知らぬ空へと羽ばたく鷹

番外編2:今吉卒業

3月の始め、すでに日差しは温かくなってきて、梅の花のつぼみも開き始めた頃。バスケに明け暮れ、優秀なPG2人に恵まれた俺は、いつもならかったるいとしか思っていなかった卒業式に参加している。前の方に陳列した椅子には、見覚えのある先輩やまったく知らない先輩たちが多々座っている。委員会で出会った人、小学校から見覚えのある人、部活で出会った人、昔であった人。沢山の先輩たちが、珍しくきちんとした服装でそこにいた。
小学6年生の頃、俺は中学の見学で先輩たちと出会った。それが全ての始まりだった。学区の関係でその学校に通うこととなり、昔はまったく接点の無かった人たちと一緒に試合をしている。そんな先輩たち2人の1人、今吉先輩は、今日、中学校を卒業する。
昔、今吉先輩との接点は正直いって皆無だった。キセキの世代を獲得した高校、東京都にある高校、という接点はあったが、IH、WC共に試合をすることはなかった。また、俺は1年で今吉先輩は3年ということもあり、同じ舞台でバスケをしたのは1年間だけだった。もしかしたら多少なりとも接点は動きようには出来たのかもしれない。けれども俺は、今吉先輩と関わろうとは思っていなかったのだ。それが今になって同じ中学に通い、なおかつ小学校も一緒だったと聞いたときは正直驚いた。小学校の時にも卒業式には参加したはずだが、なぜだかまったく憶えてはいなかった。
卒業式はあっという間に終わりを告げる。忙しく立ち上がるのは卒業生のみで、在校生の出番といえば、式内容の半分にも満たないほどだ。卒業生が退場したあと、在校生もまた教室へと戻るべく移動を開始する。おそらく卒業生はこれから記念品やら色々を受け取って騒いでから帰宅することだろう。卒業アルバムの後ろにクラスメイトのコメントを貰ったり、先生との写真を狙って走り回ったり。それ故か、在校生は特になにもせずに早々に帰宅する。卒業式だからか部活もなく、クラスメイトも次々と帰って行く中で、俺もまた早々に帰宅しようとするメンバーの1人だ。何名かは先輩を捜してクラスを出て行き、半数は帰宅して遊びにいくのだろう。なにも予定を立てぬまま、ぼんやりと校舎を出る。外ではテニス部の後輩が先輩に向けて花束やらなんやらを渡していた。中には教師も混ざっていて卒業生を祝っている。バスケ部は昨日、卒業式予行の時にそれをすましてしまっており、今日は集まる予定がない。そんな光景を見ながら、在校生や一部の卒業生でごった返す校門から出ようとして数秒後、ふと見覚えのある姿が見えて思わず足を止めた。後方数メートル。そこにはクラスメイトらしき人に手を振りながら出てくる今吉先輩がいた。どうしようかとちょっと考えてから、俺は後方へと向き直り、足を進めた。

「今吉せんぱーい!」
「ん?なんや高尾か。どうかしたん?」
「そっけないですねー。あ、卒業おめでとーございますっ!」
「おー、ありがとさん。もう帰るん?」
「はい。部活もないですし。今吉先輩も帰るんですか?」
「せやな。これと言って学校ですることもないからなぁ」
「クラスメイトと喋ったりしないんですか?」
「話すことなんてあらへんからな」

今吉先輩とたわいのない会話をしながら帰路を歩く。桐皇学園高校へと進学が決まった今吉先輩はこれから寮暮らしとなる。こうして一緒に歩いて帰ることはもちろん、この地域でも会うことが無くなると考えると少し寂しく感じる。

「マジバにでも行くかー。腹へってもうた」
「そりゃもう午後ですからねー。家で食べなくていいんですか?」
「かまわへん。高尾も来るか?」
「今吉先輩のおごりですか!?」
「あるわけないやろー。中学生のお小遣いはなめたらあかんで」
「ですよねー」

