閃の軌跡編

12


「ありがとうエリゼ。助かるわ」
「いえ……」
園遊会への準備をエリゼと済ませ、手伝ってくれた礼にと髪をとかして整える。一応付き人なので普段とそんなに変わりはない。もともと普段から身だしなみに気をつけているというのもあるだろうが
「エリゼはアルフィン殿下と一緒に行かれるのよね」
「ええ、そうなります。姉様はどうなさるのですか?」
「不要と言ったのだけれどね。___オリヴァルト殿下が車の手配をしてくださって。そちらで向かうことになるわ」
一応口添えをしたからね、とお詫びも称して、ということらしい。とくに気にはしないのだが、お言葉に甘えることにした。
「そ、そうなんですか。」
「まあ、今日くらいしか大きな予定はないし、せっかくだし、3人の時間が被ったら一緒にお父様たちへの貢物でも見繕いましょうか」
「……そうですね。ですが、兄様は時間がとれるでしょうか?」
「まあ、会ったら聞いておきましょう」



「アルフィン殿下たちに意識が向いているから、ちょっと隅にでもいようかしら」
「いや、今回が初なんだろう……?それでいいのか?」
「……まあ、よくないわよね……まだ、こっちだっただけよかったのかもしれないけれど」
「ああ、セドリック殿下が招かれている__」
帝都知事、そして殿下が現れ、拍手での出迎えが終わったのちに、それぞれが殿下らに挨拶しているのを眺める。無論、ある程度人の波が落ち着いたらご挨拶させてもらうつもりではあるが。
「ちなみに、この後の懇親会は」
「……ふふふ」
まあ、その、そういうこともある。
「Ⅰ組でだれか参加されないの?」
「聞いていないな。さすがに僕たちの代で呼ばれることは少ないだろうし」
「……」
「そ、その……まあ、無理はしないことだ」
パトリックと会話しながら人がだいぶはけてくるのを確認し、とりあえず気持ちを切り替える。そうして、パトリックとともに殿下たちの元へと近づく。
「___先日ぶりですね、アルフィン殿下。それとお初にお目にかかります、カール・レーグニッツ知事。・シュバルツァーと申します」
「パトリック・T・ハイアームズです。本日はお招きいただきありがとうございます」
「ああ。来てくれて感謝するよ。」
「ようこそ、園遊会へ。とても素敵なドレスですね。エリゼもそういったものを着てくればよかったのに」
「姫様……」
「今度の社交界では、多少姉として衣装については口を出せたらとは思っていますよ」
「あら、そうしたら私も関わらせてくださいな」
ご挨拶とちょっとした雑談をさせていただいていると、ちょうど15時の鐘が鳴った。以外と時間が長く感じられるのではと思っていたが、話していればあっという間か。
「それでは……___!?」
再度ご挨拶を述べ、その場を離れようとしたとき、園遊会会場の地面が揺れた。
「な、なんだ!?」
「これは……殿下!閣下!おさがりください」
大きく地面が揺れると同時に、会場の奥の床がぽっかりと崩れ落ちる。それと同時に、2体の魔獣が飛び出してきた。とっさに腰に手を当ててから、持ち合わせがないことを思い出し、とりあえずはとこっそり忍ばせているARCUSに手を当てる。夜のうちに調整は済ませてはいるがあくまで簡易的。守りながらどこまでやれるか。
「きゃあああ外にも」
「うわあああ」
「っ、閣下、殿下たちをお願いします!」
周囲は魔物の登場に混乱している。そりゃそうだ、魔物と対峙したことのある人がほとんどいない状況だ。警備は全員外にいることも影響しているだろう。来客が混乱に巻き込まれる中、1人で動くには限界がある。
「パトリック!避難誘導できる!?」
「あ、ああ……」
後方にいたはずの彼に声をかけると、来客を魔獣や敵兵から引き離す誘導を願う。少々腰は引けているも、やらねばならないことはある程度理解してくれているようでなによりだ。
「ARCUS駆動___ソウルブラー」
