知らぬ空へと羽ばたく鷹

1

自分が生まれ変わったと気が付いたのは、小学生の頃だった。
何となく見たストリートバスケの様子が頭から離れなかった。自分の体がうずうずしていることを不思議に思った。それが小学2年生の時だった。それでも俺はバスケをしなかった。
小学4年生になって、部活に入ることが出来るようになった。俺はここで初めてバスケをした。自分がバスケをするのは当たり前だと感じた。他の人たちよりも変に実力が違うことに気が付いた。それがとても嫌で、半年で部活を辞めた。でもバスケがしたくて誰もいない公園でボールに触れていた。
ある日、珍しく俺以外の人が公園にいた。自分よりも年上だったのは確かだ。彼はボールをコートの中心からゴールに入れていた。綺麗な3Pだった。でも心のどこかで違うと思う自分がいた。もっと自分は凄い3Pを見たことがあると感じていた。その日はバスケをしないで帰宅した。小学生低学年の妹が家の中をうろちょろしていた。俺はそれを横目に見て部屋に入る。
何かもやもやしていたものが俺を包んでいた。バスケを始めて、あの3Pを見て、自分の心は揺らいでいた。何故なのかは一切分からなかった。そのもやは6年生になるまで続いた。
もうすぐ中学生になることにより、中学校に見学にいくことになった。中学校はなんてことない普通の所だった。クラスメイトと共に校内を見て回る。中学生はすでに放課後の部活に打ち込んでいた。帰りは自由だった。親と一緒に来ている子達もいた。俺の親は妹が熱を出したために来ていない。きょろきょろしている内にクラスメイトとはぐれた。いずれ会えるだろうと気にしない。
体育館の近くを通ろうとして誰かとぶつかった。思いっきりぶつかった訳ではないが、体格差で俺が尻餅をついた。大丈夫かと手をさしのべられる。顔を上げると中学生の制服を来た眼鏡の男子がいた。
顔を見た瞬間、ずきんと頭の奥が痛んだ。同時に視界もぶれて、立ち上がろうとして失敗した。体調不良なわけでもない。頭をぶつけたわけでもない。相手がしゃがみ込むのが見える。俺は何かを口にしようとして、失敗した。


______


目の前で倒れ込んだ少年を見つめる。私服だから小学生だ。そういえば今日は小学生が見学にきていたような気がする。部活に向かう道だった。
体育館のすぐ側で小学生とぶつかった。自分よりも小柄な少年はそのまま尻を付いた。自分のせいかと思って手をさしのべて、少年の違和感に気が付く。はて、どこかで見たようなきがすると。小学校が同じかと思うが、バスケ部では見たことが無いような気がする。そこまで考えて、途中で部活を辞めた後輩を思い出す。楽しそうにバスケをしている少年だった。当時、6年生。でもその後すぐに少年は辞めた。辞めた理由は聞いていない。にしてもその少年にとても似ている。同一人物だろうか。
大丈夫か、と再度声を掛けようとして止まった。青紫になった唇が、動いた。

「真、ちゃ・・・」

その後くったりとする少年を見下ろした。ああそうだ、たしかに後輩にも似ているが、それよりも似ている人がいた。キセキの世代とうたわれる人物を「真ちゃん」などというあだ名で呼んでいた人物を。
話したことも試合で当たったこともないが、それでもキセキの世代を獲得した学校には注目していた。大学生になった時に発売された月バスにあそこのPGの紹介が載っていた。大学生になってバスケはしなくなったが、それでもバスケは好きだった。だから月刊の雑誌を買って。

「なんや、同じかいな」

こうも面白いことは続くのか。昨年、バスケ部に見覚えのある奴が入部した。入って早々にあいつは嫌な顔をしていたか。その時は分かっていなかったのに心は憶えているのだろうか。結果として思い出しているのだからもしかしたら過去の記憶が反応したのだろうか。なんて原因を知る事なんて専門家でもない限り分からないのだが。
とりあえず少年を抱いて立ち上がる。保健室は開いているだろうか。保険医は時々早々に保健室を閉めたりしているから分からない。せめて運動部が部活をやっている間は居て欲しいとは思うがいってそうしてくれるのかと言われると不明だ。
中学生になって持たされた携帯を開き、同じ部活の後輩に電話を入れる。遅刻のペナルティなんて勘弁だ。いっそのこと彼を巻き込んでもいいかもしれないが、いい顔はしないだろう。彼は自分を嫌っているようだから。メールなんて彼は気が付かない。気が付いても見なかったふりをするだろう。だから


「花宮ー?ワシ保健室に迷子届けるさい、監督につたえといてーな」

電話で直接伝えてしまえば、逃げられることはないだろう。くったりとした少年は目覚める気配はない。電話先で文句を言っている声が聞こえるが無視して電話をきる。ついでにマナーモードからサイレントモードに変更しておく。これで連絡には気が付かない。
ゆったりとした足取りで保健室に向かう。ああ、小学生なら小学校にも伝えなきゃいけないのか。どうせ先生がやってくれるだろう。そこまで自分が面倒を見る必要なんてない。



