閃の軌跡編

16


「会議は午前と午後。昼休憩はあるが、ほぼ1日コースだな。俺は別室待機。いやぁ肩がこるぜ」
「……すべて筋書き通りでしょうに。」
「さあて?」
翌日。通商会議の本番が幕を上げた。オルキスタワーにて、各国のトップが集まっての会合。下の階にはクロスベル警察や憲兵隊が詰めている。マスコミもこちらにいるようだ。会議が行われている部屋のすぐそばにはミュラーさんやユリアさんなど、各首脳らの側近と最上官が詰めることとなった。クロスベル側は全力を尽くしているが、テロリストがどこまで上回るか、それとも上回れずに鎮圧されるか。
「……それで、私はどうすれば?」
「んー、そうだなぁ。午前中は好きにしてていいぜ。午後は……そうだな、俺が合図したら下に行ってくれ」
「下?」
「ああ。クロスベルの地下に張り巡らされているジオフロント……そこで待機だ」

ジオフロントとは、クロスベル市街地の地下にある巨大な施設だ。主にネットワーク回線が張り巡らされているようで、いくつかの重要拠点があるという。しかし、開発は途中で頓挫しており、管理が行き届いていないこともあり表に出せないような暗いことにも使われているという。そして、このオルキスタワーからも行くことができる。エレベータでそのまま降りるだけでつくという。鍵があれば住宅街や駅前からも侵入できることを考えると、あまり治安的にはよくない気もするが、ほぼ迷宮と化していてほとんど管理されていないことを考えるとまずそこを利用してたどり着くのさえ難しいのかもしれない。が、それがテロリストに関係あるかと言われれば全くない。せめて行政が把握していれば別なのだろうが、それについてはあまり期待しないほうがいいか。レクター先輩の情報網は正直、侮れないし嘘はついていないようなのでそれがすべてなのだろう。
しかし、午前中は自由にしていい、と言われても……。会議会場に近づく理由もなし、色々動いてクロスベル側に迷惑をかけるわけにもいかず。なんとなく、関係者が利用できる休憩室で過ごすこととした。会議内容が気にならない、といえばウソになるが、メインはクロスベルだろう。帝国と共和国がどう出てくるか、というところか。
それにしても、約半年ぶりにクローゼさんと会ったが、特に変わりなさそうで安心した。ジェニス卒業後、王太女として本格的に活動すると聞いていたから、少し心配していたのだが、なんとかやっているらしい。リベールの至宝としての立場は、彼女を悩ませる事柄でもあったけれど、ちょっと安心した。私も、負けてはいられない。時間があるときにまたリベールにはいきたいとは思っているけれど、なかなか難しいだろう。少なくとも、学院にいる間はいけないだろうし。いけるとしたら夏季休暇か。でも一応授業のある期間なので、帝国内にいたほうがいいのだろうか。しかし、そういったことを考えるほどには、リベールでずいぶんと知り合いが増えた。帝国内にずっといてもきっと知り合いは増えるだろうけど、国を超えてになるとやっぱり限られてくるだろうし。このクロスベルでも、リベールでの知り合いの繋がりが、新しいつながりを作っている。その一端に自分がいることが、なんとなく不思議に感じた。

