見初める

注意:うち本丸設定山盛り。
大侵寇のお話・ラスト

 本丸において、大倶利伽羅という刀剣男士の立ち位置は常に最前線だった。
 もともと、馴れ合いは好きではない。他者とのコミュニケーションを好んでおらず、戦場での戦いを望んでいた。この本丸でも、そんな立ち位置を取るつもりではあったが、いかんせん顕現した時期がまずかった。当時の本丸では打刀は山姥切国広のみで他はすべて短刀。しかも顕現した当日に発足した本丸が故に試行錯誤の段階中。顕現した瞬間に打刀というだけで重宝された。(本丸発足時点で、大倶利伽羅の刀種は太刀から打刀に変更済みだった)
そのあとにやってきた、蜂須賀虎徹や加州清光らも重宝はされたが、刀剣が増えるごとに徐々に最前線よりも内勤へと移行され、今では全振りがどちらもやれるように指導がはいるが、当時は刀剣数の問題もあり今のように円滑には進まなかった。そして戦場でも本丸内でも山姥切国広は走り回ることとなり、戦関連での取りまとめは必然的に大倶利伽羅へと回ってきていた。無論短刀や脇差の協力もあったが、おそらくこの本丸の大倶利伽羅はどちらかというと面倒見がよかったのだろう。結果として、山姥切国広の補佐という形で取りまとめる立場となった。そしてさらに、その後早めに来た太刀に燭台切光忠や鶴丸国永が含まれていたのが、決定打となった。
 だから、というわけではないが今回の本丸襲撃において特に疑問に思われることもなく最前線に立った。本丸での次点になる初鍛刀である今剣が本丸内の守備に回ったのも大きいだろう。その結果、三日月宗地の行動を一通り見ることとなった。そこに至るまでの経緯を何も知らずに。
 三日月宗近は、この本丸においては本丸内の刀剣男士の一振りでしかない。そして、大倶利伽羅によっては世話の焼けるやつ、という印象しかなかった。内番を割り振ればいつの間にか消え縁側に座っていたり、戦場においても力は申し分なく叩き切るのに一歩後ろで眺めていることがあったり。平安刀、というだけで関わりを避けたいという思いの半面、時と場合においてはとっ捕まえないといけないため関わらないとならず。だが、それだけだった。
 一番、三日月宗近を訝しんでいたのは、今剣だ。あとはおそらく鶴丸国永も。口に出すことはなかったが、この襲撃が始まった直後からの三日月宗近の行動を気にかけていたのは今剣だ。他三条も気にはしている様子だったが、こちらも言葉にはしなかった。
この一連の騒動が終幕してから状況の報告に近侍部屋を開けようとしたときの気配で、大倶利伽羅は極の機動を無駄に発揮して踵を返した。そうして変わりに使われているであろう第一部隊部屋へと駆け出した。
 無論、大倶利伽羅の内心においても言いたいことはいろいろあった。大型の敵になすすべなく、三日月宗近に任せてしまった初戦。その悔しさと力不足を実感して、防人作戦では率先して前衛に立った。憂さ晴らしといってもいいが、今以上に強くなるためでもあった。極の修行を終えていたとしても、それで終わりではなかった。そしてその後の再戦。初戦よりも強くなったと感じる反面、ここで止まるわけにはいかないとも感じていた。襲撃が終わって、大団円では終わらない。歴史を守るための戦はまだまだ続くのだ。ここから先、何年、何十年、もしかしたら何百年。今回はこちら側が優勢にて終わったが、次回そうとは限らない。それはきっと山姥切国広も、そして他の刀剣男士も感じていることだろう。さすがにここですべてを投げ出すことはしない。いくら大倶利伽羅が、“俺は一人で戦う”などと言っていたとしてもだ。
「お、伽羅坊。もしや近侍部屋を覗いたか?」
「……覗いていない。山姥切はここか」
「ああ。今剣が落ち着くまでは近づかない方がいいぞ」
 ささ、と鶴丸国永が大倶利伽羅を第一部隊部屋へと誘い込む。中にはいくつかの書類をまとめている山姥切国広と、駆り出されていた山姥切長義と一文字則宗の姿がある。
「戻ったか。どうだった?」
「……掃討戦は時間遡行軍の数も少ないようだから出てきている本丸数もこれまでに比べれば少ない」
「本丸内の安全は確保されたからね。余力のある本丸が出てきている感じかな?」
「政府とも接続が回復したみたいだしなぁ。この本丸はどうする?」
「……今日は本丸内の復旧に費やす。その結果次第だが、明日からは通常通りの運営に戻す」
「一部隊の出陣先が掃討戦になるくらいか? いやぁ結果として欠けなしで済んでなりよりだ」
 鶴丸国永は大きく背伸びをする。大倶利伽羅とは違って防衛側に回っていたこともあり、鶴丸国永的には性に合わなかったのだろう。こちらもどちらかというと戦場を駆け回るほうが好みだ。
「それで、どうする? 総隊長?」
「……。一時間後に大広間に集合するように通達してくれ。近侍部屋には俺がいく」



