星々

ポケモン(ORAS)

「うっわぁー!すごく綺麗!」

満天の星空の下。バンダナを付けた少女が空を見上げながら歩いていた。それを後ろから少年が付いていく。2人の隣にはそれぞれポケモンがいて、少女同様に空を見上げていた。

「上みて歩くと転ぶよ」
「大丈夫だよ。ユウキ君って心配性ね」
「ハルカがいい加減なんだよ」

ハルカと呼ばれた少女は少年、ユウキを一瞥したあと、すぐに空を見上げた。
2人がこうして一緒にいることは珍しくない。ハルカがここ、ホウエン地方に引っ越してきてから、旅を重ね、一緒にいることも多くなった。お互いトレーナーとして、それぞれ地方を巡りながらも、彼らは度々出会い、技量を磨いている。

「ジョウトでも星は見えたけど、こっちの方がすごく綺麗に見えるね!」
「夜には人工的な光がほとんどないからね。」

2人は道路を外れ、野生ポケモンが出る場所に入ると、その中でもポケモンたちが少ない場所を選び、腰を下ろした。2人のポケモンも、辺りを見回しながら近くへと座った。
流星の滝。そう呼ばれる洞窟の近く。カナズミシティも見える場所で、2人は座って空を見上げた。

「1000年に一度」
「え?」

ユウキは、空を見上げながらつぶやいた。

「1000年に一度、7日間だけ見える、千年彗星というものがあるんだ。それを見ながら7日間願い事を言う。そうすると願いがかなうんだ」
「へぇ!すごいね。……でも、その千年彗星って今年は見えないよね」
「うん。13年くらい前に来てるからね。」
「13年前、か。ってことは生まれてないね。」
「生まれてないか、生まれたばかりか、ってところだね」

ユウキはそういいながらも、母から言われた言葉を思い出していた。自分が生まれた年、その日の七夕、7月7日にはとてもきれいな彗星が見えたということを。もしそれが千年彗星だったならば、

「そっか。残念だなぁ。一度でいいから見てみたいね!」
「1000年に一度だからね。でもそういうイベントがあったらみたいね」
「そうだね!」

くあ。と隣のポケモンがあくびをした。時間にしてすでに遅い。ハルカたちは星空にテンションが上がっているが、ポケモンたちにはあまり興味をそそるものではなかったようだ。ユウキがポケモンをなでると、気持ちよさそうに目を細めた。

「ユウキ君は」
「?」
「ユウキ君はこれからどうするの?」
「これからって」

ハルカの言葉に、ユウキは首を傾げた。ハルカはそんなユウキに気が付くことはなく、ずっと空を見ている。

「この1年間。あっという間だった。やりたいことがあったってのもあるし、ポケモンたちと一緒だったらどれも楽しかった。道端でたくさんのポケモンと出会って、捕まえて、旅をして。ジムリーダーのみなさんとも戦った。パパとも戦ったし、ポケモンリーグにも挑んだ。時々コンテストにも出たし……なんかね、すごいやりきった!って感じがするの。もちろん、全て終わったわけじゃないし、これからもしたいことはたくさんある。けどね」

ハルカはそこまで言って、一度口を噤んだ

「けど、先を考えてたら、何をしたらいいのかなって」

そんなハルカと、ユウキはじっと見つめた。ハルカの表情には、嬉しさと、淋しさと、困惑が現れていた。ユウキはその後、ハルカと同様に空を見上げた。

「別に、先を見る必要はないと思うけど。」
「え?」
「俺だって、ポケモン図鑑完成させて、正直旅の目的は達成しているんだよね。元々バッジ集めてるわけじゃないし。でも、次に何をしようかなって考えて、思いつくものがある。それが将来、大人になって役に立つのかはわからない。先の事を、見通すことなんて人間にはできない。だからこそ、今を精一杯やりたいし」
「……、ユウキ君の、やりたいことって?」

今度はハルカが、ユウキを見た。ユウキは楽しさと、期待と、喜びを感じていた。それがなぜなのか、ハルカにはわからない。

「ポケモン図鑑を完成させるにあたって、お世話になった人たちがいるんだ。たくさんの人のおかげで、このポケモン図鑑は完成した。俺はそんな人たちがいる世界を見てみたい。ホウエンだけじゃなくて、他の、たくさんの場所を。」
「ホウエン以外の場所……」
「それと」
「?」