帰り道に存在するマジバに入る。昼間な為かほどほどに混み合っている。にっこりと笑みを浮かべた今吉先輩に命じられ、俺は空いている席を探すべくきょろきょろと辺りを見回す。私服である学生らしく人が多いのは、もしかしたらこの時期にはすでに高校が卒業式を終えているからかもしれない。中々見つからないと思いながら窓側の席へと目を向ける。ふと見覚えのある姿が見えて、思わず笑った。

「相席いーですか?」
「・・・ぁ?」

彼は隣の椅子に鞄を置き、手には文庫本サイズの本を持っていた。机には氷が溶け始めた飲み物と、すでに無くなりかけているポテトがあった。

「んだよ、高尾。」
「席埋まってるんですもん。いいですかー?」
「別のとこいけ・・・ってなんで返答聞かずに座ってんだよ」
「いいじゃないですか、ちょっとくらい」
「ふざけんな。別いけ」
「そんなこといったらあかんでー」
「そうですよー」
「てめぇらいいかげんに・・・おい、」
「なんですか?」
「なんでこいついんの」
「ワシがいたらあかんの?」
「ダメにきまってんだろ」
「そんなこといわんでーな」
「・・・っておい。勝手に座ってんじゃねぇよ」

彼、花宮先輩の目の前の椅子に座り、隣には俺と自分の食べ物を持ってきた今吉先輩が座る。花宮先輩は嫌がるそぶりを見せたが、無理矢理追い出そうとはしなかった。

「こーして揃うことももうないんですねー」
「こっちは清々するけどな」
「酷いわ。ワシ泣いちゃうで?」
「はっ、勝手に泣け」
「俺最後じゃないっすか。2人とも先に東京行っちゃうしー」
「学年の差やな」
「もうちょっと早く生まれてれば、2人と一緒だったんすけどね」
「どうせ高校がちげーだろ」
「そうですけどー」
「それに1年2年早かったらレギュラーになれへんで?」
「うぁ・・・それは勘弁」

食事をしながらそんなたわいのない会話を繰り返す。これももう頻繁にすることはないのだと考えるとちょっと寂しく感じる。今吉先輩と同じ舞台に居られるのは、中学でも、そして高校でも1年間だけだ。引退の期間も除けば半年ほどしかない。それを考えるとやっぱり嫌だな、なんて。

「たーかーおー」
「なんすか?」
「遊ぶくらいはいつでもできるで。そこまで落ち込まんといて」
「あれ、俺落ち込んでるように見えます?」
「顔に出てる」
「うへー」
「まぁなんや。お先高校でまっとるで。早くおいでな」
「はい!」
「やだ」
「はーなーみーやー?」
「・・・ちっ。わかったよ」
「素直でよろしい」

それからはまたなんてことのない話。今吉先輩が居なくなるのは寂しいけれど、これが永遠の別れという訳じゃない。俺も高校に入れば、IHやWCで会えるのだからそこまで悲しむほどじゃない。でもやっぱり2年間会えないのは寂しいな。
帰路につく頃にはマジバにいる人も少なくなっており、長居をしてしまったのだと理解した。荷物を持って3人で最後になるであろう帰り道を歩く。ぺらぺらと話す俺に今吉先輩が乗ってきて、花宮先輩が嫌そうな顔をする。今吉先輩の言動があってか、花宮先輩は時々怒ったように声を荒げた。それがまた楽しくて、俺は笑った。分かれ道。一番最初に道を曲がる俺は、方向転換をしてからくるりと今吉先輩の方を見た。

「今吉先輩!いままでありがとうございました!」

そう言ってお辞儀をして、俺は帰路を走った。今吉先輩が一瞬驚いた表情を浮かべたのは、鷹の目で把握済みだ。そしてそれに花宮先輩が笑ったのも、俺には見えた。
後日、というか次の日、花宮先輩に会った俺は、花宮先輩に良くやったと頭を叩かれた。せめて撫でてください、なんて言って、笑った。

2013.3.8


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