__対大侵寇防人作戦フィールド、こちらに攻め寄せる敵なし。撃退に成功しました。
しかし変ですね…… 「対大侵寇防人作戦フィールド」への郡敵転送反応が一切なくなりました。
……これは

 話は、数時間前にさかのぼる。
最終的に三回ほどになった大侵寇は、各本丸の戦力を徐々に削っていった。初手八時間だったのが、二回目、三回目になるごとに押される時間が増えていく。時間遡行軍も徐々に数を増やしてのも大きい。しかし結果として、本丸側が優勢になることなった。最後においては極端に敵反応が減り、それがようやく敵があきらめたのか、と本丸に安堵と慢心を呼び込んだ。
 しかし、こんのすけのシステムはそうではなく。結果として不穏な情報を本丸内にもたらした。

__……郡敵の遡行先が判明しました! 「京都・椿寺」です
敵の目的は不明ですが、このまま郡敵が集中した後、「京都・椿寺」を群敵もろとも隔離、放棄してしまえば
でもなぜ……待ってください! 「京都・椿寺」はシステム上では『本丸』と認識されています!
だから、群敵は「京都・椿寺」に総攻撃を!?

「……そうか。」
 こんのすけの情報に、近侍部屋にいた山姥切国広はどこか納得していた。本丸内ではあまり連想されることは少ないが、京都・椿寺に縁ある刀がいる。このタイミングであれば、ただ一振り
「いくんですね。山姥切国広」
 こんのすけの通達を共に聞いていた今剣が山姥切国広を見上げた。お互い座っているため、今剣の視線は自然と見上げる形となった。
「ああ」
 今剣には、本丸を頼みっぱなしだな、などと山姥切国広が言えば、普段通りの声色で気にすることはないと今剣が告げる。かれこれこの本丸ですごして何年もたっているのだ。自然と互いの役割というのは決まっていく。
 山姥切国広は立ち上がり、己の本体に手をかけた。
「……出陣の許可を。出陣先は、京都・椿寺」
 その言葉を、こんのすけは止めなかった。

__……仕方ありませんね
正規の遡行経路は既に隔離、放棄の為の遮断フェーズに入っているようです
その上で「京都・椿寺」へ向かうとなると……
一振りが限界でしょう。単騎出陣のみ可能と判断します

「山姥切国広、参る!」
 山姥切国広は、すこしだけなつかしさを感じていた。今ではほとんどない、一振りだけでの戦場。単騎出陣など、本丸発足した時の、まだ今剣もいないときのわずかな時間でしかしたこともない。戦場も、刀装も、なにもかも違ってはいるが、ちょっとだけ、どこか既視感をも感じていた。



