丹恒中心現パロ

丹恒中心、列車・羅浮多め。友愛・家族愛メインだけど腐向け表現もあるかも。

0 『はじまり』

 あの時のことは今でも覚えている。
 
 あの日、丹恒は今までと変わりなく、窓が1つついた部屋の中でただ外を眺めていた。本などの娯楽があるわけでもなく、へ垂れた布団と、空になった食器だけがおかれている部屋。時間になれば空の食器が下げられて、新しい食事がやってくる。その食事も、パン1つとか、そんなものだったが、当時の丹恒にとっては十分だった。日が昇れば誰かがやってきて、ただひたすらに知識を詰め込まれる。丹恒は、ただ言われたがままにその情報を頭に入れていた。そうして1日が終わって、眠って起きればまた同じような1日が始まる。
 しかし、その日は違っていた。部屋の外がひどく騒がしく、いつも来る時間帯になっても人は来ない。時計もなく、時間すらわからないために外の日の動きでしかわからなかったが、確かにそれはあっていた。いつもと違う1日に、丹恒はそわそわと落ち着かなかった。そうして一時間ほどそんな騒ぎを聞いてから、バン、という大きな音とともにいつも人が出入りする扉が叩かれた。ノックするという優しいものではなく、何かが叩きつけられたような音だ。丹恒はその音に体をびくつかせながら、少し扉から離れた。誰かの、鍵を出せ、という低い声が聞こえてから、その扉は大きく開け放たれた。
 そこには、丹恒を大きくした、瓜二つの青年がいた。丹恒にとっては初めて見る人だった。きょとんとしていると、後方で慌てたいつも見る男が当主様、といった。青年はその言葉に眉を寄せながら、どういうことだ、と男を問い詰める。腰の引けた男はしどろもどろで青年への質問には答えられなかった。青年はしびれを切らして部屋に入ってくると、丹恒の前でしゃがみこんだ。床に座っていた丹恒が少し見上げると青年と目が合った。
「丹恒、怪我は? 無事だな?」
 丹恒は青年の言葉にうなずいてから、青年が当主と呼ばれていたことを思い出す。そうして、以前男から言われていたように口を開いた。
「はい、当主様。」
 青年はその言葉を聞いて悲し気に丹恒をぎゅっと抱きしめた。丹恒はそれがどういう意味かも分からずにただ青年のぬくもりだけを感じていた。

 それが、丹恒が5つのとき。青年は、兄である丹楓は18であった。

*

 丹楓にとって、家とは忌まわしいものであり、いつか消してしまおうと思っているほど憎たらしいものだった。否、それは今でも変わらない。
とある家筋の本家に生まれた丹楓は生まれながらにしてその家の当主になるべくして育てられた。生まれてすぐに両親からは引き離されて、重役の駒となるように当主としての知識だけを詰め込まれた。それに関して、最初は特に抵抗もなく受けいれた。体裁のために学校には通わせてもらっていた。勉学にきついところもあったし、友好関係も制限されてはいたが突っぱねていれば嫌味を聞くだけで済んだ。元々なのか、その環境によるものなのか、自我は強く育ったし、友人らにも恵まれてバカ騒ぎもした。当主としての仕事さえしていれば家元からは何も言われない環境を無理やり作り出して、大学への進学も決めて、当主としての引継ぎも終わらせられた頃に、丹楓は弟がいることを初めて知った。
弟の存在を問えば、うろたえる重役たち。いつの間にか死去していた両親の、唯一残されていた手記を探して見てみれば、弟が生まれてからすでに5年が経っていた。それからは、丹楓と重役との争いの日々だ。友人らを巻き込み、最終的に弟の居場所を見つけ出し、交渉ができないのであれば物理に頼るまでだと殴り込みをして。たどり着いたところで見てみれば、やせ細って、年齢からは想像できない小さい弟の姿だった。
鉄格子で窓は覆われて、外から鍵のかけられる扉。畳の上には古びた布団が1枚だけおかれており、夏場はともかく冬場では耐えられないほどの寒さだっただろう。食事もあとで聞いてみれば期限の切れたパン一切れか、食べ残された残飯。保育園や幼稚園にも行かず、この部屋でだけ5年間過ごしてきたという。丹楓は、弟がそんな環境に置かれていたことにすら気が付けなかった自分を攻め立てた。友人らの静止がなければ、重役らの命を刈り取っていただろう。
弟は、丹恒は丹楓の存在を知っていたようで、丹楓が当主であることを知るとまるでそうするべきと信じ込んだ様子で丹楓を当主様、といった。丹楓が丹恒を抱いても、丹恒はそれがどういう意味かも分からずに首をかしげる。丹楓がそのまま丹恒を抱きかかえて、部屋を出ようとすれば、出ていいのですか? と口にした。
「なぜ、そのように思う?」
「わたしはここにいるようにいわれています。」
「誰にだ?」
「当主様がそういっているとききました」
「……は?」
 丹恒の言葉に、丹楓は思わずこぶしを握った。部屋の外を見てみれば、先ほどまでいた男は逃亡しており姿すらない。1つ舌打ちをして、丹楓は丹恒の頭を撫でた。
「そのようなことは決してない。丹恒、余はお前と一緒にいたい」
「……?」
 丹楓の言葉に、丹恒は再び首を傾げた。丹楓は丹恒の視界が外に向かないように胸元へと向くようにして抱きなおして部屋から出る。部屋の外は、丹楓や友人らが物理的に介入した残骸が残っている。丹恒には、それを見せたくはなかった。
「丹楓、その子供か?」
 友人らが合流をはたして丹恒を見る。丹楓によって顔は隠れているが、その体格が年齢にあってないことは一目瞭然だった。
「景元、お前の配下の病院があったな?」
「配下というと語弊があるが……すぐに手配しよう」
「いろいろ揃えるものもありますね!」
「ああ、今の丹楓の家じゃ、子供向けのものがほとんどないからな」
 友人らが口々に今後のことについて話し出す。丹楓はそれを聞きながら、家への対応を思考しつつ、丹恒の頭を撫でまわした。

