丹恒中心現パロ

丹恒中心、列車・羅浮多め。友愛・家族愛メインだけど腐向け表現もあるかも。

1 『三月なのか』

 丹恒は小学生の頃から、学区内の学校ではなく私立のマンモス校に通っていた。それは実家の影響がないところを探した結果だった。そうして、特に勉学に不自由することなく6年間を終えて、中学へと上がった。基本的に内部生の集まりであるそこは、小学生時代にある程度の人脈が形成されて固定化されていた。丹恒はというと、今まで人と関わってこなかった事が災いして基本1人でいた。それを寂しいだとか、悲しいだとはおもったことはない。社会人となった兄やその友人たちはよく家に遊びにきていたし、年の離れた従妹ともよく一緒に過ごしていた。学校という、子供からしたらとても広く感じる集団社会に丹恒は馴染めなかった。
その日も、丹恒は授業が終わると速やかに学校を出た。小学生の頃は、兄や叔父の迎えを待って図書室に籠っていたが、中学生になって1人で帰れるようになると、帰り道の図書館や、本屋へと足を運ぶようになった。そんなルーチンの1つに、とあるブックカフェがある。《星穹列車》と呼ばれているそこは、店主の娯楽で経営されていることもあり、人は少なく静かな雰囲気だったこともあり、丹恒のお気に入りスポットの1つだ。
丹恒が星穹列車へと入ると、いつも通り店主の姫子がカウンターにいた。近くにはコーヒーサーバーがあり、ご自由にお取りください、と書かれている。背の高い本棚がいくつか並んでおり、読書スペースとして机と椅子が並んでいる。壁側にはいくつかソファまでおかれていた。
「いらっしゃい、丹恒。」
「こんにちは、姫子さん。」
 丹恒は姫子に挨拶をするといくらかのお金を渡した。そうしてコーヒーを一杯入れると、定位置でもある入り口から一番離れた、本棚に一番近い机へと向かった。そうして、前回来た時に目星をつけていた本を本棚から取り出して、椅子に座る。いつもと変わりない様子で、丹恒も姫子も気にする様子はない。そうして、店の中はペラペラと紙がめくる音だけが聞こえる。途中、別の客が出入りする音も聞こえるが、すぐに静かになった。
 だから、その音が聞こえた時に、丹恒はすこし興味を持った。
 何人かの出入りの後、本棚の奥の方でうーん、とうなる声が聞こえて丹恒は顔を上げた。時刻はすでに18時となっていて、そろそろ帰らなければ心配した丹楓がスマホにひたすらに連絡を入れてくる時間帯だ。本を片そうとして椅子から立ち上がり、本棚に視線を向ければ丹恒の意識を本から反らした声の持ち主が、背伸びをしながら本棚の上の方に手を伸ばしていた。脚立を使えばいいのに、と思わなくもなかったが近場にはぱっと見見当たらなかった。背伸びをしている人は、女性で丹恒よりも背が低い。年齢的には同年代に近いだろうと丹恒は目星をつける。それと同時に、あまり話さないタイプだな、とも思った。最も、丹恒の周りは基本的に年上の女性くらいしかいないため、年代が近い時点ですべて当てはまっていたが。
 店の中に人影はない。姫子はカウンターにいるが気が付いた様子はなかった。丹恒は本を本棚へとしまってから、その女性へと背後から近づいた。そうして、手の向かっていた先に自らの手を伸ばしてその本を手に取った。
「あ」
「これか?」
 丹恒は手に取った本を女性へと渡した。女性は、桃色の髪をなびかせながら丹恒へとふりかえった。2種の色が混じった瞳が丹恒の瞳と交わった。
「えっ、あ、ありがとう! 全然取れなくて困ってたんだー!」
 彼女はそういって本を受けとるとそのまま丹恒の手を握ってぶんぶんと振った。静かな室内で、彼女の声が響く。
「ねえ、いつもそこで本読んでるよね? 姫子の知り合い?」
 彼女はぐいぐいと丹恒へと近づき、丹恒は少し身を引いた。ブックカフェで騒がしくしていいのか、と言おうとしたが今この店の中には2人と姫子しかない。声が聞こえている姫子が注意してこない時点で、黙認されているのだろう。
「……ここには時々くるだけだ」
「そうなんだ。あ、ウチはなのか。三月なのか。よろしく!」
「……丹恒だ」
 三月なのかと名乗った彼女は、丹恒の名乗りに満面の笑みを返した。あまり表情筋が動かない丹恒とは正反対だ。
 そうこうして、丹恒のポケットに入っていたスマホが震えた。丹恒がスマホを取り出して通知を見てみれば、痺れを切らした丹楓からのメッセージだった。
「そろそろ帰らないと」
「そっか。ウチ、姫子に世話になってるんだ。放課後は星穹列車にいることも多いから、よかったらまたよろしくね!」
 彼女はそういうと、丹恒がとった本を大事そうに抱えて、姫子のところに去っていく。丹恒は机に置き去りだった鞄を持って姫子に軽く会釈をすると店を出た。ぶんぶん、と彼女が手を振っているのが見えた。

