座敷童子

独自設定

しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音が屋敷の中を駆け巡る。その音を耳にしたものは、その方向を一瞥し、柔らかい笑みを見せた。
しゃらん、しゃん、しゃん。
鈴の音は、一種の合図だ。彼女が動き出したという、その事実を相手に知らせる。
しゃん。
すぐ近くで鈴の音が聞こえた。おそらくだが、今私のすぐそばにあるのだろう。しかし、私にはそれを見ることはできない。向こうもそれに気が付いているから、私の近くで鈴の音を鳴らした後遠くへと駆け出した。
「あるじさま。」
「すねてなかったかな?」
「はい。しんぱいしていました。あたたかくなったとはいえ、ゆうがたはひえますから」
近侍としてそばにいた今剣が言った。縁側に腰を掛けた私のそばで、彼はブランケットを持っていた。しばらく外にいるのなら、使うようにと肩にかけられる。
成人してすぐに、私はこの本丸に来た。もうずいぶんと昔になる。多くの刀剣男士とともに、幾千もの歴史をなおしてきた。今剣とも、最初からの付き合いだ。最初はそう、一部隊を作るのに手いっぱいだったのに、いまでは何十もの刀剣男士がこの本丸にいた。
ある者は台所で食事を作り、ある者は畑で、道場で、馬小屋で汗を流している。非番であれば本丸の裏にある山で修業でもしている者もいるかもしれない。全員が刀剣である、という共通点を持っていながらも、その性質も、性格も、バラバラで。それがどこか付喪神であるのにまるで人のようで。
「本当に、永かった」
「あるじさま?」
外を見ているだけで、いろいろなことが思い返される。初出陣のことを、初期刀の彼が重症で帰ってきたとことを。初めての鍛刀を。
新しい刀剣男士が来るたびに宴会をした。春には花見を、夏には西瓜割りを、秋には焚火を、冬には雪合戦を。成長しない刀剣男士に囲まれて、私だけが年を取った。
いつだっただろうか、そんな私と刀剣男士だけの本丸に、新しい住民がきたのは。最初は鈴の音なんてしなくて、一種の怪奇現象かと驚いたものだ。けれどそういったものに敏感な刀剣たちが一切ノータッチだったし、時々多めにお菓子を作っているのをみて、悪いものではないのだと悟った。けれど、やはり目に見えない何かがいるのはちょっと、と相談すれば、次の日には鈴の音が聞こえるようになった。鈴の音が、彼女のいる合図。それだけで、私の心は落ち着いたのだ。単純、なんて言われても仕方がないだろう。
「彼女は、この本丸に幸運を運んでくれるだろうか」
「そういうものです。そそうをしなければ、かのじょはここにすみつきます」
「そうか」
犬は人に憑き、猫は家に憑くという。では、彼女は、そして刀剣男士たちはどっちなのだろうか。
「あるじさま。そろそろなかにはいりましょう。からだがひえます」
「ああ、うん。そうだね」
今剣に促され、重い腰を上げた。ふわり、とブランケットが床に落ちる。そうすると冷たい風が体に直接あたって、思わず身震いした。
____近い。
わかりきってはいたけれど。こうして体を起こして、動かして。自分の体のことだ、いやでも分かった。
「今剣。」
「はい」
「山姥切国広を呼んできてほしい。それと、第一部隊を。」
「わかりました。」
今剣はうなずくと、床に落ちたブランケットを縁側の隅にたたむと本丸の中を駆け出した。短刀の、そして極となった彼の速さは、やはり随一だ。
「皆は、怒るだろうか。でも、そうだな、持ち主が変わるのは経験しているだろうから、大丈夫だろう。彼女にも、この本丸を守っていてほしいし……」
自室への扉を開く。中には初めて見たときには近代的だと大騒ぎしたモニターが並んでいる。そんなモニターの前に腰掛け、いくつかのキーボードをタップする。そうすればすぐに政府にいる担当者とつながった。
「そろそろ、お話を受けようと思います。___次期審神者候補の書類をいただいてもよろしいですか?」
できれば、彼女も含めてこの本丸を受け入れてくれる人がいい。彼女もすでに、この本丸の一員なのだから。

2019/4/17


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