アーツを魔獣に当てれば魔獣がこちらを見た。まずは注意を引き付けて殿下たちから引き離す必要がある、が。無手を使うにも限度があるし、さすがにドレスでそんなに動けはしない。ああ、こういった会場じゃなければ短刀でも忍ばせておくのに。どこでこういうことが起きるかわからないし、出歩くときはやはり学院内でも刀を持っていたほうがいいのだろうか。
「もう一回___ソウル「!後ろだ!」 ___え」
再度駆動して魔獣にぶつけようとした際、パトリックの声が聞こえ、背後に意識を向けた。それと同時に魔導銃の音が聞こえ、数秒もしないうちに脇腹がなにかにえぐられた。
「なっ、ぐ」
脇を抑えある程度後退する。魔獣だけじゃなく敵兵までいるとは。魔獣に気を取られた。ああ、もう、こんなの情けなさ過ぎて涙が出てくる。溜めた息を吐きながら気を紛らわして、いると、先ほど撃ってきたであろう敵兵が目の前にやってきた。テロリスト、という表現でいいだろうか。
「きゃあ」
「姫様!」
そうこうしている間に、殿下とエリゼが敵に拘束されているのが見えた。知事閣下はどうやら怪我をしている様子。魔獣2体に敵兵も数名。動こうとすれば、目の前の敵兵が威嚇射撃を足元に落とした。
「……」
「動けば死期を早めるぞ」
「殿下たちをどうするつもりですか」
「さて」
身動きが取れないでいると、先ほど空いた穴から1人の男が出てくるのが見えた。彼がこのリーダーだろうか
「フフ……ご機嫌よう、知事閣下。招待されぬ身での訪問、どうか許していただきたい。」
「クッ……君たちは……」
「正直、貴方にはそこまでの恨みは無いのだが……“あの男”に協力している時点で同罪と思っていただこう。」
「やはりそれが狙いか…… ___殿下は関係ないだろう!2人を解放したまえ!」
「知事閣下……」
「……」
あの男。まあ、知事閣下の関係者で、多少の恨みをかっている人といえば大体想定される。だけれど、こうなるくらいまでに恨まれている人物とは思っていなかった。もしかしたら、結構強引な改革をしているのかもしれない。
「クク、残念だがそれは応じられぬ相談だ。こちらのお二方には君たちの陣営の致命的な欠点にさせていただく……命まで奪うつもりはないがね」
「……っ……」
「……」
ちょっとした硬直状態ののち、会場の扉が開くとそこから聞き覚えのある声が聞こえた。
「エリゼ!!」
「兄様……!?」
「リィンさんたち……!」
それと同時に、敵兵のリーダーと閣下の間にはいるように、リィンとⅦ組が割り込んだ。
「き、君たちは……!」
「来てくれたのか……」
「父さん、大丈夫か……!?」
「トールズ士官学院……ノルドでの仕込みに続いてまたもや現れたか。だが、今回ばかりは邪魔されるわけにはいかん……!」
男はそういって懐から笛を取り出す。吹くと同時に、魔獣がⅦ組へと近づいていく。
「魔獣を……操っているのか!?」
アーティファクトだろうか。状況的に、魔獣を放っておくわけにもいかないし、だからといって敵を見逃すわけにもいかない。
「___駆動」
男が声を張り上げる。魔獣にすべてを食いつぶせと叫んだ。さすがにそれを見逃してやるほど、私は優しくない。
手に持ったARCUSではなく、ただ何となく持っていた新型。それを動かす。駆動に時間がかかることもあり、駆動中に奥へと連れていかれていく殿下やエリゼを止めるのは距離的には難しい。全体アーツではあれど、さすがに範囲は限られる。けれど中と、そして外の入り口を打ち破ろうとしてくる魔獣はちょうど、距離の範囲内だ。
「___コキュートス」
刹那。園遊会会場を巻き込むように、あたりは一瞬で氷結した。魔獣の足元をとらえ、動けないようにする。無論、Ⅶ組を含めこちら側まで巻き込まれるようなへまはしない。目の前の敵兵が氷漬けにされたのを確認してから、ゆっくりと立ち上がる。
!?」
「リィン、行って。さすがにこの状態じゃ走れない。魔獣だったら、なんとか抑えてみせる。」
じりじりと、魔獣が氷から逃れようとするのも見える。あくまで足止めだ。仕留めるならもっと別の方法がいい。
「エリゼと殿下を頼むわ」
「……分かった。いこうみんな!」
「えええ、でも!」
「そなた1人では」
「これでも、戦闘には自信がありますから。知事閣下のことはお任せください」
