朧月夜

注意:うち本丸設定山盛り。
対大侵寇強化プログラムのお話

「対大侵寇強化プログラム?」
その時、近侍部屋に詰めていた3振は、政府から与えられた突然のお知らせに首をかしげていた。
先日、急遽政府より発表された新しい戦場、青野原。そこで相まみえた時間遡行軍は、これまでの戦場での練度とは比にならず。先が見えないこと、これまでの戦場では見ることのなかった空を飛ぶ不審物の発見もあり、この本丸では新しい戦場に対しては偵察のみにとどめて静観していた。だからといって、なにもしていないわけではない。戦いは、本丸単位で行われているとはいえ個人戦ではない。敵を打ち取るだけが、すべてではないのだ。ただちょっと、本丸の性質上、打ち取る場合が多いだけで。
そんな青野原での戦いが一度中断しようとしている頃合いに、政府より突然もたらされた任務情報。いや、備えよ、と言っているのでどちらかというと今後起こる現象に対応できるようにしておけ、という伝達だろう。だが、その名称が不吉だ。
「大侵寇とは? 今後襲撃がくるということか?」
「たまに本丸単体で時間遡行軍からの襲撃が起きた、という報告は上がっていたよな?」
「本丸の座標の情報が漏洩した時が多い。だが今回のこれは……」
「どちらかというと、全本丸が対象になっているように感じますね。時の政府になにかあったのでしょうか……?」
「……。愛染、担当に本丸内の資材含むすべての備蓄を確認させてくれ。秋田は非番組に本丸内での待機を。遠征・出陣組以外は全振本丸内にいるように通達してくれ」
「了解!」
「わかりました!」
近侍のその言葉で、愛染国俊と秋田藤四郎はすぐさま近侍部屋から駆け出した。すでに極となった短刀の機動力だ。ざっと対象の刀剣の内番内容を把握してその場所まで駆け出すのは造作もない。2振を見送ってから、部屋内にある本棚から過去の資材等の支出が記載されているはずの紙束を手に取る。本丸が始動して間もない頃のものはすでに別の場所に保管されており、これはここ1年のものが記載されたものだ。あとで博多藤四郎に最近の財政も確認しておかなければ……と、先が全く見えない政府からのお知らせに、本丸は普段通りに、否普段以上に活動することを余儀なくされたのだった。



