大侵寇のその後

注意:うち本丸設定山盛り。
大侵寇のその後

「期間が短かったこともあって備蓄でどうにかなったね」
「ああ。だが買い出しにはいかないといけないな……」
厨房において、5振りほどの刀剣男士が食品棚に残った備蓄分食料を引っ張りだしていた。90以上もいれば、食料というのは洒落にならないほどに膨大だ。広大な畑があるからといって、それだけですべてが賄えるわけではない。加工品や、保存用食料などの多くは外注している。よって消費も早いが、購入速度も迅速であることが求められる。本丸によっては刀剣男士は飲食を必要としない場合もあるが、この本丸では人の身を得た時点で人と同じ生活を余儀なくされる。唯一人と違うのは、手入れで怪我が治ることくらいか。
在庫をメモに取りながら、厨房管理者でもある燭台切光忠は、同じく管理者である歌仙兼定とともに、補充を含めた買い物スケジュールを組みだす。そんな中で、不動行光と包丁藤四郎はとにかくひたすらに棚から食材を引っ張り出し、それを物吉貞宗が大まかな区分に分けて机へと並べている。
「買い出しはどうしましょうか。手の空いているものを集めますか?」
「夕餉の支度もあるからね……」
5振が在庫確認にいそしむ中、同じく本日の厨房担当に割り振られた残りの刀剣男士たちは昼餉の片付けに追われている。それが終わったら今ある食材と、畑当番から届く野菜を使って夕餉の支度だ。厨房担当は、他の当番に比べると一番時間に追われやすい。
「誰かに声をかけるのかぁ?」
「買い出しにいくならお菓子も欲しい!」
「はいはい。ちょっと隊長に聞いてくるね。」
 燭台切光忠は、短刀2振の、というより包丁藤四郎の言葉を流しながら歌仙兼定の持つメモも受け取ってひとまとめにした。さて、これから近侍部屋にいるはずの近侍に買い出しの確認を、というところで厨房に隣接する広間に入る影があった。
「あれ、伽羅ちゃん。どうしたの?」
「……手空きのものを探していた」
「そちらも人手が欲しいのかい?」
 燭台切光忠が厨房から広間へと移動している間に、歌仙兼定は広間へとやってきた大倶利伽羅に声をかける。大倶利伽羅は広間と厨房にいる人数を数えたのち、手はあかないか、と問う。
「今日は厩当番だったよね。なにかあった?」
「しばらく小屋にいたから、そろそろ一通り走らせたい。が、人手が足りない。」
「あー、馬の放牧かー……」
 本丸において、審神者が采配しない限り、唯一の生き物と言ってもいいのは馬だ。無論、馬といっても普通の馬ではない。しかしこちらも刀剣男士と同じく、一般的な現世にある馬と同じ性質を有する。違うのは、寿命もなく、全盛期の能力を常に有することか。そして、政府からの任務などをこなすことで本丸に送られてくる馬は、おそらく運営年数が長ければ長いほど、増えていく。政府に掛け合えば返品も可能だろうが、その問い合わせをしたことはない。もらえるものはもらっておこう精神のおかげか、馬の数は徐々に増え、出陣中の馬も含めたら50にも上っていた。おかげで馬小屋も徐々に増築し、一種の牧場のような形になってしまったのも、致し方ないことだ。放牧だけなら途中、人手はそこまでいらない。しかし、本丸内を走らせるとなると、できれば乗馬して実施したいところだ。そうなると人手が足りない。誘導馬にだけ乗用するのも1つだが、柵もないところを走らせるとなると不安が残る。今回の騒動で普段であれば定期的に走らせていたのができなくなっていたこともあり、そういった馬に対してのストレス解消もさせたいようだ。
「ふむ、では少々財務に掛け合う必要があるが通販で済ませることも考慮しようか」
「そうだね、たしか今日近侍部屋に平野君もいたよね。聞いてくるよ」
「ええー!買い物いかないの!?」
「また今度ね」



「やっとお告げが来たんだけど」
「……?」
 どうしてこうも近侍部屋が手薄な時に来客がくるのか。出陣と非番以外は基本事務方にいる山姥切国広は胡乱な目で来客である髭切を見上げた。絶賛厨房と広間では夕餉をするために刀剣男士が詰めかけている中、生活区の一角にある近侍部屋にくる刀剣男士は少ない。あったとして、支度を終えた不寝番が交代を知らせにくる程度だが、それにしてはいささか時間が早い。
「彼、戻ってきているんだろう? なら、次は僕の番だよね」
 その言葉で、山姥切国広はやっと納得した。彼、というのは先日謹慎を終えたあとそのまま修行へと旅立った刀剣男士のことだ。ちょうど四半刻前に戻ってきており、現在はすれ違いになっていた七星剣と対面させているところだ。
 山姥切国広は、近くの引き出しから1つの鍵を取り出すと、髭切へと投げた。特に驚くこともなく、手落とすこともなく髭切はそれを受け取る。取り出したら鍵は返すように、と山姥切国広は言葉を発する。はぁい、と気の抜けた返事をしながら、髭切は、ふと思い出したように近侍へと視線を向けた。
「膝丸には内緒で頼むよ」
 本人の前では決して言わない名前を述べて、髭切は近侍部屋を去っていく。件の弟は、夜までかかる遠征中だ。髭切の出立にはおそらく間に合わないだろう。長い期間、この本丸では膝丸は修行を終えていたのに対して髭切は修行を終えていない状態が続いていた。それに対して、膝丸がよく修行の許可を取りたがっていたのも知っている。しかし髭切はその申し出もせず、膝丸をなだめていた姿さえ見せていた。ようやくそこの問題が解決することになる。
 山姥切国広はその後、修行に向かう髭切を見送り、内番や出陣予定が張り出されている食堂横の掲示の片隅にある、修行中の欄に髭切の札を置いた。その掲示ですべてを知った膝丸が駆け込んでくるまで、あと数刻。



