閃の軌跡編

18


 あれから。私はレクター大尉とともに帝国へと向かうアイゼングラーフに乗っていた。あの後、結局事後処理に駆り出されることとなり、クローゼさんに挨拶もできなかった。オリビエさんは同じ列車に乗ってはいるけれど、あまり話はできていない。
「それで、結局どういう流れだったのかはお聞きしても?」
「ああ。お前にはそれを聞くほどの功績ができた。帝国解放戦線はクロスベルでおっさんを亡き者にしようとした。そこで猟兵団を雇って一芝居したわけだ。あれは一陣で、もう一方についてはⅦ組が解決したみたいだなぁ。いやぁ、Ⅶ組のおかげで俺たちは今こうして無事に帰路についているってことだ」
「……Ⅶ組?」
「ああ。ガレリア要塞がテロリストに占領されていた。それを解決したのがⅦ組ってわけ。一歩遅ければクロスベルに列車砲がぶち込まれてただろうな」
「……。」
私が通商会議に向かう日、Ⅶ組もまた特別実習で学院を離れていた。ガレリア要塞といえば、帝国とクロスベルの国境にある要塞だ。もちろん、このアイゼングラーフもその要塞を通っている。リィンはレグラムに向かうと言っていたが、そのあと要塞へと向かったのだろうか。
「クロスベルへ圧力をかけるのが目的だったんだが、いやーまさかああなるとはねぇ」
 くっくっく、と笑うレクター大尉。おそらくだが、テロリストたちの動きもある程度把握していたのだろう。だから先に私をジオフロントで待機させたのだろうし、傭兵団を雇った。まるですべてがオズボーン閣下の手のひらであるかのような錯覚に陥る。まぁたぶん、レクター大尉のいう圧力は、エレボニア帝国とカルバード共和国で足踏みをそろえて行ったのだろうけれど。
「さて、。どうする?」
「……どうする、とは」
 レクター大尉の笑みがこちらに向いた。その表情は、まるでこちらの動きを楽しんでいるかのようだ。
「今後の解放戦線、ならびにクロスベルへの対応。今の帝国だったらどうでるか、よくわかっただろ?」
「……手段は選ばない。猟兵団を使って処刑することも厭わない。その言葉から考えるに、クロスベルへの今後の対応もある程度視野にあるんですね」
「ああ。そこで、若き英雄殿の力があれば、もしかしたら変わるかもしれない」
「……、本音は?」
「最初に言ったろ? 広告塔ってな」
 レクター大尉の言葉に、私はため息をついた。やっぱり、すべて手のひらで踊らされていたのだ。今回のクロスベルでのことも、おそらく報道陣によって脚色されて公表されるのだろう。そして、広告塔が必要な状況がいずれ来る、と。より一層の軍事拡大を目指しているのだろうか。それとも。
「……わかりました。ですが、2年間は学業優先させてくださるんですよね」
「もちろん。とはいっても、ジェニスでの単位が認定されてるだろ?」
「……」