_____



目を開けると、白い天井が見えた。起き上がってみると濡れたタオルが毛布の上に落ちた。

「気が付いたか」

目の前には先ほどいた人。彼は俺に近づくと頭に手を置いた。熱はないな、と言われて自分が倒れた事を思い出す。彼はにっこりと笑ったまま、どうして自分がいるのかを説明していた。どうやら保険医がいないらしい。学校には居るらしいが、連絡で出ているということだ。関西弁を使ってそう説明してくれた彼に何故か見覚えがある。いや、さっき会ったのとは別として。
少し考えて、見覚えがあるとかそう言う話じゃないことに気が付いた。違う、だって俺はこの人の試合を実際に見て・・・とそこまで考えて俺は止まった。試合を見た?なんの?どこの?いや、バスケの試合だ。IHの試合で、俺は実際に当たったことはないけれど、あのキセキの世代を獲得した学校のPGで・・・
その時の俺は驚きで声が出なかった。混乱する頭をなんとか落ち着かせて、物事を整理しようとする。ぱくぱくと金魚のように口を動かして。俺はお礼を言おうとしていたのに出てきた言葉はまったく違っていた。

「___桐皇の今吉翔一さんですか」

すらっと出てきた言葉は、自分を驚かせた。相手はにやにやとちょっと怖い笑みを浮かべている。まるで地雷でも踏んだかのようだ。

「よお知っとるなぁ。自分は秀徳の高尾和成か?」

言葉は出なかった。なにかが可笑しい。だって俺は小学生で、彼を知ったのは中学生で、実際に試合を見たのは高校生で、あれ?
彼は黙ったまま何も言わない。まるで俺が混乱しているのを楽しんでいるように。
少しすると彼は立ち上がって部屋のドアに手を掛けた。まだ保険医は帰ってきていない。彼は笑ったまま、口を開いた。

「この学校に入学するんやろ?バスケ部においでな。そん時に教えたる」

彼が居なくなって1人になった部屋で、俺は再度ベットに横になった。うつらうつらとしながら、俺はあのとき、自分の状態を理解するのでいっぱいいっぱいだった。両親が来ても、俺はどこかぼーっとしていた。



____



あれから半年。中学生になった俺はバスケをしている。あのときであった彼、今吉さんを主将とするバスケ部だ。人使いは荒いし辛い練習をさせられるけど、小学校のバスケ部の様な苦しさはなかった。
改めて小学校での出来事を考えてみる。今吉さんと初めてであった後、色々と考えを整理することで青春時代を思い出した。バスケにすべてを注いでいた高校時代。相棒はキセキの世代の緑間真太郎。通称真ちゃん。学校名は秀徳。場所は東京。ちなみに俺は小学生の頃から関東に住んでいたはずなのだが、なぜか今回は関西にいる。今更どうしようもないので高校受験の時には関東にいこう。出来れば秀徳に。
なんて考えていると、真上から声がかかる。そりゃ俺はベンチにいるんだから当たり前だ。今日は他校との練習試合だ。出ているのは3年生を中心にしたメンバー。だけど今やっているチームのPGは2年生だ。

「なにしとるんや?」
「なんでもないですよ。どうしました?主将」
「次の試合でPGにあてるから準備しとき」
「はぁい。でも花宮さんまだ1ゲーム目ですよ?」
「ワシになにか文句があるんか?」
「いいえありませーん」

自分と同じポジションである今吉さんと花宮さん。どちらも俺と同じような経験をしている。今吉さんは桐皇学園高校でバスケをしていたし、花宮さんは霧崎第一高校だ。2人が同じ中学出身だったというのはどこかで聞いたことがある。だからと言って俺も同中だったわけじゃない。なぜか今回はこうなっているけれど。
試合終了のホイッスルが響いた。それによって先ほどまでコートにいた人たちが戻ってくる。俺は立ち上がって側にきた先輩たちに席を譲る。ドリンクなどを渡すのはマネージャーの仕事だから俺はしない。

「3ゲーム目、高尾をPGに置いて2年を主体としてチームを組む」
「はっ!?俺は!?」
「花宮は待機や。高尾の現段階のレベルが知りたいしな。倒れるかもしれんし花宮はベンチ」
「ちっ」
「えっと、ごめんなさい?」
「よくわかってねぇのに謝るなバァカ」

花宮さんにつつかれて、俺は苦笑をした。上に来ていたジャージを脱いでユニフォームに着替える。中1で着るなんて思ってもみなかった。高校では本気で緑間を抜きたくて練習したからレギュラーになったけど。今回はそういった理由はない。キセキの世代にぼろ負けしたわけでもないし。

「ほな、行くで」

主将の言葉で俺を含めた5名がコートにはいる。2年の中に1年は俺一人。気まずいけれども主将の命令は絶対だ。ボールを受け取って深呼吸。物語はまだ始まったばかりだ。
あと3年。またあいつの隣に立って恥ずかしくないように。あいつがまた秀徳に来てくれるかは分からないけれど。
意識を集中させて、辺りを見回す。さて、俺の鷹の目から逃れられる人はいるだろうか。

2012.10.23


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