ふしぎ ふしぎ

クトゥルフ

世の中には、不思議なことがある。
それは幽霊だったり、妖怪だったり、そして神様であったり。
それを非科学的として信じないものとしたり、科学的に証明しようとしたり。

そして、私たちは、それを目の当たりにしながら


「森先輩、相変わらずの溜息ですね」
「いや……まぁ、うん。あまり喜ばしくない夢を見てね……」

目の前にいる、同じ高校の先輩。私も先輩もすでに卒業しており、私は大学、彼はすでに働いている。そのこともあり、現在はなかなか会うこともないが、時折高校の面々が開く同窓会モドキで、出会うことがあった。学年を飛び越えたこの集まりは、いつしか何代にも渡ったOBがそろっており、同じ年に同じ校舎で勉強したことのない者までいた。時を重ねることで参加する人数も減ってきており、この同窓会モドキもいずれなくなってしまうのかもしれない。そう考えるとなかなか脱退を切り出す勇気もなく、今もこうして騒ぎ出す友人や先輩後輩を横目にグラスを傾けていた。そしてそれは目の前にいる先輩も同様のようで。ちなみに騒いでいる面々の中には先輩の弟もいる。

「オカルト系ですか?そういうの、確か……」
「弟が好き。まぁ、確かにそういったオカルト系なんだろうけど……なんていうかな、夢にしては鮮明で、……まるで別の世界に飛ばされた感じ?」
「すっごくあいまいでよくわかりませんが、それで先輩が疲弊しているのはわかりました」
「その夢の中じゃ、名前を含めて自分のことはなにもわからないんだ。」

先輩はそういって遠い目をしながら話をつづけた。

そこには俺の他に2人の人がいて、年齢としては同じくらいか年上か、そこらへんなんだろうけど。彼らも俺と同じで名前もなにもわからない。場所はなんか大きな樹のある場所で、そこに動物がいるんだ。その動物は、喋るんだよ。んで、確か白い兎だったか、そいつがゲームをしようって言いだして……。ああ、動物たちの中に俺たちの名前を持っている動物がいるから見つけろって言って、宣言は1回だけで……ええっとなんだっけ、ウソつきを探せ?正式な名前は知らないけど、そんな感じのゲームをした。百歩譲ってそれはいいんだけど、一番の恐怖は、自分や他の奴が動物になっていくんだよ。部分的に。俺?俺は最初は兎の耳だった……あとは、聞かないでくれ……

先輩はそこまで言って水を飲んだ。近くには酒もあるのに、それには全く手が付けられていない。自分が徐々に動物になっていく、確かにそれは恐怖だ。実際、私も何度か非現実的というか、理解しがたい事件に巻き込まれたことがある。それで大学の友人たちを巻き込んで、一時期大変なことになったこともあるが、それはさておき。だから夢であっても、それがそういった非現実的で、理解しがたいもので、実際に起きたことなのではないだろうかと、考えはついた。けれどそれを話してメンタルの弱い先輩をさらに陥れる必要はない。だから

「でも先輩は兎ですか。なんだかかわいいですね」
「そうか?俺みたいな男が兎って……」
「ふふ、兎は寂しがりやなんですよ。」
「?」

私はそういいつつも騒ぎの中にいる先輩の弟に目を向けた。私よりも年下で、けれどオカルト好きとして有名な、はっちゃけている後輩。先輩とも付き合いの長いこともあり、多くを話したことはないが、出会えば挨拶をする仲だ。そしてこういう場所ではいつも兄弟はそろっていた。それを中にはブラコンだとかそういって茶化す者もいたが、先輩たちはそれをどうこうすることはない。弟はそれを後目に兄である先輩を巻き込んでは自分の趣味を遂行している。それに何度もいやだとか溜息をつきながらも邪険にすることなく付き合う先輩。弟が心配だから、というよりも、私はそれが別のことに見えていた。

「弟さんが先輩から離れて1人でホラースポットに行ったりしたら、先輩は不安で、心配で、寂しくて死んじゃいそうですし」
「え」
「そう考えると先輩が兎なのはあたってますよねー」