 結局、あれから2週間拘束されることとなった。帝国政府はテロリスト対策の名目で鉄道憲兵隊の哨戒を大幅に強化した。一方貴族派も、領邦軍の軍備を増強し、猟兵団を雇ったという噂も流れ始めた。私はというと、帝国政府側につくこととなる。お父様の立場が、シュバルツァー家の立場が悪くならないことを願うばかりだ。一応、どういう状況になったのかは手紙で伝えることとした。
 帝国国内には遊撃士がいない。リベールのように市民をまもる民間組織がない。帝国軍や領邦軍は軍事組織として市などに点在していたとしても、遊撃士のような対応はしない。私はどうやら、そういう細部への対応と、華やかな舞台での登場を期待されているらしい。オズボーン閣下やオリヴァルト殿下の護衛やテロリスト対応をしながらも、市民の安全を脅かす魔獣やテロリストの末端、便乗して現れた荒くれ者への対応。けれど、そのすべては政府の指示で書かれた脚色にまみれたものとなり、記事になって帝国全土へと伝えられているらしい。その脚色に、≪リベールの異変≫までもが使われ、剣聖の肩書まで利用されていたのには少しあきれた。オリヴァルト殿下は少々ご立腹だった。
「いやぁ、怒涛の動きでさぞ疲れただろ?」
「……。」
「今後はたまーに呼ぶことになるからよろしくな」
「……偶に、であることを願っていますね」
 レクター大尉とともに車にのり、トリスタへとたどり着く。一応、今回の要請はレクター大尉の指揮のもとに動くことが求められていたので、移動などは基本的に一緒だ。とはいっても忙しいみたいで常に一緒にはいない。
「ま、放浪皇子からも釘を刺されているしなぁ。もっとも、未来ある若者の志願である、で通しているけど」
「……オリヴァルト殿下には私からも伝えておきます。いろいろ脚色されていることを。」
「おっと、藪蛇だったか」
 トリスタの学生寮の近くで車は止まった。この後学院に行って学院長に戻ったことを伝えるつもりだったから、学院前まで行かないことに首をかしげる。
「今日はここで。トールズに行けばわかる。」
 そういうレクター大尉にいざなわれて私は車を降りた。律儀にレクター大尉は私の鞄を車から降ろしてくれる。
「ま、無理はすんなよ。せっかくの青春を無駄にしちゃだめだぜ」
「……無駄にしようとしているのはそちらでは」
「まぁ、そうだな。……別に、リベールに逃げてもいいんだぜ」
「えっ」
「じゃあな、少年! またな」
 レクター大尉はそのまま車に乗り込んで去っていった。私はレクター大尉の思わぬ言葉に驚いてしまってそれを見送った。
「……あなたが、いうんですか。リベールににげろって」
 レクター先輩は、何が見えているのだろう。

 鞄を抱えなおして、とりあえずはトールズへと向かう。歩いていけば、レクター大尉が車をトールズまで進めなかった理由が見えた。トールズには車が数台止まっている。そしてその近くには少人数ではあるが人が立っている。今日は何かある日だったか。けれどその人の多くは赤い制服、Ⅶ組であることがわかる。お邪魔かなと思いつつ門へと近づくと数名がこちらを向いたのが分かる。別に気配を消していたわけでもなく普通に立っていたので特に気にはしない。しかし向こう側は違ったようで私の名前を呼びながらリィンが近づいてくる。
、怪我は?」
「ないわよ。レクター大尉から聞いているわ、ガレリア要塞の一件。お疲れ様」
 そう言うと、リィンは安堵の表情を見せてそのまま抱き着いてきた。
「り、リィン?」
 普段見せない動きに、少し戸惑う。昔は同じくらいだった背はいつの間にか追い越されてしまっていたようで少し押しつぶされそうになりながらもリィンの背中をさすった。私が向いた先、リィンの後方にいたⅦ組の人たちの誰かが、あーあと言ったのが聞こえた。
「よかった、本当に」
「どうしたの?」
 ぽん、と右手で頭を軽く叩けば、それで状況を思い出したのかリィンは急に私から離れた。「あ、いや、これは」
 慌てているリィンを後目に、Ⅶ組はあまり気にする様子はない。オリヴァルト殿下は、少々面白そうにこちらを見ていたが。
「もう、リィンったら。動揺するのはわかるけど、殿下の前だよ」
「いやいや、気にしないでくれ」
 Ⅶ組の諫める声に対して、殿下は特に気にした様子はない。これはあとで私がいろいろ聞かれるパターンだろう。とりあえずリィンが落ち着いたのを見て、オリヴァルト殿下に対して頭を下げた。
「こんにちは、オリヴァルト殿下、ミュラー少佐」
「ああ。君もお疲れ様。無事に会えて安心した」
「ご心配をおかけしました。本日をもって学院に復帰します」
 殿下に対して、無事に今回の要請が終わったことを告げる。ARCUSで連絡は取っていたとはいえ、こうして対面するのは通商会議以来だ。
「大丈夫なのかね?」
「はい。今後も要請はありそうですが、とりあえずは学生に戻れそうです。そこについては、レクター大尉が融通をきかせてくれそうです」
「……そうか」
 殿下は少し考えるそぶりを見せたが、すぐに表情を戻して私と、そして先ほどまで話していたⅦZ組へと視線を向けた。
「それではさらばだ。また近いうちに会えることを祈っているよ」
 そうして殿下たちを見送ってから、揃っているⅦ組へと視線を向ける。リィンには少し視線をそらされた。
「今日は、なにかったんですか?」
「あ、ああ。理事会だよ。」
「……なるほど。殿下は理事長でしたね。」
 ということは、残りの方々も理事の人たちだったか。会話中に車が去っていたため結局挨拶していないけれど、不敬だと思われないことを願うだけだ。
「私は学院長に戻ったことを伝えにいかないといけないので、これで失礼しますね」
 私はそういって学院の中へと入っていく。リィンの様子が少し気になったが、Ⅶ組の人たちは状況を知っていそうだし、あとで聞けばいいだろう。時間はいくらでもあるのだから。