大侵寇。侵寇とは敵地に侵入して、害を与えること。だが今回で言えば、害を与えられるのはこちら側だろう。はたして、8億以上いるとされる敵からの攻撃を、それ未満の数しかないこちら側が防御できるかどうか。
政府から対大侵寇強化プログラムの開始の知らせが来て、はや数日。今回のプログラムは3回に分けられており、その序盤はそろそろ終わりを迎えるという。その次に出てくる中盤、終盤と進めていくごとに、想定されている敵の戦力は徐々に拡大していくと想定されていた。その対策なのだろう、支援攻撃の演習を行うと発表され、さすがにこれは近侍が受けておけと、普段近侍部屋に詰めていた面々が率先して演習に駆り出されていた。これまでは1部隊だけの出陣が多かったが、支援攻撃では他部隊も関係する、ということで普段とは違った編成等がされており、少なからず本丸全体に緊張感があった。とはいうが、全98振いるこの本丸の状況で、支援攻撃に関連するのは出陣部隊も含めて4部隊まで。結局半数以上は普段通りの遠征スケジュールや内番が組まれていることもあり、さほど緊迫はしていなかった。しいて言えば、演習をするために多少の小判が必要となっており財政担当の、とくに博多藤四郎が悲鳴を上げているくらいか。備蓄はあるため演習を優先するようにと近侍からの知らせは飛んでいるが、あるに越したことはないため、減少は最小限に済ませたいところだ。
そうして、小判以外の備蓄が順調に進み始めた中盤において、近侍部屋には2振の姿があった。1振は近侍である山姥切国広。もう1振は三日月宗近だった。普段では滅多に近侍部屋に訪れない三日月宗近だったが、ここ最近になって理由も述べずにやってくる様子があった。それは突然同位体の依り代を持ってきた日であったり、ただ無言で近侍を眺めていたり。しかしどちらも共通しているのは、近侍部屋に山姥切国広だけがいるときにそれが起こっていた。
政府からの中盤開始の知らせを眺めていた山姥切国広は、政府のはっきりとした大侵寇への対応が命令されていないことに対して眉をひそめた。普段であれば敵を倒せとはっきりと明言するのに対し、今回に至っては規模が拡大しているといいながらも演習しか開催しない。
「…………」
 そんな山姥切国広の考えを見通しているのかいないのか、三日月宗近もまた、後方から眺めるような形で政府からの知らせを見ていた。
「穏やかじゃないな。大侵寇とはなんなんだ。規模が拡大していると言うが、打って出ることはできないのか」
どちらかといえば、後方支援や情報解析よりも前線で敵を切るほうが性に合う山姥切国広が、三日月宗近へと視線を向ける。この本丸では早くも遅くもなく顕現した三日月宗近は、やはりどちらかというと出陣を好んでいたが、頭の回転はよかった。それが平安からの刀剣は何を考えているかわからん、と言われる所以でもあったのだが。
「今のところ、我々は政府のいうことを聞くしかあるまい」
普段は軽装や内番服を着ているのに対し、今日にいたっては珍しく正装(戦闘服)を着込んだ三日月宗近は、すっと立ち上がると懐にしまっていた扇子を勢いよく開いた。
「それは、そうだが」
同じく、こちらはこの後演習に向かうがため正装である山姥切国広は、立ち上がった三日月宗近を訝し気に見上げた。
「急いては事を仕損じる。読み違えれば、守れるものも守れぬ。それこそ星の数ほどあるからな。ははは」
扇子で口元を隠しながら笑う三日月宗近は、そういいながらも近侍部屋から外へとつながる襖を開けた。
「見極めなければ」
そうして、そのまま近侍部屋から姿を消した。方向的に居住区へと向かっていったのだろうが、山姥切国広はその気配を追うのを早々にやめた。
「…………」
この本丸が稼働してすでに何度も季節が巡っている。その中で、三日月宗近という存在は政府から一目置かれているのであろうという情報はいくつもネットの世界に転がっていた。しかし弊本丸において、ちょうど源氏の2振と同時期に顕現したこともあってかどちらかというと戦闘狂に分類される三日月宗近が、こうして意味深な言葉だけを残すということはこれまで1度もなかったことだ。いままで隠していたのか、それともそうする必要がなかったのか。はたまた、“そうしなきゃいけない理由が生まれた“のか。山姥切国広は三日月宗近ではないので、そこらへんの事情はしらない。だがきっかけがあるとすれば、三日月宗近が、どこで手に入れたかもわからない三日月宗近の依り代を持ってきたときか。あの依り代は結局ほかの眠っている刀剣とともに連結に回してしまったのだが、そのときからすでに、三日月宗近は何かを察知していたのだろうか。
そこまで考えてから、山姥切国広は1つため息をついた。考えを巡らせたところで、三日月宗近が口を割ることはないだろう。少なくとも今は。平安刀というのはそういう輩がおおいのは、第一部隊でよく一緒になる鶴丸国永のせいでいやというほど思い知っていた。同じく平安刀の獅子王はそうじゃないのに、どうして、と考えた回数は数え切れない。
「……こんのすけ」
 本丸における政府とのつなぎ役でもある管狐を呼べば、ポン、という音とともに目の前にその姿は現れた。本丸事にこんのすけに対する対応は変わってくるが、この本丸においては主に近侍の補佐が主な仕事であった。無論、なにもなければこうして姿を消していることもあるし、五虎退の虎や鳴狐のお供と一緒に日向ぼっこをしていることもある。生体自体謎なので、山姥切国広は本丸が始動して早々にその存在について考えるのはやめた。
「大侵寇について、政府は」
「わたくしから申し上げられることはありません。政府からの通達外のことはなにも。」
「……そうか」