「そういうなら」
「す、すまない」
消えた敵を追いかけていくⅦ組を見送って、再度オーブメントを構える。
「パトリック、来賓の方々を一か所に。状況によっては迅速に避難ができるようにしてください。それと知事閣下を」
「あ、ああ!だが、その傷は!」
「___かすり傷です。今はすべきことを。」
ARCUS。最新であるからこそ性能は確かにいいが、改良やクォーツがそろっているものと比べたら、やはり手付かずだと性能は劣る。改良すれば別なのだろうけれど、今はそういう状況じゃない。リンク機能も、数人であれば別だが、1人じゃ意味はない。
だから、Ⅶ組ができたのだろう。
「ティア・オル」
まずは動けるようにする。そうしているうちに魔獣が氷を破ってこちらに敵意を向けた。
「___プラズマウェイブ」
その瞬間に再度駆動。稲妻がまっすぐに魔獣を感電させる。アーツというのは一瞬で放たれるものじゃない。多少の駆動時間がなければ発動できない。足止めとダメージを同時にしているから、まだ間に合う。けれど何度も高威力のものを使っていればやっぱり隙というのはどうしても生まれる。それをカバーすることも、時には必要になる。
私は、それをすべてリベールで学んだ。同時に、1人じゃ決して成しえぬこともあると。でも逆に、1人でやらないといけない場面も、いずれあるということを。
「これで、しまいです。エアリアル!」
風が渦を巻いて、魔獣を巻き込む。風に呑まれてそのまま宙へと放り投げられ、渦が消えたと同時に魔獣は凍った床へとたたきつけられた。
___これで沈黙。ほっと一息ついてしゃがみこむ。その後少し遅れて、再度扉が開いた。
「ご無事ですか!?」
見たことはない。ただ制服に見覚えがある。鉄道憲兵隊。とりあえずは軍隊が来てくれたということだ。
「皇女殿下たちと士官学院生が奥に!」
「すぐに向かいます。一小隊は私とともにきてください。残りはここでけが人の救護と安全確保を」
「はっ」



あれから、いろいろな問題はあったにせよ、夏至祭は落ち着きを取り戻し、無事に終了を迎えることとなった。
私はその後病院に運ばれ手当てを受けると同時に、危険物__オーブメント__の持ち込みを少しとがめられつつも、来賓者が無事だったこともあり、見逃される形となった。レーグニッツ知事も軽症で済み、アルフィン殿下やエリゼも怪我はなかったという。というより、怪我をしたまま動いた影響で、一番傷が深かったのが私だった、というだけだ。これに関してはエリゼにとても怒られた。懇親会には参加できなかったが、事情が事情なこともあり、オリヴァルト殿下からも無事でよかったといわれてしまう始末。
ドレスも汚れてしまったので、それ以降は士官学院の制服での行動を余儀なくされた。それについてはどっちかというと制服のほうがありがたいので助かったのだが、エリゼからは少々不服の声が上がった。
2日目も怪我を理由に派手に動くことはしなかったが、3日目からはいくつかの社交界、懇談会などに参加し、一応は当主名代としての役割を果たしていくこととなる。好奇の眼でさらされることもあったが、まあそこまで気にしないようにする。まあちょっとお父様が鬱陶しく感じた理由が分かった気がした。
そして、7月29日。諸事情も終え、オリビエさんとの話をしている最中、バルフレイム宮の第二迎賓口にて。私はオリビエさんの後方にてⅦ組と対面していた。ちょうどⅦ組の実習が終わる挨拶らしい。
「いや、君たちには本当に世話になってしまった。兄妹共々、士官学院に足を向けて眠れなくなってしまったくらいだ」
そこにはアルフィン殿下やエリゼも同席していた。夏至祭初日のこともあってだろう。
「いえ、そんな……!」
「その、あまりにも畏れ多いお言葉かと……」
「いいえ、いいえ。わたくしとエリゼなどあのまま連れ去られていたらどんな運命が待ち受けていたか……。本当に、何度お礼を言っても足りないくらいの気分です。」
「……わたくしからも改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。」
