本歌と写し 蛇足

注意:うち本丸設定山盛り。
山姥切国広(極)・回想ネタバレ
山姥切長義(極)実装前に作成

掲示板、とういうものがある。当本丸にも部隊編成などが掲示される場所があるが、それとは違う、ネット世界の中にある掲示板。歴史修正主義者との闘いの中で、審神者は1つの本丸を持つ。そして審神者は、数多に存在する。その人数は政府でしか把握されていない。一体いくつが稼働中で、いくつが滅んだのだろうか。それを知る術を、審神者も、刀剣男士も持ち合わせていない。しかし、知り合いがいまだ勝っているのか、負けているのかくらいはわかる。
審神者は本丸という閉鎖空間に永遠に閉じ込められるわけではない。必要であれば政府の元へと馳せ参じるし、演練にいくこともある。時間があれば万屋にいくこともあるだろう。家族というものがいる現世にいくことができるのかは、こちらの知るところではないが、そういった場所に、審神者は姿を見せる。無論、本丸から出ない審神者もいるが。そんな場所らで、審神者は他の審神者と出会い、情報を共有する。時には先輩が出来、時には後輩ができる。そこで知り合うのは顔を知っている知り合い。
しかし中には、顔も見たことのない審神者と出会うことのできる場所がある。それが掲示板だ。政府の管理下にはなるが、そこにはネットを通じてたくさんの審神者が集う。たわいのない話をしたり、戦場の情報を共有したり、時には刀剣自慢をしたり。中には現実では言えないようなことを吐き出す者もいる。そんな掲示板には、大きく分けて3種類ある。それは刀剣男士も審神者も見ることのできる場所、審神者しか見ることのできない場所、そして刀剣男士にしか見ることができない場所。審神者用ではさらに本丸が置かれている国ごとに分かれたり、刀剣男士用では同位体や刀派で分かれたり、細分化するときりがないが、大きく分けると3つ。
そんな掲示板のスレッド、とよばれるものの1つ。そこはいわば攻略組、とも呼ばれる最前線の本丸が集まるが所がある。本丸は設立された年で世代分けがされている。政府ができたばかりの、最初期に集まった第一世代から始まり、現在は第何世代まで進んだのか。政府発表がされているわけではない、審神者が勝手に言っていることもありその線引きはひどく曖昧だが、第一世代、とよばれる者たちが歴史修正主義者との闘いで最前線を走ってきたのは事実だ。その第一世代を継ぐように、攻略組とよばれる組は、新しい戦場が発見されれば、政府から訓練場の開放(これを審神者や政府はイベントという)がされれば、まっさきに突っ込んで情報を広めていく。それは過去に情報が得られず敗れていった者たちのためであったり、早くこの戦争を終わらせるためでもある。
今回、その掲示板はひどく、というかとても騒がしかった。本日から開始された特務任務。賽の目で進める距離が決まっているため長期任務となるそれは、言い方があれだがお金の力で短縮することが可能だった。そうして、本丸によっては1日もかからずその調査を終えることができた。そんな調査を終えた本丸から様々な情報が落とされる。敵の多い場所、敵本丸の位置、状況。そして、今回の調査任務終了によって本丸に送られる、報酬。
当本丸ではできる限り情報を得てから進軍をする。それは無論仲間を失わないためでもあるし、他本丸と別の場所の調査をするためでもある。様々な視点から調査ができるようにと。しかし、今回ばかりは少し、そう、少し後悔した。
「…………どうしよう、兄弟」
「どうしたの?兄弟」
つい、同じ部屋にいた兄弟に助けを求めるほどには、混乱していた。
「山姥切だった……」
「うん?」
「急にどうしたんですかー?」
そしてそれを聞き取った鯰尾もまた、こちらに視線を向けてきた。つい、羽織った布を被りたくなってしまう。
「山姥切だったんだ……」
「へ?」
「兄弟、落ち着いて順序立てて話してもらっていいかな?」
首をかしげる脇差二振りへと視線を向ける。それだけじゃ伝わっていないだろうというのはさすがに分かった。
「今日きた監査官なんだが」
「うん」
「山姥切だったんだ……」
「兄弟も山姥切だよ?」
「違う……ほんか。俺の、本歌だったんだ。山姥切長義……」
山姥切国広の言葉で、部屋は数秒ほど無音になった。
「ええっと、山姥切長義さん。兄弟の本歌さんだね。たしか僕たちの刀工が銘を打ったんだっけ……?」
「ははーん。それで頭かかえてるんですねー?大丈夫ですって!山姥切さんって案外ノリいいですよ!」
兄弟が本歌山姥切のことを考えているのとは逆に、鯰尾はあっけらかんとそういった。
「知っているのか?」
「おなじ所蔵ですよ。後藤と、物吉と、南泉さんも一緒です。やっと本丸にくるんですねー」
で、その山姥切さんがあの監査官だったんです?と鯰尾の問いにうなずく。あの布にはなにかしらの術がかかっていたのだろう。最初見た状態では刀剣男士だとは思わなかった。しかもそれが本歌だったなんて。
「山姥切さん、人の子大好きだから。最初からいるのかなーって思ったらいなくて驚いたんですよねー。というか徳美からは俺だけとか……!」
「長義さんって呼んでいいですかね?山姥切だと兄弟と被るし……。あ、でも本歌山姥切ならそっちのほうがいい……?」
「本作長義、って銘があるからそっちでもいいんじゃない?本刀が来たらきいてみればわかるかな」
2振りが盛り上がっている横で、そっと先ほどまで見ていた掲示板を見る。そこに書かれていた一文を、2振りには伝えられなかった。



