玉響

注意:うち本丸設定山盛り。
対大侵寇強化プログラムのお話

「何をしようとしている」
 対大侵寇プログラムの終盤が終了し、近侍部屋では政府からの指示を待つ刀剣が数振。他の刀剣男士は全員本丸建物内待機となって数時間。この本丸の近侍、山姥切国広は、近侍部屋や居住区から少し離れた縁側にて、ただ一振りで座り込んでいる1振の刀剣に後ろから声をかけた。
「ああ、茶をいただこうと思ってな」
 声をかけられた刀剣男士、三日月宗近はそれに驚いた様子もなく、空に浮かぶ月を眺めている。
「……三日月」
「お前も、月の正体を見に来たのか」
 これまで何度か、山姥切国広の前で不穏な動きを見せていた三日月宗近は、山姥切国広の訝し気な様子をわかってもいながらも普段と変わりない姿を見せていた。山姥切国広の方へと視線を向けた三日月宗近は、穏やかにほほ笑んだ。
「……言葉遊びをしに来たわけではない。今日は、逃がさないぞ」
「そうか、付き合ってくれるか。まあ、座れ」
 ぽんぽん、と三日月宗近は座っている右側をたたいた。
「それで満足するなら付き合おう」
 これがこの本丸設立当初なら、そんな暇はないと一喝していたことだろう。おそらくは、三日月宗近がこの本丸にきたときも。その時とはまるで状況が違うとはいえ、時間を取るようになったというのは、これまでの経験のおかげか、周囲の環境のおかげか。
「うむ、感謝しよう」
 山姥切国広が隣に座ったのを確認して、三日月宗近は再度空を見上げた。
「……同じよ。ただ、守りたいだけだ」
「当たり前だ。歴史を守る。それが刀剣男士の使命だからな。あんただってそうだろ?」
 刀剣男士の使命。この本丸ではその使命のためにこれまで尽力を尽くしてきた。数多の歴史に介入する歴史修正主義者を倒し、時には検非違使も相手にして。
「そうだな。心強いぞ」
「からかっているのか?」
「……ふむ。ははは、すまんな。こども扱いが過ぎたか」
 いつだったか、誰かが言った。三日月宗近の笑いは胡散臭いと。それに対して、当時の山姥切国広は無言で返答したのを覚えている。山姥切国広にとっては、三日月宗近は名剣名刀の1つでしかなく、この本丸で邂逅してからは、同じ本丸での同士だった。全振りが全振り、すべてを明け透けに話しているとは言わない。山姥切国広だって、隠していることもいくつかある。
「すまんな、野暮用だ」
 ゆったりと、しかしはっきりとした足取りで、三日月宗近は本丸の奥へと消えていく。しかし今回こそはこれまでのことを洗いざらい喋ってもらおうと思っていた山姥切国広はその後ろを追おうと立ち上がる。特の太刀が、極の打刀を撒けるわけがない。追いかけようとしたとき、これまで聞いたことがない音が、本丸中に響き渡った。
「なんだ……!」
「総隊長! 至急近侍部屋に!」
 山姥切国広が状況を把握するよりも早く。近侍部屋に詰めていた刀剣男士の1振、愛染国俊が走ってくるのが見えた。

__敵襲

 本丸に敵の侵入を許すことなど、この本丸史上初めてのことだ。無論、そういった事例がないとはいえないため、この本丸では防衛にも力を入れている。今回に至っては、大侵寇が起こりうるとの政府からの情報もあったこともあり、本丸内の動きは比較的スムーズだった。しかしそれでも、本丸での襲撃となると話は違う。
 近侍部屋において、これまで姿を消していたこんのすけの姿があった。こんのすけは、山姥切国広の到着を確認すると言葉を紡ぐ
__本丸へ急接近する敵を捕捉! 敵襲です!! 第一部隊は迎撃! 第二部隊以下は本丸の防御を!
先ほどの音、アラートが本丸に響いたこともあり、本丸内の刀剣男士は警戒態勢を解いていない。こんのすけの言葉を聞いて、山姥切国広は、この本丸では一度も使われたことのない緊急用の回線を開いた。今現在、近侍部屋には山姥切国広と、初鍛刀である今剣の姿しかない。さきほどまで詰めていた刀剣たちは、状況把握に本丸内を駆け回っているはずだ。
『……これより緊急体制に入る。』
 この本丸が設立されてから、1度も使われていない回線から、本丸中に声が響く。古き時代にあった似たような設備で言えば放送システム、いまだ政府内では使われているらしいそのシステムに近いがその原理はまったく違う。“審神者の霊力で本丸に声を届ける”システムだ。
『以下、第一部隊は戦闘準備。大倶利伽羅、五虎退、秋田藤四郎、小夜左文字、薬研藤四郎』
 この本丸内での最精鋭の刀剣の名を連ねてから、山姥切国広は今剣を見やった。三日月宗近と同じく三条の刀とされ、そしてこの本丸を最初から今まで山姥切国広とともに育てた。引っ込み思案ともいえる山姥切国広がここまでやってこれたのは、かの存在も大きいだろう。その名前がないことに対して、今剣は何も言わない。それだけが、本丸での任務ではないからだ。
『以下、短刀・脇差・剣は本丸内部、打刀・太刀・大太刀・薙刀・槍は本丸外敷地内の防衛。それぞれ今剣、鯰尾藤四郎、蜂須賀虎徹、獅子王、次郎太刀の指揮に入ること。防衛総指揮を今剣として、以後指示に従うこと。』
 そこまで言い切って、山姥切国広は立ち上がる。
「後は頼んだ」
「まかせてください。このほんまるはまもります。ぜったいに」



