閃の軌跡編

17


『ちと早いだろうが、午後の部が始まったら降りていいぞ。体動かしておけよ。』
そんなレクター大尉の指示のもと、エレベータを使って地下へと降りる。本来であれば特定の階以外には行けなくなるようになっているはずだが、地下に降りることができるようになっているのは、何かしらの細工がされているのか。レクター大尉と、キリカさんによって。
ジオフロント内は、広大で入り組んでいた。オルキスタワーから降りて進んだ先は、どうやらメインシャフトへとつながっているようで、そちらは施錠されていた。もう一方においては二手に道が分かれており、それぞれCとDと書かれている。どちらに行くかは任せる……というのがレクター大尉からの指示でもある。地図があればいいのだけれども、生憎持ち合わせていない。本当になんとなく、ただの勘でDへと向かってみる。人の気配は今のところ感じない。時々遠くから聞こえてくる機械音も、発しているものがどこまで人為的かすらもわからない。そんなのところで待機、とはどういうことだろうか。1つはこのジオフロントからの侵入が予測されている。もう1つは逆にジオフロントが逃走経路となっている。頭をひねらないで考えられるのはこのくらいだろうか。すこし、周囲の地理把握だけはしておく必要がありそうだ。
___それから、少しして。オルキスタワーが2種のテロリストによって襲撃を受けた。その直後にレクター大尉より通信が入る。少々通信の背後が騒がしいが、殿下も閣下も怪我なく問題なし。テロリストは地下へと向かったとの情報をもらった。どうやらテロリストは空から侵入し、地下から脱出する算段のようだった。その連絡がきたときは、D地区内部へと進んでいたこともあり、入り口から外へのルートを脳内に描きながら、テロリストが通るであろう場所へと駆け出すこととなった。といっても、ジオフロントは迷路のようになっていることもあり、確実に全員を捕まえることはできないだろう。そして、“別にそれでもかまわない”とされている以上、最悪なパターンだけは防ぐ必要がある。
「……見つけた」
ジオフロント内を走っていると前方から数名の武装集団を発見する。本来であれば音を立てず接近し、無力化するのが普通だ。上手の者がいたら、それすらも叶わないが。しかし向こうはこちら側にはまったく気が付いている様子はない。私はそのまま、彼らの行く手を妨げる形で通路の真ん中に立った。
「なんだ!」
「これ以上の逃亡は見逃せません。殿下ならびに閣下殺害未遂にて、あなた方を拘束させていただきます」
「相手は女1人だ!やれ!」
テロリスト、などとは言うが、結局寄せ集めだ。猟兵のように集団行動に長けている様子もなく、暗部のように隠密に長けているわけでもない。多少は訓練しているのだろうけれど、正直帝国軍よりもランクは低いだろう。ただそれでも、高性能な武具を持つ。それの提供先は、いったい誰だろうか。
近距離武器を持つものが、数人で一気にこちらへと向かってきた。遠距離の者は後方から銃を構える。さすがに、味方への狙撃はしないだろうけれど。
「___二の型、疾風」
それでも、集団戦において後方支援というのは厄介だ。アーツを使うようであればなおさら。ジリ貧になって、単体のこちらが不利になる。ならば、先に後方をつぶすのが、損害を最小限にすることもできて効率がいい。……あまり、こういうのは考えたくはないのだけれど。
鞘から抜いた太刀が、一瞬にて銃を切り裂く。弾を出せなくなった銃は、ただの鉛と一緒だ。接近戦をしてこようとしたテロリストの間をくぐりぬけて、銃を使えなくし、後方の彼らのさらに後ろに回りこむ。そうして、くるりと体の向きを彼らへと向き変えて、さらに一太刀。その際に、彼らに向ける方向を、刃から棟<むね>に切り替えておく。打撲音とともに、太刀を受けたものが数名地面へと倒れた。それでひるむのは一瞬で、そのまま倒れた者を気に掛ける様子もなく、彼らは武器をこちらに向けた。
「今ならば投降を受け入れましょう」
「なんだと!?」
これが、帝国にはびこる闇の一端か。貴族と平民の衝突と、閣下の多少強引な併合による障害。政治に対して、そんなに詳しいわけではない。その併合が、結果として帝国のためであるならば、それに異を唱えることなどできない。しかし、帝国という国は大きい。ちょっとした亀裂はすぐに大きくなって、いつか取返しのつかない溝となることがあるかもしれない。祖国がそうなったとき、私はどうしたらいいのだろうか。
テロリストの武器を太刀でいなし、鞘にてかれらの意識を刈り取る。あたりに一通りの騒動が無くなった時には、テロリストは全員意識を失っていた。しばらく目覚めないであろうことを確認してから、鞘へと刀身を収めた。

