本歌と写し

注意:うち本丸設定山盛り。
山姥切国広(極)・回想ネタバレ
山姥切長義(極)実装前に作成

「俺こそが長義が打った本歌、山姥切。聚楽第での作戦において、この本丸の実力が高く評価された結果こうして配属されたわけだが、……さて」
山姥切長義がこの本丸に顕現されたとき、目の前にいたのは本丸の主である審神者ではなかった。
背筋を伸ばしたこの本丸の初めの刀で近侍でもある刀剣男士はまっすぐに山姥切長義を見つめた。
「……まずは全員への紹介がある。ついてきてくれ」
刀剣男士は、山姥切長義の写しともされる山姥切国広は、そう言って廊下へと続く扉を開いた。



本丸が発足されてからすでに何年も経過している。そのためか、この本丸の刀剣男士の人数は多い。政府より発表されたすべての刀剣男士がいるわけではないが、そこそこの人数がいた。よって顕現されたばかりの刀剣男士はいま本丸にいるすべての刀剣男士との顔合わせが、ひどく大変な状況へと陥っていた。そのためこの本丸では最初に全刀剣男士が一堂に会する機会を設ける。歓迎会として宴会も開かれるが、そこには全刀剣男士が参加するわけではないので、これが実質最初で最後の紹介の機会となる。
そしてその場に新刀剣男士を案内するのは、基本初めの刀である山姥切国広の役目でもあった。
この本丸には主がいない。いや、実際はいるのだがこの本丸に姿かたちはないのだ。その理由は、ここにいる刀剣男士全員が知らない。だから初めの刀である彼が、ほとんどを仕切っている。先日極修行を終え、その後の初陣は聚楽第の予定だったが、結果として山姥切国広はそれに参加をしなかった。それゆえに、監査官として参加していた山姥切長義とはこれが初対面となった。お互い思うところはあるが特に会話もなく、2振は大広間へと足を運んだ。
山姥切国広は遠慮なく大広間へと続く扉を開く。ずらりと左右に分かれた刀剣男士の視線が2振へと注がれる。そろっている刀剣男士は、刀派や所縁のある刀で固まってはないなく、全振りが顕現順で座っていた。上座と下座が1つずつ空いており、それがこの2振の位置であるのは誰が言わずともわかりやすかった。
「今回より新しく刀剣男士が加わる。刀派なし、打刀。山姥切長義。案内は江雪左文字。以上だ。獅子王、本日の編成を」
山姥切国広は淡々とそれだけを言うと、上座のほうへと歩いていく。残された山姥切長義を、空いている下座の隣にいた小豆長光が手招きをした。
「さいしょはとまどうだろう?わたしもこまったぞ」
山姥切長義が座ると、小豆長光はそういって笑った。この本丸はすこし特殊な運営方法なのかもしれない。山姥切長義はそう結論付けた。

山姥切長義は江雪左文字の案内を受けたのち、1振で本丸内を確認していた。現在はこの本丸に名を連ねるが、元は政府の刀であった。故に山姥切長義は政府の元刀として本丸を見極める役目も持ち合わせていた。無論これはどの審神者も知らない、山姥切長義だけの秘匿情報だ。政府に協力しているのは山姥切長義だけではない。実際、審神者らに公開していないが刀剣男士としてすでに政府へ協力体制をとっている刀もいくつかいる。しかしこれも機密情報であるため、公になることはないが。
この本丸はよくやっている。それが山姥切長義の評価だった。
無論、聚楽第での動きも評価対象に入っている。山姥切長義がここにいる時点で、この本丸は優秀であるということだ。普通の審神者であれば、優をとるのは簡単ではない。実際、300体を倒して本陣を叩くのは、本丸の戦力にも左右されるが容易に済むことじゃない。さらにこの聚楽第に1部隊分がとられるのだから本丸が手薄になるし、聚楽第があるからと他の討伐任務が免除になるわけじゃない。故に戦力的に断念する審神者も多い。
だがここは、本丸に審神者がいないにも関わらず戦力は十分にあるし、聚楽第での動きも申し分なかった。だからこそ、山姥切長義の写しである山姥切国広がこの本丸の初めの刀であることにはすこし驚いた。すでに極の姿であることから経験は十分にあるのだろうが。
山姥切長義にとって、山姥切国広は“山姥切”の名を騙る刀剣だ。だが同時に、自らの写しでもある。なにも知らない人間からすれば山姥切長義と山姥切国広は正直似ても似つかない。しかしそれでも、2振は本歌と写しなのだ。偽物でも、贋作でもなく、写し。その意味を、正しく知るものははたしてどのくらいいるのだろうか。