ユウキが星空から視線をそらし、ハルカを見た。2人の目線が合う。それを確認してから、ユウキは笑った。

「そこにハルカがいてくれたら、俺はもっと嬉しいかな」

ユウキの言葉に、ハルカは一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を赤くした。星の光が、その表情を照らす。ユウキはそのことに気が付いているのかいないのか、笑ったまま再び空を見上げた。
13年前の今日、きっと空にはこの星空ではなく、かの千年彗星があったのだろう。不安、秩序の乱れと言われていた彗星。そのことをしってかしらぬか、ただ千年彗星というものに期待を持つ。ただ1000年に一度しか見ることのできない、その奇跡を体験できたという喜び、そしてすでに体験しているという淋しさ。全く正反対の感情が渦巻く。

「ほら、そろそろ戻ろう。夜も遅いから」
「……えっ、あう、うん!」
2人が立ち上がるとポケモンたちも動き出した。ポケモンたちは2人の足元をすり寄りながら、歩く。
ユウキはハルカがついてくるのを確認しながら歩き出した。ハルカは少し遅れながらもユウキについていく。月と星の明かりだけを頼りにし、足は近場のカナズミシティへと向かっている。空を飛んでミシロタウンへと戻っても良かったが、2人はなんとなく、歩いていた。

「……」

ハルカはじっとユウキの後ろ姿を見ていた。1年前、初めて出会った時には感じなかった差。身長も、体格も、少しずつユウキはハルカよりも大きくなっていく。それが少し、淋しい。
足元に温かさを感じて目線をそらせば、そこには自身のポケモンがいた。進化する前、ユウキが珍しいポケモンを貰ったのだと言ってきて、その卵を貰った。そこから生まれたこの子は、その時からずっと一緒にいる。そしてユウキの元にも、このポケモンの兄妹がいる。
2匹のポケモンは、ハルカたちが出会うといつも一緒にいる。一時も離れることはない。だからといって、永遠に一緒にいるわけではない。ハルカたちが帰るときにはわかれるし、その際の2匹はすんなりと言うことを聞いてくれる。しかし別れる時、名残惜しそうに離れていることも知っている。

「(そっか、淋しいのか)」

ハルカはずっとこのままでいられると思っていた。けれど、この1年で色々な人と出会い、ポケモンリーグチャンピオンの交代、それに伴うジムリーダーの交代。世界はずっと同じ状態でいるわけではない。ハルカがジョウトからホウエンに引っ越してきたのもその1つだ。それでもハルカには、ジョウトで過ごしたことよりもホウエンで過ごした時の方が重大で、楽しくて、学びを得られていた。だからこそ、このままであると思った、望んだ。 叶わないと、わかっていたのに。
ユウキは先に進んでいた。自身のやりたいことを、先を見据えていないとは言っていても、きっと彼には目的がある。それがハルカには、ない。

「ハルカ?」

気が付けば、ハルカの歩みは止まっていた。

「もし」
「うん?」

ぎゅっと手を握り、下を向いた

「もし、私が、」

ハルカの言葉を、ユウキは黙って待っていた

「私が、ユウキ君と」

ポケモンたちが、2人のそばでとまった

「ユウキ君と一緒に行きたいって言ったら」

ユウキがそっと歩みを進めた。

「私も連れて行ってくれる……?」

ハルカが前を向いた時、そっと何かに抱かれた。ハルカは数秒動きを止め、自身がユウキに抱き留められていると気が付く。

「ゆっ」
「ダメなわけないだろ。」

ユウキはそっとハルカを離し、正面を向いた。

「ハルカが嫌だって言っても、連れていく。」

ユウキがそういってほほ笑むと、それにつられてハルカも笑った。
2人の様子を見て、2匹のポケモンが鳴いた。2人の周りをゆっくりと回り、2匹の目線が合うと、ポケモンたちもどこか、笑っているように見えた。

空にきらめく星たちに1つ。煌々と光るものがあった。一時その光が強くなると、それはすぐに空を流れていく。それがいくつも続き、いつしかそれは流星群となった。2人の真上を、いくつもの流れ星が落ちていく。
空を見上げるポケモンたちの瞳にも、星々が写る。それが気になるのか、2匹は前足で顔をこすった。
けれど、2人の眼にはその星は写っていない。ただ写るのは、お互いだけだった。

2015/07/10

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