閃の軌跡編

5


『どうせ姉様のことでしょうから、トールズ士官学院の制服で、とお考えなのでしょう。お父様たちともお話し、こちらで衣装を用意することとしました。ご都合の良い日に帝都にいらしてください。』
やっぱり社交界に出るのやめようかしら、なんて手紙を見てつい思ってしまった。手紙の相手は帝都の聖アストライア女学院にいる妹のエリゼだ。今年社交界デビューすることは無論知っているはずだが、裏でお父様たちと話を合わせているとは思わなかった。さすがにここからユミルは遠いので、帝都という近いところにいるエリゼに頼むのも、わからなくはないが。私の方が上なのに、妹に世話焼かれるって……。確かに制服でいいかな、とか思っていたし、何も言われなければそうするつもりではあったけど。そこまでしっかりとしたドレスコートではなくても、いいかなって思ってはいたけれど。さすがに初回からそうするわけにはいかないか。ジェニスにいたころは正装は制服だったし、その前は修行とかでおしゃれとは無縁の生活をしていたので、そういったところに詳しいエリゼに一任しよう。エリゼなら問題ないでしょう、きっと。



「おお!また一人、かわいい子がいるじゃないか!」
「は、はぁ」
生徒会室で書類整理をしていると、来客があった。どうやらトワ会長に用があるようだが、黒いつなぎを来た高身長の女性だ。おそらく2年生だろう。
「もうアンちゃん!」
「ああ、すねないでくれ。わたしはもちろん、トワのことも」
「アンちゃん!」
両手を広げ、トワ会長に抱き着く様子を、私はただ眺めていることとした。トワ会長もまんざらではなさそうだし。
「ふふ。アンゼリカ。アンゼリカ・ログナーだ。」
「え、・シュバルツァーです」
「シュバルツァー……。ああ、リィン君の」
ログナー。こちらも四大名門だ。やっぱり、トールズほどの名門になるとこうも有名貴族が集まるのか。そんな先輩の口からリィンの名前を聞いて思わず首をかしげてしまう。なにかしらで知り合ったのだろうか。
「しかし、彼にこんなにかわいらしいきょうだいがいるとは……。なぜ話してくれなかったんだ」
「アンちゃんのそういうところだと思うよ」
特に返す言葉が見つからず、先輩方の会話を黙って聞いておくこととした。しばらく聞いていれば、どうやらアンゼリカ先輩は生徒会につめていたトワ会長を連れ出そうとしているようだった。まだ仕事が、と渋るトワ会長の机を眺める。そこまで山になっているわけでもなく、会長のサインが必要なものばかり、というわけでもなく。
「トワ会長。あとは私がやっておきますので、どうぞ休んでください」
「ええっ、悪いよ」
「このくらいでしたら私たちでも門限までに終わりますから。ここずっと忙しいそうになさっていましたし、今日は早めに休んでください」
そういいながら1年の面々に視線を向ければ、笑顔でうなずいてくれた。
「……君もこう言っていることだし、トワは私と行こうか!」
アンゼリカ先輩を見れば、なんとなく理解してくれたようで、そのままトワ会長を抱きしめると、生徒会室の扉へと向かっていった。戸惑うトワ会長は見て見ぬふりをし、そのまま見送ることとした。
「あれ、会長帰ったの?」
「はい。アンゼリカ先輩がお連れしていきました。」
外にでていた生徒会の先輩らが戻ってきたため、事情を説明すると、やっと休んでくれたか、といったような雰囲気が流れた。先輩たちからしても思いは一緒だったようだ。
トワ会長は、聞いた感じだと、学業もとても優秀で、生徒会の仕事も不備なくこなす。2年生からは特に信頼が厚い。生徒会長を決める際には満場一致だったようだ。
教員からも信用されているようで、教員から仕事が来ることもある。あくまで生徒がする範囲のものではあるが、逆にこれが会長が遅くまで残る原因の1つにもなっている。
「しっかし、さんも仕事の手際が良い……。」
「ええ、今年度の1年生の中では一番じゃないかしら」
「ありがとうございます。まだ2か月たってませんから、慣れないことも多いですが」
「それでもすごいよ。去年の俺たちの比じゃない。どこかで経験していたのかい?」
「ええっと、ここに来る前に別の学校でも生徒会を___」
ジェニスの名前は出さないにせよ、トールズに入学する前に別の学校で生徒会に入っていたことを伝えると納得されたり、別の教育機関にいたことに驚かれたりした。まぁ、普通はそんなにいろいろなところに行ったりはしない。行くとしても高等教育の範囲内で、2年、または3年間のうち1年を留学に、とかになる。または高等教育の後、さらに高度の教育機関にいくかだ。まあ、士官学院にいるということは、そのあとは大体進学というよりは就職がメインだろう。特に軍人を目指している人にとっては。
仕事を終え、先輩の戸締りの邪魔にならないように退散する。施錠の後は鍵を職員室へと返却し、それで本日の業務は終了となる。基本これはトワ会長がやってくれるのだが、今日は別の先輩が代わってくださった。
生徒会に入って大体1か月ちょっと。生徒会は2年次がメインで仕切ってはいるものの、1年次も数名在籍している。私もその一人ではあるが、今学年は特に貴族の加入率は低いようだ。だからといって生徒会内で身分の差が浮き彫りになることはほとんどない。特に2年次は全員が仲良さそうに見える。実際にそのことを口にすれば、いろいろあったんだよ、とひどく疲れたように返された。1年もあればいろいろある、ということだろうか。思わず1年次で顔を見合わせてしまった。
「あれ、はこのまま寮に戻る?」
「ちょっと本屋によろうかなと思ってるけど、みんなは帰る?」
「まあねーほら、こっちの寮はメイドとかがいるわけじゃないから、食事も自分で調達なんだよね。たまに何人かが料理してるのを見るよ」
「たまーーーにおこぼれをもらうけど、大体はカフェとかで済ませるかなぁ」
「あ、今度生徒会メンバーでどっか食べにいこうよ。さすがに帝都まで、とはいかないけどさ」
「いいですね。今度日程調整しましょうか」
「やった!全員私服とかどう?基本制服でしかみないし」
「え、俺制服しかないよ」
「……それはどうかとおもうな」
生徒会室からへの帰路にて、1年次でそんなことを話しながら歩きだす。すでに日は暮れはじめていることもあり、生徒数はほとんどいない。それもあって少し歩きが遅くなる。ワイワイとしゃべりながら学院内を歩いていると、後方から気配を感じ、思わず「あ」と声をあげてしまった。それに気が付いたほかの面々が足を止めたと同時に
「いつまで構内に残っている!速やかに寮に戻らんか!」
教官の声が聞こえ、私たちは駆け出した。後方で走るな、という声には耳をふさいで。
2021/2/11

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