「……」
 山姥切国広の出陣を見送り、今剣は本丸の状態を確認しながらも、山姥切国広と、三日月宗近の状況を常に観察していた。本丸の近侍部屋からは基本戦場での状況は随時確認できるようになっている。それは刀剣男士の損傷状態であったり、戦場への進み具合であったり。いまだ体験したことはないが、刀剣破壊も。だから山姥切国広と、現段階で失踪中の三日月宗近も、結果だけならばここで確認ができる。おそらく、三日月宗近は刀剣破壊だけだろうが。
 大侵寇が始まってから本丸を覆う景色。今剣にとっては見覚えがありすぎてなにも言えなかった。おそらく三条は全振りそうだろう。あとは天下五剣と、まぁ他にも感づいているものは多いだろう。
「山姥切は行ったのか?」
「はい。ほんまるのじょうきょうはどうですか?」
「今のところは問題なさそうだな。警戒は継続している」
 ひょっこりと近侍部屋に顔を出したのは獅子王だ。鵺を連れて近侍部屋に足を踏み入れた獅子王は、出陣以外はここに詰めていた山姥切国広の姿がないことに首を傾げた。それに対して今剣は、三日月宗近を捕まえに行った、とだけ答えた。
「じゃあ、警戒は強めておくかー」
 それだけで、すんなりと獅子王は納得した。獅子王もまた、今の本丸の状況をなんとなく理解している一振りだ。
「三日月は、おれるつもりだとおもいますか」
「うーん。どうだろうな」
 今剣は、視線を状況が随時更新されるモニターから離さない。獅子王は逆に、外の景色に浮かぶ三日月を眺めた。
「三日月宗近が、本丸をどう思ってるかによるんじゃないか?」
「……ぼくは、ぜったいにおれるわけにはいきません。あるじさまのかたなですから」
「それは俺もそうだな。少なからず、修行が終わったやつらはそうだろうな」
 だけど……、と獅子王は言葉を切った。修行を終えた刀剣男士。この本丸では最初こそ順序のずれがあったものの、今は本丸での貢献順……顕現順にて修行の許可が下りていた。最後に修行を終えたのは、膝丸だ。本来、その次になるのは、三日月宗近だった。しかし三日月宗近からその申し出もなく、結果として三日月宗近より後に顕現したものたちは修行をお預けされている状態だった。
「三日月は、どうだろうな」
「……こんなにも、こんなにもあるじさまがしんぱいしているのに」
 今剣は、モニターから目を離さない。戦況が少しでも変化していないか見逃さないように。
「……山姥切国広に、はじまりの一振りに、託すしかない。少なくとも、主はそうすることにきめたんだろ?」
「ええ、そうです。」
 この本丸には主が、審神者がいない。刀剣男士が顕現するときも、修行に出るときも、立ち会うのは山姥切国広だ。彼が修行に行く時だけ、今剣が代理した。それに悲しさを、寂しさを覚えたこともある。けれど、それがこの本丸であるのだと飲み込んだ。けれどその後、それが誤りであることに気が付いた。直接的ではない、間接的にではあるが、この本丸には自分たちが長年想いをささげていた主が、審神者がいることを知った。そのきっかけが、修行であるということは、なんとなく皆が分かっていた。
 なぜなら、修行は主のために、審神者のために、そして本丸のために行くのだから。
「……はやく、」
今剣はいつまでもモニターを見つめる。すぐに動けるように、なにがあっても、悔いがないように。

そうして本丸を囲んでいた月の景色が割れて本来の姿になった瞬間に

__山姥切国広、帰還!

 帰還の知らせを受け、今剣は立ち上がった。獅子王も、戻ってきたであろう方向に視線を向ける。

__そして……

「山姥切の」
 今剣の言葉に、山姥切国広は微笑んだ。
「大丈夫だ。三日月宗近ならここに」
 そうして手を上げると、そこには三日月宗近の依り代があった。損なわれることもなく、三日月宗近がそこにはあった。
「ああ、ここだ。少し休ませてもらっている。なに、すぐに戻るさ」
 声だけが聞こえ、今剣は山姥切国広が立つ庭へと降り立った。その瞬間に、地面が揺れた。近侍部屋のモニターが、再度本丸に襲撃がきていることを知らせている。
「来たか」
「それ見たことか。敵の多くを渦の中に留め置き、兵力を分断していたのだ。楔が解ければ、また大きな波となって本丸に押し寄せよう」
 山姥切国広と三日月宗近が、出陣先でどのような会話をしていたのかは、いまここで知っているのは当事者のみだ。
「ごちゃごちゃ言うな。いい加減、観念しろ」
「ははは、すまんすまん」
 穏やかそうに見えて、どうやら三日月宗近は山姥切国広を怒らせたのだろうと察せられた。それに対して、今剣も獅子王も特に何も言わない。

__やはり、辿られたようですね。敵は本丸のすぐ傍まで来ています
こうなれば、受けて立ちましょう! 直ちに第一部隊の編成を!

「今剣、第一部隊の準備は」
「できています。ただ、三日月宗近がさんかするならだれかひとりのこったほうがいいでしょう」
「……そうだな。兄弟を本丸待機に。
大倶利伽羅、愛染国俊、平野藤四郎、鯰尾藤四郎を至急ここへ」

 それから。最後の本丸の総力戦となった。本丸周囲の防衛と、前線へ出陣する第一部隊。敵を打ち取り、勝つことしか考えず、刀剣男士はひたすらに刀を振るう。それが終幕したのは、第一部隊が本丸門前にてこれまで見た事もない大型の敵を打ち取ったときだ。それをきっかけに本丸に進行してきた時間遡行軍は撤退をはじめ、打ち漏らしを撃破したころには本丸は普段とおなじ静けさを見せていた。