山姥切国広は、自室にて1人、久々の布に丸まっていた。本日は非番で、しかし同室の刀剣男士は仕事があって不在だった。だからこそこうして1人で丸まっている。山姥切国広がここ最近考えているのは、新しい戦場でも、本丸の財政でもない。先日顕現を果たした、己の本歌、山姥切長義だった。新しい刀剣男士は、まず特がつくまで優先的に編成に加えられる。その後の練度上げは順序待ちだ。だから最初は予定していなかったが山姥切国広が部隊長を務めた部隊に、山姥切長義も編成された。なお、初めの刀であるからと言って、この本丸では山姥切国広の思うがまま、というわけでは無論ない。この本丸の指揮を執るのは、他にもいる。そんな、他の刀剣男士に押し切られて本歌と写しは同じ部隊になった。

俺を差し置いて『山姥切』の名で、顔を売っているんだろう?
俺が居る以上、『山姥切』と認識されるべきは俺だ

山姥切長義は戦場で、あの日顕現して以降2度目の邂逅でそういった。
山姥切国広は口下手なほうだ。よく問題を起こしていた刀剣男士の間を取り持つのも、内番を円滑に進められるように介入するのも、得意ではない。実際この本丸でうまくやってくれたのは別の刀だ。思えば、本丸ができて早々は散々だった。社交的な刀剣男士がすぐに集まったわけではないから。
だから、山姥切長義との会話も、なにがよくて何が正しかったのか、まったくわからなかった。
山姥切国広は山姥切長義の写し。どれだけ逸話があろうとも、どれだけの年月があろうとも、それが揺るぎのない事実だった。修行の中で、山姥を切ったという逸話をどっちも持っていると知った時、人はなんて曖昧でいい加減なのだろうと思った。歴史の中でその逸話が消え、または書き換えらえて、今の世ではどれが真実かわかりもしない。己の逸話を、真実を知っているのは己しかいない。だからこそ、山姥切長義はしっかりとその口で、「山姥切は俺だ」と明言している。逆に山姥切国広は明言もしていないし、修行前から「山姥退治は俺の仕事じゃない」と言っている。知っているから。山姥を切ったのは写しではなく本歌であると知っているから。写しだからこそ、山姥切の名を写し、そして刀匠の名を受けて山姥切国広と言った。しかし人は知らない。どっちが山姥切なのかを。だから審神者にとっては最初に出会うことの多い山姥切国広を、山姥切と呼んだ。国広が3振いるのも、理由の1つだろう。山姥切国広は、別に山姥切と呼ばれようとも国広と呼ばれようとも、まんばや切国と呼ばれようとも、どれでもいいと思っている。堀川国広の第一の傑作なのだから国広と呼ばれてもかまわないし、山姥切の写しなのだから山姥切と呼ばれてもいい。
そう本気で思っているから、山姥切国広は、自分が山姥切の名で顔を売っているとは、これっぽちも、思っていなかった。



「……」
山姥切国広と同室の刀剣男士は、自室の扉を開いてここ最近見なかった布饅頭を眺めた後、長い溜息をついた。それに気がついているのかいないのか、布は身じろぎさえもしない。お互い、口数は多いほうではない。刀剣男士がだいぶ増えてきたときに、兄弟や旧知である刀剣男士と同室になる話が出るほど、この本丸に来るまでお互い関わりもしたことがなかった。おかげで発足当時からこの本丸にいるのにこの部屋はずいぶんと長い間殺風景だった。それがいつしか互いに戦い以外のことを話すようになって、少しずつ部屋の物が増えていって。互いの事情も、なんとなく分かった気でいた。そう、ただそんな気でいただけ。実際にその問題に直面したらどうなるのか。憶測でしか語れなかったものが今現実となった。彼は山姥切国広のことは知っていても、本歌である山姥切長義のことはなにもしらない。この本丸に顕現してからともに戦場を駆け回ったこともないし、生活リズムが違うのか本丸でも出会うことさえ稀だ。だから今の自分が口を出したところで、山姥切国広の肩を持ってしまうのは嫌でもわかった。けれどそれではなんの解決策にもなりはしない。あいつらだったら、どうするだろうか。そこまで考えて、なぜ俺は新しい刀剣男士のことでここまで考えさせられているのだろうと思い立ち、また溜息をついた。