「あら、ちゃん」
「お、このフロアにいたのか」
「お疲れ様です。特務支援課の皆さん」
そろそろ会議も途中休憩に差し掛かろうとしている時間帯。休憩室も利用者が増えるだろうからと部屋を出ると、廊下に特務支援課の方々がいた。向こうは休憩時間だろうか。
「レクターさんたちと一緒ではなかったんだね」
「はい。殿下にはミュラーさん。閣下にはレクターさんがついていますから。さすがにそれ以上の人を入れるのはあまり良い印象を与えませんし……」
そう返せば、確かに、といった反応が返ってくる。実際、会議している部屋の隣の部屋に待機している人たちは側近的な立場の人のみであり、最小限にされている。入ろうと思えば入れるが、あまり印象はよくならないし、さらに言えばそこまでの勇気は持ち合わせていない。
「今のところ、何かが起きるような感じはしませんが……お互い気にかけていきましょうね」
「ああ。君も気を付けて。」
会釈をして、支援課の方々の隣を通り過ぎる。一応、目的地はレクター先輩のところだ。つく頃には休憩時間になるだろうか。そちらに思考を傾けていると、後方から声をかけられた。振り返ればどうやらロイドさんだったようで、彼は友好的な表情をこちらに向けた。けれど、口から発せられた言葉は、友好的とはちょっとかけ離れており、彼らが、警察という、軍に似た組織の者であることが感じられる内容だった。
「君は、なぜ今回の要請を受けたんだ?」
「えっと?」
「君は顔合わせの時に学生といった。その服装だって、軍服じゃなくて学生服だろう?随行団に、色は違うけれど、同じ制服の子もいた。たとえ剣聖と呼ばれる才能を持っていたとしても……少なくとも警察学校では学生の動員はされていない。帝国に、学生を動員する法も整備されていない。君がこの場にいるのは……」
「確かに、帝国軍の規則において、士官学院の動員は現段階では認められていません。ですが、すでにそちらについては変化が生じています。“実習”という立場で士官学院が軍人と同様の活動をすることも、一部認められています。無論、教官が付きますし、責任は学院や教官が負いますが。そして、私は確かに士官学生ではありますが、先日お話した通り、剣聖として政府から令状が来ていて、それに応じました。おそらく、クロスベルからはわかりにくいとは思うのですが、令状は、オズボーン宰相と、そして皇族からの命令になります。……貴族の端くれとして、拒否権など存在しないのです。拒否すれば、貴族としての立場に影響を与えます。私の行動で、両親やきょうだいに迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「貴族なぁ。」
「確かに、帝国では貴族制度もあるから、そういったこともあるのね」
ロイドさんの言葉に返せば、周囲の人たちからも声があがる。実際、学徒動員というのは、あまりいい印象は与えないだろう。それくらいひっ迫しているのか、それくらい人員がいないのかと思われてしまうし、実際そういった場合には動員されることもある。ただ今現在、表立ってそういった状況に陥る、たとえばそう、戦争などには発展しているわけではないし。
「そこに、君の意志や思いは考慮されているのか?」
「……いいえ。ですがそうするしか術はありません。私の立場がそうさせます。気にしてくださってありがとうございます。そういった面に関しては、割り切っていますので。」
そういって笑いながら返せば、ロイドさんは少し眉を落とした。私がここにきた過程に私の意志は関与していないことを気にしてくれたのだろう。それに関して感謝はあれど、結局立場というのはどうしようもないのだ。それが望んだものであればまだしも、私のように意図していないものだとしても。
そうこうしていると、少しずつ廊下が騒がしくなってくる。会議も正式に休憩にはいったようだ。再度特務支援課に頭を下げ、目的地の方へと急ぐこととした。

「……」
「学生とはいえ、しっかりしてんなぁ」
「ええ。ティオちゃんよりは年上でしょうけど……」
彼女の後姿を眺めながら、そんなことを話す。具体的な年齢は聞いていないが、士官学院といっていたし、高等教育を受ける16〜18歳くらいか。その年で、リベールとエレボニアの皇族と知り合い関係。そしてアリオスさんとおなじ剣聖という称号。本人は謙遜しているが、相当優秀なのだろう。
「貴族ねぇ。そんなに重要なものなのかな?」
「エレボニア帝国では貴族制度が健在だからな。貴族と平民っつう身分の差が今回のテロ騒動に関係しているわけだし」
「ということは、彼女は貴族派なんでしょうか」
「どうでしょうか。オリヴァルト皇子と一緒にいましたし、どっちかというとあの第3の道に関係していそうですが。」
「……」
「ロイド?どうかしたの?」
「えっ、ああ、いや……。彼女、ああいってはいるけれど、納得はしていなさそうだなと」
「納得、ね。望んで参加してないみたいだしな」
「なにかしら、協力できればいいんですけど……」

2021/4/12

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