「あいつが来るのかにゃ」
「だそうです!いやーよかったですね南泉さん」
「嬉しくねー」
「なんでですか、何百年の付き合いでしょ?」
「なんでも、だ、にゃ!」
南泉一文字のいる部屋に、鯰尾藤四郎はその後突撃した。それは山姥切長義の実装を伝えるためだった。同じ所蔵。そして南泉一文字と山姥切長義は今の所蔵元の前からの付き合いだ。そのため山姥切長義の性格は嫌でも知っていた。あいつ、心が化け物だにゃ、と南泉一文字はよく口にした。
「しっかし、あの写しと山姥切じゃあ荒れるんじゃねーの?」
「さあ?どういった側面をもって顕現するかもわからないですし。写しに優しい本歌様か、気にしない本作長義か、それとも」
「……あー!めんどくせー!」
「俺たちが関与できるようなものでもないですし、ちょっかい出さないようにってお触れは出しておきますよー。もちろん、総隊長山姥切さんにはばれないように!」
「……それは鯰尾の独断か?」
「いいえ?他にも伝えてあります。今特務任務に出ている面々にも後々伝える予定です」
「動きが速いにゃ……」
「結局、審神者がいれば別ですけどこういったものは本刀たちがどうにかしないといけないですしねー」



「おや、猫殺しくん」
「……うるせぇ。見知った顔でも、お前には会いたくなかったよ」
大広間での新刃の紹介が終わった後、山姥切長義は江雪左文字の案内を受けた。その道中、畑番をしていた南泉一文字の姿を見つけ、山姥切長義は声をかけた。それを受けて、南泉一文字は明らかにいやそうな顔をした。
「へぇ、それはやっぱり斬ったものの格の差かな?わかるよ、猫と山姥ではね。」
南泉一文字が山姥切長義と出会ってから長い年月が経っている。現在も同じ場所に所蔵されていることもあり、関わらないということは不可能だった。
「そういう性格だからだ……にゃ! ……あぁ、そうか。お前も呪いを受けてたんだにゃ?」
「呪い? 悪いがそういうのとは無縁かな。なにせ、化け物も斬る刀だからね。」
山姥切長義は南泉一文字の言葉を気にすることなく優雅に、一方南泉一文字はしゃーっとまるで猫のように警戒心をあらわにしている。
「猫斬ったオレがこうなったみたいに、化け物斬ったお前は心が化け物になったってこと……にゃ!」
「語尾が猫になったまま凄まれても……可愛いだけだよ」
そうして山姥切長義と南泉一文字が会話をしていると、少々先を進んでいた江雪左文字はそれに気が付き、引き返してきた。
「お知り合いでしたか」
「ああ。後北条のあとにね。今じゃ江雪よりも長い付き合いさ」
「そうでしたか……」
せっかくだからと、建物内にいる山姥切長義たちは、近場にあった履物を履くと畑へと近づく。80ほどの刀剣男士を賄う畑だ。それはひどく広大で、昔は2振で世話をしていたがすでにそれでは手が回らなくなり、今では10振前後で行われている。当本丸はすべてその日毎に当番を変えるため、週に1度は畑当番が回ってくる。一部例外は存在するが、新参はしばらくすべての内番に放り込まれるため、逃れることは不可能だった。
「ずいぶん広いな」
「私が来たときから3倍ほどに大きくなりましたから」
希望の野菜があれば上に伝えれば植えられますよ。と前置きをして、江雪左文字は畑の一角を指さした。そこには立て札があり、何振りかの刀剣男士の名前が書かれている。
ただの趣味としての菜園はここではできないが、ただ単純にその野菜が食べたいというものであれば、この畑に植えて食事に出ることがある。立て札があるのは、誰が希望したのかわかるようにするためだ。そのため、少し奥のほうではあるが、とある狐たちや伊達刀の要望で大豆の一角があったりする。
「上?」
しかし山姥切長義は畑関連よりも江雪左文字の言葉のほうが気になったようだった。
「この本丸ではいくつかの役割分担がなされています。これから案内する自室もいくつか棟があり、それ毎に長が決められています。畑も、馬小屋も、厨も、それぞれに統括する刀剣が存在します。そして、そのすべてを統括するのが近侍です」
「……山姥切国広か」
「ええ。長は古参の刀剣が務めていることが多いです。代替わりをしている場所もありますが……」
「化け物切りが早くきてたらどっかしらの統括くらいこなしてそう、にゃ」