 それから、丹恒は星穹列車に行く度に彼女と会った。
 彼女は丹恒と同い年の中学2年生のようで、写真が好きなのか、カメラについての本や写真集を眺めていることが多かった。テスト期間が近づけば、本から教科書へと読むものは代わり、うなりながら教材に向かっている姿も見られた。本を読んでいた丹恒のそばでそれをやられるので、いつしか丹恒が勉強を見るようになった。それに関して、姫子は微笑みながら見守るだけだった。
「丹恒! おかげで補習回避できたよー! ほんっとうにありがとう」
「いや、気にしなくていい。こっちも良い復習になった」
 期末テストを終えて、三月はいまにも飛び上がりそうな様子で丹恒に近づく。いつもの定位置に座った丹恒はすでに慣れたのか特に反応せずに淡々と言葉を返した。
「誰かに聞くってことあんまりできなくてさ。なんとなく遠慮しちゃうっていうか。」
「……クラスメイトがいるだろう」
「あー、うん。いるんだけどなんとなく馴染めないっていうか」
 三月は丹恒の言葉に歯切れわるく返しながら机を挟んだ向かい側の椅子に座った。
「ウチ、実は記憶喪失なんだ。家族の事とか、それまでのクラスメイトのこととかもなーんもわかんないの。」
 丹恒はそれまで開いていた本を閉じた。
「……それは、俺が聞いていいことか?」
「うん。というか丹恒には聞いてほしいな。」
 三月はそういってカウンターにいる姫子を見た。そして店の中に他に人がいない事を確定する。
「自分のことがなんにもわからなくてさ迷ってたところを姫子に拾われたんだ。いろいろ手配とかしてくれて、いまの学校にいれてくれたのもそう。名前も年齢もわからなくて……あ、三月なのかって名前は自分でつけたんだ。3月7日に姫子に拾われたから。」
 三月は丹恒が星穹列車にくればいつもそこにいた。出会う前は気がついていなかったが、裏方含めて店内にはいたらしい。
「だからなのかな、人付き合いってよくわかんなくて。あの時丹恒に声かけられてチャンスだっておもったんだ」
三月の言葉に、丹恒はうまく返せなかった。心中では、自分でいいのか、という疑問が生まれる。
「……俺も人付き合いは得意じゃない。」
「学校終わりにずっと1人でここにいるからわかるって」
「……」
「でもさ、友達がいるとかいないとかじゃなくて……ここにいてもいいんだって、思えたから……だから、丹恒には感謝してるんだ。」
 三月はそう言って笑った。やっぱり、周りの女性陣とは違うタイプだと丹恒は思った。

2023/9/28

inserted by FC2 system