閃の軌跡編

19


 トールズ士官学院は、来月にある学院祭への準備が水面下で始まった。クラスでは出し物をどうするかの議論が行われ、生徒会では招待客の手配や学院全体の装飾検討で追われている。Ⅱ組は夏の間、帰郷していたものが多かったのもあり、Ⅲ〜Ⅴ組よりは少しせわしない様子を見せていた。とはいっても、出し物については問題なく決まっており、詳細を詰めていく段階に来ていた。私はその時に合流したので、基本は皆の意見を尊重する形となっている。戻ってきて早々、新聞記事をみたクラスメイトらに色々問い詰められ、心配やら羨望のまなざしやらを向けられていた。それでも4月から同じクラスで一緒に過ごした影響もあるのか、特に会話や対応は変わらない。そこだけは少し安心した。
「後はⅦ組だけかなぁ」
「何がですか?」
 生徒会室。教員らの手助けはあるものの、学院祭は学生主体で行われるもの。よって生徒会も忙しい日々を送っている。とはいっても、私は生徒会役員の中でクラブ活動まで兼任している者よりは手薄だ。気になるクラブもあったが、結局はいらずに今に至っている。そして、生徒会の中で一番多忙だろうトワ会長は、1枚の紙を見ながらうーん、とうなった。私がどうしたのか聞けば、気安く教えてくれる。
「出し物、Ⅶ組だけ出てないの。まだ提出期限にはなっていないけど、大丈夫かな」
「ⅦZ組は人数も少ないですし、カリキュラムも特殊ですから、忙しいのかもしれませんね」
「うん。何をするかによって場所とか、時間とか決まるからね。ちゃんも何か知っていたら教えてね」
「わかりました」
 おそらく、まだ決まっていないのだろう。明日は、士官学院に戻ってきて最初の自由行動日。リィンのことを探してもいいのかもしれない。

 __と、思っていのだけれども

「ここはどうしよう?」
「もっと色鮮やかにしたらどうかな? 園芸部に声をかけてみよう」
「室内とはいえ、花には時期があるわ。使えるかどうか確認しないと」
「誰かレイアウトを書き出してくれないか?」
 クラブ活動に行った者半数、クラスに残った者半数。後者はとても賑やかな空間になっていた。私は午前中は生徒会の会議へと参加し、午後はクラスに顔を出していた。大まかな構成は決まったが、細かい部分の調整となるといろいろな案が出てきていた。より良くしたいという思いの塊でもあるが、学院祭まであと1月であることを考えると、多方面への調整も考慮し、いい加減まとめておきたいものだ。それは中心になっている面々も同じ考えのようで、意見を書き出しながらもコンセプトに合わなそうなものには斜線を引いていった。
「楽しみね」
「うん。ブリジットは吹奏楽もあったよね」
「演奏会を予定しているわ。だからその時間帯以外はこっちに来れるの」
「よかった。私は生徒会の方がメインになっちゃうから。もちろん、空いている時間はこっちにくるけど」
 その様子を見ながら、近くにいるブリジットと会話をする。同じ男爵家の子として近いこともあり、私がいなかった時の授業ノートを見せてくれたりと色々助けてくれている。そうこうしている間にある程度はまとまったようで、今度は分担分けが始まった。教室の一角に作られた巨大な模造紙に、自身のやりたいところへと名前が書かれていく。今いない面々の名前が入り次第、本格的な準備が始まる予定だ。
はどうする?」
「事前準備側かな……ブリジットは?」
「受付かな」
 そうして結局、クラスが解散となったのは夕方だった。順次準備が行われることもあり、皆が浮足立っていた。時間の流れが速いのも仕方のないことだろう。ジェニスの時とは違う盛り上がりにわくわくしている自分がいた。向こうではクラスの出し物ももちろんあったが、生徒会側を優先したのもあり、こうしてクラスメイトと何かをすることはなかった。ジェニスやトールズで生徒会に入ったことを後悔しているわけでもないけれど、こういうのもまた、良いものなのだろう。

「それじゃ、また寮で」
「うん」
校舎前にてブリジットと別れ、図書室へと足を向けるために再度校舎へと向き直る。帝国政府からの依頼、生徒会、学院祭と色々なことが山積みではあるけれど、本分は学業だ。ブリジットから受け取ったノートはコピーを取らせてもらったし、勉強しておかないと後々がきつくなる。いつなにが起きるか、というのは予測できないことだから。レクター先輩の言葉も、半信半疑で聞いておかなければあとで痛い目を見るのは自分自身だ。

