夢うつつ

1

ミーンミーンと暑苦しさを増加するかのように蝉が鳴く。日は頂点まであがり、ゆっくりと降下している。長期休みを利用し、少年は田舎にある親の実家へと来ていた。子供の足で5分も歩けば山へと通じる獣道があるような田舎。まだ幼い少年にはなにもかもが目新しく見えた。両親は家で親戚やらと盛り上がっている。少年には家にいるのは暇だったようで、家を出て、ふらりと当てもなく歩き回っていた。
どのくらい歩いていたのか、少年には分からない。小川を通りすぎ、古びた祠をすぎ、気がつけば木が生い茂った山の中へと少年は迷い込んだ。ぐるりと辺りを見回してみたところで、自分がきた方向は、家の方向はすでに分からない。少年は再度辺りを見回すと、出口とは真逆・・・山の奥へと歩いていった。
少年はある場所でぴたりと歩くのをやめた。そこは山の中なのに大きな広間のような空間で、いびつな円状に木々が切り取られたかのようだ。そしてその中央には大木があり、多くの鳥たちが寝床を作っていた。青々とした葉が茂り、それは大きな影を作っていた。少年は上をしばらく見つめたのちにその影へと身を入れた。座り込んだ少年は親に渡された鞄から水筒を取り出すと飲み物を口に含む。熱中症になることを懸念した両親から出かける時には必ず持って行くようにと言われたものだ。その後少年は背中を木に預け、目を閉じる。少しして生き物の声と混じるように、少年の寝息が聞こえ始める。少年にしては少し長めの前髪を、風が遊ぶかのようになびかせる。
しばらくして、日がゆっくりと傾きはじめ、3時の方向を示し始めた頃、少年はゆっくりと目を開けた。しばらくぼうっとしながら瞬きを繰り返す。そうしてから起き上がろうとして、少年は動きを止めた。少年がゆっくりと隣に視線を向けると、本を手にした少年が1人。一回りほど年上に見える彼は、少年が起きたのに気がついたのか、視線を本から少年へと向けた。
「おはようございます」
少年は瞬きをしながらそれにうなずく。彼はにっこりと笑うと、本を閉じる。少年よりも数十センチも背の高い彼は、学生服で身を包んでいた。地元の学生かと少年は考えた。
「いつもは誰もいないのに珍しい客人がいたのでつい隣に座ってしまいました」
少年は彼をじっと見つめると、にやり笑った。立ち上がって服についた葉を落とすと、ぐいっと彼をも立ち上がらせた。きょとんとする彼に気にもせず、少年はひっぱる。本が地面へと落ちた音がした。彼がひっぱられながら後ろをみると、本は木の下に落ちたままだった。
どこに行くのか、と彼が問う。少年は内緒、と口元に指を当てる。少し歩いたところで、彼は近くに水が流れる音を感じた。少年もまたそれに気がついているのか、歩みが少し早くなる。木々をかき分け、2人がたどり着いたのは小川だった。少年の腰にも満たない浅い川には、黒い影が動いている。彼が少年へと目線をずらせば、少年はにっこりと笑って手を離すと川へと足を入れた。この季節にはちょうどいい冷たさで、少年は手を川に入れた。それによって辺りを泳いでいた黒い影たちがちりぢりに散らばる。少年は笑いながら手でがさがさとあさる。ふとしたときに少年の手が止まり、川から出てくる。少年は何かを手につかんだまま川から上がり、彼へと見せる。手につかんでいたのは2つのはさみをもつ生き物。少年はまるで、見てみて、とでも言いたげに彼へと渡す。彼は受け取ろうと手を伸ばすが、するりと手から離れて、その生き物は岩陰に隠れてしまった。2人はそれをみて再度笑った。
日が暮れ始めると、少年は空を気にするようになった。彼が不思議そうに声をかければ、どうやら門限があるという。夕方になるチャイムのような放送はいまだに鳴っていないが、いずれは帰らなければいけないだろう。そして少年は、気が付いたら森にいたという状態。空を気にしたところで、時間内に家まで戻れるかどうか。少年からそのことを聞いた彼は、先ほど少年がしたように、手を引っ張って歩き出す。つられるままに少年は移動し、気がつけば最初に彼と少年が出会った森の中の大木のそばに来ていた。彼はそこに置きっぱなしとなっていた本を拾うと、少年に押し付けた。そうした後、まっすぐと、少年の真後ろを指差す。
「ここをずっとまっすぐ進めばきっと帰れますよ」
道を教えてくれるらしい彼だが、彼は大木の下からでてくる気配はない。どうやら彼は、少年とともにいく気はないようだ。お母さんたち心配するんじゃないの、と問えば大丈夫だと返ってくる。一緒に森から出たいと伝えても、彼は頷くことはなかった。少しの間そうしていると、少年はしびれを切らして彼が指さした方へと足を進めた。円状の広間から抜ける前に、少年はくるりと大木の方を向いた。
「明日もまた来るから!」
そう大声で言ったのちに、少年は走って森の中へと消えていった。少年を見送った彼は、少し目を開いたあと、笑みを浮かべた。そして木の陰に隠れるようにいる人物へと目線を向ける。彼の視線を受け、新たに青年が1人、現れる。
「いないと思ったらここにいたのか」
「探させてしまいましたか?」
青年は彼の隣へと立ち、背を木へと預ける。青年は巫覡を示す服装をしており、中性的な容姿から女性とでも間違われそうだ。青年は片手に扇を手にしており、斜めから来る日光を遮らせていた。
「いや?だが、一度ここに来たときはいなかったな」
「ああ・・・少し、遊んでいました」
「お前がか?」
彼の言葉に、青年が少々驚いた表情を見せる。彼はその表情に遺憾だと眉を寄せる。それを見た青年が謝罪をすると、彼は内心ふてくされたままだが、青年へと返答する。
「はい。正確には連れて行かれたんですけどね」
「そうか。」
「そろそろ時間なんですか?」
話を切り替えるように彼が青年へと問うと、青年は思い出したように扇を閉じる。
「ああ、そうだ。この地から少々離れることになる。出発は今からだ」
「分かりました」
彼の返答を聞いた青年はきびすを返し、森へと足を進める。彼もまた青年を追うように歩き出す。森へと身体が入る直前、彼は先ほど少年が走っていった方向へと視線を向ける。少年は無事に帰れただろうか。好奇心旺盛である少年のことだ、ふらりとまた迷子になったりしていないだろうか。そう考えてもすでに少年がいなくなってから時間はたっている。今更追った所で見つけることはできないだろう。前方から青年に声をかけられ、彼は視線をそらして森へと入っていった。

翌日、大木には前日と同じように鳥たちが集まり、木陰は小動物たちが休憩するための寝床になっていた。しかし、そこに前日いた2人の姿はなかった。

2013.8.11-2013.9.1

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