 本丸に侵入を果たした敵を、ただひたすらに切りつける。極短刀らが先頭を切り、山姥切国広と大倶利伽羅が打ち漏らした敵を狩る。敵の練度も一概に一定しているとは言えず。しかしだからと言って進行を許すわけにはいかない。刀剣男士たちがやることはただ1つ。
「山姥切さん!」
「大型の敵を確認……!」
前方を走る五虎退と小夜左文字の言葉でそちらに駆け付ければ、対大侵寇プログラムにおいても想定されていた大型の敵を認めた。しかしそれは、プログラムの比ではなく。
「さがれ!」
 大型の敵の刀種は大太刀。いくら極短刀が素早く懐に入り切り裂いたとしても、薙ぎ払われてしまえば致命傷は免れない。いくら前線に出る刀剣に対してはお守りを配っていたとしても、これがいつまで続くかもわからない。
 山姥切国広の言葉で、大型の敵に接近していた極短刀が後退する。それを追いかけるように刀を振るおうとした敵の前に、山姥切国広と大倶利伽羅は割って入った。
「ぐっ」
「ちっ」
 これでも2振の練度は本丸内では上位にはいる。本丸当初からここで刀を振るっているのだ。防衛している刀剣男士よりは強い。しかしそれでも、大型の敵の一太刀は2振の身体を思いっきり切り裂いた。
「山姥切!」
「大倶利伽羅さん!」
 膝をつく2振に、さらに敵の追撃が迫る。他の面々がその対応に走り出すが、それよりも早く、2振に迫った刀を受け止めたものがあった。
「ここは任せてもらおう」
 アラートがなってから、おそらく防衛側にいたであろう三日月宗近がそこにはあった。三日月宗近はいとも簡単に敵の刀を受け止め、はじいた。
「三日月宗近……」
「山姥切さん、これ以上は……」
「……1度撤退する!」
 比較的傷の浅い短刀2振が大倶利伽羅を支えて後退する。重症へともっていかれた山姥切国広と大倶利伽羅はこれ以上前線にいられない。残りも、軽微とはいえ損傷を受けており、1度立て直す必要があるのはだれしもが分かっていた。しかし山姥切国広は、撤退という言葉を口にしながらも、三日月宗近の後ろ姿を眺めた。
「本丸を守れ。そして……」
 三日月宗近はそういって1度だけ山姥切国広へと視線を向けた。
「主を頼むぞ」

 山姥切国広ら第一部隊が撤退するのを確認して、三日月宗近は敵へと改めて視線を向けた。いつかこの時がくる。それがすべての三日月宗近の共通認識だ。
「俺の名は三日月宗近。お前たちに物語を与えてやろう」
 刀を敵へと向けて、三日月宗近は微笑んだ。
「さあ、ついて来い」



 重傷者から順繰りに手入れ部屋へと放り込まれ、手伝い札の使用にて全振の傷をいやす。その最中で、山姥切国広は手入れ部屋から出た直後に見えた光景に言葉を失った。いままでの本丸の景色とは違う。春の訪れが感じられるこの頃は、本丸内では桜が咲き誇っていた。しかしそんな桜の影形もなく、ただ目の前にぽっかりと三日月が浮かんでいる。
「……この景色は」
 数秒、それを眺めた後、山姥切国広は近侍部屋へと駆け出した。おそらく防衛の指揮を執っていた今剣がそこにいるはずだ。
「三日月は戻っているか!?」


