見せながらも言葉を発する。

「彼……ユウさん、でしたか。なにか、不思議な感じがします」
「不思議?」
「はい。何と言ったらいいのかわかないでありますが……」

アイギスは言葉を濁しながら彼を見た。眉をよせ、表現する言葉を考えているようだった。

「あなたに、とても似ていて……けれど何かが決定的に違っている、といいますか……」
「どういうこと?」
「わからないであります。ただ、不思議な感じがするとしか言いようがないであります……」

確かに彼は記憶を失っていて、しかも不思議空間であるベルベットルームの住人。僕のようにただベルベットルームに入ることのできる人間とはまた違うのかもしれない。けれど見た目はどう見ても人間だし、ただの記憶喪失の子供といえば納得されるだろう。ベルベットルームの存在を知らないから、アイギスはそういうのだろうか。

「けれど、悪い感じはしないであります。それよりも、彼はあなたと同じく守る存在ではないかと思うであります」
「そっか。」

アイギスはそういうと彼へと近づき、自己紹介を始めていた。僕と初めてあったときの表情とは打って変わって、彼には少々いびつではあるが笑顔が見られていた。



「どうだった?」

ベルベットルームに帰宅すると、いつもは姿を消している(別室にいる)マーガレットがそこにいた。代わりにエリザベスの姿はなく、イゴールもまた、席をはずしているようだった。

「どう、とは?」
「貴方と同じ、"ワイルド"の少年……貴方と同じ力を持ち、そして発展途中の彼を見て、どう思ったかしら?」

マーガレットの言葉に、俺は返答することができなかった。考え込むように黙り込むと、マーガレットは笑みを浮かべながら"俺のペルソナ全書"を広げた。

「これからおそらく、貴方は彼と深い絆で結ばれるでしょう。まるで、コミュニティが生まれるかのように。
そして時には協力することも、敵対することもできます。……マリーのように」

一枚のカードが全書から浮かび上がり、それは俺の前でくるくると回転する。そのアルカナは、最後に見たきりではあるが、心の中に深く刻まれている。

「今のあなたは愚者ではない。だからこそ、このアルカナがふさわしいでしょう。」

俺の前にあるのは、世界のアルカナ。手を伸ばすと、それは吸い込まれるように俺の手の中で消えた。

「どうぞ、お気をつけください。お客人。
ここは夢と現実、精神と物質の狭間にあるとされる不思議な部屋……ときには空間、時間にも囚われることはありません。
しかし、今の貴方はあの世界には異質な存在。貴方の世界でのマリーと同じ立ち位置にございます。
消えて、戻れぬことがないようわたくしもサポートはいたします。」
「ありがとう」
「もとはといえば、わたくしの妹がしでかしたこと……姉としての責任は持たせていただきます」

その言葉に、俺はいつもの灰色の瞳を彼女からそらすことしかできなかった。

2014/08/05

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