「おかえり」
「うむ、戻った」
 修行を終え、そして新しい刀剣男士との邂逅も済ませて。本丸においては数週間ぶりになる自室への扉を開いた三日月宗近を迎えたのは、顕現してから長い間同室である刀剣男士だった。ちょうど非番だったのか、内番終わりか、内番服に身を包んでいる彼は、中央に鎮座していた机に肘をつけながら三日月宗近を見上げた。彼はそのまま、うーん、などと悩みながらも言葉を口にした。
「次に謀反をするなら、その前に刺したほうがいいか?」
 前置きも、取り繕いもなく発せられたその言葉は、三日月宗近に遠慮なく突き刺さった。三日月宗近の立場というものを叩きつけていた。
 各本丸における運営というのは、その本丸毎に特徴がある。この本丸では1週間の謹慎で済んだが、それ以上だったところもあるし、それ以下だったところもある。防人作戦の残党狩りに駆り出されているだけで済んだものもあれば、多少の叱責で済んだものもいる。そして、中には一切の戦場への出陣を許さなくなったものもある。数多の事例があれど、どれもがよその本丸での出来事であり、そこでの最高責任者でもある審神者が決めたことであれば、他が口を出す道理はない。たとえそれが時の政府であろうが、一線というのは必ずある必要がある。
 正確にいえば謀反ではないのだろう。単純な報告不足だ。三日月宗近が感じたことを、知っていたことをせめて近侍にはなしていれば、もう少し処分については変わっていただろうに。結果として誰もおれずに今に至り、大侵寇をしのいだという事実だけを見れば、結果よければすべてよし、ととらえてもいいのかもしれない。しかし、90振以上が関係している組織においては問題でしかない。これ以降、三日月宗近への対応は静かに変わっていくだろう。表面だってそれが出てこないだけ、この本丸の刀剣男士はわきまえているだけだ。近侍が、この本丸における最高責任者が処分を決めた。その決定に対して、下は異を唱えることはない。唱えた声が大きくなればなるほど、待ち受けているのは組織の壊滅だ。処分に対して適切か否かについては、伝えられるよりも前に議論を終えているだろうから。
「……なに、主にも怒られたからな。もうせぬ」
「わかった。俺はその言葉信じるからな。」
 三日月宗近の言葉に、同室者の彼は、御手杵は笑った。腹の探り合いは嫌いなんだ、などといいながら。

 気づけなくて悪かった。すべてが終わってから、近侍にそういった彼に対して、近侍はじっと見つめてから、あんたが気にすることじゃない、と言った。
 本丸にきた順番の関係で、一時期別刀がいたこともあるが、ほとんどを彼は、御手杵は三日月宗近と同室で過ごした。歴史上においてほぼ接点がない彼らが一緒に過ごしたのは、本当にただ、本丸に来た順番という偶然の産物だった。だが、いまの本丸において三日月宗近と一番長く接していたのは間違いなく御手杵だっただろう。
「もしも、だけどさ」
 近侍はだまって御手杵を見ていた。内容に関係なく、基本近侍は最後まで黙って聞いていることがおおい。それを知っているから、御手杵は近侍から返答がなくてもあまり気にせず言葉をつづけた。
「もし、次があったら俺に命じてくれよ。」
 何を、とは言わなかった。けれど、近侍は察したのだろう。確約はできない、と返答すると、それでいいよ、と御手杵は笑った。



「これが大阪城……」
「なんとしてでも小判の備蓄を増やすばい!」
 奇しくも、防人作戦ののちに顕現した七星剣の初陣は大阪城となった。防人作戦と、強化プログラムで消費された小判をできる限り増やそうと躍起になる博多藤四郎の案内でのそれは、はたして新人の練度上げにおいて精神面において最善だったのだろうか。すでに大阪城、江戸城と本丸設立からまともな戦場はあまり提供されてきていなかったこともあり、長く顕現している刀剣男士の感覚はすでに麻痺しているのだろう。ある程度の練度上げの後に、本来の戦場というものについて矯正されることを願うばかりである。
「では行こう。敵に死を与えるために」
「小判集め! 張り切ってやっちゃいましょう!」
「……君たち、本来の目的を忘れないでくれよ」
 完全に小判集めにしか意識が向いていない藤四郎兄弟を見て、久方ぶりの出陣でもあった山姥切長義は頭を抱えるのだった。

2022/5/22

大侵寇が終わった本丸の様子と、これからについて。途中あたりが強い描写もありますが、これが弊本丸で三日月宗近と一番関わりある刀剣とのお話。御手杵が実際、こういう行動にでるキャラクターであるのか、というところは疑問もあるかと思いますが、弊本丸での2振はこんな感じ。


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