__本丸と外部との接続点解除を確認。原因は……
……
……
…不明
しかし、これで暫く、本丸への直接攻撃は不可能でしょう。敵の侵入は免れました
……
……
機能の一部がダウンしていますが、本丸の攻守に支障はありません

 近侍部屋にて、こんのすけはそう評価した。外部との接続点解除、ということはこの本丸は孤立したということか。しかしそれにしてはまだ何かがあるのだろう。
 結局、三日月宗近はこの本丸内からいなくなっていた。手空きのものたちで捜索はしたがいまだ発見されていない。

__では……
これより敵を迎え撃ちます! 「対大侵寇防人作戦」開始! 全本丸の力を終結、戦力を解放せよ!

 政府はこれ自体も予測していたのだろうか。予測の上で対策プログラムを開始し、今日という日を迎えさせたのだろうか。考えることはいくらでもあるが、やることは1つしかない。
「敵が迫っているならば、俺たちは戦わなくてはならない。状況を教えてくれ」
 山姥切国広は、まっすぐこんのすけを見つめた。この本丸において、山姥切国広が立ち止まることは許されていない。
それから、こんのすけは1つのプログラムを開始した。おそらくいままで姿が見えていなかったのはそれが原因だったのだろう。

__「対大侵寇防人作戦フィールド」は、敵の侵寇を食い止める防衛・迎撃システムです。
そして「対大侵寇防人作戦」は、襲来する敵を、全本丸の力を結集して撃退することを作戦目的としています。これを突破されると、再び本丸付近への敵の侵入を許すことになります。

 フィールド内での敵を撃破し、本丸への侵入を防げと。こんのすけはそういった。システム構築的には、本丸から戦場に出陣する、その中間の異空間を示すのだろうか。まるで電子空間かのような印象をうけるそのフィールドにおいて、審神者率いる刀剣男士たちは、3つの防衛ラインを構築した。敵に一番近いところから、前衛、中央、最終と区切られた防衛ラインでは、それぞれ敵の進行を、最精鋭が防ぐこととなる。本丸の状況、刀剣男士の練度に応じて、防衛ラインを選択する。
 山姥切国広らは、戦場の状況の見極めをかねて、初手は中央防衛ラインへと降り立った。山姥切国広たちがフィールド内に降り立った時点で、他本丸はすでに防衛を開始していた。演練場で見かけたような本丸もあれば、見知らぬ本丸もあった。すでに審神者に力を貸している98振の刀剣男士のすべてがそこにあった。フィールド内での戦況は、すべて本丸にデータとして送られていた。おそらくはこんのすけのシステムによるものだろうか。そのデータをもとにして、審神者は作戦を練る。だが結局戦場に出るのは刀剣男士だ。刀剣男士のやることは1つしかない。
「相手がなんだろうが知ったことか、斬ればいいんだろう?」
 それはいずれ、歴史においてなんと呼ばれることになるのだろうか。10億の敵を目の前にし、新人もベテランも関係なく、ただひたすらに、守るべきもののために、そして倒すべき敵を倒すために刀を振るい続けることとなる。そんな時間遡行軍と審神者・刀剣男士の戦いは、ここより約8時間に及んだ。8時間ののちに、審神者率いる刀剣男士の集団は、優勢へと落ち着いた。ある意味、長年の戦争における審神者らの執念の賜物だろう。しかし、それでもまだ終わりではない。少なからず進軍をつづける敵はいるし、今度同様の侵寇が行われないとは限らない。いまだに前衛で雄たけびを上げながら切りつけるものや、最終にて前衛や中央が打ち漏らした満身創痍の敵にとどめをさすもの、フィールド内には数多の刀剣男士の姿があった。山姥切国広らも、速度を抑えながらも襲い来る敵を打ち取った。



「全防衛ラインにてオールグリーン確認が開始後8時間か。まぁ泥沼にならなくてよかったと言っていいか」
「本丸の孤立も長くなると備蓄に影響がでるからね。あれ以降敵の侵入は?」
「確認されていません。念のため、粟田口で周囲の警戒は継続しています……」
「1度、現第一部隊には戻ってきてもらうか。休めるときに休んでおいてもらわねぇと」
「それがいい。今剣もそれでいいか?」
「……ええ、そうしましょう。てきのしんこうがゆるやかですから。かわりにべつぶたいのしゅつじんじゅんびをしてください。せんきょうはかくにんしておきたいですから」


2022/3/31(修正;2022/05/07)

防人作戦お疲れ様です。7時間50分でしたか。時間遡行軍が可哀そうになりますね。第2波も発表された頃にこれを書いているので、今後も動向には注意ですね。大侵寇イベントについてはこの本丸での出来事をかいていけたらいいなと思っています。



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