*

 丹楓がひたすらに暴れた結果、丹楓と丹恒の実家は見るも無残な姿となった。しかし、一応は大きな家元であるがために、滅亡は免れた。丹楓を当主として、甘い蜜だけを吸っていた、丹楓曰く“役立たず共”は駆逐された。一部隠れてもいるようだが、表面化したところですぐに叩かれるだろう。そうしてから、丹楓はすでに家元から離れて独立している叔父を呼び出し、後見人として据え置いた。叔父は抵抗したが、丹恒の状況を見て丹楓の提案を受け入れ、大学生活を過ごすこととなった丹楓の代わりに、家元の統率を行っている。残念なことに、この当時は20歳が成人だったので。叔父の雨別は腐りきった家元の改革に未成年の子供が関与することは今後の心身の成長を阻害するとして、本家分家にいる未成年児、特に丹恒を家元から遠ざけた。丹楓は比較的融通されていたが、それはすでに当主として地位を確立していたからのと、家元の大騒ぎの発端であるからだった。
 丹恒はその間、病院に入院していた。低栄養による飢餓状態の診断だった。胃も萎縮しており、食事による水分や栄養補給が難しく、点滴での生活送ることとなった。他者との関わりをひどく制限されていたためか、感染症などの病気への罹患は認められなかったが、逆にワクチンなども受けていないことから免疫はほとんどなく、今の状態で外に出れば重篤な状態になる危険が高かった。結果として、丹恒は1年ほど入院生活をおくり、その後も定期通院を余儀なくされた。そのすべてを、丹楓は叔父の雨別とともに付き添った。
 そうして紆余曲折があって、丹恒は普通の人としての生活を取り戻した。それを一番喜んで、そして安堵していたのは丹楓だった。丹恒はそんな丹楓を時々うざったそうな様子で相手にしていることもあるが、丹恒もまた、丹楓のお陰で今があると知っているため強気には出てこなかった。
「丹楓、叔父さんが今日は外食しないかと」
「余は和食が良い」
「いつもそうだろう。わかった、夜予定は?」
「ない。あったとしても、蹴る」
「怒られても知らないからな」
 自室にこもってパソコンとにらめっこしていたところに、丹恒がスマホを片手に入ってくる。ノックはしているだろうが、いつも丹楓の耳には届いていないので気にせず扉は開かれていた。丹楓の返答をそのままスマホに打ち込みながら、叔父である雨別へと送る。
「7時くらいだそうだ」
「わかった」
丹恒はそう言って部屋をでていく。1人自室に残った丹楓は、扉がしまってからパソコンから目を離した。
『……今日の夜は?』
 パソコンのスピーカーから男の声が聞こえた。丹楓の視線はパソコンから外れたままだ。
『まぁまぁ、丹楓が弟さんの絡むことで予定ブッチするなんていつものことじゃないですかー』
 男の低い声に対して、宥めるかのように明るい女性の声が聞こえた。
『師匠にはちゃんと丹楓から言ってくれ』
 今度は最初の男とは別の男の声。合計4名によって丹楓は通話中だった。いつも丹楓がつるんでいるメンバーだ。
「丹恒との予定が一番に決まっている。それが、余が丹恒にできる唯一の贖罪なのだから」

 丹恒はそれを、扉の外で聞いていた。丹恒は扉を、扉の先にいる丹楓を見た。
「……もう、十分だ。」
 丹恒はそのまま視線を反らして扉の前から、去っていく。いつも自分を優先する兄に、色々言いたいことはあっても丹恒は口にしてこなかった。それは兄が自分を助けてくれた恩人であり、兄のお陰でいまこうして生活していることを知っているからだ。丹恒は、丹楓に充分すぎるものをもらってきた。年齢的に今は自立が難しいが、いつかは離れないといけない。

 それがいつになるかは、いまはわからないけれど

2023/9/26

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