「よくきましたね、三日月宗近」
 戦いがおわり、ある程度受けた傷の手入れが終わった瞬間に、三日月宗近は近侍部屋へと招集された。偶然なのか、そこまでの道筋に他の刀剣男士の姿はなかった。近侍部屋を開けると、中にいたのは今剣のみだ。山姥切国広がいると思っていた三日月宗近は首をかしげる。
「山姥切のはいそがしいですから、ぼくがだいりです」
 すわりなさい、と今剣は畳の上を指さす。座布団の上ではないところが、今剣が怒っている証拠だろう。多少は甘んじてうけるつもりだったのか、三日月宗近は指示通りに座った。
「ぼくからはなにもいいません。ええなにも。ただこんごしばらくはきゅうくつなせいかつになるとこころえなさい」
 そうって、今剣は視線を三日月宗近から目の前のモニターへとずらした。先ほどまで、戦況を映していたモニターだ。自然と、三日月宗近の視線もそこにずれる。そうして、映った文字に三日月宗近は目を見開いた。まさか、と口が動く。三日月宗近のことだ、察してはいたのだろうが、目の前にすると驚きが隠せないらしい。

<よく戻りました。三日月宗近。>

 それだけが映し出されたモニターにあったのは、この本丸にいる刀剣男士でもなく、こんのすけでもなく、時の政府でもなく、けれどこの本丸の唯一からの、三日月宗近へのメッセージだった。

2022/4/4(修正:2022/05/07)

この本丸の物語はまだまだ続きます。
思うところがたくさんあったので、大侵寇関連の小説の一部を修正しています。

くわしくはここ




 大広間にて、二振りの刀剣男士以外がそろっていた。大侵寇が終わり、一通りの目星がついたところだった。
「___以上が損害状況だ。徐々にではあるが政府との連携も復旧予定であることを確認している。本日をもって緊急体制を解除。明日より通常通りの本丸運営に戻すとする。不寝番のみ人数を増やし、出陣戦場の一部を掃討戦へ変更とする。」
 山姥切国広はそこまで言って一度視線を、本丸状況を記載した紙から離して大広間内を見まわした。大きな損害もなく、本丸内の刀剣男士は全員無事。まさかこうなるとはだれも考えていなかったが、結果として全振りの協力のおかげで今に至ることができたのだろう。
「……ただし、三日月宗近は一週間の謹慎とする。異論のあるものは?」
 刀剣男士から、手は上がらない。内心は処罰が緩いとも、きついとも、様々が思いがあるだろう。三日月宗近が行ったことは結果として本丸を守ろうとしたことではあるが、山姥切国広を含む上部への報告を怠って独断にて行動したことに関してはしっかりと対応しなければ再犯が起こる可能性がある。名剣名刀であろうが、この本丸においてはすべてが平等。そして本丸に来た順番に関連した年功序列なのだ。それは平安刀だろうと、刀剣の祖であろうと関係はない。
「それに伴い、第四手入れ部屋はしばらく入室禁止とする。手入れは第一から三を利用すること。以上」
 山姥切国広の言葉で、各々が大広間から出ていく。それを見届けてから、山姥切国広は一つの蔵へと立ち寄ってから、手入れ部屋へと向かう。そこにはすでに三日月宗近の姿があり、入り口には今剣がいた。どうやら手入れ部屋に押し込んだ直後のようだ。
「今剣」
「しょぶんはつたえました。すなおにききましたよ」
「だろうな……」
 大広間での集合から解散まで、数刻は経過している。その間、今剣は三日月宗近と一緒に近侍部屋にいた。その中で行われていたことの一部は山姥切国広も知っているが、今剣が、三日月宗近になにを言ったのかは知らない。ただひどくご立腹であったことは、山姥切国広も知っていた。
「……それをわたすのですか」
「ああ。どうするかは、三日月に任せる」
「そうですか」
 今剣は山姥切国広が手にもつものを眺めた後、軽やかにその場から離れていった。山姥切国広はそれを見送ってから、三日月宗近が入った手入れ部屋の扉を開いた。
「うん? どうかしたのか? 山姥切の」
 三日月宗近がそれに気が付き、疑問の言葉を発してから、山姥切国広は手に持っていたものを三日月宗近に投げつけた。
「それについてもどうするか、この間に考えておけ」
 それだけを伝えて、山姥切国広は扉を閉めた。あっという間の出来事で取り残された三日月宗近は、投げられたものを手に取りながら目を丸くした。その後、改めてそれを眺め、今度は目を細めた。
「……そうか」
 数多の同じものが蔵に眠っている。そのうちの一つを、まだ決意もしていない自分に渡すのかと、三日月宗近はそっと目を伏せた。


inserted by FC2 system