「エリゼ……」
「えへへ……本当に無事でよかった。」
「私とセドリックの方もB班の働きには助けられたよ。市内の混乱の収拾……改めて礼を言わせてもらおう」
「勿体ないお言葉」
「ふふっ……お役に立てて光栄です」
A班、B班ともに、此度の夏至祭では色々な場所で動き回っているのを見た。無論、士官学生にできる範囲ではあるが。___これがリベールであれば、やるのはきっと遊撃士だ。けれど、帝都に遊撃士はいない。
「フフ、≪Ⅶ組≫設立のお礼をやっとお返しできたみたいですね。それにしても……≪帝国解放戦線≫ですか。」
「ああ……。ノルド高原での一件……さらには帝国各地の幾つかの事件。今までにも暗躍の気配はあったが今回、ついにその名前を明らかにした。≪C≫をリーダーとする数名の幹部たちに率いられた純然たる恐怖主義者たち。現在、情報局でメンバーの洗い出しを行っている最中らしい。」
「……こう言っては何ですが不思議な人たちでしたね。わたくし達を連れ去りながら悪意を余り見せることはなく……。それでいて内に秘めた激情に取り憑かれているかのようでした。」
「……はい。もちろん、姫様を攫ったことは許されることではありませんが……」
「内に秘めた激情……」
「……そんな感じはしたかも」
「『静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す……』……彼らのリーダーの言葉です」
「確かにそう言ってたな……」
「フン……また露骨な言葉だな」
「『静かなる怒りの焔』……そして『度し難き独裁者』。」
「まあ、何を示しているのかは明らかではあるが……」
帝国解放戦線。あの園遊会会場の地下にて、リィンたちはそのリーダーと対面したという。笛で魔獣を操っていた者も、幹部の1人だったようだ。学院のあるトリスタはともかく、他のところでは徐々にその種火が巻かれているとのことだった。そして、その相手はきっと、誰もが想像している者であるだろうに。
「皆さん!」
そんな会話をしていると、後方から声がかかる。奥からセドリック殿下とレーグニッツ知事が姿を見せた。初日以降お会いしていなかったが、どうやらそこまで傷も引きづっている様子はなくて安心した。
「セドリック……何とか間に合ったわね」
「フフ、いいタイミングだ」
「皇太子殿下……」
「わざわざお見送りに来ていただいたのですか」
「ええ、お世話になったからにはこのくらい当然ですから。」
「あ……こちらの方々が≪Ⅶ組≫のもう一班なんですね。___初めまして、皆さん。セドリック・ライゼ・アルノールです。この度は、姉の危機を救っていただき本当にありがとうございました。心よりお礼を言わせてもらいます」
「……勿体ないお言葉」
「あわわっ……光栄です!」
「ありがとうございます。殿下」
「皇太子……想像してたより可愛いかも」
「こ、こらフィー」
オリビエさんから話は聞いていたものの、初対面になる。来年にはトールズ士官学院に入学されるのでは、なんて噂もされている方だ。オリビエさんもトールズの卒業生だそうなので、きっとそうなるのだろうが。
「ふふっ、皆さんのようにもっと逞しくなってくれればわたくしも安心なのですけれど。」
「ちょ、ちょっとアルフィン……」
「姫様……失礼ですよ」
「フフ、まだ15歳だし、君たちはこれからだろう。しかし、セドリックと貴方が一緒というのも珍しいね……?」
「はは……恐縮です。せっかくなので彼らをこのまま見送らせてもらおうと思いまして。」
「父さん……傷の方は大丈夫なのか?」
「ああ、大事には至っていない。まだ少し痛むが、じきに完治してくれるだろう。」
「そうか……」
君こそ、あの後も社交場に出ていたと聞く。大丈夫なのかな」
「ええ。ご心配をおかけしました。」
本当であれば知事閣下に傷を負わせることはなく動く必要があったのだが。素直にそのまま言葉を受け取ることとした。一応あの場所での私は来賓であったから、立場が違うので。
「知事閣下、おつかれさまでした。」