「なぜ山姥切さんは山姥切長義として顕現したんでしょう?」
とある本丸の一室。そこで和菓子をたしなみながら、物吉貞宗はつぶやいた。それを聞いていたのは、この部屋の持ち主である鯰尾藤四郎ただ1振。鯰尾藤四郎は入れたてのお茶を机の上に置くと、座布団の上へと座った。
「なんでって?」
時々、こうして同室じゃない、同じ部隊じゃないけれど仲が良い刀剣男士がいる。それは過去に同じ主の元にいたり、同じ場所で所蔵されていたり、はたまた偶然、内番で一緒になって意気投合したり。2振は同じ脇差であるとともに、同じ場所で所蔵されていた。故に顔見知り、というものだ。この本丸では顕現にだいぶ差があるので、それ以外での関わりは、残念ながら少ない。
物吉貞宗は鯰尾藤四郎に茶の礼を言うと持ち込んだ和菓子の半分を差し出した。いつからこうしたお茶会が始まったのか。それはもう定かではないが、おそらくこの本丸内でよく見られる光景だろう。そして話題は多種多様であり、縁があれば大体は新刀剣男士の話も上がる。2振にとって山姥切長義は同じ所蔵の縁がある。
「だって山姥切さん、別にお名前があるじゃないですか。まあ刀ですから、名前がいくつかあるのも珍しくはないですけど」
名刀故に、名前がいくつか存在する刀がある。刀剣男士が公にしている例とすれば髭切と膝丸か。平安からの刀であることもあってか、かの2振はコロコロと名前が変わっていた。他にも、宗三左文字は義元左文字であったりと、一般的な通名と刀剣男士としての名前が違うのは、そんなに珍しいことじゃない。刀匠の名前が刀剣の名前についていたり、ついていなかったり、そういった例も含めるともっと多いだろう。
山姥切長義も、別名をもつ刀剣男士だ。いや、一般的に公言されている名前は、まず山姥切長義ではない。
「いやぁ、長すぎじゃない?あっちの名前」
「……確かに」
本作長義、から始まる彼の名称は、おそらくどの刀剣男士の名前でもトップクラスに長い。おかげで所蔵元では略して“本作長義”とされている。そしてそこに、山姥切という文字はない。逆に彼の写しである山姥切国広の文化財としての名称は“山姥切”である。おそらくそれも、本歌と写しの関係をややこしくしている要因なのだろうと、2振はなんとなく考えていた。
「人が俺たちに名称をどんな風につけて、またそれにどんな条件があるのかは知らないけど、焼けない限り自分のことは自分がよく知っているわけだよね」
「少なくとも、山姥切さんの記憶に欠落があるとは存じていませんね」
「だったらまず山姥を切ったのはどっちか、っていうのは2振が一番よく知っている。今更蒸し返す話じゃない。」
鯰尾藤四郎はそういいながら山姥切長義の初陣を思い出していた。本来であれば鯰尾藤四郎もあの部隊に組まれることはなかったのだが、知り合いがいたほうがいいのでは、という部隊長の気遣いにて同行することになった。そこで彼らの言い合いを目撃し、なんとか2振の間に立って出陣を終えた。普段なにか問題があった時は大体部隊長がどうにかするのであんなに胃が痛い出陣は久々だった、と鯰尾藤四郎が遠い目になった。
「ならなぜ、山姥切という銘に……。いえ、名前や名称は僕たちを形作るためにはとても重要なものですけど……」
「この本丸には主が常駐しているわけじゃないから、山姥切だと認識されるのは山姥切長義さんだ、っていうのは全員知っているし」
審神者がいるかいないか、というのは極めて重要だ。今ではだいぶ審神者にも周知されたらしいが、人の子というのは、一度認識すると真実がどうであれ妄信しやすい。山姥切長義と山姥切国広の言葉を“そのまま”受け取ってしまってややこしくなる例もある、らしい。逆に刀剣男士らは認識がだいたい一緒なのでその言葉の意味を理解することはたやすかった。ただ山姥切長義が顕現していないときに山姥切国広を山姥切と呼んでいた刀剣男士もある一定数存在する。それは純粋に国広が3振いるからなのだが。だからといって、そのまま山姥切として認識してしまっている刀剣男士はほとんどいないだろう。山姥切国広は、はっきりと自らを写しと公言していたから。
「別に本作長義って銘でもよかったのでは、と思うんです。それなのに、どうして人の子に勘違いされやすい山姥切として顕現することを選んだのでしょう?」
「さぁ……こればっかりは本刃しか知らないからなぁ。でも、」
「でも?」
「山姥切国広は間違いなく山姥切長義の写し。山姥切さんが顕現したことで、それがはっきり公にでてきた、ってのは事実だと思うよ」



