遠距離恋愛で5つのお題

5.今、ここに君がいれば良いのに

きゃー!鬼が来たよー!
逃げろ逃げろー!
まてー!
外で子供の騒ぐ声がする。ちょっと年上の子が、走り回る子供たちをハラハラしながら見ている。
ここ、デュミナス孤児院ではよく見られる光景だ。2階では母でもあるルーティが洗濯物を、外では父でもあるスタンが巻き割りをしている。ここでいつもなら、スタンたちの実の子供であるカイルが子供たちと一緒に騒いでいるが、今日は見当たらない。それもそのはず、どうしても旅に出たいと申し出て、昨日から彼は旅に出ている。いつ帰ってくるのか、もしかしたらそれは当の本人にもわからないだろう。
「本読んでないで遊んで来たら?」
膝の上に本を置いて、窓の外を見ながらそう考えていた僕に、からになったかごをもったルーティが近づいてくる。窓から視線をそらして彼女を見ると、30代らしくない表情を浮かべた。これでも18年前の戦争を勝利に導いた英雄の1人のはずなのだが、正直そんな姿は微塵もかけらもない。
「それとも、カイルと一緒に行きたかった?」
「……いや。うるさい声がなくて清々する」
「素直じゃないわね」
ルーティはそう言って姿を消した僕以外いなくなった部屋で、そっとため息をつく。
“四英雄スタン・エルロンとルーティ・カトレットの息子”としてここに早13年。他の孤児とともに育てられるため隔たりもなにもないようにとデュミナスの性をもらい、時折手伝いに連れ出されながらも過ごしている。
実のところ、僕がこうしてここにいるという現状に、疑問を感じている。しかしその理由を知るものはここにいない。唯一知っているもの、そして知ることができるだろう人物はここにいない。このまま続けばいいと思いつつも、これが夢なのではないかとも感じる。その違和感は、年を重ねるごとに大きくなる。
僕は再び本に目線を落とす。この家に住むものは誰も読まないであろう厚い本。過去に来たルーティの知人でもあり四英雄の1人であるフィリア・フィリスにお願いして持ってきてもらったもので、過去の第一次天地戦争と呼ばれる時代に書かれたものだ。本来ならば持ち出すことはできないのだが、僕がストレイライズ神殿に行くことができないため、期間限定で持ってきてもらった。これまで一切願い事などしたことがなかったためか、ルーティやスタンはたいそう珍しがって手配してくれた。カイルはこの本を1度開いただけで読むのをやめていた。
この本にはレンズが持つエネルギーに関するものから、かの有名なソーディアン同様の人格投影に関する記述も載っている。と言っても解説ではなく研究資料をまとめたもののようで、中には結論が書かれていないものも存在する。これを書いた人物はあまり書籍に興味がなかったのか、他の論文などとは違う、独特なものを感じる。落書きのようにも見えるメモまで入り込んでいるのだから、書籍というよりもただのノートと言ったほうが正しいのかもしれない。そして、この本の巻末には、とある記述がされている。それは時空転移についてだ。過去にこれを読んだものが、これに対してどのように感じたのかはしらない。実際この内容に結論はなく、仮説だけが立てられており、成功例も失敗例も一切載っていないのだ。そしてそれを書くための実験内容でさえ、載っていない。なんのために書いたのか、それを知ることはできない。これを書いたものは1000年も前の人間なのだ。
本を閉じて部屋を出る。外に出ると、高いところにある太陽が地面を照らし、水は日差しを反射させていた。外にいたスタンに出かけてくることを伝えて、孤児院を離れる。武器は持ち合わせていないから、町の外に出ないようにと言われ、それに手を振るだけで返した。いわれなくてもわかっている、と過去にいえば、スタンはルーティに似たのかなぁと少し笑っていた。
町の外に出るな、とは言われたが、当の昔からその約束は守られていない。スタンもルーティもおそらくそのことは知らないだろう。人目につかないように町の外に出て、近くの遺跡へと向かう。太古の遺産でそこにはレンズが隠されているとか、そういったうわさはあるが、実際に見つけたものはいない……ラグナ遺跡は木々の隙間からこぼれる日の光のみで照らされているためか、少々暗く、寒い。入口から奥に入ることはせず、木々の木陰へと入る。入口からそれればさらに人に見つかる危険性は減る。そこから少し歩いて、人気も、そして魔物の気配もない場所で腰を下ろした。涼しい風が木々を揺らし、静かな音を立てている。ここに来るのも何度目か。

あんたひまでしょ?どうせなら付き合いなさいよ

僕が1人でここに来る前、ここには2人で来ていた。僕よりも年上(という表記でいいだろう。実際僕の年齢は16歳で止まっていたのだから)で、しかし子供っぽく、されど頭脳は誰にも劣ることはない人物。本来ならば雪の降る、ファンダリアのような地だけをしっていくはずだった人物。彼女は、頻回に虫などの昆虫を見つけては騒ぎ出し、そして空を見つめた。

あんたは1人の人間のために空を捨てた。あたしは1人の人間を捨てて空を得た。ずいぶんと真逆なのね。

彼女はどこから持ってきたのか、第2次天地戦争とも呼ばれる資料を持っていた。パンパンとそれを叩きながら、彼女はただ空を見つめていた。

これが終われば、あたしもあんたも元の時間軸に戻る。カイルたちとも、垣間見ることはないでしょうね。

さも当たり前のことを、彼女は口にした。彼女や僕は気が付いていても、他の面々はそちらよりもすでに明らかになった1人の神の化身の消失のことに目がいっている。

でも、あたしはあきらめないわよ!

ざわりと、木々が揺れた。いつもは2人でここにいた。今は1人。けれど、これからはそんなことなく、また。

このあたしが、できると思ったんだもの、やってみせるわ。だから

がさりと物音がして、僕は本を閉じて立ち上がった。ここにくるたびに思っていた、感じていた。自分がなぜ、エミリオ・デュミナスとして生を受けたのか。そのわけを。そしてなぜここにいるのが自分だけなのかと。今より18年前には、前の生では思ってもいなかったそんなことを。

あんたも諦めんじゃないわよ!

「あたしはね、何度も同じことを思ってたのよ?」
「奇遇だな、僕はちょうどいま思っていたところだ。」
「あら、以外と合うのねあたしたち。」
「そうだな」

2人で目をあわせて、周囲に木々の音以外の音が響いた。

「今ここにジューダスがいればいいのにって」
「今ここにハロルドがいればいいと」

2016/04/04

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