 そう思っていると横から声をかけられて視線をそちらに向ける。そこには太刀を持ったリィンの姿があった。
「リィン。郊外? それとも旧校舎?」
「旧校舎。、その……」
「うん?」
 歯切れの悪い言葉に私は首をかしげる。
「あの時は悪かった。オリヴァルト殿下や、皆がいる前で……」
「……あー。大丈夫よ私は気にしてない。でも、あれはさすがに私やエリゼくらいにしておきなさいね。」
 リィンが言うのは私が要請から戻ってきた時のことだろう。驚きはしたけど別に家族なのだから負い目を感じる必要はないだろう。小さい頃だって、そういったことはしてきたのだ。
「気にしているなら、ちょっと私に付き合って」
そういって手元にあるいくつかの教材を見せればリィンは頷いた。さすがに図書室だと迷惑になるだろうか。どこかいいところはあるだろうか、と考えるとリィンからⅦ組の教室はどうかと提案された。時間帯的に今は誰もいないだろうから、とのことだった。お言葉に甘えてリィンの案内でⅦ組の教室へと向かう。教室内は?U組よりは狭いけれど、ごくごく普通だ。誰の席かはわからないけれど、前方の席へと座って教材を広げた。
「1人でやってもいいけど、味気ないでしょ?」
 あわよくば、授業での内容をリィンから聞いておきたい。そう言えば、俺でよければ、とリィンは了承してくれた。ペンを走らせながら、何気なくリィンへと言葉を向けた。
「心配してくれてありがとう。それにガレリア要塞のことも」
 最初はぽかんとした表情を見せていたが、何のことか気が付いてリィンは私から視線をそらした。
「それは、その」
「リィンやⅦ組がいなかったら私はここにないもの。トワ会長も、殿下や閣下も。私の親友や先輩も。だから、本当にありがとう、助けてくれて」
 私がリィンへと視線を向けてそう言えば、リィンはそらしていた視線をこちらへと向けた。お互いの視線がかち合った。
「……が無事でよかった。大砲がのいるクロスベルに向いていて、気が気じゃなかったんだ」
「レクター大尉からある程度の概要は聞いているわ。リィンたちこそ、大丈夫だったの?」
「俺たちは教官も一緒だし、1人じゃないから」
 リィンのその言葉に、少し安心している自分がいた。リィンの性格や生い立ち的に、どちらかというと背負い込みやすいタイプの彼が、Ⅶ組の人たちを信頼していることに。同時に、ちょっとだけ寂しくもあるけれど。
「よかった」
「……は、ARCUSを持っているか?」
 安堵の言葉を発していると、リィンが思い出したかのように自身のARCUSを取り出す。首をかしげながら同じようにARCUSを取り出した。それに対して驚きながらも納得しているリィンがいた。
「夏至祭の時は新型オーブメントを使っていたら、持っていないのかと思っていた」
「あー……ごめん。その時すでにARCUS持っていたわ。そういえばⅦ組にも支給されていたのよね。」
 すっかり忘れていたわ、といえばリィンは飽きれたような視線を向けてくる。夏至祭の時はそんな場合じゃなかったしそのあとは通商会議と盛りだくさんで頭から抜けていた。オリビエさんが色まで話していたというのに……。
 無事に連絡先を交換して、これが軍だけではなく幅広く普及すれば連絡が取りやすくなるのだろうな、と考える。エリゼも持っていたら連絡とりやすいし。要請で帝都にいてもアポが取れなくてエリゼとあまり会えなかったことを思い出す。
「なにかあったら連絡してほしい。なにもなくても連絡してほしいけど」
「同じ言葉を返しておくわね。お互い、出られない時もあるでしょうけど」
 ARCUSをしまって、置き去りになっていたペンを再度手に取る。
「さて……本業に戻りますか」
 そう口にすれば、の不在期間を思い出したのであろうリィンが少し遠い目をした。範囲が広いことを思い出したのだろう。
「さすがにすでに3年高等教育を受けているんだもの。遅れをとるわけにはいかない」
「単位免除ってどのくらいあるんだ?」
「結局、軍事に関することとか、帝国の歴史関連はさすがにリベールではやってないし。数理とか、そういったところ。プログラム系も増えてるから、そっちはやらないといけないし」
 はぁ、とため息をつけばクスリとリィンは笑った。たぶん、女学院にいけばもうちょっと楽だったのだろうけれど、士官学院では独自のカリキュラムもあるためそうはいかない。元々きついカリキュラムが組まれているし、他よりは気持ちだけ楽、というだけだ。たぶん2年になったらもっと免除される単位は減る。
「さーて、こっちに集中しますか。リィン、あとどのくらいいられる?」
「30分くらいは大丈夫だ」
「ならちょっと歴史学について教えてほしいんだけど」
 それから、教材とノートのコピーと、リィンの解説を交えながら自分用のノートに事柄をまとめていく。歴史を学ぶことは、今後について学ぶことと同じだ。過去の出来事を教訓として未来に生かす。しかし、歴史というのは諸説あったり複雑化していたりと1つの視点からすべてを学べるものじゃない。だからこそ、教材の視点の他、教員の視点も見ておきたい。そのためにはやっぱり授業を受けた人から話を聞くのが早い。ひと月分だったこともあり、とりあえずはさらっとリィンに補足をしてもらいながら30分。時間になったところで切り上げた。
「助かった、リィン。また時間があったらお願いしたいかも」
「これくらいなら」
 教材を片しながら、リィンにこの後の予定を聞く。そういえば学院祭、Ⅶ組はなにをするかまだ決まっていなかったはずだ。そのまま口にすれば、リィンからはたぶん大丈夫と返答が返ってきた。
「それについては寮に戻ってから打ち合わせする予定になっているんだ。それに、この後トワ会長に出し物についてアイデアをもらう予定だし」
「え、もうトワ会長と約束があるなら先に言ってよ。待たしちゃってないかな」
「大丈夫だと思う。それに、エリゼに“きょうだいの交流”についていろいろ言われているし」
「あの時のこと、覚えていて安心したわ」
 リィンのその言葉に思わず笑みがこぼれた。すれ違っていたとはいえ、同じ学院にいるはずの姉兄が全然話していないと知ったらエリゼはきっと怒るだろう。
「それじゃ、今日はありがとう。今度また特別実習があるのよね、無理はしないこと」
「ああ。も」
2023/12/13

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