「あれ、もう終わっちゃったんだ?」
テロリストを縄で縛り終えた頃になり、突如後方から声が聞こえてとっさに刀を構える。いつの間に背後を取られたのか、と思考しつつ、風に乗って匂う錆臭いものに眉をひそめた。
ゆっくりと後方へと向き直れば、目の前には赤紙の少女が見えた。年齢的には私よりも少し年下だろうか?
「じゃあ、こっちはもう片方に行こうかなー」
「……あなたは」
 服装からして猟兵団だろう。現在クロスベルに潜んでいるもののなかで有力といえば、1つだろう。
「赤い星座の方ですか」
「そうだよ。シャーリィ・オルランド。よろしくねお姉さん」
 彼女の後ろから、武装した猟兵が集まってくる。刀に手をかけたまま彼女と、そして集まってくる猟兵を見やる。
「……・シュバルツァーです。何用であなたたちはここに」
「シャーリィ、そいつはダメだ」
 最後に、猟兵の後ろから姿を現したのはガタイのいい男だった。隻眼のようで、眼帯にて片目が隠れている。男は私を一瞥し、そうして後方に倒れたテロリストを見て踵を返す。
「そいつに手をだすと報酬が減る。それは見逃してやろう」
「なるほどー。剣聖、ね。」
「……」
 彼女は手に握られたライフル……でいいのだろうか。見た目はチェーンソーの武器を構えながらこちらを見て、視線が合った。
「今度会ったら相手してほしいな。面白そうだし」
 猟兵団については、テロリスト以上に気にかけなくていい、とは言われているが、私は目撃者だ。なにかしらの対応が返ってくるのであれば対応することを考慮していたため、すんなりと引いていく彼らには少し驚いた。そうしてから、まるでこちらのことをわかっているような発言に思考を巡らせる。彼らの姿が見えなくなって、ようやく頭の隅に隠れていた情報を思い出した。
 赤い星座。ゼムリア大陸西部における猟兵団。今のトップの名前はシグムント・オルランド。特徴からして先ほどの男がそうだろう。そして少女。性を名乗っているし、血縁関係があるのだろう。
 しかし、なぜ私を見て引いたのか。報酬が減る、ということは依頼主が私のことを知っているのだろう。私に手を出したら報酬が減る? なぜ。
「……私のことを事前に知っているのは帝国側と、たぶん共和国……リベールも含まれるかも。でもリベールが赤い星座を牽制する可能性は限りなく低い……。いや、まって」
 __そもそも、赤い星座は帝国で名をはせる猟兵団だ。だったら一番可能性が高いのは。
「赤い星座の依頼主は帝国。オズボーン閣下と、レクター先輩の指示……?」



!?」
「……お疲れ様です。特務支援課の皆さん」
 レクター大尉への連絡を終えた頃に、特務支援課の方々がやってきた。少々表情が暗く感じるが、もしかしたら赤い星座が向かった“もう片方”を見たのだろうか。
『猟兵団には処刑を委任状をもって依頼している。あとはわかるな?』
 私は後方に倒れたテロリストの前に立つように彼らの前へと立った。
「オズボーン閣下の指示にて、テロリストの拘束は終了しました。身柄については、帝国で確保するようにとの命令が来ています。どうか、ご理解ください」
 クロスベルは、エレボニア帝国とカルバード共和国の影響下にある。本来であればクロスベルで起きたことはクロスベル警察が対応することになるのだろうか、状況におうじてこの2国が介入することが許されている。なにも起きないとは思っていなかったが、まるでクロスベルが蔑ろにされているような展開に、少々心苦しくなる。
「すでにこちらに帝国兵が向かっているようです。私は到着を待ってから引き揚げます。特務支援課の皆さんも、どうぞお戻りください。……おそらく、残党はいないでしょうから」



「……テロリストたちの方は?」
「共和国の一団は、≪黒月≫という貿易会社の社員に囚われたそうです。何でも、共和国政府の逮捕委任状を持っているとのことでした。」
「え……!?」
「おお、それは重畳! 彼らは我々の友人でしてな。身分は保証しますからご安心を。」
「…………」
「そして帝国からの一団は……帝国政府による委任状の下に≪赤い星座≫なる猟兵団に半数が処刑されたそうです。」
「……なんたることか」
「__宰相! いったいどういうつもりか!? 帝国政府が処刑などの名目で国外で猟兵団を運用しただと!?」
「ええ、確実を期すために。私はともかく皇子殿下を狙った罪は万死に値すると言わざるを得ません。背後にいる愚か者たちへの良い警告にもなってくれるでしょう。」
「くっ……」
「た、確かに自治州法では認めざるを得ませんが……」
「だが、これはあまりに__ あまりに信義にもとるやり方ではありませんか!?」
「おお、それは誤解です。それよりも方々……図らずとも証明されましたな? この程度のアクシデントですらクロスベル自治州政府には自力で解決できないという事が。」
「……!」
「ふむ、まんまテロリストを会議の場に近づけた挙句……無様に取り逃し、結局は我々の配慮によって逃亡を阻止できたわけか。確かに、先ほどの議案の良い事例と言えるであろうな」
「ええ、失礼ながら実際に命を狙われた皆様方にとって……先ほどの駐留案、もはや真剣に検討せざるを得ないのではありませんかな?」
「あ、あなた方は……」
「……なんと強引な……」
「ま、まさかそのために……」
「……ここまで悪辣な仕掛けを用意しているとはねぇ……」
「__皆さん。議論が脱線しているようです。宰相閣下と大統領閣下のご意見も拝聴に値しますが……その前に、襲撃によって邪魔された私の発言を再開させていただきたい。」
「ディ、ディーター君……?」
「ほう……」
「……ふむ」
「して、どのような提議を?」
「いえ__提議ではなく決意表明というべきでしょうか。迷いもあったのですが……この事件で決意は固まりました。今、この場をお借りして1つの提唱をさせていただきます。」
「……!?」
「なに……!?」
「我々はもはや、他国の思惑に振り回されるわけにはいきません。周辺地域の、いや大陸全土の恒久的な平和と発展のためにも__私はここに、市民及び大陸諸国に対し、『クロスベルの国家独立』を提唱します!」

2023/7/30

inserted by FC2 system