空の軌跡編

5


「頼んでいたものは届いているでしょうか?」
「おお、届いているよ。」
ルーアン市への外出許可を得て、私は市へと繰り出した。目的は自国から持ち出せなかった物の代用品だ。仕方ないとはいえ、こちらではあまり知られていないもののため、別の場所から取り寄せてもらった。刀身の長さなども違うので、少し慣れるまでには時間がかかるかもしれない。
「ありがとうございます」
「しかし珍しい武器を扱うね。手入れの道具はあるのかい?」
「はい。そちらは一通りありますので今のところは大丈夫です。」
店員に礼と代金を渡す。これに限らず刃物などの武器は多少値が張るが、武器としては適正価格だろう。正直、取り寄せの時点でもう少し値段が上がるかと思っていたが。
店を出て、他に必要物品を買う。最低限の必要物品などは売店で購入できるが、娯楽用品や趣味、こだわりのある品などは手に入らないのでこうして出向く必要がある。もっとこだわる人は大きな店のあるボースのほうまでいくそうだ。正直そこまで行く時間が取れないので、他の地方に行くのはだいぶ先になるだろう。
「……多少、振るっておいてみるか」
ルーアン市を出て、海道を歩く。海道は魔物は出ないが、外れれば別だ。右手に見える学園へ続く林道を素通りし、けれど孤児院までは向かわず、小道へと逸れる。海とは反対方向で木々に囲まれたそこを通り、ある程度、海道からも見えないところまで進んで足を止めた。
多少足元は不安定だが、山籠もりをしたこともあるのであまり気にはならない。そういえば女の子なのに、なんて数人から言われたのを思い出す。妹はともかく、私はどちらかと動き回る性格になってしまったので、どちらかというと男の子と一緒に動いているほうだった。それがまた、心配させる要因だったのだろうけれど。
ゆっくりと目を閉じ、左手で持った武器の柄に右手を当てる。あたりは風の音と、それによる木々の揺れる音だけ。時々遠くから、海の波打つ音が聞こえるが、それもわずか。耳に意識を集中させ、あたりの音を聞いていれば、徐々に草花の揺れる音が聞こえる。背後から迫るその音と気配に意識を向け、柄を握りしめた。一層大きくなった音と、とびかかるための音を聞いて、鞘から刀身を抜いた。
「伍の型 《残月》」
刀身は魔物を切り裂き、断末魔が響く。それを遮るように、柄で魔物を宙へと投げ、刀身で上から切りつける。それで魔物は動きを止めた。人の気配につられたのは1匹のようで他には見られないが、2撃与えてしまったので皮の流用はできなさそうだ。素直に素材にできる部分だけ頂くことにする。血の匂いが漂うので魔物をおびき寄せる可能性もあるし、だからといってこのままにしておくよりは、有効活用したほうがいいだろう。
再度ルーアン市に向かい、引き取ってくれる店にお願いした後、今度こそ学園へと戻る。部屋に戻ればルーシー先輩はいないようなので刀身の手入れをした後、私物の入ったクローゼットの中へとしまった。



「青春しているかね、少年!」
「……レクター先輩は存分に青春してそうですねぇ」
夕方、図書室で本を開いていれば、後方から声をかけられた。私の言葉に先輩は気にする様子もなく、隣の椅子へと座る。
「来月から学園祭も始まる。どうだね?調子は」
「わかっているなら生徒会室にいらしてください。書類がたまっていますよ」
「はっはっは。」
「笑ってごまかそうとしている……」
先輩が来た時点で本は読めないのでしおりを挟んで断念する。時間が許せば、寝る前に読めるだろうか。
「そういや、なんでこの学校に来たんだ?帝国にも高等教育やってるとこは多いっつーのに」
「なんで、と言われても」
正直、この学校を選んだ理由はとくにない。学校の指定があったわけでもなかったし。
私は、私の意思でここにきていない。本来であれば帝都の女学院に入学しているつもりだった。まぁ、向こうの中等部に入らずに実家に残ったのは自分の意思だけれど。きょうだいと一緒に、修行に明け暮れるつもりだった。しかし、師が、ユン老師が帝国以外の国も見てみるべきだと言って、私に中伝を授けて修行を打ち切ったのだ。その意図は、いまだわからない。両親とも相談して、八葉一刀流の皆伝をもつ、剣聖がいるというリベールを選んだ。すでに刀は置いたらしいが、それでも、会ったことはないにせよ同じ師に従事したということは事実。一目会えれば、とは思ってはいるが、叶うのはいつになることやら。
「まあいいけどよ。せっかくここまで来たんだし、新しい目標を見つけるのもいいじゃねぇか。」
そういうとレクター先輩は立ち上がった。いや、本当に何しに来たんだ。まさか先輩らから逃げているのでは……?
手を振りながら去っていく先輩の後ろ姿を眺めながら、兎に角周りに人がいなくてよかったと安堵するのだった。

2021/1/18

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