まだ、プログラムの中盤が行われていた間は平和であったとわかったのは、終盤が始動して半ばの頃だった。想定されている敵の強さもさらに上がり、今まで以上の戦力増強が求められていると感じた頃。こんのすけからの不穏な言葉を頭の片隅に置いて、山姥切国広は近侍部屋から少し離れた廊下に腰を下ろし、つぼみを付け始めた桜の樹を眺めていた。本丸には四季はあるが、その四季は景趣というホログラムで形成されているに過ぎなかった。気温も、天気もあらかじめ想定されたプログラムから算出される。それだと味気ないため、現世と同じ気温や天気にするように変更したのは、本丸が始動して1年くらいたった頃だったか。昔はずっと春だったせいかずっと咲きほこっていた桜も、季節通りの姿を見せるようになっていた。
__『大侵寇』において起こり得ることを、全て予測することは困難です。今は、できることを
 終盤が始まってそうそうに、こんのすけはそういった。それについて確認する間もなくこんのすけは姿を消し、以降現れていない。だからといって、この本丸がやることは変わらない。普段通りの出陣と遠征、それに加えてプログラムへの対応。やはり小判の減少は著しいが、博多藤四郎の悲鳴だけで済むなら安いものだ。
 大侵寇とは、いったい何なのだろうか。終盤のプログラムが開始になった時点で、政府は敵勢力を8億4千としていた数字を、10億に修正した。それほどにまでに、歴史を変えたいと願うものが多いことを示すのか、それとも、他になにかあるのか。
「や、山姥切さん!」
 そう考えている中で、近侍部屋から飛び出した本日の不寝番である平野藤四郎が山姥切国広のもとへとかけてくる。平野藤四郎が山姥切国広の元に到着するよりも前に、山姥切国広は腰を上げた。
「なにがあった」
「緊急入電です!」
 時刻はすでに21時を回っていた。
 近侍部屋には不寝番である平野藤四郎と今剣。そしてなぜか三日月宗近がいた。その瞬間に嫌な予感がしたのは、山姥切国広だけではなかった。
 緊急入電自体、久々ではあったが珍しくはない。特命調査の知らせ自体、一部以外入電にて行われた。その時と同じように壁のスクリーンにその入電が出力される。入電は一方的で、こちらの反応は一切向こうに伝わらない。だからこそ、入電相手はこちらの混乱など知らずに言葉を紡いだ。
__『大侵寇』、勢い衰えず。本部への跳躍経路へ浸食あり。政府はこれより、緊急防衛態勢に入る。以降は自立プログラムにて、管狐を通じ本丸の機能を継続
 その言葉を聞いた瞬間、今剣はいち早く遠征部隊の緊急帰還の鳩を飛ばした。今日に限って、夜間の出陣がなかったのは幸いだった。
__……八雲、断つ。生き残れ
 プツン、と入電が消えて。近侍部屋にいた極の機動は早かった。本丸内に散らばっている不寝番の者たちの招集に平野藤四郎が駆け出す。山姥切国広は遠征部隊以外で本丸外に出ていないか確認し、今剣は全振りを大広間に招集させるべく駆け出した。その中で、三日月宗近だけは、入電をみてうなずいていた。
「……うむ」
 本丸内に全振りがいることを確認し終えて、山姥切国広は、中盤プログラムの時と同じように三日月宗近へと視線を向けた。
「さっきの入電はなんだ」
 それは三日月宗近なら知っているであろうという確信があったからだ。これまでの不穏な言動からして、そして不寝番でもないのに近侍部屋に来ていたのは、この入電を見るためか。今日入電が来ることすら知っていたのか、知らなかったのか。そこまではわからないが。
「政府のクダ屋だ。援軍要請ではなかったならば、これからが肝要」
「どういうことだ」
 クダ屋、援軍要請。聞きたいことはいくつもあったが、三日月宗近はなにかに納得したかのようだった。
「ただ道連れにするわけにはいかない、といったところか」
「……道連れ、それは」
「あちらの状況は芳しくない。……だが、これで好きなように働ける」
 三日月宗近は、言いたいことだけを言って立ち上がった。山姥切国広の言葉を聞いてないわけではないのだろう。しかしそれに対しての返答はなかった。
「三日月宗近?」
「白き、月を待て」
「……おい!」
 三日月宗近は山姥切国広を振り返ることなく、近侍部屋を出て行った。それと入れ替わるように、おそらく今剣の声を聴いて顔を出したのだろう鶴丸国永が姿を見せた。おそらく、他の第一部隊の面々は大広間の招集に向かっているだろう。
「山姥切の、何が」
「これだから平安刀は!!」
「ん??」
 そのため、山姥切国広の八つ当たりを、何も知らない鶴丸国永が受けることとなった。



 分断は本丸が所属しているサーバー毎のため演練等に影響なし。政府が開いている万屋も問題なし。しかし政府への接続に関しては一切が不可。遠征・出陣については現段階での影響は確認されず。対大侵寇強化プログラムも自立プログラムに組み込まれているのか、想定されている実施期間中は影響なし。任務報告やそれによる報酬もこんのすけを通じて現段階では影響ないが、今後途絶える可能性あり。それが入電後の本丸での確認作業で分かったことだ。政府からの連絡や接続が一切不可能になったとしても、歴史修正主義者も検非違使も待ってくれないため、遠征・出陣は回数を減らしながらもこれまで通りの実施。演習は他本丸との貴重な情報収集場所のため継続、ただし長居はしないこと。万屋の使用は不足がないかぎり最小限にする。それがこの本丸での決定事項となり、入電の翌日の午後には全振りに周知された内容だった。
 内番の振り分けも一部は固定化に変更され、何かあった時に迅速に動けるようにと規定された。事務側にこの本丸を引っ張ってきた第一・第二部隊の一部面々が放り込まれたのは想定範囲内ではあったが、その中に山姥切長義と一文字則宗が含まれたのは、知っていることを洗いざらい喋ってもらおうか、と圧がかけられた結果である。なお政府との連絡ができる狐を連れている白山吉光が除外されたのは粟田口の守りの結果である。多数決というのは、往々にして強いものである。
「とはいうが、俺が政府所属だったのだいぶ昔なんだけど?」
「うはは。監査官の印象が強いのも困ったものだな」

__白き月を迎えたとき、政府は、そして本丸は、どうなるのか。すべてが分からぬまま、弊本丸は大侵寇を迎えようとしていた。
2022/3/26

特急で書きました。とうらぶくんは審神者に何をさせるつもりなんでしょうかね?



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