刀剣男士として顕現することになって、政府に協力することになって。山姥切長義には2つの選択肢があった。それは本作長義としての顕現と、山姥切長義としての顕現だ。本霊がなぜ前者を選んだのか、その情報は山姥切長義には公開されている。だからこそ、山姥切長義長義という存在は、山姥切国広を無視することができない。たとえその会話が、審神者の逆鱗に触れることになろうとも。
「やあ、こんなところで会うとはね。偽物くん」
だから、本丸の廊下で見かけた姿に、山姥切長義は声をかけた。戦装束ではなく内番服の山姥切国広は、声をかけられたことに驚いたのか目を見開いた。
「山姥切」
「こんな夜中にどうしたのかな?」
すでに日は暮れていて、空には丸い月が浮かんでいた。本丸内も、ほとんどの刀剣男士は休息に入っており騒がしいのはほとんど限られた場所のみだ。故に、2振を遮るものはなにもなかった。
「……先ほど夜戦に出ていた部隊が戻ったから報告を聞いていた。」
「そう。随分仕事に熱心だね」
「一応、この本丸のはじめの刀だからな。修行で穴をあけたし、やることも多い」
山姥切国広はそういうと1度山姥切長義から目をそらした。その碧色の瞳が少し泳いだのを、山姥切長義はただ見ていた。
本歌と写しという関係以外に、2振に接点はない。初陣以外で2振が同時に出陣したこともないし、内番がかぶったこともない。食事の時間が被ることはあっても互いに別の刀剣男士と一緒であればまず話さない。けれどなぜか、磁石のS極とN極のように、2振は引かれあった。
「……山姥切!」
ぐっと山姥切国広は両手でこぶしを握り、まっすぐと山姥切長義を見つめた。
このままではいけないと、山姥切国広は心のどこかで思っていた。己は本歌がいなければ存在しない。他の同位体がどう思っているのかは知らないが、少なくともこの本丸の山姥切国広にとっては、本歌は尊敬するもので、追いかける背中だった。いつも、人は、山姥切国広を通して山姥切長義を見ていた。国広の傑作である山姥切国広を見てはくれなかった。だから深く布を被った。山姥切国広を通じて山姥切長義を見てほしくなくて。
修行を通じて、ようやくそれが吹っ切れた。人がどんな思いで山姥切国広を見ようとも、俺は俺なのだと。他者の視線など気にする必要などないことを。山姥切長義からもらったこの外見を、布で隠すことをやめた。
「……なにかな」
「あの戦場で話したことは、本心だ。少なくとも、俺は山姥切としての物語を持っているのは本歌だと認識しているし、写しとして、その物語を俺も持っている。……つもりだった。
でも、修行に行って正直わからなくなった。人の記憶は、記録はひどく曖昧で、山姥切の物語が、なぜか俺たち両方にあった。知らないうちに、本歌の伝承を俺が喰ってしまったのかとも思った。……だから、本歌は俺を“山姥切の名を騙る偽物”と呼ぶのだろう?でも、俺は、山姥切を騙った覚えはない。山姥切の写し、という意味で、名乗っているつもりだった。だが人はきっと違う。純粋に、山姥切が俺なのだと誤認している。それに気が付いて、そんなにひどく曖昧なものに固着している自分が馬鹿馬鹿しくなったんだ。」
山姥切国広はそこで1度口を閉じた。山姥切長義はその言葉を黙って聞いていた。山姥切国広の修行の解禁が、山姥切長義の実装の前だったのはしっている。そこで何をみて、きいて、感じたのか、修行にでた刀剣男士が送る手紙を見ることができるのは基本審神者だけだ。故に山姥切長義であってもその内容はしらない。
「だから、その……」
「別に、山姥切国広を贋作と言っているわけじゃない。俺ではなく、お前が先に審神者の前に現れた時点で、お前が山姥切と呼ばれることになる可能性も考えなかったわけじゃない。ま、俺は初期から刀剣男士になると決めたわけじゃないからね。」