「ちなみに私は図書の管理を少々。ほしい文献があれば言ってくれれば。」
「へぇ」
この時点で山姥切長義が山姥切国広と対面したのは、顕現し、大広間に案内されたときのみだ。江雪左文字に託した後、部隊を率いて出陣した。
「最初は内番そこそこに出陣だらけだにゃ。あっちこっち見たってわかんねーよ」
「それは経験談ですね」
「うるせーにゃ!」
南泉一文字も、この本丸では新参に分類される。南泉一文字が実装、政府から発表されてすぐにこの本丸に来たため、同様の山姥切長義とは数か月の差がある。だがその数か月の間に来た刀剣男士は多くない。本丸始動当初は1日に何振りかがきていたようだが、今は滅多にそういうことはない。さらに南泉一文字や山姥切長義がこの本丸に来た時には、政府から発表されている刀剣男士の9割はこの本丸に顕現していた。
「まずは人の体に慣れることから、になります。ではせっかく外に出たので外の案内をしましょうか」
「ああ。お願いするよ」
2振り並んで畑を後にするのを、南泉一文字は黙ってみていた。山姥切長義。会いたくなかったのは本音だ。徳川からの付き合いだ、向こうの性格は嫌でもわかるし、逆に向こうもこちらの性格はわかっているはずだ。だからこそ、よくわからない。本作長義としてではなく、山姥切という銘を持って顕現したことが。別に知りたくはないが、この本丸は山姥切国広が初めの刀であり、彼が中心となって運営されている。新刃が初めの刀に突っかかって、いい印象は受けない。
「はぁー。鯰尾の行動は正解だった、にゃ」
本丸の運営が荒れることはないだろうが、二振りの山姥切の心情が荒れるのはわかる。本来ならその場で一番上の、ふつうでいえば初めの刀が収めるのだろうが、片割れがその初めの刀だ。他の古参がどうにかしてくれればとも思うが、南泉一文字は知らないがここの古参はどんどんぶつかっていけ精神のものが多い。現によく喧嘩するといわれる加州清光と大和守安定が、和泉守兼定と陸奥守吉行が同室という状況に陥っている。偶然顕現順が近いというのもあるのだが。もしこの本丸が定期的に部屋移動を決行するところであれば、山姥切は2振りそろって同室につめこまれていただろう。
「関わりたくねー……にゃ」
南泉一文字が溜息をつく。そうしていると畑の奥のほうから同じ畑当番の刀剣男士が南泉一文字を呼んだ。南泉一文字はぶんぶん、と頭を振ってから大声で返答して、その方向へと歩みを進めた。



二振りの山姥切が本丸に存在して、ある程度の時間が経った。他の刀剣男士は二振りの行方をつつくことなく見守った。それを、山姥切たちがどう受け取ったのかはわからないが、ある日を境に、そこまで多くはないも通常業務、そして私用等を話している姿を見かけるようになった。それに一番安堵したのは、堀川派と徳美組、ともよばれる山姥切長義と同じ所蔵元の刀剣たちだった。山姥切国広が変な緊張を持っている様子もなく、山姥切長義が最初から最後までけんか腰な様子もなく。少なくとも、この本丸内では一応の区切りがついたのだった。
「は、玉集め???? この俺が????」
「政府にいたのだから知っているんじゃないのか?」
「知らないよ。確かに山姥切長義は政府にいたが、そのほとんどは特命調査のための顕現だったんだが?」
「そ、そうなのか。だが今回の報酬も新しい刀剣だからな…… 落とし穴と毒矢には気を付けてくれ。隊長は鯰尾だから頼んだ」
「落とし穴???? 毒矢????」
「はーい。ほら山姥切さん行きますよー! 1日ノルマ達成するまで帰れませんよー」
山姥切国広の説明に疑問符を浮かべるしかない山姥切長義を、鯰尾藤四郎は腕をつかんで引っ張っていく。特と極の力の差によって、打刀ではあるが脇差の力に打ち勝つことはできず少したたらを踏んでから歩き出した。
「……たしかになんで俺たちは玉とか貝とか集めているんだろうな?」
「たぶんそれは気にしちゃいけないと思うぞー」

2021/11/2

ほとんど書き終えていたんだけどようやく完成。「本歌と写し」の蛇足的なものです。本編でも似たようなこと話しているんですが、裏ではこういうこともありました。



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