くすくすと笑えば、弟に対してまったくそんな気もなかったのか、過去を振り返って先輩は顔を沈めた。おそらく恥ずかしいのだろう。不審に思う他の人になんでもないと言いながらも、先輩は顔を上げた。心なしか、顔が赤い。

「勘弁してくれよ……」
「いいじゃないですか。兄弟を大切にしてるってことですよ」
「おま、俺もあいつもとっくに成人してるっつーのに……」

先輩はその話から離れたそうに、話題を変えた。

「そういうお前も、あいつがいただろ」
「あいつ?ああ、あいつですか」

思い浮かぶは、幼少からの幼馴染。現在も一緒の大学に行く彼は、将来は自宅警備員とか、引きこもりとなってしまうのではないかというほどの、引きこもり体質だ。かつコミュニケーション能力は低い。最近は色々なことがあって上がってきているが。

「あいつはそろそろ私から離れる時期ですよ。他にも関わる人が増えましたし」
「へぇ?前はお前が引っ張らないと動かなかったのに?」
「まー大学まではそうでしたね。今は私つながりで医学部の友達とか……色々コネもできてきましたし」
「ふうん?」
「ストーカーとか」
「おいまて」

一度だけ、あいつが疲弊しながら家に帰った来たときに、ちょうど私もあいつの家にいて。そこであいつを慕う、というよりも付きまとっている人と出会った。ストーカーであろうがなかろうが、あいつが私以外の人を家にあげたことはこれまでなかったから、おばさんたちが喜ぶのもわからなくない。だからこそ、そろそろ離れるのもいいのだろう。
私もそれに甘えて、あいつから離れられないでいるのだから。

「まー。あいつのことはいいんですよ。」
「うん?」
「オカルトの夢」
「あー……」
「調べてみます?」
「え」
「私も、あまりうれしくないですけど、不思議な体験とかしてるんです。血みどろとか、人が消えるとか」

私がそう提案すると、先輩は青ざめながら首を横に振った。

「俺も色々見てるから、その、いいや……」
「ふふ。まぁ関わるものじゃないですよね」

グラスの底に少しだけ残った酒を飲んで、私は店員を呼んだ。追加のおつまみとお酒を頼む。すでに何名かがつぶれている中、酔っている者の中で数人が愚痴大会を開いており、その周囲の食べ物はなくなっている。おつまみがない状態のお酒は回るのが早い。できれば水やお茶を間に飲んでほしいが、それよりもおつまみがあった方が彼らにはいいだろう。がちゃがちゃと食器を一か所にまとめながら、ふと思い立つ。

「そうそう、人が消えるやつ、消えたの私なんですよねー。それも2回」
「え。」

がしゃん、と食器が大きく音を立てた。


世の中には科学で証明できないものがある。私が体験したことも、先輩が体験した夢も、科学では証明できない。
幽霊が実際に見て、感じることができるものがいるのならば、幽霊は存在する。しかし、それを科学的に証明することはできない。
それと同様に、先ほどの話も、実際に体験した者がいるとしても、証明できない。しかし、体験したものがいるのならば、それは現実なのだ。そんな摩訶不思議な体験をしながらも

私は、私たちはこの世の中を生きなければならない。たとえ見てはいけないものを見ても、それで正気を失ったとしても
私たちはこの世で生きなければならないのだ。別世界があったとしても……



2016/04/23


坂井亜紀:語り手。2度の消失は、他者からみたものであり、本人は気が付けば知らない場所にいたという形。そのため実感はない。
森楓:先輩。兎になるという非現実的な出来事に遭遇する前にも、弟に巻き込まれて精神的によろしくない体験をしている。

あいつ:亜紀の幼馴染。最近の悩みはストーカーの存在だが、どうやら(PLは)まんざらでもない様子。
医学部の友達(複数):平然と過ごしていたり、過去にやばいものと遭遇したり。それでも彼らは医者を目指して頑張っている。
ストーカー:亜紀の幼馴染の追っかけ。なにかと理由をつけてお相手の家に入り込む気満々。


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