もしも、を考えるほど、山姥切長義は無粋じゃない。もしもの先など、それは正しくない歴史だ。歴史を守るために戦っているのに、そのもしもを考えるなど、刀剣男士としてはあってはいけない。
「それに、知っているか。俺の現在の所蔵元は、俺を山姥切であると断言していない。文献がないからね。俺たちが知っていても人が知っていなければ意味がない。」
今度は逆に、山姥切国広が黙って聞いていた。口をきつく閉じて、一文字も逃さないようにと。
「“だからこそ俺は俺が山姥切であると主張し続ける。”本作長義ではなく、この俺こそが山姥切であると。でなければ」
山姥切長義はそこで区切って、一歩、山姥切国広へと近づいた。お互いの蒼と碧の瞳が交差した。
「お前が俺の写しであるという前提条件が揺らいでしまうからね」
山姥切長義はそういうと山姥切国広の頭へと手を伸ばした。色は違えと瓜二つ。まるで鏡写しのような互いは、山姥切国広が山姥切長義の写しであるという証。色が違うのは、山姥切国広が堀川国広の傑作であるという証。すべてが同じだったとしたら、2振は伯仲の出来などと言われることはないだろう。さらりと髪をなでると、山姥切国広がぽかんとして首を傾げた。間抜けな顔、と山姥切長義は心の中でわらった。
「お前が本気で山姥切と名乗っているわけではないのは知っているさ。だが人は、お前の言う通りひどく曖昧だ。お前が小田原で生まれたあの出来事も、人の文献に詳細はほとんど残っていないだろう。でもね、お前が俺の写しとしてあの場所で打たれたのは事実だ。堀川国広が、お前を打った。結果としてお前は俺と優劣のつかない出来となった。俺には他にも写しはいるが、ここまで独立した刀はいない。」
そこまで言って、少し山姥切長義の視線がきつくなった。山姥切国広もそれを感じたのか、こぶしの握りが強くなった。顔もすこしこわばったが、それに気が付いているのはどちらだろうか。
「それなのにお前といったら顔をかくし、修行を終えて布をとったと思えば俺たちの物語よりも大切なものがあるだと?ふざけるな。俺たちは山姥切の物語があるからこそ、本歌と写しとしてここに存在しているんだぞ。山姥切の物語が消えれば俺は山姥切ではなくなるし、その写しとして生まれた山姥切国広も存在意義が危うくなるんだぞ?それくらいわかっているんだよな?」
「それは」
山姥切国広は山姥切長義の言葉に、口を開くことができずに視線をそらした。
山姥切国広は修行を通じで己がなにによって形作られているのかを知った。知ったうえで、今はなにより審神者のために戦うと決めた。蔑ろにしているつもりはなく、それを前提条件として固め、それより先を目指すことにした。この本丸での己の物語を、大切にしたいと思った。
逆に山姥切長義は聚楽第での出来事を思い浮かべた。あの破棄された歴史は、歴史を知らぬものからすれば死んでいる人が生きている、というだけの結果であるが、山姥切にとっては重大な歴史だった。正しい歴史ではないので、北条氏政が生きてようがどうでもいいのだが、その結果起こる出来事はどうでもよくない。かの者が生きているということは“山姥切国広が打たれなかった”可能性があるのだ。足利城主長尾顕長が、死した北条氏政からいただいた備前長船長義の刀の写しを、堀川国広に依頼した。その依頼が北条氏政が死んだから、出されたものだとすれば。だからこそ、山姥切長義はあの時に監査官として現場にいた。所縁のある刀として。それはその聚楽第に足を踏み入れた山姥切国広の存在証明のためだ。結果としてこの本丸では山姥切国広はあの聚楽第に足を踏み入れなかったため不要ではあったが、もし踏み入れていればその存在が消えていた可能性がある。あくまで可能性の話であり、真実は定かではないが。