「……」
「やっちゃったね、リィン」
 を見送り、黙り込んだリィンに対してエリオットはそういった。残りのⅦ組の面々も、生暖かい視線をリィンに向けている。
「まさか、抱き着いちゃうなんて」
「きょうだいの抱擁であれば、問題ないと思うが」
「いや、殿下の前だぞ」
「おそらく、兄上たちもみていたな」
「いろいろ言われなくてよかったね」
 クラスメイトがいろいろ言ってくるのに対して、リィンは彼らにさえ視線を向けられなかった。照れている、とその場にいた者は理解している。
 Ⅶ組としては、に対して知っていることは多くない。リィンの姉であり、八葉一刀流の使い手。学校生活内であれば同学年の生徒会役員と言ったところだ。しかし、彼女がリィンの姉である、ということに関連した情報においては、おそらく彼女のクラスメイトよりも知っていることは多いだろう。
「ガレリア要塞の時、大慌てだったしね」
「こっちもひやひやしたけどね。列車砲が発射されていたらどうなっていたことか」
「方向が、彼女のいるクロスベルだった、ということもな」
「そのあとも連絡つかなかったからね。2週間だっけ」
「ああ。ハーシェル先輩からの情報がなかったらどうなっていたことか」
「今すぐにでも駆け出してしまいそうだったし」
 結果論にはなる。クロスベルに向かったとトワ。もし列車砲が発射されていたら、2人は、そしてオリヴァルト殿下や関係者は生きて帰ってこなかっただろう。少しでも遅れていたら、と考えると心の底が冷たくなった。無事だったからよかったものの、あの時のⅦ組の動きが、大勢の命運を分けたのだ。その中心にいたⅦ組の心境は計り知れないだろう。そして、家族を亡くすことになりそうだったリィンの心境もまた、計り知れない。先に学院に戻ったトワから、の無事としばらく帰ってこれなさそうという話を聞かなければ、おそらくリィンは学院を飛び出していただろう。きっとがそれをきいたら、首をかしげるだろうが。
「しかし、学生を2週間拘束するとは、帝国政府はなにを考えているんだ?」
「帝国新聞の記事を見ましたが、あれはまるで政治的利用をされているかのような……」
「うむ、あまり話したことがないからどういう人物かはまだ詳しくはわからないが。少なくとも、喜んでやっているようには見えない」
「んー、一応レクターが関与しているから悪いようにはならないと思うよ? 気にかけてるみたいだし」
 他のⅦ組のを心配するかのような声と裏腹に、ミリアムはあっけらかんとした声でそう言った。必然と、全員の視線がミリアムに向かう。
「レクター、とは親しいみたいだし。先輩と後輩って言ってたかな。新聞記事も、レクターが関与しているからあのくらいで収まってるんじゃないかな。じゃなかったらもっと大々的になってると思う」
 ミリアムはそう言ってから、リィンへと視線を向けた。
「でもあの様子じゃ、は要請があったら行っちゃいそうだし、リィンが捕まえるしかないんじゃないかな」

2023/11/29

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