「ああ、ありがとう。___かなり変則的ではあったが、無事、今回の特別実習も終了した。士官学院の理事として、まずはお疲れ様と言っておこうか。」
「……恐縮です」
「ありがとうございます」
「__≪Ⅶ組≫の運用、そして立場の異なる3人の理事。色々おもうところはあるだろうが……君たちには、君たちにしか出来ない学生生活を送って欲しいと思っている。それについては他の2人も同じだろう。」
「父さん……」
「……」
「…そう言って頂けると。」
「___その点に関しては殿下もどうかご安心ください。」
「はは……分かった。元より、貴方については私も信頼しているつもりだ。だが……」
Ⅶ組の設立。ARCUSが関与していることは聞いたが、他にも理由はあるようだ。きっと、オリビエさんのリベールでの活動が含まれているのだろうけれど。
「___どうやらお揃いのようですな」
そうして。最後にちょっと予想していない来客があった。
「あ……」
「……まさか……」
「……」
「オズボーン宰相」
「……実は、先ほどまで共に陛下への拝謁を賜っておりまして。」
オズボーン宰相。私も、お会いするのは初めてになる。クローゼさんはリベールの異変のあと会ったようだが、同じ空間にいてようやくわかった。この威圧的な気配は、少々体をこわばらせる。
「アルフィン殿下におかれましてはご無事で何よりでした。これも女神の導きでありましょう。」
「ありがとうございます。宰相」
「オリヴァルト殿下も___≪帝国解放戦線≫に関しては既に全土に手配を出しております。背景の洗い出しも進んでいますのでどうかご安心ください」
「……やれやれ、手回しのいい事だ。これは来月の≪通商会議≫も安心ということかな?」
「ええ、万事お任せあれ」
まるでなんてこともないように、帝国解放戦線というテロリストなど、脅威ではないかのように、彼は淡々とそういった。そうしてから、王族ら以外の、おそらく私も含めての、士官学生へと向きを変える。
「___失礼。諸君への挨拶がまだだったな。___帝国政府代表、ギリアス・オズボーンだ。≪鉄血宰相≫という名前の方が通りがいいだろうがね。」
「あ……」
「は、初めまして、閣下」
「そ、その……お噂はかねがね」
「フフ、私も君たちの噂は少しばかり耳にしている。帝国全土を叉に掛けての特別実習、非常に興味深い試みだ。これからも頑張るといいだろう。」
「……恐縮です」
「……ども」
「精進させていただきます」
「そして、君がかの剣聖か」
ふっとこちらを向いて。普段使ってすらもいない、その称号を呼ばれる。ほんの数名にしか話したことのないそれを知っている。随分と端末まで情報網を巡らせているようだ。
「___いまだ修行中の身。そう呼ばれるのは少々烏滸がましいとも思いますが」
「なにをいう。先のリベールの異変での功労、そして此度の園遊会での騒動の鎮圧。君がいたからこそ、被害は最小限に済まされたということ。この帝国に剣聖と呼ばれし武の達人がいることを喜ばしく思う。今後の活躍、大いに期待させてもらおう。」
「……恐縮です」
「それと……___久しいな、遊撃士。転職したそうだが、息災そうで何よりだ。」
「ええ、おかげさまで。__その節は本当にお世話になりました。」
視線が私からバレスタイン教官へと移り、私はそっと胸をなでおろす。隠していないが、公にもしていない。まあ、八葉の兄弟子らはきっと知っているのだろうけれど。何かしら裏があると、感じてしまうのは気のせいだろうか。
「フフ……ヴァンダイク元帥は私の元上官でもある。その意味で、私としてもささやかながら更なる協力をさせてもらうつもりだ。まあ、楽しみにしてくれたまえ」
「……それは……」
「……」
「諸君らも……どうか健やかに、強き絆を育み、鋼の意志と肉体を養って欲しい。___これからの“激動の時代”に備えてな。」
宰相の言葉に、私はただ目を伏せた。これならば、本当に、オリビエさんの申し出を受けたほうがいいのだろうか。

2021/2/14

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