本来、過去へと飛ぶ場合にはその刀剣の生まれた時代にもよるが中には生まれる前の時代に飛ぶこともある。だからといってその世界に存在しないからと刀剣男士が消えることはない。本丸という場所が、審神者が、刀剣男士の存在を肯定している。審神者なるものしか刀剣男士を過去に送ることができないのは、顕現できるかできないかの問題以外にも、いくつか理由がある。しかし、放棄された世界は違う。普段の世界であれば“生まれる可能性が高い”が、放棄された世界、聚楽第では山姥切国広は“生まれない”。可能性があるのとないのでは雲泥の差だ。あの世界線では、山姥切国広は存在しない。
そんな可能性を、そんな歴史の一片を、山姥切長義は政府で知ってしまった。だから山姥切長義は山姥切の物語を大事にする。名前を大切にする。どうでもよくなどない。それが失われば、自分たちの存在証明がされなくなる可能性があるから。
2振の間に、長い静寂があった。お互いに感じた時間の流れは違うだろうが、それでも互いが話さない時間があったのは事実だ。そしてその静寂を破ったのは山姥切長義だった。山姥切長義は溜息をついて、再度口を開いた。
「……この本丸の初めの刀なのであれば、もう少し自分を大事にするんだな。まったく、なんで俺がこんなこと」
目線を下へとおろし、小さな声で山姥切長義はあとの言葉をつぶやいた。会話を始めたのがすでに夜であり、なんでかばったり出会った廊下で話をしてしまった。そのせいか、互いに体は冷え切っていた。休まなければ明日に響く、などと今の会話の中では無関係なことを山姥切長義は考えていた。それが一種の現実逃避であることに、顕現したばかり故に気が付けてはいない。
「山姥切。」
山姥切国広は、先ほどまでそらしていた視線を山姥切長義へと向けた。長い時間をかけて、ようやく山姥切長義の言葉を飲み込めたのか、その視線に迷いはない。もしかしたらこの解釈は間違っているかもしれない。互いの心は互いにしかわからない。それが人の身を得て、ややこしいことだと思ったこともある。しかし何年もこの本丸の一員として顕現して戦ってきて、なんとなく、自分なりに心がわかったような、山姥切国広はそんな気持ちでいた。なぜならあの言い方は、まるで山姥切国広が写しであることを肯定するために、山姥切長義として顕現したといっているようなものだ。
「ありがとう」
「……は?」
山姥切国広の言葉に、山姥切長義はらしからぬ声を上げた。想定していなかった言葉に、思わず顔を上げた。
「山姥切が、本歌がこの本丸に来てくれてよかった。」
「……なにがどうしてそうなったのかな?」
口角を引きつらせ、山姥切長義はそう問うも、山姥切国広の中ではなんでか解決したらしく、満足そうな表情をしていた。聞いてはいたが、俺の写しはほんっとうに言葉が足りない。そう山姥切長義が思うほどに。
「また、話がしたい。何度でも。山姥切のことを、本歌のことを、たくさん知りたい。小田原でのことも、これからのことも。」
山姥切国広はそういうと、月の傾き加減を視界に入れて、慌てたように廊下を駆け出した。その速度は同じ打刀であっても特と極の差があって山姥切長義が止められるものではない。まるで言い逃げだな、と第3者がいればそういったであろう。山姥切長義は呆気にとられながらもそれを見送り、1つ舌打ちをした。



「ぜったい、互いに思っていること全部口に出せば解決する、にゃ。」
2振の会話を遮るものはなにもなかった。しかし遮らないだけで聞いているものはいた。なんでこんなところの廊下で会話しているんだと、障子1枚挟んだ反対側で、なんとなく目が覚めていて偶然聞いてしまった南泉一文字はそういった。


2020/04/11

山姥切国広(以下国広)と山姥切長義(以下長義)がそろった時点で、いろいろな話題とか作品とかすでに何番煎じレベルで出ているのを承知の上で、私の本丸だったらどうなるんだろうと思って書きました。

裏話(長文かつ読みやすくないです)



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