空の軌跡編

3


木蓮の花が少し遅く白い花を咲かし始めたころ、珍しい編入生が来る噂がたった。ジェニス王立学園は入学試験も難しいが編入試験はもっと難しい。そんな試験を突破したということはとても優秀なのだろう。社会科の1年生として挨拶している彼女を眺めながら、そんな話が上がっていたのを思い出した。
入学を終えた学生に待っているのは勉強という2文字。もともとそれを目的として入学しているとはいえ、さすが名門校。ここ1か月は課題や日々の予習に追われる日々だ。これが3年間か、と思うとやはり大変だなと思う部分もあるが、ある意味充実した日々でもある。昼間は勉学に励み、放課後は生徒会としての仕事に取り組んだ。これまでの時間は正直あっという間に過ぎていった。
「よう」
「……またルーシー先輩に怒られますよ?」
そして、生徒会長でもあり、同じ国出身との邂逅も、数えきれないほどになった。同じ国出身だからなのか、なにかと声をかけてくるレクター先輩は、逃亡してはルーシー先輩やレオ先輩に怒られる日々を送っている。その割には成績には常に優秀。ふらりと学園の外にもいっているようで、いったいどこで勉強しているのか。
「へーきへーき。今日はオフなの」
「オンもオフも関係なさそうですけどね」
じっとそういいながら見つめると、口笛を吹いてごまかそうとする様子が見える。言っても聞かないのが、この先輩の一面だ。どうしようもないというか、なんというか。
「さて先輩」
そしてそのまま立ち去ろうとする先輩の袖をつかむ。お?と視線がこちらに向いた。
「確保です。」
「あら」

「あの……」
「はい?」
本日も1年生は仲良く生徒会長探しだ。最もメインはジルさんとハンスさんで、私は書類関係半分、捜索半分といったところか。生徒会室で書類対応をしていると、来客があった。顔を上げるとそこには、社会科に編入した、クローゼ・リンツがいた。手には何枚かのプリントを抱えている。
「フィオラ先生から、プリントを預かっておりまして……」
「そうだったんですか。ありがとうございます。」
彼女からプリントを受け取ると、それは単位表のようだった。早めにもらうに越したことはないが、放課後配るほどではない、といったところか。でもまぁ、せっかく持ってきてくれたのだろう。
「どうですか?学園生活は」
「え、えっと……」
「私も1年生なので、こんなこと言うのも変かと思いますが、何かあったら遠慮なくお話してください。学友として、お手伝いしますから」
「あ、ありがとうございます。」
第一印象は、よくわからなかった。純粋に緊張しているのだろうと思っていたから。けれど2週間たち、彼女はどこか思い詰めているというか、なにかを背負い込んでいるようにも見えた。4月入学ではなく、5月の編入。その時点でもきっとなにかあるのだろうとは思っているけれど。
私もこの学園に来て1か月ちょっと。自分のことで手いっぱいなこともあるけれど、目の前にいる人が困っているのにほっとけるほどの人格はしていない。でもぐいぐい行けば逆に身を引かれそうな気もする。
故郷(ユミル)では結構動き回っていたけれど、やっぱり知っているところと同じようにはいかないなぁ。

そうして日が暮れ初め、きれいな夕焼けが見えるようになった時間帯で。彼女が寮に駆け出していくのが目に入った。その表情は少し怒っているような。なにかあったのかと思って近づくと、階段のところに座っている、朝から行方知れずだった姿が見えた。
「やれやれ、世話が焼けるやつだなぁ」
「同じ言葉をお返ししますね?」
レクター先輩がつぶやいているところに、後ろから近づく。無論、こちらの気配には気が付いていたようだ。
「時間切れかぁ」
「はい。生徒会室までご案内しますね」
さすがに先輩をルーシー先輩のように襟元をつかんで連行はできないので、袖をつかんで立ち上がらせ、そのまま引っ張っていく。抵抗されないのが幸いしてすんなりとことは進んだ。
「ところで、 はどうよ。学園生活」
「充実していますよ。学業もそうですし、生徒会の仕事も為になりますし」
「部活はどうした。はいってないようだが」
「興味はありますけど、入りたいと思うものはあまり……」
「フェンシングは?結構人気だって話だぜ?」
「あー……。私、レイピアの心得は持ち合わせていなくて。使ったことがある、程度でして」
そんな話をしながら、レクター先輩を引っ張りながらクラブハウスへと入っていく。普通、怒られるとわかっている場合、足が重くなるはずだが、レクター先輩はその素振りもない。なんというか、つかめない人だ。
「ま、本当に充実しているならなによりだ」
生徒会室の扉を開き、レクター先輩の背中を押す。入った瞬間にルーシー先輩のこぶしが飛んでいるのを見ながら、私は思わず、そのまま足を止めてしまった。

2021/1/5

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